今年6月に国際宇宙ステーション(ISS)へ向けて飛び立った、ボーイングの新型宇宙船「スターライナー」の、地球への帰還が大幅に遅れている。

打ち上げ直後から問題が相次ぎ、当初の8日間という予定を大幅に超えてISSに滞在し続けており、帰還日の見通しも立っていない。いったいなにが起きたのか。そして、無事に地球に帰還することはできるのだろうか。

  • 国際宇宙ステーションに係留中のスターライナーCFT-1

    国際宇宙ステーションに係留中のスターライナーCFT-1 (C) NASA

スターライナー初の有人飛行試験ミッション「CFT-1」

スターライナーは、ボーイングが開発している有人宇宙船で、ISSや、将来建造が予定されている民間の宇宙ステーションなどに、人員を運ぶことを目指している。

開発は2010年に始まり、米国航空宇宙局(NASA)による、民間企業に商業宇宙船を開発させることを目的とした「CCDev」プログラムの下で進められてきた。同様の形で、イーロン・マスク氏率いる宇宙企業スペースXは「クルー・ドラゴン」宇宙船を開発した。

スターライナーは当初、2017年の初飛行を予定していた。しかし、開発時に問題が見つかったり、試験に失敗したりし、大きく遅れた。

2019年12月になり、ようやく初の無人飛行試験「OFT-1」に臨んだものの、問題が相次いで発生し、ミッションを中断して地球に緊急帰還する事態となった。改修を経て、2022年5月には2回目の無人飛行試験「OFT-2」を行い、細かな問題は起きたものの、ISSへのドッキングなどの予定していたミッションをこなし、おおむね満足できる成果を収めた。

続いて、初の有人での飛行試験ミッション「CFT-1」に向け準備が進められるも、またもや問題が相次ぎ、打ち上げ延期を重ねた。

そして2024年6月5日、スターライナーCFT-1はようやく宇宙へ打ち上げられた。

宇宙船には、NASAのバリー・ウィルモア宇宙飛行士(コマンダー)と、サニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士(パイロット)の2人が搭乗し、ISSへのドッキングも含め、計8日間のミッションとなるはずだった。

しかし、打ち上げ直後に、スターライナーの推進システムでヘリウム漏れが発生した。ヘリウム漏れは打ち上げ前にも起き、問題ないとして打ち上げられたものの、さらに別の箇所から漏れ出した。

NASAとボーイングは、調査した結果、大きな影響はないとしてミッションを続行した。ところが、ISSへのドッキング直前には、宇宙船にある28基の姿勢制御用スラスターのうち5基が使用不能になる事態が発生した。

NASAとボーイングは対処にあたり、ひとまず解決のめどが立ったことでミッションは続行され、6月7日にISSへのドッキングに成功した。

しかし、ドッキング後、さらにヘリウム漏れの箇所が増え、また、スラスターの問題も完全な原因の特定には至らなかった。なお、ヘリウム漏れとスラスターの問題との間には、直接の関係はなく、それぞれ独立した問題であると考えられている。

このため、NASAとボーイングは原因究明や対応策の検討をさらに進めるとし、当初8日間の予定だったミッションも延長され、帰還は6月中旬になるとされた。

その後、ISSにドッキング中のスターライナーのスラスターを噴射する試験が行われるなどし、問題の調査が進められたが、6月18日には帰還の目標日を6月下旬へ延期することが発表された。このとき、NASAの担当者は、「スターライナーが2人の宇宙飛行士を乗せて帰還できることに自信を持っている」と語ったが、その後も調査は終わらず、さらに帰還は先延ばしされることになった。

当初は8日間、また長くとも45日間が予定されていたミッションだが、7月が過ぎ、そして打ち上げから約2か月が経過したいまなお、NASAとボーイングは具体的な帰還の目標日さえ発表していない状況となっている。

  • スターライナーCFT-1を載せたアトラスVロケットの打ち上げ

    スターライナーCFT-1を載せたアトラスVロケットの打ち上げ (C) NASA/Joel Kowsky

  • ISSに係留中のスターライナーCFT-1

    ISSに係留中のスターライナーCFT-1 (C) NASA

これまでにわかっていること

こうした中、NASAとボーイングは長らく、楽観的な姿勢を崩していなかった。

ヘリウム漏れについては、根本的な原因の究明には至っていないものの、漏れる率は低下していると説明された。また、宇宙船のタンクには、帰還時に必要な量の約10倍のヘリウムが残っており、漏れ率から考えて、帰還に影響はないという。

スラスターの問題についても、同じく根本的な原因の究明には至っていないが、ドッキング前に問題が起きた5基のスラスターのうち4基は正常に作動するようになり、ISSからの離脱や地球帰還には支障がないことが確認できたとされた。

両者は、ヘリウム漏れとスラスターの問題は、宇宙飛行士を危険にさらすものではなく、帰還にも影響はないとしたうえで、今回は飛行試験ミッションであることもあり、徹底した試験とレビューをしたうえで、帰還計画を立てたいとし、それゆえに帰還日が決まっていないだけなのだ、と主張した。

この主張の背景には、宇宙船の構造上の理由がある。スターライナーは、人が乗るクルー・モジュールと、太陽電池やスラスター、バッテリーなどが搭載されているサービス・モジュールの、大きく2つの部分に分かれており、スラスターはその両方の各所に装備されている。問題が起きているヘリウムのシステムとスラスターは、サービス・モジュールのほうに装備されているものだ。

クルー・モジュールは地球に帰還する一方で、サービス・モジュールは大気圏への再突入前に分離し、そのまま燃え尽きる。つまり、問題が起きているヘリウムのシステムとスラスターも塵と化してしまう。そのため、いま起きている問題の原因調査を続けたいのなら、帰還を延期させるしかないのである。

7月末の時点で、ヘリウム漏れの問題については、地上で、燃料を充填した状態で3年間保管されていたサービス・モジュールを検査したところ、ヘリウム・システムのシールが劣化している兆候が見られたという。酸化剤の四酸化二窒素と触れたことが理由と考えられており、同じことがスターライナーCFT-1の機体にも起こり、ヘリウムが漏れた可能性が高いとしている。

一方、スラスターの問題については、太陽からの加熱が引き金になった可能性が高いとされている。スターライナーの太陽電池は、サービス・モジュールの後部に貼ってあるため、軌道上では太陽にお尻を向けるような姿勢で飛行する時間が長い。そのため、その部分が過熱状態になり、スラスターに問題が起きたというシナリオである。もちろん、断熱材を貼るなどして対策は取られていたものの、たとえば太陽の熱に加え、スラスターの噴射によるそれ自身の過熱、断熱材によってスラスターが入っているポッド全体が魔法瓶のような状態になってしまうなど、複合的な要因によって、想定よりも過熱した可能性があるという

こうした中で、7月27日には、ふたたびISSにドッキング中のスターライナーのスラスターを噴射する試験が行われた。28基のスラスターのうち27基が短時間噴射され、スラスターの性能やヘリウムの漏れ率が確認された。予備的なレビューでは、噴射したスラスターはすべて、推力とチャンバー圧力が飛行前と同じ、正常なレベルに戻っていることが示されたという。

NASAとボーイングは、この試験で得られたデータと、地上で行った試験のデータを確認し、レビューを行い、帰還の目標日を決定するとしている。

  • 打ち上げ準備中のころのスターライナーCFT-1

    打ち上げ準備中のころのスターライナーCFT-1 (C) NASA/Kim Shiflett