電通デジタルは、モンゴル・ウランバートルに人工知能(AI)開発の拠点を持っている。なぜモンゴルに、どんな経緯で設立されたのだろうか? その規模は? 関係者に詳しい話を聞くため、はるばる現地まで足を運んだ。
■開発の進むモンゴルの首都
取材に訪れたのは7月上旬。チンギスハーン国際空港に降り立ち、タクシーで首都ウランバートルの市内に向かった。高速道路は見渡す限り草原のなか。地平線に連なる低い山々の麓に、ときどきゲルらしきものが見える。やはりモンゴル=遊牧民の国なのだ。
しかしウランバートルの中心地に入ると、景色は一変する。そこは高層ビルが立ち並ぶ繁華街で、大きな看板にはキリル文字が踊っている。やがて筆者が乗ったタクシーは、渋滞の渦の中へ。聞けば、交通のインフラ整備が追いついていない市内では、このように慢性的に道が混んでいるらしい。列に割り込んでくるクルマ、そして遠慮のないクラクションの鳴らし合いに圧倒される思いがする。ここでドライバーは機転を利かして裏道を選択。すると、白い煙を吐き出しながら稼働する火力発電所が間近に迫った。橋を渡ると、その下をシベリア鉄道が通過していく。溢れる異国情緒。
■DDAMの歩みについて
ここで簡単に、関連企業の直近の動向をおさらいしておきたい。電通デジタル(以下、DD)は、グループ内でAI開発をリードしてきたデータアーティスト社を2023年4月1日付けで合併。これにともない、ウランバートルにオフィスを構えていた電通データアーティストモンゴル(以下、DDAM)はDDの100%子会社となった。今回は、そのDDAMのオフィスを取材している。
ウランバートルの観光名所のひとつ、スフバートル広場に面するビルディングの一角にオフィスを構えるDDAM社。はじめに、同社CEOのアグチバヤル・アマルサナーさんに会社の歩みについて聞いた。
モンゴルで生まれ育ったアマルさんは、高校生のときに同国のテレビで放送された「東京ラブストーリー」がきっかけで日本に興味を持った。日本に留学中は、東京大学の松尾豊研究室でデータマイニングを専攻する。ちなみに、アマルさんは国際数学オリンピックのメダリスト。彼にしてみれば、東大の数学の入試問題も「超簡単」だったそうだ。
同じ研究室の先輩に、山本覚氏(現在DD執行役員)がいた。山本氏は卒業後、いち早くデータアーティスト社を設立する。一方、大学を卒業したアマルさんは松尾研究室のエンジニアとして大学に残るが、数年後にデータアーティスト社にジョインした。以降、アマルさんの人望もあり、同社には実装力の高いモンゴル人が多数在籍するようになる。
2015年には日本最大級のハッカッソンに優勝して頭角を現す。2016年には山本氏がモンゴルの大学生・高等専門学生に向けて、同国初のAI講座を開催。データアーティスト社を拡大する基礎をつくる。その頃、DDとの取り引きもスタートしたという。アマルさんは「データ分析事業において初めてクライアントになってくれたのがDDでした。私も汐留の本社オフィスに出向しました」と当時を振り返る。
――アマルさんが考えるDDAMの強みは?
まず優秀なメンバーが揃っています。現在の社員は95名ですが、国際数学オリンピックのメダリストも複数在籍していますし、社内に英語が堪能な社員は93%、日本語を話す社員も75%います。独自の人材ネットワークを活かして、リファラル採用で組織を強化できている部分も大きなポイントです。縦のつながりと言いますか、海外留学からモンゴルに戻ってきた後輩に対して、エージェントを介さずに直接アプローチできているんです。
具体的な業務に関して言えば、AIの実装の速さが私たちの強みです。手を動かす速さも重要ですが、いま大事にしているのは、クライアントのニーズを正しく読み取ることだと思っています。クライアントからやりたいことを聞き出して、まだ詳細が固まっていない段階から一緒に考えていく。こうすることでお互いにとって良い結果が生まれますし、結局のところ、一番速くゴールにたどり着けると感じています。
――チームを率いるうえで、大事にしていることは?
DDAM=単なるシステム開発の会社ではなく、事業そのものを開発する会社にしたいと考えています。AI開発の領域を磨きつつ、クライアントとのコミュニケーションを密にして、またチーム内でも頻繁に情報交換することで、色んな可能性を引き出していけたら。まだまだ奮闘中です。
近年、AIの開発に情熱を燃やす若手社員も続々と入社しています。でも私が大事にしたいのは、どうやって世の中にそれを実装して、クライアントのどんな思いを実現したいのか、という部分です。
――会社の規模は、今後も大きくしていきますか?
現在、DDAMには95名の社員がいます。実は、年明けは50名弱でした。ほぼ倍増していますし、2024年末には120名まで伸ばしたいと思っています。今後3年間はAI開発に大事な時期ですので、倍倍ゲームを続けたい思惑があります。2025年は社員200名、2026年は400名、2027年は800名が目標です。
そもそもモンゴルは、人口300万人の小さな国です。300万人のうちの800人ですから、その人口比率を日本に当てはめると4万人規模の企業ということになります。日本で4万人企業といえば、その業界の最大手の水準です。市場規模を持っており、自分たちがやりたいこともできるでしょう。そこで私たちの企業も800~1,000名くらいが適切な規模感だと考えています。
――モンゴルにおけるZ世代に、世代の違いは感じますか?
DDAMも新卒はZ世代が中心ですが、やっぱり世代間のギャップを感じますね。私も、最初の頃は「なんでこれやらないの」「なんでこう考えないの」と怒りたくなることもありました。この世代に先入観も持っていましたが、最近は強みも分かってきました。Z世代は、やりたいこと、やりたくないことを自分たちで決められるんですね。私たち古い世代は、良く言えば「何でも頑張ります」という世代だったので。悪く言えば、やらなくて良いことは何なのか、本当にやりたいことは何なのか、その区別があまりついていなかったし、考えてもこなかった。そこに気付かされました。
現代の若手には「極限まで頑張れ」とは声をかけません。「何がやりたいのか」「やりたくないことは何なのか」を丁寧にヒアリングして、やりたい仕事に対してオーナーシップをとって、どんどんやってもらう。そんな工夫をしています。
Z世代は、私たちの世代と比べて圧倒的にスケールが大きい。仕事の技術力から、言語力、趣味なども多彩です。少し見方を変えてみることで、このZ世代に特有の強さが理解できました。
――これから、どんな開発をしていきたいですか?
いま生成AIが世界的にも大きなテーマになっています。研究開発はもちろん、それを応用したソリューション、プロダクトをいかに開発していくか。また、クライアントに届けるまでの仕組みを確立することも大事になります。
DDAMは、グループの中で技術開発の役割を担っていますし、それをメインに考えていくチームですが、DDのパーパスにもあるように、人の心を動かし、価値を創造し、世界のあり方を変える、そんな思いも大事にしています。極端な話、AIは手段に過ぎません。AIを作ることを目的にせず、社会の人に感動してもらい、喜んでもらう、そんな部分を常に意識しながら今後も活動を続けていきます。
ところで、なぜモンゴル人は数学に強いのだろうか? アマルさんによれば、モンゴルには日本のような部活動はないという。「その代わり数学の部活があり、数学に特化したクラスがあります。数学に関する国内大会も盛んで、日本の高校球児が甲子園を目指すような感じで、たくさんの高校生が数学の全国大会を目指します。私の祖父の前の時代からそうなので、相応の歴史はあると思います」と教えてくれた。