鉄道・運輸機構(JRTT)は、公式サイトに「北陸新幹線(敦賀・新大阪間)詳細駅位置・ルート図(案)ご説明資料」を公開した。8月7日に行われた北陸新幹線の与党整備検討委員会で了承され、8月8日の「北陸新幹線事業推進調査に関する連絡会議」で福井県、京都府、大阪府などに説明した。
敦賀駅から「小浜市(東小浜)附近駅」まで山沿いのトンネルを経由し、若狭湾国定公園を避けた。「小浜市(東小浜)附近駅」は小浜線東小浜駅と舞鶴若狭自動車道小浜インターチェンジの間に位置する。この駅から京都方面へ南下し、京都丹波高原国定公園をトンネルで縦断。検討区域の西端を通り、芦生の森と田歌地区を回避しているように見える。
京都市内を通過するルートは3案あり、いずれも地下駅となった。京滋パイパス巨椋インターチェンジ付近で地上に出て車両基地を設置し、「京田辺市(松井山手)附近駅」へ。そこから地下へ潜って新大阪駅に至る。
敦賀駅や「小浜市(東小浜)附近駅」、京都市右京区の国道477号交差部、「京田辺市(松井山手)附近駅」などの周辺は明かり区間だが、他はほぼトンネルで、敦賀駅から京都市内まで山岳トンネル、京都市街地から新大阪駅までシールドトンネルとなっている。
京都駅の3案は南北案が有力、地下水に懸念も
京都駅周辺の3ルート案のうち、与党整備検討委員会では南北案を支持する委員が多かったという。JR西日本は南北案と東西案を推しているとのこと。
「京都駅(東西案)」は現在の京都駅の地下に北陸新幹線の駅を新設し、ホームも現在の駅と同じ東西方向。乗換えの利便性は最も高く、在来線との乗換え時間は11分程度となる。ただし、工期は28年程度と見込まれ、3案の中で最も長い。ホームの位置も地下50mと深い。資料では京都市営地下鉄烏丸線の構造物を避けるためと説明されていたが、もうひとつ、京都駅の地下に道路トンネルが構想されているためとみられる。
このトンネルは京都駅の西側を南北に通る国道1号「堀川通・油小路通」の渋滞解消を目的としている。京都駅の北側と南側は6車線だが、鉄道高架橋付近などで4車線に減るため、慢性的に渋滞している。そこで地下にバイパス道路が検討されている。推進役の西田昌司氏は自民党参議院議員で、与党整備検討委員会の委員長でもある。
「京都駅(南北案)」は京都駅の西南部に駅を新設し、ホームを南北方向に設置する。「堀川通・油小路通」バイパスの南北端で交差するため、ホームの深さは地下20mとなる。京都駅と直結できるとはいえ、乗換え利便性はやや劣り、在来線との乗換え時間は約13分。工期は20年程度と見込まれ、3案の中で最も短い。
ただし、駅の建設にあたり、都ホテルやイオンモールの基礎部分を避け、地下の権利を取得しなければならず、協議が必要となる。新大阪駅の建設が25年程度と見込まれることから、南北案が20年程度で開業できた場合、敦賀~京都間の先行開業も可能という。
「京都駅(桂川案)」は京都駅から離れ、JR京都線(東海道本線)桂川駅の北側に設置する。完成時は「新京都駅」になると思われる。ルート上にJR京都線のアンダーパスがあり、その下を通るため、ホームの位置は地下50mと深い。工期は26年で、JR桂川駅との乗換え時間は約10分、桂川駅と京都駅の所要時間は9分となり、京都駅から乗り換える場合、合計で19分かかる。
京都駅へ迂回しないため、敦賀~新大阪間の最短ルートともいえる。急カーブもなくなり、所要時間もやや短縮できそうだが、地下鉄や近鉄、バスターミナルも含めた交通結節点である京都駅から離れることが最大の欠点。利点があるとすれば、周辺に阪急京都線の洛西口駅があり、京都市街地中心部や嵐山方面にアクセスできることだろう。
桂川案が出た背景に、京都市中心部の地下水に対する懸念がある。京都駅周辺の地下水は、市街地の北から南へ流れており、伏見区まで達するとみられる。伏見区は「京都の水」として地下水を重んじる酒蔵や和菓子舗などが多く、井戸水の影響が懸念されている。地下水脈を横断しない桂川案と比べて、東西案は最も長く地下水脈を横切り、南北案は東西案より東西方向に短い。
地下水の不安に対し、鉄道・運輸機構は2つの安心材料を示した。ひとつは地下水をトンネル内に引き込まないシールド工法。トンネル外部の圧力と同じ圧力をトンネル内で作り出してバランスを取り、地下水を引き込まない掘削を実施する。シールド接合部に水膨張性ゴムも設置し、シールド内に水を漏らさないようにする。
もうひとつは地下水の調査結果。京都市街地の地下水は広く面的に流れているため、シールドトンネルの影響は少ない。例えるなら、食器洗い用のスポンジの真横にストローを挿した状態といえる。スポンジに流れる水の影響は小さい。
そもそも京都市街地は阪急京都線や京都市営地下鉄東西線のトンネルが横断しており、それらの影響が取り沙汰されていない。水問題の理解が深まれば、桂川案は選択肢から外れるだろう。与党整備検討委員会は年内に3案からひとつに絞り、2025年度に着工したい考えを示している。
事業費の大幅上昇で費用便益比低下、算定基準変更も必要か
敦賀~新大阪間は工期の長さと事業費の高騰が問題となっている。与党整備検討委員会が2016年に「小浜・京都ルート」を検討した時点で、工期は51年、概算建設費は約2兆1,000億円、所要時間は43分、輸送密度は約4万1,000人/日、費用便益比(B/C)は1.1だった。
しかし今回の試算結果で、工期は山岳トンネル部で15年、駅部は前出の通り20年から28年に延びた。2025年度に着工したとして、最有力の南北案で京都開業は2035年度、新大阪駅までの全通は2040年度の見通しとなった。リニア中央新幹線は岸田首相が2037年の新大阪開業を支援する考えを示しており、北陸新幹線のほうが後になる。
工期が遅れるおもな要因として、働き方改革による1人あたり労働時間の縮小、検討の深度化による用地交渉の長期化、大深度地下の構造、安全対策等の期間追加などがある。
概算事業費は近年の物価上昇と働き方改革による人件費上昇、耐震設計、条例改正による発生土計画変更、防災対策見直しなどで、最有力の南北案は3兆9,000億円、東西案は3兆7,000億円、桂川案は3兆4,000億円となった。
概算事業費が上昇するという見通しについて、7月に費用便益比が0.5まで下がるとも報じられた。しかし、これは詭弁だ。便益をそのままにして費用を高めた試算といえる。便益には利用者あたりの所要時間短縮と賃金、企業の利益も加味されており、物価上昇に連動してそれらの数値も上がっていくはず。与党整備検討委員会はルートを1案に絞った後、改めて便益を計算し、費用便益比を検討する方針としている。
費用便益比については見直しの議論がある。算定に使う「社会割引率」の変更である。「社会割引率」は将来の通貨の価値を見込むための数値で、国土交通省は1995年頃の長期国債金利「4%」を採用したままだが、現在の同条件の国債金利は2%程度になっている。大分県が東九州新幹線において、社会割引率2%で独自に計算したところ、費用便益比は大幅に上昇した。
なお、与党整備検討委員会の西田委員長は、最終的に費用便益比が1.0を下回っても、国家プロジェクトとして着工する意向を示している。これは北海道新幹線の札幌延伸で前例があり、事業費が増加して費用便益比が0.9になっても建設を継続した。
京都府の属地負担が問題に - 応益負担に方針転換すべき
概算事業費の増加についてはもうひとつ課題がある。ルートの大半を占める京都府の負担問題である。現在の整備新幹線の事業費は、JRからの貸付料による負担を差し引いた後、国が3分の2、自治体が3分の1を負担する。自治体負担分は地方交付税による補填があるとしても、それを加味した上で京都府に利がなければ、京都府は建設に合意せず、整備新幹線の着工条件「安定的な財源見通しの確保」を満たさない。
京都府の西脇隆俊知事は、8月9日の定例記者会見で、「受益に応じた合理的な負担になるようにしてほしい」と、従来の枠組みの変更を求めた。京都府民にとって北陸方面の所要時間短縮と運賃の上昇が見合っていないという背景がある。
大阪府の吉村洋文知事も、「大阪から東京までみんなが使う新幹線なのに地元だけが負担するのはおかしい。地方財政が成り立たなくなる」と、京都府の考え方に賛意を示した。西田委員長は国の交付税措置率を高めるなどの対応も考慮すると表明している。
整備新幹線は、建設費用を建設する地域で分担する「属地負担」の方針だった。しかし、九州新幹線西九州ルートで佐賀県も費用負担を問題視している。新幹線で受ける利益に応じた「受益負担」への転換が求められている。新幹線によって国が最も受益が大きいとすれば、国が負担すべきではないか。北陸新幹線に限らず、今後の整備新幹線の枠組みを変える時期が来たといえそうだ。