欧米を中心に増えつつある「ペットフレンドリーオフィス」。ペットをオフィスに同伴させることで、社員たちの幸福感が高まってストレスが低減したり、職場の人間関係を良好にするなどのメリットがあるといわれている。
日本ではまだメジャーではないが、この制度を実際に採用している企業ではどのような成果が得られているのだろうか。今回は「ペットフレンドリーオフィス」を導入しているマース ジャパン リミテッドで、広報・渉外部のディレクターを務める中村由帆さんに話をうかがった。
■スニッカーズやM&M'Sを手掛けるマース ジャパン リミテッドのオフィスを訪問
――まず、マース ジャパン リミテッドの事業内容について教えてください。
「マース ジャパン リミテッド」は、アメリカにある「マース インコーポレイテッド」という会社の日本の拠点となっています。
アメリカ本社では主に3つの事業を展開していて、ひとつはペットフードなどのペットケア事業、そして「マーススナック」というお菓子事業、あと「マースフードアンドニュートリション」という人間向けの食品事業を手掛けています。日本で展開しているのはペットケアとマーススナックの2事業になりますね。
――中村さんは普段、どんなお仕事をされているのですか?
私は広報・渉外部に所属していて、基本的には社外向けの広報としてメディアの方の取材を受けたり、業界団体とコミュニケーションをとるなどしています。あとは社内広報ですね。社員のみなさんにトップのメッセージを伝達したり、グローバルのメッセージを届けたり、全社会議でのチームビルディングなども実施しています。
また、ちょっと珍しいのですが、弊社の広報・渉外部はお客様相談室の役割も担っていて、ペットの飼い主のみなさんの声やスナックの消費者のみなさまの声を伺って、何かしら品質に問題などがあればそこで対応したり、時に感謝のお言葉をいただいたりすることもあります。
■ペットと一緒に仕事ができる「ペットフレンドリーオフィス」のメリット
――マース ジャパン リミテッドは「ペット同伴出社可」だそうですが、これを導入するに至った経緯を教えてください。
「ペットフレンドリーオフィス」を導入したのは2005年です。それ以前に使っていたオフィスが手狭になり、引っ越しすることになったのですが、そのタイミングでグローバルのほうから「日本以外の拠点では、いくつもペットフレンドリーオフィスの導入事例があるし、この機会に検討してみてはどうか」とアドバイスをもらったんです。
正直、当時としては思いもよらない提案でした(笑)。日本ではまだそういった取り組みをしている企業もほとんどなかったので。でも、せっかくですからその方向で検討して、目黒に移転するタイミングでペットフレンドリーオフィスを導入することにしたんです。
――ペットフレンドリーオフィスにどんなメリットがあると考えていたんですか?
私たちはパーパスに「ペットにとってのより良い世界(A BETTER WORLD FOR PETS)」を掲げています。もし、社員の仕事中に家で寂しく留守番しているペットがいるならその子たちも一緒に連れてくればいいですし、他の社員がペットと触れ合うことで社員にも好影響があると考えました。
やっぱりペットと触れ合うと気持ちも安らぎますし、科学的にも人間の健康にいい影響を与えるという調査結果が出ています。そういう点も踏まえ、オフィスでもペットが過ごせる環境づくりをすべきだという方針になったんです。
――実際、どれくらいの社員がペットを同伴しているのでしょうか?
コロナ禍以降はハイブリッドワークを導入しているので、オフィスの使用頻度も減ったのですが、今年の1月から5月の間で、ワンちゃんは述べ29回、猫ちゃんは述べ3回オフィスにきています。ちなみに、猫のほうは3回とも同じ猫ですね。
猫の多くは外出時に大きなストレスを感じるといわれていますが、うちにくる猫はのんびりした性格の子で、どこに連れていっても大丈夫(笑)。ペットを同伴するときは事前にオンラインで申請するのですが、猫ちゃんが同伴してくる日は、オフィスに出社する社員も自然と増える傾向にあります。まさにみんなのアイドル的な存在ですね。
――猫派の社員たちが集まってくるんですね(笑)。ペットは普段、オフィスでどのように過ごしているんですか?
飼い主や社員と一緒にオフィス内を散歩したりもしますが、基本的には寝ている子が多いですね。飼い主の膝のうえでくつろいでいたり、デスクの上や足元で寝ていたり……。会議室にも入れるので、オンライン会議中にモニターに映ることも多く、アイスブレイクのいいキッカケになりますね。
――ちなみに、ワンちゃんはどんな子たちが集まっているのでしょう?
基本的には小型犬か超小型犬が多くて、犬種でいうとミニチュアダックスフンド、トイプードル、ヨークシャーテリア、チワワ、ペキニーズ、コーギー、豆柴、中型犬だとボーダーコリー、和犬のミックスなどもいますね。
■ワンちゃん、猫ちゃんのおかげで社員同士のコミュニケーションが活性化
――実際にペットフレンドリーオフィスを導入してみて、どんなメリットを感じていますか?
一番大きいメリットは、ペットを通じて業務上の関わりがない人同士のコミュニケーションが生まれるという点ですね。初めてワンちゃんを連れてくると質問攻めにあい、その日だけでも20回以上、名前、年齢、犬種などを聞かれます(笑)。いろんな人がペットの周りに集まりますし、社員同士の心の距離が縮まりますよね。あとはもう見ているだけで可愛いですし、自然と幸せな気持ちにもなれます。
――それはいいことづくしですね!
我々はペットフードを扱っている会社ですが、猫を飼っている社員は犬のことがわからないし、犬を飼っている社員は猫のことがわかりません。でも、ペットフレンドリーオフィスなら犬と猫の生態の差も比べられますし、消費者の特性を学ぶいい機会にもなるので、そういう意味でのメリットも大きいですね。
――ただ、中には動物が苦手な社員さんもいるのでは?
苦手な社員がいることもありますが、基本的にはみんな躾ができているペットたちなので、何度も会っているうちにリードを持てるようになったりしています。信頼している同僚が飼っているペットですし、大人しい子も多いので、苦手意識がなくなったという人もいます。ただ、基本的にはペット好きな人が多いです。
――ペットフレンドリーオフィスを運営するうえで、何かルールなども設けているのでしょうか?
オフィスビルとの契約上、1日の頭数制限は3頭までと決まっていて、エレベーターも通常のものではなく、貨物用を使う決まりとなっています。共用エリアではペットをバッグやケージに入れないといけませんが、それさえ守っていれば、借りているエリアではリードを付けて歩くことも可能です。
弊社としてはワクチンを打っていること、ノミ・ダニ駆除をしていること、基礎的なトイレトレーニングができていること、オフィスではリードを付けておくこと、あとはご飯やオヤツなどの必要なものは自分で持ってきてね、というくらいですね。
――ペット向けの福利厚生なども用意されているのでしょうか?
もしペットが亡くなった場合、お見舞い金と忌引き休暇が付与される仕組みになっています。逆に、ペットを飼い始めた場合も休暇やお祝い金が支給されますし、ペット同伴出社の際も、交通費の一部などが補助されます。
■「飼い主のいないペット」のグローバル調査で見えた日本の課題
――今後予定している、「ペットのためのより良い世界」の実現に向けた取り組みなどがあれば教えてください。
今年の1月、「飼い主のいないペットの現状把握プロジェクト」の調査結果を発表しました。飼い主のいない犬、猫の実態を把握するためのプロジェクトで、世界20カ国で調査を実施し、日本も調査対象となりました。
日本の場合、インドなどと比べれば飼い主のいないペットの頭数自体は少ないのですが、“飼育意向”が他国よりも低い傾向にあることがわかりました。つまり、動物を飼いたいと考えている人が少ないんです。犬の迎え入れ先も未だにペットショップやブリーダーが多く、保護施設から引き取るケースはまだメジャーではありません。私たちはこういった課題を、パートナー企業とともに解消していきたいと考えています。
そのための一環として、小学校の授業で「動物介在教育」を実施したりしています。ワンちゃんと仲良く遊ぶにはどうすればいいか、実際に犬と触れ合いながら子どもたちに考えてもらうという授業ですね。私たちは協賛というかたちですが、これも飼育意向の向上に繋がるひとつのキッカケとなるので、今後も継続して取り組んでいきたいと思います。