中国は「有機農業大国」である
中国産の農産物について、農薬や化学肥料の使用量を懸念している人は多いのではないだろうか。日本に輸入される野菜について言っても、2002年には残留農薬問題が発生するなど、悪いイメージを持っている人は多いと思う。たとえばFAO(国連食糧農業機関)のデータでは、2022年の中国本土における1ヘクタールあたりの窒素(有機肥料も含む)の使用量は192キロで、日本の66キロに比べると3倍近い。
ところが中国では現在、化学肥料の投入量を減らす動きが広まっているという。日本貿易振興機構アジア経済研究所の研究員で、中国の農業・農村経済と環境・資源問題に詳しい山田七絵(やまだ・ななえ)さんは、中国の状況について、「国の統計を引用した同国内の調査機関・智研咨询の発表によれば、2022年の化学肥料投下量は2016年比で84.8%と、10年弱の間に15%程度は削減されていることがわかります。これまで肥料が過剰に投入されていましたが、適正な使用量に向けて落ち着いてきているようです」と話す。まだまだ課題はあるものの、肥料投下量を減らす「環境保全型農業」への取り組みが進んでいる模様だ。
単に肥料投下量を減らすだけでなく、有機農業への取り組みも進んでいる。実は、FiBL(スイス有機農業研究所)とIFOAM-Organics International(国際有機農業運動連盟)が発表した報告書によれば、中国の有機農産物の栽培農地面積は290万ヘクタールで世界第4位(2022年)。ちなみに同報告書での日本の有機農産物の栽培農地面積は1.53万ヘクタールだ。そもそも農地の広さが違うのでこの数値だけで比較はできないが、輸出量や国内市場規模が世界有数であることもふまえて、山田さんは中国を「有機農業大国」と表現する。
ところで読者の皆さんは、有機農業といえばどのような風景を想像するだろうか。たとえばアフリカでは、牛耕によって土地を耕し牛ふんを堆肥(たいひ)として用いることも多いほか、焼き畑や野焼きによる灰を栄養分として活用する事例も多々見られる。日本でも、消費者が有機農業と聞いて最初に思い浮かべるのは、アイガモ農法などの昔ながらの手法だろう。確かに環境には良いものの、労働集約的で儲かりづらいのが実態ではないだろうか。
しかし中国の有機農業は、徹底的に実利的である。中国企業は、儲けるために有機農業を行っていると山田さんは述べる。「アグリビジネスを展開する大企業が中間的な組織を挟みつつ、小規模な農家が有していた土地の使用権を集めています」と言うように、徹底的な効率化が図られている様子だ。「中国においては、あくまでもビジネスとして有機農業が採用されています」と山田さんは話している。
中国の有機農業を推し進める「龍頭企業」の存在
中国の農地は非常に細かく分かれており、農家1戸当たりの経営面積は0.7ヘクタールほど。しかも、山田さんによれば「その農地は全国平均で4カ所に分かれている」そうだ。この背景には、約40年前の中国における政治体制の変化がある。「1980年代前半に人民公社制が崩壊して市場経済化したとき、村ごとに農民にくじ引きで農地を分配しました。単純な頭割りで農地面積を決めつつ、遠隔地であれば少し多めに割り当てるといった要領で分配したようです」(山田さん)。圃場(ほじょう)が細分化かつ分散されているのは、公平を期した分配の結果である。さらに世代を経るにつれて圃場は事あるごとに分割され、その再分配が政策で禁止されるほどに細分化された。
細分化された圃場が分散していることは、機械化の妨げとなるなど労働生産性などの観点からデメリットとなることは想像に難くない。有機農業に関しては、隣の圃場が慣行栽培であれば農薬などが飛散してくる可能性も考えなければならない。中国では減肥が進んでいるとはいえ慣行農業が主流であることから、隣接圃場からのドリフト(飛散)対策も含めて多くの工夫が求められる。
そこで登場するのが、大規模な農業ビジネスを展開する「龍頭企業」だ。「龍頭企業というのは地域のリーディングカンパニーといった意味合いで、その地域の農業をけん引すべき存在として位置付けられています」(山田さん)
中国政府は1990年代から、龍頭企業による地域農業の振興を政策的に支援してきた。龍頭企業は、農家や農村から土地の使用権を借り上げることで、細分化された土地を集約。それらの土地を約3ヘクタールかそれ以上にまとめた上で、賃金労働者として地元農家を雇用するのが一般的だと山田さんは言う。
一方、中国における有機農業は「外から入ってきた概念」だと山田さんは表現する。「1980年代以降、山東省や江蘇省など沿海部に、有機農産物を求める欧米や日本などの企業が進出し、そうした外資系企業が輸出を目的に開発する形で、有機農業が始められた」のだそうだ。つまり、日本企業などが中国における有機農業の火付け役となっていると言える。
中国農業にとって大きな転換点となったのが、2002年の残留農薬問題である。日本に輸出された冷凍野菜から基準値以上の残留農薬が見つかったことに対して、日本の消費者団体は鋭敏に反応。中国の農場まで現地視察を行う団体もあったと山田さんは言う。中国政府と日本政府の2国間交渉なども経て、中国政府は法整備や企業への監督強化など、食品安全性の向上に注力していくこととなる。
「現在、輸出向け農産物の流通チャネルは国内向けとは完全に隔離されていて、出荷された農作物がどの圃場で作られたものかを追いかけられるようになっています。いわゆるトレーサビリティーはしっかりと確保されていると言えるでしょう。農場や加工工場などでサンプル検査も複数回実施するなど、残留農薬などにはかなり気を配っています」と山田さん。中央政府による法整備の他にも、地方政府による農地の集積への補助金、地域農産物ブランドの立ち上げなどの強力な支援策が打ち出された。これを受けて、龍頭企業が中心となって中国農業の有機化を進めてきたというのが大まかな流れだ。
中国の有機農業は「儲かる」
農業の有機化を政府が政策としてうたっただけでは有機農業は普及しない。立派な仕組みを作っても、形骸化してしまっては意味がないだろう。では、中国の消費者や農業関係者は有機農産物をどのようにとらえているのだろうか。中国社会にとっての有機農業を検討してみよう。
現在、中国国内の需要の伸びは著しい。2000年代以降は中国の消費者の食品安全に対する意識の高まりと都市部の消費者の所得水準向上により、従来は主に輸出向けだった有機農産物の国内需要が拡大した。そのため有機農産物は非常に高く売れており、「大都市に住む富裕層の中には、10倍の値段を出してでも有機野菜を買いたい人もいる」と山田さんは話す。都市の富裕層を中心に健康意識が高まった結果として、有機農業がビジネスとして成り立つくらいの大きな国内市場が出来上がっている。
もちろん他国と同じく、中国における有機農業も慣行農業に比べて高コストである。それでも中国の農産物に国際競争力があるのは、先進国に比べて人件費や生産資材費が安いからだ。
また、「龍頭企業は農地の集積による取引コストの節約を期待して、地元の農民組織などを通じた取引を行っている」と山田さんは言う。上述した通り中国の農家は一般的に小規模。1人ひとりの農家との個別のやりとりは非効率であり、取引コストがかさみがちだ。農地を村単位など一定程度の大きさにまとめて借り上げ契約を取り交わすことでスケールメリット(規模拡大による経済効果)を利かせている。
その上でQRコードなどのテクノロジーを用いることで、農作物の生産や流通の過程が追跡できるトレーサビリティーも確保。大きな利益を出すためのさまざまな工夫の上に、中国の有機農業は成り立っている。
世界市場を見据える中国の有機農業
有機農業に関係した問題が山積していることも事実だ。山田さんはこの現状について「有機認証の偽物が出回り消費者の信用を損なっていること、消費者の有機農産物への認知度が低いこと、認証の費用が高額で生産者の負担となっていることなどが問題点として挙げられます」と説明した。そのほかに、有機栽培は技術的な難易度も高く、高値で売れたとしても採算が取れないケースもあるようだ。経営を多角化することでリスクヘッジする企業も多いという。
もっとも、中国においては今後も有機農業は盛んになっていくのではないかと山田さんは予想している。有機農作物の買い手である国内の富裕層が増えつつあるのも理由の一つだが、「中国は早い段階で国際基準に合わせた食品認証などの法整備をし、輸出にも力を入れてきました」とのこと。「特に労働集約的な野菜や加工品であれば、中国の人件費はまだ相対的に安いので優位性があります。冷凍野菜などの輸出は伸びていくでしょうね」
中国の農業関係者の中には、「アグリビジネスを大きく展開することで、農民をさらに豊かな方向に導きたい」と主張する人もいる。中国における有機農業は、ささやかなムーブメントでは決してない。世界中の消費者をターゲットとして、「儲けたい」人々が集まって尽力しているのが中国における有機農業だ。その結果として、中国は有機農業大国としての地位を手に入れつつある。有機農業に取り組みたいと考える日本の農家にとって、参考にすべき点は多くあるのではないだろうか。
取材協力・画像提供:山田七絵