かつて日本のエンタメ、こと映画は世界の最先端にあった。黒澤明監督の『七人の侍』はハリウッドで『荒野の七人』としてリメイク。『隠し砦の三悪人』が『スター・ウォーズ』に多大な影響を与えたのも、知る人ぞ知るところだろう。テレビドラマもバブル期から00年代にかけて、木村拓哉主演ドラマを中心に黄金期を迎えたが、昨今は韓流ドラマに押されがち。映画『私をスキーに連れてって』などを手掛けたホイチョイ・プロダクションズの馬場康夫監督に筆者が話を聞いた時には、「ドラマ界も“失われた30年”となってしまった」という厳しい言葉も飛び出した。

だが、昨今も決してヒットドラマがなかったわけではない。社会的ブームを引き起こした『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)がその一つだ。この演出を担当した瑠東東一郎監督は、大ヒットの理由を「面白いものを純度高く、そしてありったけの熱量を込めて作ったから」ではないかと振り返る。

そんな瑠東監督が7月、元カンテレプロデューサーの重松圭一氏が設立した映像制作集団「g」に所属した。「もっとクリエイターがやりたいことをやらないと」と訴える重松氏が目指す、日本のエンタメ復興は起こり得るのか。現在放送中で瑠東監督が演出を務める山田涼介主演のドラマ『ビリオン×スクール』(フジテレビ系、毎週金曜21:00~)の裏話を聞きながら考える。

  • 瑠東東一郎監督=『ビリオン×スクール』の撮影現場にて (C)フジテレビ

    瑠東東一郎監督=『ビリオン×スクール』の撮影現場にて (C)フジテレビ

『おっさんずラブ』の成功体験「熱量を共有できた」

「『おっさんずラブ』で心がけたのは“ウソはつけない”というところです。いわゆる男性が女性を、女性が男性を好きになるパターンは長年描かれてきたのでなじみがありますが、男性同士の恋愛を描くとなれば、前例もなじみも少ないので、マイノリティ的状況を世間に納得させるだけの強烈な“熱量”がいる。これを貴島彩理プロデューサー、脚本の徳尾浩司さん、主演の田中圭さんらチームで共有し、“ウソ”にならない“熱量”を皆で帯びて作り出した。その“恋愛”を奥の奥まで掘り下げて“人間愛”に近い状態まで持っていった。ありがたいことに視聴者に喜んでいただけたことで、“日本も捨てたものじゃないな”と感じられました」(瑠東監督、以下同)

つまり『おっさんずラブ』は、非常に恵まれた環境で制作することができた。そう、制作チームがきちんと熱量を共有して送り届けることができれば、今だって視聴者の心にしっかり刺さるのだ。

だが、そんな幸福な現場はそうそうない。筆者が各所で聞く話だが、例えば芸能事務所の誰かが「こうしたほうがいい」というのは通るが、いち監督の意見は説得、却下されたりする。

そこには明らかなパワーバランスが存在し、クリエイターのパワーは弱く、いわば上層部の“大人の事情”で現場が回されている。半ば“仕方ない”という諦めの声が多くの現場でささやかれている。ドラマだけではなく、映画もアニメも、やれ予算が、やれ時間が……と、クリエイティブとは関係ない場所で回されてしまっているとの愚痴を聞いてきた。

香港で感じた日本映像界の“遺伝子”

ただ、昔からそうだったわけではない。瑠東監督の話を聞きながら筆者もほぼ確信に至ったことがある。

「『おっさんずラブ』が幸福だったことのもう一つに、劇場版を香港で撮影したのですが、現地のスタッフが非常に優秀だったのです。例えば急に思い浮かんだアイデアをこうしたいと告げると、やはり段取りがありますので“難しい、無理です”と言われても仕方がない。これは当然です。ところが当時の香港の現地スタッフは“じゃあどうするか考えましょう”と前向きになってくれた。これには驚きました。そして聞けば、そのNOと言わず前向きにアイデアを出していくのは、過去に日本の映画業界の方から学んだというのです」

かつて筆者は国内外で活躍するアクション監督や殺陣師・スタントコーディネーターたちの団体「ジャパンアクションギルド」の理事でスタントマンの多加野詩子氏(映画『ビー・バップ・ハイスクール』、ドラマ『あぶない刑事』など)にこんな話を聞いたことがある。昭和30年代、GHQによるチャンバラ映画禁止が解かれ、日本のアクション映画は隆盛を極めた。それに目をつけたのが香港のゴールデン・ハーベスト。同社は日活のスタッフをスカウトし、ブルース・リー映画などを制作。香港映画の基礎を作った、と。

決して今の日本のエンタメ界に優れたところがないと言っているのではない。ただ史実として、かつての日本映画界はその“熱量”で燃えていて、それが香港では今も受け継がれている。香港で可能であるなら、現代日本でもできるはず。その遺伝子は残っているはず――そんな期待を瑠東監督の言葉から感じた。