Netflix(ネットフリックス)で独占配信中のドラマ『極悪女王』に気になるクルマが登場しています! ヒール役として覚醒し、クラッシュギャルズの敵役として人気(?)に火が付いたダンプ松本(演:ゆりやんレトリィバァ)が、ドラマの中で現金一括で購入した日産車とは? 自動車YouTuberのシオミサトシこと自動車ジャーナリストの塩見智さんに解説をお願いしました。
『極悪女王』とは?
いやぁ面白かった。Netflixの『極悪女王』。1980年代の女子プロレス界で活躍したクラッシュギャルズ(ライオネス飛鳥と長与千種)や極悪同盟(ダンプ松本、ブル中野ほか)などの活躍と業界の盛衰を描いた物語だ。
1972年生まれの私は当時の女子プロレスの盛り上がりをなんとなく覚えているが、高い関心があったわけではなく、テレビでやっていたら観る程度だった。彼女たちの派手な活躍の裏に大いなる悲哀が込められていたことなど、もちろん当時は知るよしもなかった。ただ今回のドラマは、途中で観るのをやめられず、最終話までイッキに観てしまった。自分が彼女たちの年齢の頃は人気や実力があったわけではないが、純粋で、不器用で、世間を知らず、大人に翻弄される彼女たちの姿には大いに共感できた。
先般、当サイトにてNetflixシリーズ『地面師たち』に出てきたクルマを解説する原稿を依頼されたので、もし『極悪女王』にもクルマが何らかの意味をもってフィーチャーされていれば、依頼がくるかもしれないとは思っていた。案の定きた(笑)。
ここからは、物語の後半に、成功したダンプ松本が購入する日産「フェアレディZ」について触れてみたい。
ダンプ松本が購入したクルマは?
ダンプ松本は小さなころから憧れていた女子プロレスラーとなり、ある時からヒールとして人気が出て、これまでとは比較にならないほど高額の給料をもらうようになった。彼女の成功の証として登場するのが赤いフェアレディZだ。
フェアレディZは1969年に日産から発売された2ドアのスポーツカーだ。一般市民にとって安い価格ではなかったが、欧州のもっとずっと高価な本格的スポーツカーに迫る動力性能を持ち合わせていることを考えると安かった。“プアマンズ・ポルシェ”と呼ばれることもあった。
彼女が購入したのは1983年に登場したフェアレディZ。3世代目となる「Z31型」だ。
エンジンの排気量は2リッターと3リッターがあり、いずれもV型6気筒のターボだった。いわゆるハイパワーエンジンだ。3リッター車のほうがよりパワフルなのだが、当時は排気量2リッター未満が5ナンバー車、2リッター以上が3ナンバー車と分類されていて、今とは税率が異なっていた。多くの市民は税率の低い5ナンバー車を選び、維持費が高い3ナンバー車に乗るのは、かなりの成功者か道楽者(堅気じゃないというニュアンスを多分に含む)という風潮だった。作品からは識別できないが、彼女が購入したのは皆が憧れた3リッターモデルだろう。
作品では、歴代の女子プロレスラーたちが、人気が高い時期には会社からちやほやされるものの、年齢を重ね、集客力に陰りが見えてくると途端に雑に扱われるようになる残酷な図式が描かれる。会社は常にフレッシュなレスラーを仕立て上げ、プロレスのみならず、歌を歌わせるなどのあらゆる手段で利益を上げようとする。
ところで、クラッシュギャルズや極悪同盟などの女子プロレスがブームを迎えた1980年代から1990年代にかけては、日本の自動車メーカーが勢いを増し、世界を席巻し始めた時代でもある。日本全体がバブル景気に踊らされていた時代だ。当時の日本メーカーからはどんどん新型車が登場し、国内外で販売された。海外市場で売れすぎて貿易摩擦を引き起こしたりもした。約2年で小変更、約4年で刷新を繰り返し、そのたびに新機能や優れた動力性能を獲得していった当時の日本車は、まだクルマを持ってない人は欲しくなり、すでに持っている人でも買い替えたくなるような商品だった。
例えばダンプ松本が買ったZ31型は、すでにV6ターボエンジンモデルをラインアップしていたにもかかわらず、途中で同じ排気量2リッターの直列6気筒ターボエンジン搭載モデルが追加となった。同じ排気量のV6ターボと直6ターボの2種類を販売するなどということは、現代の感覚では到底考えられない。非常にぜいたく、あるいは非効率なラインナップだ。
けれども、当時は今よりも燃費や排ガスクリーン度に対する要求が低く、とにかく走らせて楽しいエンジンをたくさん出して、たくさん売ろうという世界線だった。だから、同じ排気量で形式が異なるふたつのエンジンというラインアップがあり得たのだ。排気量が同じだと絶対的な性能はだいたい一緒なのだが、形式が異なるとドライバーの感じ方(気持ちよさ)が異なる……それだけの理由で。
機械のクルマと人間であるレスラーは根本的に異なるものの、当時のプロレス団体にとっての女子プロレスラーは、自動車メーカーにとっての新型車と同じような存在だったのかもしれない。
女子プロレスラーたちより稼いでいたのは…
ところで、『極悪女王』の第3話には、全日女子プロレス幹部の松永俊国(演:斎藤工)が、メルセデス・ベンツの「280CE」(W114。250CEの可能性もあり)あたりを運転し、兄の松永高司社長(演:村上淳)宅を訪れ、社長所有の1978年前後のリンカーン「コンチネンタル」の隣に駐める場面がある。
リンカーンはフォードのプレミアムブランドで、今も昔も成功した人間が乗るクルマの典型例。いっぽう弟の280CEは、現代の「Eクラス」に通じるミディアムクラスのクーペだ。コンチネンタルが排気量7.5LのV8エンジンを搭載するのに対し、280CEは2.8Lの直6エンジンを搭載する。
劇中、弟の俊国が高司のリンカーンを眺めながら「またガソリン食うしか脳がないようなクルマを買ったのか」と揶揄し、社長が「ガキにはアメリカ車のよさがわからないんだよ」と返す場面がある。いずれにせよ、両車ともフェアレディZよりも何倍も高い高級車であり、当時人気絶頂で人々に憧れられたダンプ松本らを擁した経営陣が、レスラーとは比較にならないほど儲けていたということが伝わってくる。映画やドラマにおけるクルマは、非常に雄弁な小道具なのだ。