9月2日の夜、シャン・ド・マルス・アリーナの大歓声に包まれて12人の戦士たちは勝者の円陣を組んで叫んだ。
「ワン、ツー、スリーJAPAN!!!」
夢ではない。本当に世界一になったのだ。興奮を抑えきれない車いすラグビー日本代表選手たちの顔は紅潮していた。
決勝の相手は前回銀メダルのアメリカ過去2大会は準決勝で敗れ、銅メダルだった。前日に“準決勝の壁”を破り、初めて決勝に進出した日本チームの相手は、パラリンピック決勝の常連アメリカだった。
この日のスタメンは<池透暢(3.0)、池崎大輔(3.0)、草場龍治(1.0)、小川仁士(1.0)>。23歳の草場は初出場で決勝のスタメンになった第1ピリオドで、日本代表はいきなり3点のリードを許してしまう。車いすラグビーにおいて、3点差は決して小さくない数字だ。勝てそうで勝てない。3位に終わった過去2大会でも、日本代表だった池透暢キャプテンは「またか(優勝できないのか)」という思いが頭をよぎったという。
しかし、第2ピリオド。アメリカの大黒柱チャック・アオキ(3.0)、最強ミッドポインターのジョシュ・ウィラー(2.5)らを擁する最強ラインに対し、日本は高さのある池のスチールで1点を取り返すと、ベンチはコートにいた池、乗松聖矢に加え、倉橋香衣と橋本勝也を投入。女性プレーヤーのサラ・アダム(2.5F)にタックルするなど、激しいディフェンスを仕掛けて相手のパスを切り裂いた。
「(アメリカのエース、アオキの表情が)だんだん暗くなっていったので、(ディフェンスが)効いているのかなと思った」(倉橋)
この日は、前日の準決勝では動きが硬かったチーム最年少の橋本も、疾走感のある走りでコートをかき回した。
「昨日は(緊張で)吐きそうだったが、今日に限ってそれはなかった。楽しかった」
準決勝では緊張のあまり顔がこわばっていた橋本だが、決勝では堂々としたプレーを見せた対するアメリカは東京大会以降、名選手だったジョー・デラグレーブがヘッドコーチ(HC)になり、チーム再建の道半ばにいる。第2ピリオドでは、タイムアウトを使う場面が増え、焦りが見え始めた。
試合は、前半が終わって24‐23と日本がリード。「金太郎飴のように」(岸光太郎HC)どのラインでも同じように戦える層の厚さが日本の武器だが、この日は第2ピリオドでハマったディフェンス最強ライン<橋本(3.5)、池(3.0)、乗松(1.5)、倉橋(0.5F)>の出番が長かった。
今大会好調だった相手女性プレーヤーを抑えた乗松は、豊富な運動量でチームを支え、「後半、自分のスタミナを生かして粘り強い戦いができた」と胸を張った。
豊富な運動量で相手の動きを封じた乗松アメリカの体力と気力を削ることに成功した日本は、そのままリードを広げ48‐41で勝利。日本が史上初の金メダルに輝いた。
パラリンピックで悲願の金メダルを呼び込んだ次世代エースの“魂のタックル”金メダル候補だった東京大会。日本は準決勝でイギリスに負けて、文字通り大粒の涙を流したが、結果的に若手の小川仁士(1.0)、長谷川勇基(0.5)、中町俊耶(2.0)、そして橋本が世界で通じるプレーヤーになる覚悟を決めた転機になった。
特筆すべきは、44歳の池、46歳の池崎、ベンチに控える最年長49歳の島川慎一(3.0)といったベテラン勢と同様の役割を担う「ハイポインター」橋本の成長だ。東京大会でチームに貢献できる選手になると誓った橋本は、この3年間、車いすラグビー中心の生活をして金獲りに臨んだ。
橋本と抱き合うチーム最年長の島川決勝は、チームで2番目に長い24分間出場し、19点を稼いで勝利に貢献。日本が初めて“世界一”になった2018年世界選手権(シドニー)の準決勝・アメリカ戦では、出場機会がなく、「自分に出番があったらどうしよう」と委縮していた橋本。それだけに強い気持ちでタックルをする橋本の姿は、次世代のリーダーとして頼もしく、先輩たちからエースのバトンを譲り受けるにふさわしい存在感を見せたといえる。試合後、テレビ電話でつないで優勝の報告をしたという前日本代表HCのケビン・オアー氏も大喜びしていることだろう。
「橋本は日本を背負っていくハイポインターになると思うし、なってもらわなきゃ困るし、今回なったかなと思います」とは2012年のロンドン大会から日本をけん引してきた池崎。
橋本は、2028年のロサンゼルスパラリンピックに向ける新しい日本の軸になっていくだろうそんな橋本をはじめとする選手たちに「いつも通りのプレー」を望んだのは岸HCだ。日本に地力がついてきたからだ。特別な気合いは必要ない。それが今までのパラリンピックとは違う点だった。
約1年前オアー氏から役目を引き継いだ岸HCは、リオ大会の銅メダリスト。選手時代には得られなかった悲願の金メダルを獲得した。
「パラリンピックで初めてセンターサークルで円陣を組んだ。まさに、ここが頂上。そこで、今まで引っ張ってきてくれた人たちに感謝し、対戦相手のアメリカにもリスペクトしたうえで、みんなの力で達成できた、と話しました」
「感謝」、「楽しむ」、「いつも通り」を貫いたチームは強い。それを日本が証明した大会になった。
text by Asuka Senaga
photo by Takamitsu Mifune