【お話を聞いた農家さん】

角谷亜由美さん(かくたに・あゆみ)

農業従事者(2年目)

愛知県清須市在住。種苗会社での12年間の勤務経験を経て農家に。現在は1反(10アール)の畑を1人で管理しながら、生産から販売までを手がける。少量多品目生産でさまざまな品種を作り比べている1児のママ。

子育てと両立しながらの畑しごと

──種苗会社の社員から農家へ転身してからは、生活のスタイルが大きく変わったと思います。一日のスケジュールはどのようになっているのでしょうか。

まずは朝5時に起きて畑へ行き、圃場(ほじょう)全体と作物のチェック、収穫作業などをすることから一日が始まります。7時になると主人や息子が起きてくるので、それまでに帰宅できるようにすることが朝の勝負どころです。帰宅した後は朝ご飯の準備をしながら、出荷する野菜を梱包したり自作したポップをつけたりといった作業を並行しています。8時過ぎに息子を保育園へ送り、そのあと急いで直売所へ向かって9時までに出荷を終えるという流れです。朝はドタバタすることもあり、そのときは主人が息子の朝食まで用意してくれるので本当に助かっています。

出荷した後はふたたび畑へ行き、作物や雑草の管理をします。また、販売するための苗を自宅で育てているので、それらもお世話します。

一方で夜は、家族との時間へ完全にシフトチェンジ。オンとオフを分けられることが、雇用でなく自分で農家をするメリットだと感じています。息子が寝た後には、ポップやシール作りをしているときもあります。現在借りている畑の面積が1反ほどということもあり、なんとか自分のペースでやれています。

角谷さんの自宅で栽培している苗の写真
角谷さんが栽培している苗

──一人で畑を管理していると誰かの手を借りたくなることありますよね。角谷さんが畑を借りて農業するなか、「この作業は大変だ」と実感したことはなんでしょうか。

6月をめどに勢力を増してくる草たちですね。農家を始めたころは“窓付きホー”(クワの一種)でとりあえず大丈夫だろうと考えていましたが、あまかった。草たちの成長にまったく追いつけなくなりました。それからは充電式のバッテリーで駆動する草刈り機を導入して対処しています。草刈り機を使うには、ガソリンを購入したりエンジンオイルが必要だったりするイメージがあって「ハードル高いなぁ」と感じていたんです。そんなとき、バッテリーで動く草刈り機を教えてもらい、それからはだいぶ楽になりました。

また「ジズライザー」という草刈り機用の安定板がとても便利なことを知っていますか。草刈り機を地面につけながら草刈りできるというアイテムです。それも知り合いの農家さんが教えてくれました。ジズライザーのおかげで肩の負担がかなり減りました。草刈り機の刃を浮かせながらする作業に負担を感じている方には、試してほしいアイテムです。少し商品紹介っぽくなってしまいました(笑)。

角谷さんのトウモロコシ畑

──そんな便利な草刈り機のアイテムがあるのですね。ボクも農業しているときに知っていれば、肩の疲労に悩まずに済んだかもしれません。またここまでの話の中で、角谷さんはすでに他の農家さんとのコミュニティーを築いていますよね。しかも、優しくて親切な人が多い印象です。

ありがたいことに、親切にしてくださる方がほんとうに多くて助けていただいています。農家さんの集まりでつながった方や直売所の方たちから、日々さまざまなことを教えてもらっています。また農家への挑戦を応援してくれている“家族”という存在は、とても大きいです。

いま農家として活動できているのも、私の先を行く一人の先輩農家さんのおかげなんです。私は過去にその先輩農家さんに「農家を始めようか悩んでいること」を相談したことがあります。そのときにかけてもらった言葉が、「実際やってみると、合う合わないって体からわかる気がします。畑にすぐ足が向かう人は、農家に向いていると思いますよ」というアドバイスでした。この言葉が私の背中を押すキッカケとなりました。

農業との出会いと農家になるまでの道のり

──角谷さんがこうして農家に挑戦できているのは、信頼できる先輩農家さんがいたおかげなのですね。気軽に相談できる人が一人いるだけで、心の面での安定感は全然違いますよね。ちなみに角谷さんは、いつ頃から農業の分野に興味を持ったのでしょうか。

農業に興味を持ったのは中学生のとき、友達から借りた本「世界がもし100人の村だったら」(マガジンハウス)を読んだことからです。この本を通して世界の飢餓などの食料問題を知り、当時は衝撃を受けました。これまでなんとなくでしかイメージしていなかった食料事情と向き合えたことで、「将来は食料生産に関わる仕事ができたらいいな」と考えるようになりました。また小学校低学年のときは、よく近所の田んぼに入ってオタマジャクシやカエルなどを捕まえたり、レンゲ畑で蜜を吸ったりする無邪気な子どもでした。いま振り返ると、昔から畑や自然が好きだったんだなということに気づきます。

進路では、農業高校に進むことも考えていました。ですが実家が農家でないことから、親には「農業の勉強は大学からでもいいんじゃないか」と言われ、高校は普通科に通い、大学から農業を学びました。

──普通科の高校に通いながらも、大学では農業を専攻していることに角谷さんの信念を感じます。小さな頃の何気ない体験や記憶は、人生の軸となることがありますよね。大学に進んでから種苗会社に就職するまではどのような経緯だったのでしょうか。

大学へ進んでからは穀物や野菜、果樹などを学びました。卒業後の進路として「種苗会社」という選択肢を知ったのは、研究室の先輩の就職活動からでした。その後、自分が就活する時期となり「タキイ種苗株式会社」の説明会へ参加したとき、ワクワクという感情とともに内臓がせり上がってくるような高揚感を覚えたのです。種苗に関わることでも農業に貢献できる……「この職業に就いてみたい!」となった瞬間でした。その後は第1希望に種苗会社を掲げて就活し、ありがたいことに地元の愛知県にある「株式会社野崎採種場」へ就職することができました。

──大学で農業の勉強を続けていたからこそ、見つけられた一つの進路だったのですね。種苗会社の説明会に参加したことは、人生の分岐点といっても過言ではありませんね。その後晴れて種苗会社へ就職した角谷さんは、どのようなポジションを任されていたのですか。

種苗会社では「キャベツのブリーダー」というポジションに就いていました。主に新品種の開発をして、農家さんが抱える栽培の悩みを減らせるように一生懸命取り組んでいました。仕事柄、農家さんと交流する機会が多く、その中でフツフツと「私もこのようなカッコいい農家さんになりたい」と思うようになってきたのです。それからは会社で余った苗を自宅に持ち帰って育てたり、母親の知り合いに畑を借りたりして本格的に作物を作るようになっていきました。

そんなとき、知り合いの方が開催するマルシェに「出店してみませんか?」と声をかけてもらいました。育てていた苗を商品として販売する機会が訪れたのです。初めての販促体験でした。しかし苗の売れ行きが良くなく……。「一般の人にとって苗を購入するのはハードルが高いんだ!」と、気づいた瞬間でした(笑)。

ちょうどその頃、仲の良い農家さんから「地元の直売所で販売の相談をしてみるといいよ」というアドバイスをいただきました。それで直売所へ自分で育てた苗を持っていき相談したところ、販売許可をいただけたのです。「実家が農家でなくても販売できるんだ」と、気持ちの上での壁や制約が崩れた瞬間でもありました。

角谷さんが栽培した作物たち

──マルシェに参戦する角谷さんの行動力はすごいですね。未経験の環境にも飛び込める勇気は、角谷さんの強みであると感じます。仮に、もしこれから農家を始めてみたいと思う未経験の人がいたら、どのようなアドバイスをしますか?

「スモールスタートで挑戦してみる」ことです。思い切って始めることも大切だと思うのですが、いまの環境を大きく変えずに取り組めることから試すほうが、リスクなく楽しみながら農業できると思っています。いきなり畑を借りて作物を育てるのはハードルが高いと思うので、まずはプランターで手軽に育てられるミニトマトやピーマンなどを栽培することから始めてみてほしいです。

自分で作ることに喜びを感じるなら、徐々に栽培する規模を広げていくのがおすすめです。また一人で頑張ろうとせず、周りの人に相談することや、少し前を歩く農家さんに頼ってみることもいいと思います。私もInstagramのアカウントを持っているので、お気軽にご相談ください!

栽培技術を磨いて、品種の良さを最大限に引き出せる農家になる

──角谷さんのような農家に相談できれば、何ごとも前向きに考えられるようになると思います。最後に角谷さんの今後の展望や目標について聞かせてください。

近い目標は、栽培技術を磨いて、品種の特徴や良さを最大限に引き出せる農家になることです。さまざまな品種を作り比べた上で、自分が自信を持っておすすめできる品種を他の農家さんや消費者の方にまで伝えたいです。これは、元ブリーダーとしての経験も影響してます。ブリーダーとして品種を開発する方々の情熱や、品種が1つできるまでの時間や労力を知っているからこそ「品種」にもっと注目してほしいという思いがあります。また、農家になって、F1品種だけでなく固定種も作ってみたいと思うようになりました。先人たちがより良いものを作ろうと選抜して固定してきた品種は、とても興味深いです。

将来的には、自分の畑を使って農業に興味がある方に体験してもらえるようなことができたらいいなとも思っています。たとえば、野菜を栽培してみたい方に実際に剪定(せんてい)や収穫を体験してもらったり、地元の小学校の課外授業で野菜づくりを学べる場所として使ってもらえたりしたら面白いですよね。そのためにも、栽培技術を高めながら、さまざまな作物を栽培できるように取り組んでいきます。

角谷さんのインタビューを振り返って

愛知県清須市に、角谷亜由美さんという太陽のように明るくポジティブな新人農家がいることを私はうらやましく思います。角谷さんはインタビュー中に何度も、「私の周りで畑仕事をする方や直売所の方たちが優しくて親切なので助かっている」と話していました。周りの農家さんたちが、きっと角谷さんが未来の農業を担う農家になると感じているからなのでしょう。それだけではなく、前向きな角谷さんからポジティブなエネルギーを受けとっていることも間違いありません。種苗会社から農家へ転身した角谷さんの農業ライフは、まだ始まったばかりです。今後とも新たな進展に注目しながら応援していきます。