今回の配達先は、フランス。マイム俳優の奥野衆英(しゅう)さん(48)へ、長野県で暮らす母・博子さん(77)が届けたおもいとは―。

世界最大規模の演劇祭参加のため、パリからアヴィニョンへ

普段はパリを拠点に活動している衆英さん。この日は、間もなく開幕する「アヴィニョン演劇祭」に参加するため、プロヴァンス地方の小さな田舎街・アヴィニョンに滞在していた。

アヴィニョン演劇祭は、世界遺産である宮殿の中をはじめ、街のあらゆる所で芝居が演じられる世界最大規模の演劇フェスティバル。1000を超える団体が参加し、約1か月間にわたって毎日公演が行われる。

そんな演劇祭で衆英さんが演じる「マイム」は、言葉を使わず動きと表情だけで観客に語り掛ける芸術。フランスでは伝統的な芝居として認識されていて、セリフがないため全ては見る人の想像力に委ねられている。

高校はバレーボール部 あるとき“パントマイムの神様”に衝撃を受け…

高校まではバレーボール部に所属し、アートや芝居とは全く無縁だった。だがふと自分で何かを表現したいとの思いがわきあがり、その頃に見たのが“パントマイムの神様”ことマルセル・マルソーの舞台だった。

人生観が変わるほどの衝撃を受けた衆英さんはたちまちマイムにのめり込んでいくが、気掛かりだったのは母のこと。衆英さんが3歳のとき父が交通事故で他界し、きょうだい3人を1人で育ててくれた母には、渡仏して芸術の道に進むことをなかなか言い出せなかった。5年悩んだ末、ついに思いを母に告げた衆英さんは、25歳でパリにあるマルセル・マルソーの学校に入学。憧れのマルソーから直接指導を受け、今では自身の公演のみならず、舞台演出の仕事やマイムの講師も務めている。日本を離れて23年、マイムの仕事だけで生活できるようになったものの、なかなか日本に帰る時間が作れないという。

そして、世界最大級の演劇祭が開幕。アヴィニョンがお祭りムードに包まれる中、いよいよ衆英さんも初演を迎える。演劇祭は最初の1週間が勝負で、評判が良ければ次第に満員に、逆に悪ければ途中で打ち切られることもあるという。

作・演出・主演を衆英さん1人で手掛ける今回の作品は「日曜日の雰囲気」。劇場のキャパは50人で、あえて観客との距離が近い小さなハコを選んだ。観た人全てが幸せになってほしい、そんな思いがこもった物語はただ演じるだけでなく、最後のあるアクションによって作品に込めたさらなる意味が立ち上がってくるという演出。舞台が終わると観客からは大きな拍手がおくられ、衆英さん自身もまた「きっとこういう感じで、より深く知って、より楽しくなっていったら、死ぬまで続けても構わないと思っています」と手ごたえを語る。

演劇祭に挑む息子の姿を感心して見ていた母・博子さん。「一つのことに集中するのは、子どものときから。バレーボールも絶対自分のものにしない限りはダメだった。なので勉強もそっちのけでバレーをやっていました」と振り返り、それが今に繋がっているのではないかと話す。

マイムに魅せられた息子へ、母からの届け物は―

言葉を使わず肉体だけで語る芸術に魅せられた息子へ、母からの届け物は、母が昔のバレーボール部仲間に連絡して集めた寄せ書き。「ここまで頑張ったあなたを誇りに思います」という母からのメッセージも綴られていた。

それを読んだ衆英さんは、「誇りに思ってくれていてうれしいんですけど、そう言われるとまだまだと思わざるをえないですね」と気を引き締めるも、頬にはひとすじの涙が。そして「最近いろんな苦労をしていると、昔の母のいろんな場面を思い出す。そのときと比較して、自分はまだまだだなって思うので…胸を張って、『お母さんより頑張ったよ』って言い切れるところまではやらないとなって思っています」と、今後のさらなる奮闘を誓うのだった。