NTT東日本 長野支店は6月7日、長野県信濃町、長野県信用組合、長野都市ガス、JA長野中央会とともに異業種理解プログラムを開催した。会場となった「信濃町ノマドワークセンター」には5団体の若手ビジネスパーソンが集い、地域活性化と社会課題について白熱した議論を重ねた。

  • 長野県の5団体が参加した異業種理解プログラム

信濃町ノマドワークセンターで地域課題を考える

少子高齢化が着々と進行し、それにともなう労働力の減少が実社会に影響を及ぼし始めている昨今。この問題の最先端にいるのは地域社会だ。官民が連携し、新しい価値観で改めて地域社会を考えることがいま求められている。

NTT東日本 長野支店は6月7日、長野県信濃町、長野県信用組合、長野都市ガス、JA長野中央会とともに、異業種理解プログラム(前期)を開催した。今回の内容を元に、8月27日に後期プログラムが行われる。

会場となったのは「信濃町ノマドワークセンター」。信濃町とNPO法人Nature Serviceが作った法人向けの貸し切り型リモートオフィスだ。最先端のワークスペースと3Dプリンタや各種工作機を備えつつ、ドローンなどのIoT機器を自在に動かせる環境を併せ持つだけでなく、森林や高原、野尻湖といった自然に触れあいながら働くことができる。ここに5団体の代表27名が集い、信濃町の地域課題解決に向けたグループワークが行われた。

  • リモートワークの需要に合わせてリフォームされた「信濃町ノマドワークセンター」

  • 自然の中で最先端機器を使えるため、ワーケーションにも好適だ

異業種理解プログラムの目的は大きく4つ。「県内中核人材の育成」「中長期的な質の高い人脈形成と、長野県内地域創生の礎の構築」「同年代のビジネスパーソンと触れることを通じた視野・視座の拡大」、そして「自らの企業や自分自身の立ち位置に対する理解の深化」となる。

プログラム参加者には、各団体で周囲・組織を牽引し、新しい価値を生み出すリーダーとなることが期待されている。

  • 昼食を取りながらコミュニケーションを深める各グループ

信濃町の5つの課題がテーマ

異業種理解プログラムの課題は、信濃町をフィールドとして、地域課題を解決する提案を行うこと。各グループは5つのテーマからいずれかを選択し、アイデアを導き出すことになる。そのテーマとは、「Uターン者の増加」「空き家対策」「過疎地域の交通」「持続可能な高付加価値農業」「地域から見たリゾート開発」だ。いずれも地方にある多くの市町村に共通する悩みだろう。

  • 信濃町の5つの課題は、同町のみならず多くの市町村にも当てはまるだろう

  • 信濃町を代表するリゾート地の一つ、野尻湖

  • 信濃町で増加している空き家。役場に寄付されてもなかなか解体も難しい

プログラムは4段階で行われる。1つ目は「リサーチ(調査)」。始めに信濃町が提供する資料に加え、Webや新聞、白書などから情報を収集。テーマについて感じたことを整理する“エンパシーマップ”作りが進められた。これは、「誰に」「どんな価値」を提供するかを明確にするためだという。大きな模造紙には次々と付せん紙が貼られていき、気がつくと各人の思考の方向性を示す地図となっていた。

  • 初めて顔を合わせる仲間とともにグループワークを進める

  • グループワークが進むごとに緊張がほぐれ、積極性も増していった

2つ目は「アナライズ(分析)」で、テーマに沿ったペルソナ(仮想ユーザー)の設定が行われた。これはサービスや事業の始めから開発の終わりまで、関係者全員が同じターゲットユーザーを思い描くためのツールだという。

  • 場所を変えて考えを整理するグループもあった

3つ目は「デザイン」。ペルソナの課題を解決するサービスの検討だ。まずアイデアを可視化するための個人ワークとして、アイデア・スケッチを作成。各グループはこれを共有するとともに、質問、アイデア、改善案を伝え合っていった。そして「ペルソナが価値を感じ、求めること」「ペルソナへ欲求の満足を提供すること」を主眼に置きつつ、CVCA(Customer Value Chain Analysis)を作り、ビジネス性を検討していく。

  • 作り込んだエンパシーマップをもとにアイデア・スケッチを作成していく

そして最後に各グループが発表を行い、前期プログラムは終了。4つ目の「テスト」は8月27日の後期プログラムで行われ、グループごとに設定したテーマの市場調査、フィールドワークが実施される予定だ。

異業種との交流から学んだこと

異業種理解プログラムに参加したみなさんに、今回の感想をうかがってみよう。

NTT東日本 長野支店 産業基盤ビジネスグループ 産業基盤ビジネス担当 吉沢悠太氏は「ここに来るまでは不安でしたが、いつも携わってない方と話すことで新しい発見や自分にない考え方を学べました」と述べる。

吉沢氏のグループがテーマとしたのは「空き家対策」。同氏の実家も将来空き家になるかもしれないという思いや、人口増加や観光増進に繋げられるかもしれないという視点から選んだそうだ。

「みんな消極的かなと思ったんですが、私自身含めて前のめりに話すことができました。この雰囲気も含めて、同じようなマインドを持つことができたのは良かったと思います。ここでつながった縁から、なにか一緒に作れたら良いですね」(NTT東日本 吉沢氏)

  • NTT東日本 長野支店 産業基盤ビジネスグループ 産業基盤ビジネス担当 吉沢悠太 氏

また、大学時代に地域課題の解決を目指すゼミに入っていたという長野県信用組合 吉田支店 上田未来氏も「金融機関の職員以外の仕事の視点を見ることができて面白いです」と話す。

上田氏のグループのテーマは「Uターン者の増加」だ。他のテーマも検討したそうだが、「根本的な問題はやっぱり人口減少、若い人が少ないということです。Uターンする人が増えれば、他の問題も解決できるんじゃないかと考えました」と、上田氏は選んだ理由を語る。

「みんな意外と同じことを考えていましたね。でもUターンしない理由として“消防団が大変”と書いてらっしゃるのを見て、地域の繋がりが面倒と感じる人もいるのかなという発見がありました。直接いまの業務に関わる内容ではないですが、外回りの仕事をしているので、いつも見てる地域だけじゃなくて、広く長野県を見て仕事したいなと思いました」(長野県信用組合 上田氏)

  • 長野県信用組合 吉田支店 上田未来 氏

NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ 地域基盤ビジネス担当 丸山雄太 氏も、「みなさん仕事が異なるので、視野が広がっていくような体験ができました」と述べる。

丸山氏のグループは、「地域から見たリゾート開発」をテーマとして選択。その理由は、空き家やUターンは他の市町村とある程度共通する課題だが、観光資源を活かせるリゾート開発なら信濃町の特色を活かした取り組みが行えると考えたからだという。丸山氏は「マイナスをプラスに変えるよりは、信濃町さんが持つスキー場や野尻湖という強みを伸ばしたいと思いました」と話す。

「リゾート開発だと、NTT東日本はどう新しいものを作るかという観点が多くなってしまいがちですが、長野県信用組合さんからは資金調達の話が出てきたり、信濃町さんからは海外の方が来るデメリットについてだったり、特色ある意見を数多くいただきました。普段は関わる人が固定されるうちに思考もどんどん固まってしまうので、今回の刺激を受けて、いろいろな視点から意見が言えるように視野を広げたいと思います」(NTT東日本 丸山氏)

  • NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ 地域基盤ビジネス担当 丸山雄太 氏

異業種理解プログラムのきっかけと目的

異業種理解プログラムを始めるきっかけは、NTT東日本 長野支店が若手社員に「外の世界を知ってほしい」と考えたことだったという。

NTT東日本は、地域に寄り添い、地域の課題解決のために地域と共に歩むという企業方針を持っている。だが、地域課題は1社では到底解決できない。地域の会社がスクラムを組み、複数の多角的なアプローチによってシナジーを生むことが必要だ。

一方で民間企業間はお互いの仕事や特性について詳しく理解しているわけではない。同じ地域でコンソーシアムを形成し、人脈づくりと相互理解を深めなければならない。そこで今回、信濃町の協力を仰ぎ、「信濃町ノマドワークセンター」で異業種理解プログラムが開催される運びとなった。

信濃町 総務課 まちづくり企画係 地域マーケティング担当の川口彰氏は「人材育成は本庁でも大きな課題です。とくに働き盛りの中堅世代が少ないという人材採用の歪みもあります。信濃町ノマドワークセンターの意図とも合致していますし、我々としても同じ課題を感じていましたので、快くお引き受けしました」と語る。

  • 信濃町 総務課 まちづくり企画係 地域マーケティング担当 川口 彰 氏

信濃町にはさまざまな課題がある。その根本的な要因は、やはり人口減少。これまでの多くの施策は、住む人、来る人が十分にいることを前提としている。

「"人がいないから、人を増やす"という話ではなく、"人がいないなりに、どういった地域社会を作っていくか"というを考えなければなりません。視点を変えることで道筋が見えるんじゃないかと思っているのですが、いつも同じ人が集う役場のコミュニティでは限界があります。今回の取り組みで、新しい価値観を持った人材が生まれることに期待しています」(信濃町 川口氏)

信濃町が抱える5つの課題は、多くの地方都市に共通するものだ。しかしその中身は地域のみならず、一つひとつ異なる。例えば空き家問題なら、「家族の思い出だから手放しにくい」「お金で故郷を売ったと思われたくない」などメンタル面で躊躇している方もいる。また少子化であれば、経済支援が必要な地域もあれば、地域における結婚の価値観が影響している場合もある。そのアプローチの仕方は一様ではなく、地域社会の窓口となる役場が頭を悩ませる理由もここにある。

これに対して、NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 ビジネス企画担当 担当課長の村瀬輝光 氏は「閉ざされたところで考える解決の糸口というのは極めて限定的で、他のところから出てくる答えが新しい切り口になるかもしれません。官と民の垣根を取り払い、多種多様な考え方からシナジーを生み出すことに期待しています」と、異業種理解プログラムを実施した理由を話す。

  • NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 ビジネス企画担当 担当課長 村瀬輝光 氏

「信濃町さんを選んだ理由は、北信五岳に囲まれた豊かな観光資源という議論のきっかけがあることです。地域の課題解決を通して思考の成長や人脈形成をするにも、出口の見えない議論ではなかなか難しいでしょう。また信濃町ノマドワークセンターも大きいと思います。普段、自分が置かれている環境を離れ、ワーケーションのような形でクリエイティブな発想をしてほしいと思いました」(NTT東日本 村瀬氏)

初めは仕方なくプログラムに参加しているように見えた各団体からの参加者だったが、一日のプログラムを終え、それぞれの声がしっかりと聞こえるようになってきた。この様子を見て、信濃町の川口氏は「1日でこれだけ変わるんだなっていうのが正直な感想です」と満足げな表情で話す。

「官民協働という言葉を掲げて久しいのですけれども、やはり民間企業の方と我々職員が顔を合わせ、対話しながら進めていくものの方が、結果として良いものができます。プログラムがお仕事につながればもちろん良いのですけども、気軽に声かけられる人が増えたっていうだけでもプラスなんじゃないかなと思っています。職員一同、後期に向けてさらにサポートしていきたいと思います」(信濃町 川口氏)

またNTT東日本の村瀬氏は、「実はビジネスプランの策定や、素晴らしい課題解決策を出すのがプログラムのゴールではないんですよね。そのプロセスが大事なんです」と述べる。

「今回のプログラムを通じて、相互理解・相互連携を深めることの重要さを知っていただくことが大事だなと思っています。その属人間連携みたいなものが実は企業間連携になり、官民連携になっていくんです。ひいてはそれが地域が良い形に変わっていくきっかけになってほしいですね」(NTT東日本 村瀬氏)

競争するのではなく、共有し合いながら課題解決を

信濃町からの期待も大きい異業種理解プログラム。信濃町ノマドワークセンターには信濃町 町長の鈴木文雄氏も来場し、参加者をねぎらっていた。

鈴木氏は「先日、この場所でさまざまな世代が集り、ウェルビーイングから生まれる新しい社会を考える『信濃町しあわせ会議』を行いました。こういった世代を超えた対話の場を設けることで、町の活性化につながることを期待しています。町の未来は若い世代のみなさんの双肩に掛かっていますから、その発想やアイデアはなによりも大切です」とメッセージを送るとともに、地域課題の解決に向けた自身の考えを述べた。

「人口減少、高齢化、産業の衰退などは、長野県内ほとんどの市町村に共通した課題です。私としては他の市町村と競争するのではなく、課題を共有し合い、それぞれの個性を活かして励まし合いながら課題解決を目指す形を作りたいと思っています」(信濃町 町長 鈴木氏)

  • 信濃町 町長 鈴木文雄 氏

人口減少によって労働力が不足し、地方ではますます少子高齢化が進んでいる。すでに人の取り合いを考える段階は過ぎ、地方自治体は民間、行政という枠組みを取り除いて、さらに他の市町村とも手を取り合わなければ立ち行かなくなるだろう。

今回のプログラムが、これからを生きるビジネスパーソンの糧になり、官民連携が進むきっかけになることを願いたい。