生ごみの残渣(ざんさ)からできた「寿メタンバイオ肥料」
新潟県長岡市で2024年4月、とある肥料の配布会が行われた。無料ということも相まって多くの人が肥料を求めて集まり、当日用意した4トン分が一瞬でなくなるほどの人気ぶりだった。
この肥料の名前は「寿メタンバイオ肥料」。市内にある「生ごみバイオガス発電センター」で生まれたものだ。そして原料は「生ごみ」である。
取材のため同センターを訪れると、長岡市環境部環境施設課の小林芳文(こばやし・よしふみ)さんが施設を案内してくれた。
長岡市は2013年から生ごみバイオガス発電センターの運用を開始。現在では年間当たり、約209万キロワット時(一般家庭の約530世帯分)の電力を発電している。
発電に使われるのは、市内(市外も一部含まれる)で回収した生ごみ。生ごみを泥状にしたのち微生物の働きで発酵させてメタンガスを発生させ、そのメタンガスを燃やして発電するのだ。
一方、発酵を終えた生ごみは最終的に乾燥した残渣となる。その残渣が「寿メタンバイオ肥料」。肥料とするために追加される工程などは一切なく、残渣がそのまま肥料となるのが特徴だ。
とはいえ、この肥料、つい最近までは県外の民間施設に持ち出していた。
「生ごみのバイオガス化に取り組もうとしていた2007年ごろ、すでに生ごみの農業利用を検討していました。しかし農家さんに話を聞いたら、生ごみから作った肥料と聞くとイメージが悪く、風評被害がありそうなので使いたくないと。肥料としての受け入れはほとんどないのではと判断し、肥料登録はしたものの、補助燃料として利用していました」(小林さん)
化学肥料が高騰しているからこそ、配布がありがたい
そんな中、2021年度に地域資源循環の促進を目的とする、長岡バイオエコノミーコンソーシアムが発足した。そのタイミングで長岡市商工部産業イノベーション課に赴任した佐藤暁(さとう・あきら)さんは当時をこう振り返る。
「長岡市で未利用の資源として使えるものを調べることになりました。生ごみに注目してみると、寿メタンバイオ肥料はきちんと肥料登録されている。なのに、運搬費用をかけて県外に運び出し、補助燃料として利用しているという現状を知りました」
早速、寿メタンバイオ肥料の有効性を試すための試験を始めた。まず長岡市の農業高校に使ってもらい、大根の栽培から始めたところ、化成肥料と比較すると多少は劣るものの、十分な収量を得られた。そして、2023年から市民農園の利用者を対象に試験的に提供を始めた。
「今までの肥料と混ぜてもきちんと育つし、化成肥料と比較しても遜色ないと市民農園を借りている方たちからは評価されています。市内の生ごみが肥料になるなんて、すごい取り組みだよねとお褒めいただきます。肥料価格が上がっているからありがたい、とのお声もありますね」(佐藤さん)
そこで「長岡市の資源完全循環型活動」をアピールして肥料の配布会の広報をしたところ、2024年4月の配布会では、1袋に10キロ分の寿メタンバイオ肥料を入れた400袋、計4トンの肥料が一瞬でなくなった。生ごみを発酵させて農作物の栽培に利用するという観点でいうと、コンポストと同じであるため、悪いイメージは実際のところほとんどないという。
生ごみバイオガス発電センターで1日に受け入れている33トンの生ごみが1トンの肥料となる。処理の際に出た残渣はまだまだ全量を配布するには至らないが、市内で処理すれば残渣の輸送代が削減され、トラックを利用する際の二酸化炭素の排出も減る。長岡市の目指す循環型コミュニティーへ一歩近づく。
生ごみ分別への市民理解。600回もの説明会の開催
そもそも寿メタンバイオ肥料が生まれた背景には、長岡市のごみ削減やリサイクルへの取り組みがある。その一環で、それまでの分別では「燃やすごみ」として回収していた生ごみを分け、新たに「生ごみ」という分別の種類を作った。2013年4月のことだ。
しかし生ごみを別途分別して出すとなると、当然市民の手間が増えるため簡単には理解が得られない。そのためその前年の10月からおよそ600回にわたり、町内会ごとに説明会を開き、のべ2万人以上の市民が参加した。これにより、2013年の7月から本格的に生ごみバイオガス発電センターでの発電に生ごみが活用されることになった。
市民の意識が高いのはもちろんだが、市民のごみ処理にまつわる負担軽減のため、生ごみ用の袋は一般のごみ袋よりも安くしたり一部規制を緩和したりするなど、市もさまざまな対策をしている。
「市民の皆さんの負担をできるだけ軽くして、協力してもらえるようにしています」(小林さん)
このように、市民と長岡市との協力があって初めて、エネルギー循環も生ごみの肥料としての利用も実現しているのだ。
肥料のさらなる有効活用法を模索
このような苦労の末に生み出された肥料だが、新潟県の名産である米には利用が難しいという。
「稲作において、例えば化成肥料を寿メタンバイオ肥料に全量置き換えた場合、化成肥料は10アールあたり30キロの散布で済むところ、寿メタンバイオ肥料では200~300キロの量をまかなくてはなりません。農家さん向けにすると、肥料をまく作業時間が大幅に増加してしまいます。また、長岡市内の水稲作付面積は約1万2000ヘクタールありますが、1年間に生産可能な400トンの寿メタンバイオ肥料ではその1%程度しかまかなうことができず、圧倒的に量が足りないのです。そのため、市民の皆さんが自宅の庭やプランターで野菜や花を栽培するというような、どちらかというと小規模な一般家庭から利用してもらおうと配布し始めました」(佐藤さん)
市民と長岡市が協力して作られた寿メタンバイオ肥料は、無料で配布することで、市民への還元を実現している。肥料の配布の場で初めて、生ごみバイオガス発電センターで生ごみから電気ができていること、肥料が作られていることを知る市民も多いという。今では生ごみがどのように使われているか知らずとも、長岡市では当たり前のように分別を行っているのだ。
「子どもたちに肥料を見せると、その中から小さいごみを見つけて、ちゃんと分別しないとごみが混ざっちゃうんだね、と真剣な顔をするんです。次の世代まで分別が浸透していることをうれしく思います」(佐藤さん)
現在は、長岡市内にある「次世代農業推進拠点施設(農の駅あぐらって長岡)」で週に2回、市民が電話予約をしてから自分で肥料を袋詰めして持っていける仕組みにしている。1回あたり500キロを配布予定だが、すでに7月は予約が埋まっており、8月も予約が次々と入っているという。現状は無料での配布を行っている。
「現在は配布方法を模索している最中で、発生する発酵残渣全量を市内で利用できる体制とはなっておらず、県外に搬出している分が多いです。長岡は、冬は雪が降って肥料を使う場所もありません。そのため、保管できるパッケージを作って蓄え、肥料をたくさん使う春にまとめて出荷するなど方法を考えていきたいと思います」(佐藤さん)
さらに、現在の肥料は脱水した後の乾燥残渣だが、脱水する前の液状の残渣を液肥として利用することも検討しているという。脱水すると水溶性のカリウムが抜けてしまうが、脱水前なら含まれたまま保持できるため肥料としての性能が高く、脱水・乾燥のために必要なエネルギーも削減できる。
地域の資源の循環から生まれる肥料の取り組みが、持続可能な農業の取り組みにつながることに期待したい。
【取材協力・画像提供】長岡市