農業生産者・学生・教員がスマート農業を広く学ぶ環境を作る

取材に応じてくれた北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 生物生産研究農場教授の星野洋一郎(ほしの・よういちろう)さん

北海道大学スマート農業教育拠点(以下、同拠点)が設置されたのは2022年のこと。農林水産省のスマート農業教育推進委託事業の拠点校として、同学のこれまでの研究に基づく知見を基盤に、スマート農業教育を包括的に支援する事業を提案して採択された。
教育を受ける対象者は幅広く、主には現役の農業者、学生、教員である。2023年には学内にスマート農業教育研究センターが設立されたが、同拠点は定期的に通って授業を受け実習をして……というような、一般的な「学校」ではない。
この拠点の目的と意義について、事業責任者の星野洋一郎さんは次のように言う。

「スマート農業の社会実装が求められている一方で、それを学ぶための環境がこれまで整っていませんでした。そこで本拠点では、スマート農業の社会実装に向けた教育プログラムの開発を実施しており、具体的には現役農業者向け研修、農業高校や農業大学校の教育者向け研修、そしてオンライン教材の制作の3本柱で事業を実施しています」

つまり、同拠点の目的は直接的にスマート農業を担う人材の育成をするだけでなく、その人材を育成するための教育者や教材の開発も行うことなのだ。スマート農業の機器やサービスを使いこなし、それらを通じて得たデータを有効活用して農業経営に生かすことができる人材を育てることを目指している。

2023年8月に開所した北海道大学スマート農業教育研究センター。1階はロボット格納庫とロボット開発のための設備。2階はデータ通信や情報処理技術の開発の場であり、遠隔操作を行うロボット監視室も設置されている

現役農業者は全国で開催されるスマート農業研修で実務を学べ!

同拠点が開発したプログラムについて説明してくれたのは事務を担当する石山知美(いしやま・ともみ)さん。

営農支援システムを座学で学び操作を体験した後、食味・収量センサー搭載コンバインと営農支援システムとの連携を圃場(ほじょう)で体験する研修生たち

「農業者と教育者などを対象に行っているのは、全国各地域で開催している『スマート農業現地研修』です。2022年度は全4回の現地研修を北海道大学と岩見沢市で実施しました。
各回でドローン、水管理システム、自動操舵(そうだ)システム、ロボットトラクター、営農支援システム、センサーベースとマップベースによる可変施肥、などのテーマを設定して、午前中は講義、午後は圃場での見学や試乗、操作体験などを組み合わせたプログラム構成としました。回を追うごとに参加者も増え、活発な議論が交わされていました」

2022年度は主に現役農業者を対象に、土地利用型農業で利用するスマート農業技術に関する研修を実施した。2023年度からは学生や教育関係者も対象とし、開催地域を全国に拡大。研修の内容も地域ごとに特色を持たせた。徳島県での施設園芸をテーマにした現地研修や、沖縄で開催された「亜熱帯地域におけるスマート農業の実践教育セミナー」などが象徴的だが、全国各地の多様な農業生産現場へのスマート農業実装に向けてプログラムを進化させた。

栃木県で行われた施設園芸をテーマとした研修の様子

この「スマート農業技術の現地研修」は、自身のニーズに合ったテーマの回に参加することで、極めて効率的に学べる良い機会になるはずだ。実際に研修の参加者が記入したアンケートには、研修に対する前向きな感想が多いという。「講演と実演が盛りだくさんでとても勉強になった」「スマート農業の現状について、概説だけでなく新たな知見も得ることができた」といった現役農業者からと思われるコメントがあったそうだ。

また、教育関係者向けにはオンラインでの研修も行われており、参加者からは「学生への講義にそのまま使用可能な部分が多く、今後の授業の参考にしたい」という感想も寄せられた。

オンライン教材でスマート農業を基礎から学ぶことができる

次に石山さんが説明してくれたのは「オンライン教材」。既に完成しており、動画がYouTubeで公開されているほか、動画に対応したテキスト教材(フォローノート)も農水省のウェブサイトに掲載されている。

「スマート農業の基本的な技術・用語から実践まで、体系的に学ぶことができる教材に仕上がりました。第1章の基礎編ではスマート農業の基礎的な用語や基礎技術について解説し、第2章ではその技術を利用した応用技術について紹介しています」

オンライン講座の概要。このほか第3章もあり、スマート農業の方向性などを紹介した「トレンド編」となっている

このオンライン教材の目次を眺めていると、学習テーマを回ごとに設定する「スマート農業現地研修」と違って、技術ごとに節が立てられていることがわかる。スマート農業技術を解説する動画では、専門家が詳しく説明をしている。1本30分前後とボリューム十分で充実した内容だが、よりコンパクトにまとめてほしいという視聴者の声を反映して、ショート版も追加で制作して公開したという。
星野さんは「オンライン教材の主な対象は全国の農業高校・農業大学校の学生さんです。彼らは数年後には農業生産の現場に入り、機械やサービスを実際に操作し、さらに機械やサービス導入時には判断する立場になります。そうした次世代を担うであろう学生さんに、網羅的にスマート農業を学んでいただく。それがオンライン教材を制作した主な狙いです。もちろん学生さんだけでなく現役農業者の方にも、ご利用いただくことができますよ」と説明してくれた。動画に対応したテキスト「フォローノート」は全国の農業高校に配布され、副教材のようにして活用され始めている。こうした教材の存在が、スマート農業を教える教員たちの助けにもなるだろう。

現役農業者がオンライン教材を活用するには

しかし、この教材はあくまで学生向けに開発されたものであるため、現役農業者には使いにくいのでは、と感じる。現役農業者がスマート農業を学ぶ動機は、それぞれが持つ課題にある場合が多いのに、それらの課題に直結する構成になっていないからだ。教材は技術ごとの縦割りであるため、どれを学べば自分の抱えている課題を解決できるのか、分かり難いように思う。率直にそう伝えると、星野さんは次のようにアドバイスしてくれた。
「現役農業者の場合は、ご自身が抱える課題と関係がありそうな技術と、その周辺を中心に学ぶとよいでしょう。該当部分を一通り理解できれば、その技術がどのように課題解決に生かせるのか、見えてくるはずです」

学生時代を思い返せば、「学び」には時間がかかるものだった。社会人になると、ついつい即回答を欲しがってしまうが、基礎と応用を時間をかけて学ぶことで、知識は広く、深くなる。そうして得られた知識は、後に必ず役に立つものとなる。

農水省によると、2024年度のスマート農業教育推進委託事業に信州大学が採択され、今後、畜産分野のオンライン教材の作成やスマート農業教育拠点の設置を進めていくという。皆さんも、関心のある技術から「オンライン教材」でスマート農業を学んでみてはどうだろうか?

参考: