わずか47秒前後の時間に、パラ陸上の魅力が凝縮されている。日本がパリ2024パラリンピックで金メダル獲得を目指しているユニバーサルリレーは、「視覚障がい」「切断・機能障がい」「脳性まひ」「車いす」の障がいカテゴリー順に、男女2人ずつ計4人で走る4×100mの混合リレー。さまざまな障がいがある選手が“タッチ”をつないでトラック1周を走り抜く、パラスポーツが示す多様性と調和を象徴する種目だ。
日本は東京大会で銅メダルユニバーサルリレーがパラリンピックで初めて採用されたのは東京2020パラリンピック。日本代表はこの東京大会を目指し、2019年4月からリレーメンバーによる強化合宿を開始した。
ユニバーサルリレーは、各障がいカテゴリーの最も軽度なクラスの選手は4人中2人までだが、男女の順番や軽度なクラスの選手が何走に出るかは自由。さまざまな組み合わせが考えられる中、日本は数々のデータからベストタイムを出す組み合わせを模索しながら強化を進めてきた。
最初にユニバーサルリレーが実施された世界大会は、2019年11月にドバイ(アラブ首長国連邦)であったパラ陸上世界選手権。東京パラリンピックでも採用される見込みとなっていたことで、各国とも気合いの入った準備でレースを迎えた。
ユニバーサルリレーの見どころの一つは、バトンではなく手や背中にタッチして次の走者につなぐタッチの局面。レースではこの「タッチワーク」が勝敗のカギを握る。
タッチワークがカギになる(写真は、パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会)
2019年ドバイ世界選手権には16チームがエントリーし、4組に分かれて予選が行なわれた。日本はロシア、ナミビアと同組。1走は澤田優蘭(T12/視覚障がい)、2走は井谷俊介(T64/義足)、3走は竹村明結美(T38/脳性まひ)、4走は生馬知季(T54/車いす)。4人は合宿で培った“攻めのタッチワーク”でつないでいった。
しかし、ギリギリのタッチを試みるからこそのミスが出た。3走の竹村からアンカーの生馬へのタッチがわずかに手が届かず、失格となって決勝進出を逃したのだ。
ユニバーサルリレーでは、障がいカテゴリーや性別によって助走からトップスピードに乗るまでの時間が異なるため、最速でつなごうとすればするほどタッチが難しくなる。体調や気象条件によってもスピードは左右される。とくに難しいのは2019年ドバイ世界選手権のケースからも分かるように、3走から4走へのタッチだ。4走の車いすは一度スピードに乗ると加速度がどんどん上がるため、スピードを緩めたくてもなかなか思い通りにいかない。また、車いすランナーにタッチするため3走は体をかがめる必要があり、ハイスピードを保つのはより難しい。
だが、このタッチワークこそ日本の武器。個々のベストタイムを足すだけではかなわない相手にも、前走がどの位置に来たときにスタートするかを示す「チェックマーク」の緻密な設定でタイムロスを極限まで減らすなど、細やかで息の合ったタッチワークができることを、選手たちは誇りに思って挑戦しているのだ。
パラ陸上唯一の“団体戦”であるユニバーサルリレーにかける熱い思いは、新国立競技場で開催された東京パラリンピックで最初の結実を見せた。
1走・澤田(T12)、2走・大島健吾(T64)、3走・高松佑圭(T38)、4走・鈴木朋樹(T54)がチームを組んだ日本は、予選を4位で通過。そして、日本、中国、アメリカ、イギリスの4チームによる戦いとなった決勝で、日本は4人が持てる力を十分に発揮し、当時の日本新記録となる47秒98の好タイムをマークした。着順は4位だったが2位の中国が失格となり、その結果、日本は3位。パラリンピックで初めて採用された新種目でメダル手にした選手たちはうれしそうに笑顔を浮かべていた。
陸上競技は個人競技。普段は自分自身にフォーカスしている選手たちはリレーのために同じ場所に集まってトレーニングを重ね、苦楽を共にして本番に挑んだ。こうしてつかんだメダルは格別だった。
ユニバーサルリレーの選手たちが「これまで以上に他種目への関心が深まったり刺激を受けたりした」と語っていたのも印象的だった。新種目の登場により、パラアスリート同士の間でも、ある種の“ユニバーサル化”が進んでいた。
東京大会を目指したチームから日本の1走を担当する澤田と塩川ガイド(写真は、パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会)
東京パラリンピックで表彰台に上がり、さらなる成長への手応えもつかんだ日本は、その後もタッチワークを磨き続けていく。そして、昨夏のパリ世界選手権でとうとう頂点に立つ。
予選は1走・澤田、2走・三本木優也(T45/上肢障がい)、3走・高松、4走・生馬。決勝は2走・辻沙絵(T47/上肢障がい)、3走・松本武尊(T36/脳性まひ)。予選と決勝で一部異なるメンバー構成をして挑んだ日本は、決勝ではフィニッシュ時は2位。トップでゴールしたブラジルが失格して繰り上がり、金メダルに輝いたのだった。
パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会では繰り上がりながら金メダルに輝いた5月の世界選手権では日本新それから10ヵ月あまり。パリパラリンピックの“前哨戦”として今年5月に神戸で開催されたパラ陸上世界選手権では、昨年の決勝で金メダルを手にした4人(澤田、辻、松本、生馬)が予選で日本新記録を更新する47秒60を出して全体3位で決勝に進出した。
決勝は3着でフィニッシュ。3走の松本がレーンの内側のラインを踏んでいたことが分かり、無念の失格となったが、予選で日本新を出したことからも分かるように、実力を伸ばしているのは間違いない。
それに決勝レース時はよろめくほどの強風が吹く厳しいコンディションだった。3走の松本は個人種目の男子100m(T36)を12秒35で走り、4位になっている実力者だが、トップスピードでカーブを走り、強風の中でバランスを保つのはさすがに難しかった。
失格が判明したのは、選手たちが取材エリアを通過中のタイミング。まさかの結果に、4人は表情を一瞬曇らせたが、生馬が真っ先に「攻めることができた結果」と前向きに気持ちを切り替えると、他のメンバーもしっかりうなずいた。
男女混合で行われるユニバーサルリレー(写真は、神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会)
辻は「予選で日本記録を出せたのが一番の収穫だった。合宿を通してタッチワークの精度を高め、それぞれがスピードを上げ、課題に取り組んだ結果が日本記録につながったのだと思う」と胸を張り、ユニバーサルリレーの魅力についてこのように語った。
「障がいだけではなく男女ミックスというところも魅力。一人が速くても勝てない。みんなでワンチームになってバトンをつなぎ、タイムにつなげていくというところがこの種目の面白さだと思う」1走としてこれまで数々の大会に出場してきた澤田は、展開の妙がユニバーサルリレーの面白みの一つだとし、このように言う。
「性別の組み合わせが国によってそれぞれ違うので、最初は先行しているけど、後から追い上げたり抜かれたりする。最後の最後まで展開を読めない面白さというのがリレー種目としてある。パラ陸上で唯一のリレー種目なので、みなさんにぜひ見てもらいたい」
決勝レース直後は「自分にとっては初めての失格なので気持ちの整理がつかない」と戸惑いを隠せなかった松本も、しっかり前を向いてこう言った。
「メンバーそれぞれが障がいの度合いも障がいの種類も違うので、それぞれ走り方も違う。多種多様な走り方があるので、見る方々もいろんな風に見ることができて、楽しめるのではないかと思っている」
神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会で手ごたえをつかんだ生馬生馬はこのように語る。
「パラ陸上にはさまざまな障がいのある競技者がいて、それぞれに奥深さや迫力、見どころがある。その中でユニバーサルリレーは、異なる障がいの選手で構成されていることもあって、パラ陸上の魅力がワンレースにぎゅっと凝縮されている。見ている人が興奮できる種目だと思うし、出場している私自身もすごく楽しい」
ガイドランナーの塩川竜平が「多種多様で『ザ・パラリンピック』というところが魅力だと思う」と言うように、観客も気づけば自然と笑顔で応援しているのがユニバーサルリレー。パリパラリンピックで日本はどんな走りとタッチワークを見せるだろうか。4×100mの距離に込められた“ユニバーサルな世界”への思いも感じながら選手を応援してほしい。
edited by TEAM A
text by Yumiko Yanai
photo by X-1