ほろ苦さのある敗戦も、覚悟と使命感のある選手たちにとってはエネルギーとなり、バネとなる。パリ2024パラリンピックの車いすバスケットボール女子1次リーグ初戦で、日本代表は東京2020パラリンピック金メダルのオランダに34-87で敗れて黒星発進。けれども、試合を終えた選手たちの表情には「もっとやれる」という手応えが漂っていた。
3ポイントシュートに果敢に挑んだ40分間東京大会で金メダルに輝き、2018年、2023年の世界選手権を連覇している最強国オランダに対し、日本代表は昨年の世界選手権で対戦したときには42-96で敗戦していた。圧倒的な高さやシュート技術はもちろん、フィジカルの重さ、さらにはスピードもあり、地力の違いは否めない。けれども日本は、岩野博ヘッドコーチが主導するロングシュートに活路を見出す戦いをチーム全体で表現しようと、40分間を通じて奮闘し続けた。
第1クォーター、日本の最初のシュートはキャプテンを務める北田千尋の3ポイント。その直後に日本の初得点となるミドルシュートを決めた柳本あまねも、自身2本目のシュートでは3ポイントを試みた。北田と柳本の2本はリングに嫌われたが、5分過ぎにベテランの網本麻里がついに3ポイントを成功。自分たちのスタイルを世界に伝えようと挑戦する選手たちの意思は、スタンドを埋める多くの観客にも伝わっている様子で、ときに「ニッポン」コールが起こることもあった。
ベテランの網本麻里ただ、オランダ戦では試合全体を通じてシュート精度が低かった。ゴールから遠い位置に守備ラインを敷く相手に抗おうとするものの、楽な体勢と位置からシュートを打つオランダと比べてタフショットが多くなってしまい、フィールドゴール成功率は40分間を通してオランダ55%、日本23%と、成功率も“ダブルスコア”。この違いがそのまま34-87という最終スコアに反映される結果となった。
選手たちから前向きコメント続々それでも、大会前からチームスローガンとして掲げてきた「Fearless(恐れ知らず)」の姿勢を貫く様子はすがすがしかった。北田はシュートはもちろん、リバウンドも果敢に飛び込み、3ポイント1本を含む7得点11リバウンド。守備でもガッツあふれるプレーを随所に見せた。第4クォーターには相手選手との接触で転倒して頭部を強打したためタンカで運ばれて心配されたが、その後、「特大のタンコブ」ができながらも「元気です」とSNSに投稿している。
ベンチも声を出して応援第4クォーターだけで12得点を挙げるなどチーム最多の14得点と気を吐いた土田真由美は、2018年に自費でオランダに“車いすバスケ武者修行”に出掛けたのを皮切りに、この夏もオランダチームの練習に参加。その心意気が成果として出た土田は、試合後にこう語った。
「海外の選手は当たりが強い。北田キャプテンが飛ばされてしまったみたいに、私もオランダに行ったときはバーンと突き飛ばされたことが何回もあった。大会に入る前に当たりの強さに慣れられたのは自分にとってプラスだった」
さらに、チームとしての成長も実感したという。
「今までのオランダとの試合の中で、相手が私たちのディフェンスを嫌がっている感じが一番あった。まだまだではあるけど、少しずつ世界に通用するようになってきたかなと思っている」
土田真由美は、オランダチームの練習にも参加司令塔の柳本は自身で7得点を挙げながら、針の穴を通すような鋭いパスをインサイドに供給して観衆を沸かせる場面もあった。柳本もコメントの中で、自信をのぞかせている。
「後半、得点がトントントンと続いたシーンもあった。タイミングと気持ちが合えば絶対にいけるんじゃないかと思う」
今回のチームでただ一人、2008年北京パラリンピックを知る網本は、前回大会との違いにも触れた。
「多くの人に日本を応援していただけて、めちゃくちゃ嬉しいと思いながらやっていた。(無観客開催だった)東京パラのときにはなかったので、引き続き会場の雰囲気を楽しみながら自分たちがやりたいバスケをやっていきたい」
司令塔の柳本あまね東京大会の男子の偉業に続くか?パリパラリンピックで車いすバスケットボールの出場国は男女それぞれ8チーム。東京大会より2チーム減った分、過酷な予選を勝ち上がってパリの地を踏んでいるのは選りすぐりの国ばかりだ。
8チームは2つのグループに分かれ、まずは総当たりの1次リーグを実施。1次リーグの順位が決まった後、グループA1位がグループB4位と対戦するなどクロスオーバー方式で準々決勝が行われる。そこで勝てば準決勝、決勝へと進み、負ければ順位決定戦にまわる。日本はオランダ、アメリカ、ドイツと同じグループBに入っており、まずはリーグ戦を少しでも上の順位で終えることを目指す。
地元の子どもたちも日本を応援開催国枠で出場した東京大会に続いて2大会連続出場となっている日本だが、今回は北京2008パラリンピック以来となる予選を勝ち抜いての出場。東京大会で銀メダルを獲得し、車いすバスケットボールの魅力を日本中に知らしめた男子はパリ大会の出場権を得られなかったため、女子にかかる期待は大きい。
使命感に揺さぶられたのか、北田はこう意気込んだ。
「男子が東京で銀を取ってくれて、私たちを取り巻く環境がすごく変わった。パラリンピックで自分たちのバスケを見せないと、車いすバスケの未来を変えることはできない。これからの車いすバスケのためにも戦い、少なくとも1勝はしたい」
初戦で最強の相手であるオランダと戦ったからこそ得られた感触は、パラリンピックを通じて日本チームの大きな武器となるはず。恐れを知らない選手たちがパリで爪痕を残していく姿に注目だ。
北田千尋は大会前、「パリオリンピックのAKATSUKIジャパンを応援しながら見ていて、世界で1勝するのがこんなに難しいのかと感じた」と言い、「AKATSUKIジャパンが達成できなかったことを私たちが引き継いで、日本のバスケを見せたい。番狂わせを起こしたい」と誓ったedited by TEAM A
text by Yumiko Yanai
photo by Hiroyuki Nakamura