【プロフィール】
■横井真人さん

多度グリーンファーム 代表
高校卒業後、ブラジルへ渡りプロサッカー選手として活躍。約13年間ブラジルで暮らす。帰国してからは、青果店を営む父が始めた農業を継ぐ。現在はイチゴの栽培や収穫体験、イチゴ狩りのほか、バーベキュー場や農園カフェ、キッチンカーでの出張販売なども展開する。

■岩佐大輝さん

株式会社GRA代表取締役CEO
1977年、宮城県山元町生まれ。大学在学中に起業し、日本および海外で複数の法人のトップを務める。2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。著書は『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)ほか。

■横山拓哉

株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長
北海道出身。国内外大手300社以上への採用支援、地域創生事業部門などで企画・サービスの立ち上げを経験。2023年4月より同事業部長就任。「農家をもっと豊かに」をテーマに、全国の農家の声に耳を傾け、奔走中。

作ったイチゴはすべて使い切る

横山:今日は、多度グリーンファームさんに来ました。代表の横井さんにいろいろ聞かせてもらえたらと思います。よろしくお願いします。

岩佐:横井さんは、私たちイチゴ業界の中で最も注目されていて、本当に大成功されている観光イチゴ農園の経営者です。横井さんはお父様の始めた農業を継ぐことになったそうですね。継いだとき、ビニールハウスはどれぐらい建っていたんですか。

横井:僕が手伝い始めたころは3棟かな。始めてみたら「イチゴってこんなに人気あるんだな」って。観光農園にお客さんが次から次に来て。それで翌年5棟にして、その次は8棟にして、毎年ちょっとずつ増やしていって。今は26棟で、6万5000〜7万株のイチゴを栽培しています。

岩佐:ということは、1ヘクタール相当の大規模な施設があると。すべてイチゴ狩りで消費されるんですか。

横井:イチゴ狩りとイチゴの直売、あとは農園カフェのメニューに使います。「イチゴは絶対に売り切れを出したくない」「あるイチゴは全部使おう」という感じでやっています。卸すことはしないですね。余りそうだったらイチゴ狩りのお客さん入れたり、カフェメニュー増やしたり。どうしてもというときも、冷凍さえしてしまえば加工品にできますから。

岩佐:冷凍庫のようなもので保管しているんですか。

横井:冷凍室が3カ所にあるのですが、トータルで13坪。全部にイチゴが入っています。ピークのときは4〜5トン入りましたね。コロナ禍のときも全部一旦凍らせて、「けずりいちご」で使おうと考えていました。

岩佐:完全な6次産業化ですね。生産をして加工して直接販売までして全部のイチゴを売り切る。そういうスタンスでやっているんですね。

地元のお客さんを大切にする

岩佐:イチゴ狩りのお客さんは年間何人ぐらいですか。

横井:コロナ禍の前は、ピークで約2万人でした。コロナで6000〜7000人に落ちましたが、逆に直売所にイチゴだけを買いにくる人が増えましたね。うちはコロナが始まる前から「観光バスお断り」というスタンスでやってたんです。OTA広告(旅行サイトへの掲載)の手数料システムが嫌で。あと、そのときだけ来るお客さんに、僕はどうしても心を開けなくて。

岩佐:横井さんはその辺り、はっきりしてますよね。

横井:リピーターを増やしたかったんです。観光バスをバンバン受け入れたら楽かもしれないけど、「それは違うだろうな」と。一見(いちげん)のお客さんより、地元のお客さんに何回も来てもらった方がいいなって。コロナ禍で近郊の農家さんが「観光バスが一切入ってこなくなったから大打撃だ」と言ってたんですけど、うちは普段から観光バスを受け入れていなかったので、そういう打撃はありませんでした。逆に売り先はいっぱい持っていましたね。

岩佐:地元の人を大切にするのは「お金を稼ぐ」以外の何かポリシーがあるんですか。

横井:正直「あの時、受け入れていればよかったな」と思う時もあります。でも、じゃあコロナが明けたときに、みなさん来てくれるのかなと。だから地元の、普段から来てくれる人を優先したかったというのは正直あります。

岩佐:多度グリーンファームには、バーベキュー場もあるんですよね。

横井:もともとイチゴ狩りのお客さんから「イチゴ狩り以外に何かできないの」という声がありましたし、お客さんがイチゴだけ食べてすぐ帰っちゃうのが、すごくもったいない気がしていて。お客さんの滞在時間を増やしたいのと、イチゴ狩りに行くというより「グリーンファームに行く」と思ってもらえたら楽しいだろうなと考えたんです。それでバーベキュー場をスタートしました。あとは体ひとつなんですけど、キッチンカーで出張販売もして、さらに外へ攻めています。

岩佐:世の中というより、お客さんだけを見て、経営をしているんですね。

横井:農業経験もなかったので、専門的なことはわからなかったり、勉強不足の部分もあるんですけれど、僕はサッカーをやっていたこともあって負けず嫌いなところがあって。盛り上がっている農園さんとかを見ると「うちもああなりたいな」とか。僕はスター選手ではなかったけれど、気持ちを強く持っている部類の選手だったと思っています。

夏でも売り上げを落とさない経営戦略

岩佐:夏でも売り上げをほとんど落とさないイチゴ狩りの農家さん、僕は横井さんぐらいしか知りません。冬にきっちり売り上げを立てて、夏はちょっと休むみたいなところが多いと思います。

横井:正直、もっとイチゴの栽培に特化すれば、効率よくできる部分はあるかもしれません。でも「これ以上もう無理かな」と思うところがあるので、だったらイチゴ以外でも収益が欲しいと考えたんですね。イチゴの売り上げが2〜3割落ちたときや、イチゴのシーズン外でも稼げるように、という感じでやっています。

岩佐:ちなみにイチゴ狩りの料金っていくらですか。

横井:うちは他より100〜200円高くて、今シーズンは1人2700円で設定しています。その代わり、プールもあるし、カフェでスイーツも食べられるし、お土産も買える。数百円の価格で勝負するんじゃなくて、ちょっと高くても「グリーンファームに」と、選んでいただけるように工夫しています。

岩佐:イチゴは手がかかるので、規模を大きくすれば、もうかるものでもないと思うんです。今が横井さんができる最大の規模なんじゃないかなと感じますが、どうですか。

横井:今のスタッフ数だったら、僕もこれ以上増やすと厳しいかなって思います。僕の右腕が増えたり、優秀なスタッフがもっと集まってきたりすれば、また話は違うんですけど。今の人数で効率よく回していって、スタッフが増えて、さらに攻められるときは、また次の手も考えます。

広告費を使わない集客

岩佐:横井さんは、広告費ゼロで集客されているんですよね。だから売り上げからお客様へのサービスに還元できるし、当然、利益率も良くなると思います。どうやってお客さんを増やしていったんですか。

横井:いろんなことがありますが、やっぱり「思い」だと思うんですよね。言い方は悪いですけど、いかに口説くか。お客さんと会話しながら、うちのアピールポイントを伝えたり、お客さんの要望を聞いて、できることは実現する。すべてお客さんとの会話の中にヒントがあって、「どうしたら喜んでもらえるかな」「どうしたら楽しかったなと思われるか」を考えています。あとはよそにないイチゴ狩りのシステムを使って、「あそこしかやっぱりないよね」と思わせるかが鍵じゃないかなと思います。

横山:その「思い」はどうやって届けていたんですか。

横井:僕がもう暑苦しく語りました。イチゴ狩りの案内中にもどんどんお客さんに話しかけましたね。20年前はこの辺にイチゴ狩りできるところが少なかったんです。でも需要はあったので、来てくれたお客さんを大事にしました。可能な限り僕がハウス内を歩き回っていましたね。お客さんの表情を見て話しかけて、一緒に写真撮ったりして。とにかく会話が1番大事だと思っていました。

岩佐:お客さん全員と話したんですか?

横井:年間5000〜7000人ぐらいまでだったら、全てのお客さんと会話できました。ただ、2万人の規模になったので。歯がゆいところはありますが、今は担当スタッフと分担しています。うまくいかないところももちろんありますが、お客さんと会話するのが好きですから、自分も楽しみながら取り組んでいます。

多度グリーンファームの農業戦略のポイント

横山:岩佐さん、では今日の「まとめ」をお願いします。

岩佐:はい。多度グリーンファームの農業戦略のポイントは次の五つだと思いました。

多度グリーンファームの農業戦略のポイント
自分で管理できる規模を正確に把握 ワークスタイルやライフスタイルに合った最適規模によってサービスを維持できる。
客単価を最大限まで高める経営努力 バーベキュー場、農家レストラン、直売所などイチゴ狩り以外の設備も設けて客単価を最大限まで高める。
季節に関係なく売り上げを最大化するビジネスモデル とにかく顧客思考。春の時期はイチゴだけでなくバーベキューもやるなど、シーズンにこだわらないビジネスモデル。
ユーザーの声を聞き顧客満足度を最大化 プール、バスケットゴールなどはユーザーの声なしに発想しにくい。結果的にユーザーの滞在時間と消費量が拡大する。
広告費ゼロ! 完全100%自社で集客することで、顧客や自社へのメリット拡大 地元のファンやリピーターを増やすことで、顧客への売上還元や、自社の利益率向上につながる。

岩佐:また、これらを行ってきた横井さんの、プロサッカー選手時代のパッションのようなものも今日は感じました。本当に素晴らしいビジネスモデルを作られているなと。

横井:お恥ずかしい。まだまだ未熟なところもありますし、成長段階というか、やりたいこともいっぱいあります。現状に満足せず突き進みますので、今後ともよろしくお願いします。

(編集協力:三坂輝プロダクション)