昨年に続いて猛暑となった2024年の夏。灼熱を避け、北の大地へ旅行を計画している読者も多いのではないだろうか。中でも空路のみならず、新函館北斗駅(北斗市)まで北海道新幹線も開業済みの函館は、手軽に出かけられる北海道の観光地として人気が高い。函館には市電(函館市企業局交通部が運行)も走っており、鉄道旅の目的地としても魅力的だ。
今回は、函館市電を使って観光を楽しむことにする。市電と路線バスをお得に利用できる「市電1日乗車券」「市電24時間乗車券」(利用開始から24時間乗り放題)や「市電・函館バス1日乗車券」なども販売されているので、上手に活用しよう。
湯の川電停から函館空港までの延伸はあるのか?
現在、函館市電は2系統・5系統という2つの系統が運行されている。両系統の運行経路の大半は重複しており、ともに函館市街地東部の湯の川電停が起点となっている。周辺は温泉街で、1つ先にある湯の川温泉電停の近くに、無料で入れる足湯もある。
この湯の川電停から直線距離で4kmほど東へ行くと函館空港がある。もし、市電が空港へ乗り入れれば、利便性の向上のみならず、レトロな市電と空港の組み合わせという珍しさから、誘客効果もかなり期待できそうに思える。
じつは、函館市電の空港延伸の話は以前から存在する。現状、函館空港と函館の市街地を結ぶ公共交通機関がバスに限られている(タクシーだと運賃約3,000円)ことなどから、市電延伸の意見・要望が寄せられている(函館市ホームページ掲載情報。2021年1月19日、2月22日更新)。だが、現実には、「用地確保や変電所・車両の増備を含めた多額の設備投資に加え、湯の川~函館空港間には民家が少ない等、需要予測の面からも、現段階での延伸はなかなか難しい」(電話取材に対する函館市企業局交通部の回答)という。
さて、湯の川電停を出発した函館市電は、函館アリーナや市電の駒場車庫、函館競馬場の前を抜けて、五稜郭公園前電停に到着する。この電停名がくせ者で、電停から五稜郭公園の入口まで、実際に歩くと1km弱もある。
五稜郭は旧幕府軍と明治新政府軍の最後の激戦地となった場所。五稜郭公園での見どころといえば、五稜郭を一望できる「五稜郭タワー」が定番だが、2010年までに復元された「函館奉行所」も見応え十分だ。
市電沿線に市場、十字街交差点に不思議な建造物も
五稜郭公園前電停を出発した函館市電は、すぐ先の交差点で、路面電車らしく直角にカーブする。カーブを曲がり終え、次の中央病院前電停を過ぎたあたりから、前方の軌道の延長線上に函館山(334m)が姿を現す。緑色の巨大な壁のような函館山は、実際の標高以上に高く見える。
このあたりでは、市電はひたすら真っ直ぐな道路上を行く。直線道路が多いところは北海道の街の特徴といえる。路面が荒れているからか、スピードを出すと新型車両でも上下左右にかなり揺れる。
亀田川に架かる昭和橋を渡り、千歳町電停の1つ先、新川町電停に着いたならば、立ち寄りたい場所がある。函館には、有名な「函館朝市」の他に、「はこだて自由市場」「中島廉売」という市場があり、3つ合わせて「函館三大市場」と呼ばれる。その中の1つ「はこだて自由市場」が、新川町電停のすぐそばにあるのだ。
「はこだて自由市場」は戦後の闇市から発展したそうで、現在は「市民の台所」ともいわれている。市場の建物に足を踏み入れると、イカの専門店、貝の専門店、青物の専門店、乾物の専門店などが所狭しと並び、活気がみなぎっている。しかも、毎月8の付く日は特売日とのことで、筆者が訪問した7月8日も特売日だったため、さまざまな品物が豪快に安く売られていた。
新川町電停の1つ先にある松風町電停を過ぎると、ぐいっと右手に曲がる。さらにその先を今度は左へ直角に曲がると、函館駅前電停に到着。ここはさすがに乗降りする人が多い。
正面に函館山を見ながら、市役所前電停、魚市場通電停を過ぎると、その次は函館市電で唯一の軌道分岐点である十字街電停に到着。ここで2系統(谷地頭行)と5系統(函館どつく前行)が分かれる。
十字街交差点の角には、見張り塔のような、なんとも不思議な姿の建造物がある。かつて市電のポイントを切り替えるために使用されていた操車塔だという。
風光明媚な元町、函館山の夜景も見に行ける
函館市電を完乗するために、2系統・5系統の両方に乗りたいが、まずは5系統で次の末広町電停へ向かう。末広町電停へ近づくにつれ、右手の車窓に函館港のベイエリア、左手に歴史的建造物が建ち並ぶ元町の風景が広がり、背後には函館山が見える。このあたりは函館を代表する風光明媚な景勝地となっている。
末広町電停で降りたならば、近くの八幡坂を登ってみよう。この坂はテレビCMでも使われたビュースポットであり、坂の向こうに港が広がる絶景を楽しめる。坂の下を市電が通過するタイミングがシャッターチャンスだ。
元町エリアでは、建物内も見学可能な「旧函館区公会堂」や「旧イギリス領事館」のほか、有名な教会群(函館ハリストス正教会、カトリック元町教会、函館聖ヨハネ教会)などが見られる。
また、八幡坂を下った先にあるベイエリアの「赤レンガ倉庫」は、ショップやレストランになっている人気スポット。とくにライトが灯り始める日暮れの時刻の港の景色は、ことのほか美しい。
散策を楽しんだ後は、再び市電に乗って5系統の終点、造船所のある函館どつく前電停へ。電停前にある児童公園の片隅に、「新撰組最後の地」の碑が人知れず建っている。新撰組が最後の戦いを行った弁天台場が、かつて付近に存在したことにちなむという。いまも熱烈なファンの多い新撰組最後の地にしては、なんとも寂しい印象を受ける。
いったん十字街電停へ戻り、2系統に乗り換え、今度は谷地頭(やちがしら)電停をめざす。津軽半島をはるかに望む立待岬が南に控える谷地頭の地には、函館八幡宮や、函館を代表する温泉のひとつである谷地頭温泉がある。日帰り温泉施設は6時から22時まで営業(最終受付は21時)しているので、旅の汗を流すのにぴったりだろう。
最後は再び十字街電停へ戻り、函館山の夜景を見に行こう。電停から山頂行のロープウェイのりばまで急坂を登らなければならないが、「100万ドルの夜景」のためにもうひと踏ん張りしよう。
吊掛け式から低床式連接車両まで多彩な車両がそろう
函館市電は、風光明媚な沿線風景に加え、多彩な車両が活躍しているのも大きな魅力となっている。
吊掛け式モーターの轟音を立てながら走る旧型車両から、最新の低床式連接車両(リトルダンサー)、明治時代の路面電車を思わせる「箱館ハイカラ號」(39号車。4月中旬から10月中旬までの土日祝日のみ運行)という特別車両まで、じつにさまざまな車両が走っている。現在、劇場版アニメ『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』の上映に合わせたオリジナルラッピング車両(9603号車)も運転されており、どんな車両が来るか待つのも楽しい。
ここまで函館市電を中心に紹介してきたが、最後に函館の旅行・交通系ニュースを1件お届けしたい。7月6日、星野リゾートの「街ナカ」ホテルブランド「OMO(おも)」の新施設「OMO5函館」がオープンした。これと同時に運行を開始したのが「函館ぐるぐるフリーバス」だ。
「函館ぐるぐるフリーバス」は宿泊者限定だが無料で利用でき、時間帯によって3つのルートを巡る。具体的な運行ルートを見ると、朝は五稜郭公園近くまでアクセスする便を2本運行(ルート1)。日中時間帯は函館山ロープウェイのりばや元町エリア、ベイエリアを巡り(ルート2)、夜景の時刻には函館山ロープウェイのりばへの直行便を4本運行する(ルート3)。
現状、バス1台での運行であり、日中の循環バス(ルート2)が1時間あたり1本と少ないものの、市電や路線バスと組み合わせることで、より快適に函館観光を楽しめるだろう。