第82期名人戦七番勝負(主催:朝日新聞社、毎日新聞社)で、豊島将之九段の挑戦を4勝1敗で退け、名人初防衛を果たした藤井聡太名人の就位式が、7月24日、東京・文京区「ホテル椿山荘」で多くのファンを集めて開かれた。本稿では、式典の模様をお伝えするほか、藤井名人が今シリーズについて振り返ったミニトークコーナの内容をほぼ全文ご紹介する。
最初に挨拶に立った、中村史郎 朝日新聞社代表取締役会長は「藤井名人は今回のシリーズを振り返って『温故知新』という言葉を挙げられているが、AI研究をベースにした近年のトレンドとはひと味違う戦いが繰り広げられた。難しい勝負が続く中で拠り所にしたのは、先人たちの戦い。昨年の名人獲得から、中原誠十六世名人や米長邦雄永世棋聖たちの棋譜を並べて勉強し、新鮮で大いに役立ったと語られており、先人の感覚を取り入れつつ新たな工夫を加えて進歩していくことはまさに温故知新であり原点回帰ともいえる。AIがどんなに進歩したとしても、過去の対局に学びやヒントが隠されているところに将棋の深さや面白さを感じる」と述べた。
温故知新については、松木健 毎日新聞社代表取締役社長も触れた上で「随所で研究の深さが感じられた一方で、両者が午前中からじっくり考え込んで構想を練る場面は、長年続いてきた名人戦の光景そのもの。AI時代の将棋に伝統を掛け合わせた新しい将棋に、ファンも大いに盛り上がったと思う」と述べた。
藤井名人には、羽生善治 日本将棋連盟会長から名人推戴状が。中村史郎 朝日新聞社代表取締役会長から賞金目録がそれぞれ手渡された。
また、今年で協賛20年を迎えた大和証券グループからは、記念品として藤井名人の希望で「電動アシスト自転車(26インチ)」が、鈴木直樹 大和証券常務取締役より贈られた。
就位式の最後に謝辞に立った藤井名人は「今期の名人戦は、私にとって初めての防衛戦で、昨年以上に身の引き締まる思いがあった。対局を振り返ると、1局ごとに異なる戦型になり、新鮮な気持ちで盤に向かうことができた。その一方で、経験の少ない展開においてミスも少なからず出てしまい、自分自身の力不足を実感するところもあった。それでも最も持ち時間の長いこの名人戦の舞台で将棋の難しさと向き合うことができたのは、本当に大きな財産になったと感じている。その経験を生かして今後も実力を高めていけるよう一層を精進していきたい。今回のシリーズでは、初めて伺う所も多く、各地の名所や観光スポットを楽しんだり、またアザラシと触れ合ったりと、盤外においてもさまざま経験をすることができた」と語った。
藤井名人の名人戦振り返りトーク
就位式のあとは、藤井名人に今シリーズについて振り返ってもらうミニトークコーナが催された。聞き手は、野原未蘭女流初段が務めた。
野原「それではよろしくお願いいたします。まずは名人防衛、そして7月19日にお誕生日を迎えられましておめでとうございます」
藤井「はい、ありがとうございます」
野原「改めまして今期の七番勝負を少し振り返っていただきたいと思います。ここ〈椿山荘(第1局)〉に始まって、〈成田山 新勝寺(第2局)〉〈羽田空港(第3局)〉〈別府温泉(第4局)〉〈北海道紋別(第5局)〉とバラエティーに富んだ環境での対局でした。まずは、いちばん印象に残った対局を教えていただけますか?」
藤井「あ、はい、そうですね。対局の内容としては、やはり定跡形から少し離れて、序盤から構想力を問われるような将棋が続いたのかなと感じています。その中で印象に残る対局を、一局挙げるというのは難しいんですけれど、第2局がそういった序盤の構想力が非常に問われたというところで、そこはなんというかうまく指すことができたんですけれども、一方で中盤以降は少しミスが重なってしまって、最後もギリギリの終盤戦になりましたので、いろいろあったということでは印象に残っています」
野原「では、印象に残った対局場所はどこですか?」
藤井「今回の名人戦は本当に、私にとっても初めて伺う所が多くて、その点でも開幕前からすごく楽しみにしていたシリーズでした。例えば、第3局の羽田空港。空港で対局というのはどんな感じなんだろうと、対局場の検分で見るまでイメージがなかなか湧かなかったんですけども、実際に行ってみると、本当に滑走路が間近にあって、対局中も飛行機の離着陸する様子がよく見えました。長い持ち時間の対局で、そうやって外の景色を見てリフレッシュできるというのは本当にありがたかったですし、対局場の雰囲気としてもすごく新鮮で印象に残っています」
野原「先生は鉄道が大好きというのは皆さんも周知の事実かと思いますけど、飛行機はいかがですか?」
藤井「飛行機についてはちょっとまだ初心者で、見ていてもあまり機体の種類が何とかそういったことはよくわからないんですけれど(笑)。ただ、なんとなく今回の対局をさせていただいて、少し親近感が湧いたかなと思います」
野原「この就位式の副賞が電動アシスト自転車ということだったんですけど、これはどういった意図でリクエストされたのですか」
藤井「副賞をいただけるということで何がいいのかいろいろ悩んだんですけれど。私自身も結構、子どもの頃は割と自転車に乗って出かけたりということが多かったんですけれど、最近はなかなかそういった機会もなくて、家族も同様に最近は自転車にって外出するという機会が少なかったので、電動なら少しハードルが下がるかなというところもあって。せっかくの機会なのでいただこうという話になりました」
野原「自転車と言いますと、フィットネス バイクが思い出されると思うんですけど、先生は使っていらっしゃいますか?」
藤井「はい、そうですね、今年の王将戦就位式の際にフィットネスバイクを記念品としていただきまして、今もけっこう漕いでトレーニングはしています。そちらで練習をして、今回いただいたアシスト自転車で外の世界に繰り出してみたいと思っています(笑)」
(場内拍手)
野原「本日、ご来場いただいた皆様にご質問をいただいておりますので、これからご紹介していきたいと思います」
【質問1】藤井聡太名人は猫派だそうですが、どんな猫がお好きです?
藤井「はい、猫派なのは確かなんですけど、種類というのを全く知らなくて、今すごい固まっています(笑)。どんな猫? うーん・・・・・・今度ちょっと勉強してみたいと思います(笑)」
司会者「横から失礼いたします。毛が長いのがお好きとか、短いのがお好きとか、白いのが好きとか、黒いのが好きとかどうですか?」
藤井「ウフフフ(笑)。そうですね、そんなにこだわりはありません」
【質問2】好きなスポーツはありますか?
藤井「普段なかなか、運動もそうですが特にスポーツというのは最近はする機会が全くなくて。以前は学校の体育の授業とかですることはあったんですけれど、特に球技は全般的に苦手で、例えばバドミントンとかですとラケットにずっと当たらないことがあって。スポーツをやるというのは、なかなかハードルが高いのかなと思っています」
野原「バドミントンは難しいですよね、先生」
藤井「フォローしていただいてありがとうございます(笑)」
野原「ただ先生は短距離走がめちゃめちゃ速いという噂を聞いたことがあるんですけれども」
藤井「いや、そんなに速くはなくて、しかも中学生の頃の話なので、今後はもう人前では走れないなと思っています」
【質問3】最近いちばん楽しかった出来事は何でしょうか?
藤井「はい、そうですね、何だろう・・・・・・(少考)。いざ聞かれるとけっこう迷ってしまいますね。先ほどの挨拶でも少し触れたんですけど、アザラシは今でも思い出します」
(場内拍手)
野原「紋別市でのアザラシですね(笑)」
藤井「そうですね。これまでそういった動物と触れ合うということが本当になかったんですけど。実際に経験させていただいてすごくいい思い出になりました」
野原「アザラシの日和(ひより)ちゃん、すごく可愛かったですよね。動画を見たんですけど。将来、動物を飼いたいなと思いますか?」
藤井「いや、それは全くありません(笑)」
(場内爆笑)
【質問4】毎日暑いですが、体力維持には何か特別なことをされていますか。
藤井「フィットネスバイクを漕いだりはしているんですけれど。ただ最近はすごく暑い日が続いていて、外に出るとそれだけで体力を相当削られてしまうので、なるべく外に出ないというのが(笑)、そういう感じで過ごしています」
野原「ちなみにフィットネスバイクはどれぐらい乗られるんですか? 毎日ですか?」
藤井「そうですね、だいたい家にいる時ですと3日に2回ぐらいのペースで乗っています」
野原「多いですね、頻度としては非常に」
藤井「そうですね、先月ぐらいにいただいたばかりなので、けっこう張り切ってはやっています(笑)」
野原「どれぐらいの時間を?」
藤井「ずっと漕いでいるのは大変なので、1回につき10分とかそのぐらいの時間でやっています」
【質問5】2日休みがあったら何をしますか?
藤井「2日どころか、1週間ぐらい休みがあるということも少なくないんですけれど(笑)。2日自由に使えるとしたら、近くに旅行に行ったりとか、そういった過ごし方をしてみるのもいいかなと思います」
野原「ちなみどちらへ行きたいとかありますか?」
藤井「なんかこう、温泉でのんびりするとかそういった感じで、はい(笑)」
【質問6】毎日暑い日が続きますが、藤井先生は暑さ対策をどうされていますか?
藤井「暑さ対策というのは、外に出ないことが一番なんですけれど(笑)。ただ、対局の場合は割とエアコンを入れていただくので、実はそんなに夏でも冬でも対局室の温度というのはそれほど変わらなくて、その点では安心してはいます。移動の時は、なるべく地下道を通るとか、そういったことを意識しています(笑)」
【質問7】最近食べられたもので、いちばん美味しかったものは何ですか? ちなみに私は犬派です。
藤井「(笑)。そうですね、いろいろあってすぐには絞れないんですけど・・・・・・。この名人戦でも本当に各地でいろいろとお食事のメニューをご用意していただいて、どれも美味しくいただきました。例えば、第4局の時の別府冷麺とか、そういう各地の名物も本当にいろいろあって、そちらも今回すごく楽しむことができたなと思っています」
【取材】田名後健吾