本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

ある日、不動産業者から「畑を返してほしい」と連絡を受けた僕。思い通りに収益が上がらない中、農地という”最強アイテム”をゲットできたことが唯一の希望だっただけに、突然の申し出を受けた僕は大きく動揺してしまった。

荒れ果てた状態から苦労して開墾した畑だけに、ショックは大きかったものの、地主の強い意向であれば返す他に選択肢はない。しかし、畑を返して面積が減ってしまえば、売り上げ減は避けられない。そこで僕は、畑を返す代わりに損害賠償を要求。交渉の結果、賠償金の代わりに、より条件の良い畑を代替地として借りることに成功したのだった。

天気予報の確認は農家の大切な日課

畑を返却する手続きなどが一段落した10月下旬のある日、僕は自宅で昼飯を食べていた。
「やっぱり農村は異世界だな。想像していないことの連続で嫌になる……」
これまでのあれこれを思い起こすと、予想外の事だらけだ。しかし、ため息をついてばかりもいられない。やるべき作業は山積していて、昼食を味わう気持ちの余裕も無いほどだった。
「新しく借りた畑の作付けもそろそろ考えないと……」
そんな事を考えていると、スマホが鳴った。どうやら天気予報アプリの通知が来たようだ。箸を置いて通知を確認すると、僕はちょっと驚いた。
「あれ? 今から雨が降るの?」

スマホアプリでの天気予報(画像はイメージ)

アプリの情報によれば、1時間後に大雨が降るらしい。今朝天気予報を確認した時にはそんな情報は無かったと思うのだが……。
農家にとって、天気予報の確認は大切な日課だ。数日先までの予報を見ながら、今日やるべき作業を考えて行動する。ただ、突然の大雨などで、スケジュールの変更を余儀なくされることも多い。大まかな予定は立てるものの、天候次第で臨機応変に行動しなければいけないのが、農業の難しいところである。

今年は9月に入ってからは秋雨前線が活発化し、例年以上の雨に降られていた。そろそろ始まるタマネギの定植作業の準備もだいぶ遅れている。今日は午後からトラクターで畑を耕そうと考えていたが、また段取りを変える必要がありそうだ。

「まあ、天気ばかりは仕方がないか……」

そう思いながら翌日以降の段取りを考え始めた僕だった。
この1週間後、タマネギの苗の定植を終えた畑が、まさかあんな事になるとは想像もしていなかった。

予想を超える大雨で畑が大変なことに!

数日後、僕はなんとか遅れを挽回してタマネギの苗の定植を開始でき、安堵(あんど)していた。落ち着いた気持ちで家族と夕食を食べていると、テレビから聞こえてきたアナウンサーの声に、僕はドキッとした。「線状降水帯が発生し、各地で猛烈な豪雨が起きています!」

テレビでは暴風雨への注意を呼び掛けがなされていた(画像はイメージ)

夕方の情報番組で、最近頻発しているゲリラ豪雨について報じていたのだ。そう言えば先日も、隣の県で猛烈な雨が降り、土砂災害が起きたというニュースを見たばかりだ。ただ幸いにも、僕が住んでいる地域は住宅地にも近い比較的平坦な地域で、土砂崩れが起きそうな崖などはない。氾濫の危険がある河川からもだいぶ距離が離れている。
テレビを見ながら妻が
「うちの畑は大丈夫なの?」
と聞いてきたので、僕は
「うちは大丈夫だよ。でも、山間部で農業をしている人は、きっと大変だろうなぁ」
と、どこか他人ごとのように答えた。
するとスマホの天気予報アプリの通知が鳴った。この後、僕の地域でも猛烈な豪雨が発生するらしい。その通知を覗(のぞ)き込んだ妻は心配して
「ほら、うちの辺りも豪雨になるって言ってるじゃない」
と言ったが、僕は真に受けていなかった。
「数日前も同じような通知が来たけど、大した事はなかったし、まあ大丈夫でしょ!」

そう高をくくった僕は、次の日の作業に備えてさっさと就寝した。
しかし夜中の3時頃、ゴーっというすさまじい雨音で目が覚めることになった。

「え? こんな激しい雨の音、聞いたことがないけど……」

その後は胸騒ぎが止まらず一睡もできないまま辺りが明るくなるのを待って、軽トラックでタマネギを定植した畑へと向かった。

「良かった! ここは何とか大丈夫そうだ!」

最初に訪れた畑は、何事も無かったかのようにタマネギの苗が植わっていた。マルチもはがれている様子はない。復旧作業は必要なさそうだ。
僕はほっとしながら、次の畑へと軽トラを走らせたのだが……。
そこには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた!

そこは、元々田んぼだったところに土を盛って作られた畑だった。周りには田んぼが広がっていて、僕が耕作している別の畑に比べるとかなり低い場所にある。以前から雨が降ると水が溜まることがあったが、水はけを良くするために畝を高く作って対策していた。しかし、その畝をすっぽり覆うように冠水して、一面が池のようになっていた。

「やっぱり……。ここはダメだったか……」

植えたばかりのタマネギの苗は、水の上にぷかぷかと浮いていた。せめて根がきちんと活着した後だったら、苗が流されることも無かったのに……。今更そう思っても仕方がない。僕はその場でできるだけ苗を回収し、後日改めて定植することにした。

今度は台風が襲来!大丈夫だと思っていたら……

ゲリラ豪雨の後は幸いにも好天に恵まれ、水が引いた畑で無事に苗を植えることができた。作業は1週間ほど遅れたものの、何とか挽回できそうな被害である。

気が付けばもう11月。残りのタマネギの定植もあるし、その他の野菜の準備も始めないといけない。
そんな折、更に厄介な事が起きた。台風が発生し、日本列島へと徐々に近付いてきていたのだ。

僕は、夕方のテレビ番組で台風の最新情報をチェックした。「11月としては過去にない規模の台風が近付いています!」とアナウンサーが伝えている。

台風の強さは970ヘクトパスカル。最大瞬間風速は35メートル。予報円を見てみると、明後日の夜には僕が居る地域に最接近するようだが、台風の中心からはだいぶ離れている。

「台風の中心から距離があるし、まあ大した事はないだろう」

僕はそう考え、最低限の備えで台風をやり過ごすことにした。うちでは冬場の苗作りなどに使うため、小型のビニールハウスを建てていた。強い風が吹けばビニールが破れるなどの被害が出る可能性がある。でも、これくらいの規模の台風であれば大丈夫だろう。そう判断した。

次の朝も上空に青空が広がっていた。
「台風が来る気配なんて全く無いな」

そう思いながら、僕は午前の畑作業に勤しんだ。昼すぎから徐々に雲行きが怪しくなってきたものの、やっぱり暴風雨が迫っているようには思えない。僕は作業を終え、この日は早めに就寝した。

そして翌朝。僕は自宅を出て驚いた。周辺にどこかから飛んできたゴミや木くずなどが散乱していたのだ。農作業で疲れて熟睡し全く気付かなかったが、夜のうちに台風の影響でかなりの強風が吹いたらしい。僕は嫌な予感がした。

そして予感は的中した。ハウスが建つ畑に行ってみると、ビニールがビリビリに破れ、風に揺れていたのである。ハウスの骨組みは無事だったものの、ビニールは補修しても使い物になりそうにない。

「この台風の規模で……。完全に油断していた」

天気予報の情報から取るべき対策を正しく判断するのは難しい。僕はそう悟ったのだった。

次の台風に備えて万全な対策を講じたのだが……

台風で破れたビニールハウスを補修(画像はイメージ)

悪い事は重なるものだ。引き裂かれたビニールを撤去し、予備のものに取り替える作業を終えた頃になって、また別の台風が接近してきたのだ。

「え? もう11月も後半になりそうだけど、また台風がやってくるの?」

調べてみると台風は8~9月の発生が多いものの、過去には11月下旬に上陸したケースもあるらしい。決して台風と無縁の季節ではないのだ。

「やっとハウスを直したのに……」

天気予報を見てみると、前回の台風と同じような規模で、同様のコースを進みそうだ。

「もうビニールを裂かれるのは嫌だ。今回は早めに対処しておくか」

台風が最接近するのは明後日の朝頃の予定だが、僕はすぐさまビニールを外して台風に備えることにしたのである。

そして迎えた最接近の日。朝起きてみると、昨日までの予報がウソのような青空が広がっていた。どうやら当初と進路が変わり、僕の住む地域からはるか遠くを台風が進んでいるようだ。普段に比べて確かに風は強いものの、暴風というレベルでは全くない。

台風が来るとは思えない青空(画像はイメージ)

「こんな事ならビニールを外さなければ良かった……」と後悔した僕。ビニールを再び張り直さなければならなくなり、せっかく挽回したスケジュールがまた大幅に遅れることになったのである。

異世界に転生する前は、用水の状況を見に行ったり、ハウスの見回りに出掛けたりして事故に遭う農家のニュースを見て、「なんでそんな事をするの? 命の方が大事でしょ!」と不思議に思ったものだ。だが、今ではその気持ちが痛いほどよく分かるようになった。

レベル21の獲得スキル「天気の情報をこまめに収集。圃場ごとの傾向を掴め!」

「大雨や台風に備えて事前の準備を!」という話はよく耳にするが、農家としては、事前に準備をする事自体が大幅な作業の遅れにつながるため、「できれば最小限の対策のみでやり過ごしたい」というのが本音である。中には栽培途中の農作物の収穫を諦めないといけない場合もあり、大掛かりな対策を講じる時は、正に断腸の思い、苦渋の決断となる事が少なくない。

「天気の事は仕方がない」と割り切らないといけない面もあるが、こまめに天候に関する情報を収集し、圃場(ほじょう)ごとの傾向を掴(つか)んでおけば、最小限の備えで被害を抑えるケースもあるだろう。それでも想定外の大災害が発生したら、どうしようもないのが農業である。リスクを分散するため、「栽培期間の違う別の作物を栽培する」「圃場をいくつかに分ける」といった自助努力に加え、「収入保険」「農業共済」などもうまく活用しながら、万が一の収入減に備えておくのが賢明だ。

人知を超えた“自然災害”という強敵が襲来し、成す術なく翻弄され続けることになった僕。改めて農業しながら異世界で生き抜く厳しさを味わったのだが、まだまだこの世界には、思いがけない難敵がたくさん待ち構えているのだった……。【つづく】