ビジネスパーソンのライフプランに大きな影響を及ぼす「転勤」が、社会的に関心を集めている。今年4月には労働条件の明示ルールが変更され、転勤により将来勤務する可能性のある場所を事前に明示することが必須になった。
そこで、パーソル総合研究所の『転勤に関する定量調査』の発表会から、イマドキのビジネスパーソンの転勤に対する意識について学んできた。
働く側の意識変化で、企業側に転勤制度を見直す動き
転勤と言えば、筆者がサラリーマンだった40年前、多拠点展開する企業に入社すれば当たり前のことだった。
ところが、社会の変容や従業員の意識の変化で転勤制度そのものを見直す動きが起きているようだ。同研究所の研究員 砂川和泉氏が現状を次のように分析する。
「企業主導の転勤は日本特有のものでした。しかし、ライフスタイルの変化やリモートワークなど技術の進展で、従業員側の転勤に対する懐疑的な意識が強まるとともに、企業側にも制度自体を見直す動きが出ています。例えば、NTTグループは2022年7月からリモートワークによる転勤・単身赴任を伴わない働き方の拡大を進めています」(砂川氏)
早くから企業には、地域内での配属・異動を条件にした「地域限定社員」制度を導入する動きはあった。しかし、それは昇進・昇格の制限や給与水準が低く抑えられたものであった。
ところが、現在の転勤制度を見直す動きは、砂川氏が挙げたNTTグループの例を見てわかるように、制度の利用者に不利はない。働く側にとって好ましい動きと言える。
転勤は採用や定着に思った以上に大きく影響
こうした現状を捉え同研究所では、今年2月から3月にかけ、20~50代のホワイトカラー正社員と就活生を対象に『転勤に関する定量調査』を実施。
転勤が採用と定着に多大な影響を与える興味深いデータになった。ひとつが「入社意向」への影響だ。
「転勤がある会社への応募・入社を回避する割合は、就活生で50.8%、社会人で49.7%と約半数に及んでいます。しかも、転勤の応募意向への影響は、給与や仕事内内容、残業時間により大きくなっています」(砂川氏)
転勤の影響は、採用だけに留まらない。同調査から、定着についてもインパクトを与えていることが見てとれる。
「実際に転勤を理由に転職した人の割合は、20~30代で高くなっているほか、20~30代の10%程度に転勤を理由とした転職経験があります」(砂川氏)
普段、求人広告の原稿を執筆していて、転勤を嫌うビジネスパーソンが増えていることは感じていた。しかし、思った以上に転勤は採用や定着に大きな影響を及ぼしているようだ。企業側に転勤を見直す動きが出ているのも肯けるデータだ。
終身雇用制の崩壊も転勤を忌避する原因に
定量調査では、さらに踏み込んで『離職意向と関わる意識』についても聞いている。
「本人の志向性では、長期就労志向が低いと、不本意な転勤を受け入れるくらいなら会社を辞める意向が高くなる傾向があります。また、居住地や自分らしさを重視する志向性も離職意向との関係性が高くなっています」(砂川氏)
日本的な終身雇用制が崩れてきたこと、キャリア自立の必要性が高まったことなどが、転勤をトリガーとした転職へのハードルを低くした面があるのかもしれない。
この調査では、企業と従業員の関係性でも興味を引く結果だった。
「会社と従業員の関係性では、『家庭事情への配慮期待』、『主体的キャリア形成意識』、『同調圧力』の3つが離職意向と大きく関係しています」(砂川氏)
転勤の目的のひとつが人材育成にあることを考えると、「主体的キャリア形成意識」が離職を思い止まらせることにプラスに働くのも納得だ。
転勤は企業主導から本人主導へ
同発表会では最後に、調査結果をもとに企業が転勤制度をどう見直すとよいかの提言も行われた。
「前提として、転勤を受け入れる条件を聞いてみました。すると、金銭的手当や本人の希望の実現、理由の説明といった項目が上位に入る結果になりました。」(砂川氏)
理由の説明が上位に入ったのは、「納得できる理由なら」という想いを反映した結果であろう。では、このデータを受け、企業は転勤についてどういった施策を展開すればいいのだろうか。
「ひとつは転勤の縮小・廃止です。テレワークの選好で分かれますが、20~30代の女性や20代の男性は遠隔地勤務へのニーズが高いようです。また、一時的に転勤なしコースを設けるのも効果を望めます。そして、もうひとつは納得の道筋をつけることです。手当の増額や本人意思の反映、説明責任の遂行がこれに当たります」(砂川氏)
砂川氏が提言するのは「会社主導の転勤から本人主導の転勤」への転換だ。納得できる理由やメリットがあっての転勤なら、モチベーションが下がることもない。
就職や転職をする際、転勤制度がどうなっているかも、しっかりチェックしたい。