ドローンパイロットの育成が急務の農業界

農業用ドローンの活用が広がっている。特に顕著なのが大規模農場でのドローンによる農薬散布だ。農業従事者の減少と高齢化による人手不足の中、ドローンによる省力化は持続可能な農業のために必要だろう。今後もドローンによる農薬散布面積は拡大すると考えられる。
そんな中、2022年12月にドローン操縦の国家資格が誕生したことで、ドローンはビジネスシーンにおいてさらに注目を集めるようになった。さらに最近ではドローンによる農薬散布を専門とするドローンパイロットも登場。自前で高価なドローンを持たずとも、専門のパイロットに依頼すれば、農家はドローンで農薬散布ができるというわけだ。こうしたニーズがあることから、新規参入も相次ぐ。

しかし、ドローンは自動車とは違ってメーカーごとに機器の作りも操作方法も違う。そのため、メーカーごとの講習を受けなければ操縦は難しい。
さらに、非農家が農薬散布をするにはドローンを飛ばすだけでなく、農業と農薬散布に関する知識と技能を身につける必要がある。そこで機体メーカーや業界団体、サービス提供企業は、資格認定プログラムや独自の講習を実施している。ここで学ぶことで、自身の圃場(ほじょう)や請負先でドローンによる農薬散布をできるようになる。

そこで本稿では、ドローン機体の世界シェアNo.1に君臨するDJIの日本法人であるDJI JAPAN株式会社が提供する「DJI農業ドローンオペレーター認定講座」と、農業ドローン技術で最先端を行く株式会社オプティムが実施しているパイロット育成プログラムを取材した。両社が提供するプログラムは異なる狙いのもとに運営されており、それぞれに大きなメリットがあることが分かった。

DJI:シェアの高い機体でドローン操作を学べるプログラム

検索エンジンに「DJI ドローンスクール」と入力すると「DJI CAMP」が最上位に表示されるが、これは農業ドローン向けのスクールではない。農業用ドローンの操作が学べるのは「AGRAS(アグラス)農業ドローン協議会」の教習施設だ。
DJIはDJI公認ドローン保険の代理店のエアロエントリー株式会社と共同で、ドローンパイロットの教育と認証を担う団体として同協議会を立ち上げ、「DJI農業ドローンオペレーター認定講座」を運営している。圧倒的なシェアを誇るDJIの機体で練習できるのが特徴だ。

自分の圃場で安全にドローンを運行させるためのカリキュラム

DJI JAPAN株式会社 農業ドローン推進部の柳井さん

DJI JAPAN農業ドローン推進部の柳井秀文(やない・ひでのり)さんによると、認定講座の目的は、DJIが供給するドローンを、安全かつ効果的に操縦できるパイロットを養成することだという。一方、受講者の主な目的は自分の圃場での農薬散布だ。
「受講者の52%が個人の農業生産者で、残りの48%が法人所属の方。法人の多くは農業法人で、受講者の9割ほどは農業従事者です」

農薬のドローン散布は国により「特定飛行」とされている。農薬のドローン散布を行うには、ドローンに関する飛行ルールや農薬の取り扱いに関する知識を身につけるとともに、使用する機種に応じた飛行訓練を受け、安全に散布作業を行う技術を習得することが不可欠である。そのため、この認定講座では学科講習に加えて、飛行技能訓練と、実際の圃場を想定した散布練習を行う。

DJI農業ドローンオペレーター認定講座・初心者講習のカリキュラム。5日間にわたり座学と実技が詰め込まれている(画像提供:DJI JAPAN株式会社)

「DJI農業ドローンオペレーター認定講座」は、初心者コースは5日間、経験者は4日間かけて、DJIとクボタの機体による農薬散布を安全かつ効率的に行う技術を習得するためのカリキュラムが組まれている。この講座は全国各地にあるAGRAS農業ドローン協議会認定教習施設で受講できる。料金は代理店により異なるが標準20万円からである。

飛行技能訓練の様子(画像提供:株式会社セキド・あおいドローンサービス)

実際に認定講座を運営しているのはDJI代理店などである。その代理店の中でも、株式会社セキドは2012年に日本初のDJI正規代理店契約を締結したDJIのスペシャリストである。

セキドで認定講座の講師を務める秋庭辰徳(あきにわ・たつのり)さんは、受講者対応について次のように話す。

「受講者に対し、認定講座の前に機体購入に関するアドバイスを行い、基本的に購入希望機体についての講習を行います。ですので講習を終えたら即、機体を購入してドローンでの農薬散布ができます。受講者からは、『購入予定の機体で講習を受けられるから不安が解消され、自信が得られました!』と喜んでいただいています」

資格取得から機体購入・保険加入、飛行許可申請、点検整備までをトータルサポート!

AGRAS農業ドローン協議会では、認定後に農薬のドローン散布の仕事を紹介してくれるようなサービスは行っていない。これは先に記したように、受講者の主な目的が自身の圃場での散布だから、それで事足りるのだろう。

「とはいえ、自分の圃場でドローン散布を始めたところ、近隣の方から頼まれて請負散布を始めた、という方も少なからずいらっしゃいますよ。農薬散布は重労働ですから、今後はそういう方が増えていくのかもしれませんね」と、柳井さんは付け加えた。そのうえで柳井さんは、この協議会の強みはトータルサポートである、と力説した。

「AGRAS農業ドローン協議会を入り口にしていただければ、認定から機体購入と保険加入、それに飛行許可申請や機体整備、機体保証などをトータルサポートさせていただきます。そもそもDJIでは農業ドローンを直接販売しておらず、セキドのような代理店を経由してお買い求めいただいています。代理店には、ご購入者様に必ず認定講座を受けていただくよう、お願いしています。これは当社からすれば安全確保と適正利用を促すための仕組みですが、ユーザーの方はドローン利用にともない発生する面倒な事柄から解放されることになりますから、Win-Winの仕組みと言えるはずです」

2024年10月からオンライン講座も開始

このDJI農業ドローンオペレーター認定講座が2024年10月からオンライン講座を開始し、より受講しやすくなるという。
「オンライン講座は2日間の学科をスマホやPCを活用したオンラインで、好きな時間に受けることができる新しい仕組みです。受講する内容は変わりありませんが、拘束日数の面で受講者にメリットがあります」(柳井さん)
これは過去の受講者と講師からの「拘束時間が長い」という意見を反映させたもの。もちろん3日間の実技講習は従来通り必要だ。なお、若干ではあるが、講習料金も下がる可能性があるという。DJIの機体の購入を少しでも検討している人は、これを機会に認定講座を受講してみてはどうだろうか。


  

オプティム:共同散布を請け負うプロのドローンパイロット育成プログラム

スマート農業に興味がある人なら、株式会社オプティムの名を聞いたことがあるだろう。「楽しく・かっこよく・稼げる農業」を目標に掲げてスマート農業を推進するテクノロジー企業だ。
そんなオプティムが育成するのは、農薬散布の請負を専門とするプロパイロットだ。もちろん、自社農場での農薬散布のための、機体メーカーの認定講習を受講することもできるが、ドローンは高価であるため、より早く原価を回収するために、他の農家の散布を請け負いたいという人も少なくないはず。そんな人にもピッタリな講座と言えるだろう。
また、非農家かつドローン初心者であっても、オプティムのドローンパイロットとして登録して免許取得+同社独自のトレーニングプログラム(スキルアップ講習)を終えれば、共同防除の請負ができる、という魅力もある。

サービスのカタチに応じた適切な育成プログラム

オプティムの先進性の象徴と言えるサービスといえば、「ピンポイントタイム散布」である。
このサービスでは、作物の生育予測技術と病害虫発生予察技術を活用することで、圃場ごとに適期を判定して防除を実行する。これにより最低限の農薬を散布して最大の防除効果を提供できる。また、資材の決定や注文情報のデジタル化、委託パイロットの選定から散布日の決定といった作業をオプティムが対応するため、防除取りまとめ団体の管理業務を大幅に削減できるのもメリットだ。

大規模農業生産者や防除取りまとめ団体が抱えていた「無人ヘリなどによる共同防除では適期に農薬をまくことができない……」という課題の解決につながっている(画像提供:株式会社オプティム)

このピンポイントタイム散布に対応できるドローンパイロットを、オプティムは同社独自のトレーニング「スキルアップ講習」で育成している。同社ビジネス統括本部の大澤(おおさわ)さんが説明してくれた。

株式会社オプティム ビジネス統括本部の大澤さん(画像提供:株式会社オプティム)

「当社のスキルアップ講習は、機体メーカーが行う認定講習に付随する形で行われています。講師は当社スタッフまたはメーカー代理店と契約した業務提携パートナーが務め、講習期間は3~4日。1日目が座学で残りが実技です。一般的には4人から、場合によっては1人でも開催しており、料金は1人あたり20万円前後。人数によってはディスカウントも可能です。講師の関係圃場やオプティムが確保した圃場などで実施するのが一般的ですが、受講者が農業生産者の場合はご自身の圃場でも開催可能です」

大澤さんは「オプティムのスキルアップ講習の受講者には、農家さんもいるが、非農家の方が多いのが特徴」と説明した。そのためスキルアップ講習では、圃場での立ち回りを含めた農業の慣習もレクチャーしている。農薬の取り扱いのほか、圃場で行ってはいけないこと、圃場ですべきこと、などだ。これらは非農家の受講者が共同防除をはじめとした請負散布に取り組む助けになるに違いない。技術面では、圃場間移動の方法や農薬補充タイミングといった実践的な内容が講習に含まれている。

圃場間移動やバッテリー交換タイミングなど、請負散布で必須の細かな知識も得られる(画像提供:株式会社オプティム)

散布の仕事のマッチングも。営業活動は必要なし

ドローン初心者であっても、オプティムのスキルアップ講習を修了すると、仕事をマッチングしてもらえる可能性がある。非農家で農薬のドローン散布請負事業を志す人にとって、これは何よりもうれしいサービスに違いない。

「当社が共同防除を受注したら、登録しているドローンパイロットから請け負いたい人をつのる形をとっています。共同防除の実施主体との契約は当社が結び、散布作業を当社と契約したドローンパイロットが担う、という形です。当社から直接ドローンパイロットに依頼する場合もあります。優秀なドローンパイロットとは年間契約、つまり年間報酬を約束した契約を結ぶ場合もありますよ。農業法人の経営者の方の中には、この請負散布を経営に組み込み、ご子息や従業員を当社の請負散布に専念させる、という方もいらっしゃるほどです」(大澤さん)

なお、経験豊富なドローンパイロットであれば、オプティムによるトレーニングプログラムを受けなくても技術と経験を確認のうえ、同社のドローンパイロットとして登録できる。技術に不安がある人は、スキルアップ講習を受講するとよいだろう。

オプティムに登録したパイロットが業務のマッチングを受けるまでの流れ(画像提供:株式会社オプティム)

元受講者にも話を聞いた。スキルアップ講習を終えたばかりの宮野さんは農家ではない。ドローンパイロットとして散布事業に参入するために受講したという。宮野さんによると、初心者講習で農業の慣習を理解できていたお陰で、初めての実践で1日に17ヘクタールもの広さの散布業務にも不安なく取り組むことができたという。
「講習で安全管理のポイントを知ることができたのも大きかったですね。初めての現場でも障害物や地形を分析して、飛行経路や飛行高度をスムーズに把握して散布を実行できました。もしも講習を受けていなかったら、恐らく効率は半分以下だったと思います」(宮野さん)
今では、中山間などの難度の高い現場の案件も受注しているという宮野さん。今後も継続して事業化できるという手応えを感じているそうだ。

また、オプティムとスキルアップ講習の講師として契約している小山さんは、当初はドローンパイロットに登録してピンポイントタイム散布を請け負っていたが、特に経験豊富でスキルが高かったことから、オプティムから講師を依頼されたという。
「これまでに、安全管理の知識と飛行・散布技術を習得せずに請負事業に参入し、事故やトラブルを引き起こしてしまう方をたくさん見てきました。そうしたことが起こらないよう、これからの農業を支える若い世代の方が安心してチャレンジできる環境を作ることで、農業に貢献したいです」(小山さん)

このように、オプティムのスキルアップ講習では、非農家やドローン初心者であっても、共同防除を担うことができるプロドローンパイロットを丁寧に育成していることがわかる。

ここまで丁寧な講習を行うのには理由がある。共同防除では、少なくとも50ヘクタール以上、広いと1000ヘクタールほどの面積で実施することがあるからだ。「この規模を、限られた期間に、安全を確保して品質を保ちながら散布するのは、自分の圃場を散布するのと訳が違います。ご自身の圃場であれば、圃場ごとの適期や危険な場所なども熟知していますが、共同防除ではそうはいきません。それを実現できる能力を持ったプロドローンパイロットを育成するのが、当社の『スキルアップ講習』です」(大澤さん)

「農業生産に貢献したい」という志があれば成功する!

こうした教育環境が整い、仕事のニーズも確実にあるとなれば、今後ますます農業用ドローンのプロパイロットになりたいという人は増えそうだ。ではいったいどんな人がプロパイロットとして成功するのだろうか。これまでさまざまなプロパイロットを見てきた大澤さんは、「『稼げる!』と考えてドローン散布に挑戦する方がいらっしゃいますが、実際には『農業生産の持続化に貢献したい』というような、高い志を持った方が成功しています。最近では、一般の方にも農業生産現場の窮状が伝わりつつあり、何とかしたい、と考えている方が増えています」と話す。
また、プロドローンパイロットは栽培以外での“農業への参入”でもあるという。「非農家の方が農業を始めるのは大変です。でも、ドローン散布であればすぐにでも農業生産に貢献できます。興味を持たれた方はぜひ、挑戦してください」(大澤さん)