これまでは年配の方が観戦を楽しむ伝統的な国技というイメージの強かった大相撲。だが、近年は若い女性を中心に盛り上がる“推し活”グッズの展開やX、インスタグラムといったSNSでの発信を強化することで、これまで関心の薄かった若者たちにまでその魅力が伝わり、ファン層を広げているという。
そこで今回は、日本相撲協会で広報を務める西岩親方に、大相撲の人気を高めるために協会で新たに始めた取り組みをはじめ、近年大きく変わった大相撲のあり方について伺う取材を敢行。西岩親方がビギナーにおすすめしたい大相撲の楽しみ方や日本相撲協会が目指す“これからの大相撲像”についても教えていただいた。
若い女性と外国人が新たなファン層に今回取材に応じてくれた西岩親方は、現役時代は史上最強の関脇と称された若の里として活躍。引退後は西岩親方として田子ノ浦部屋で後進の指導に当たり、現在は西岩部屋を新設して西岩部屋師匠を務めている「巨人・大鵬・卵焼き」と謳われた高度経済成長期の「柏鵬(はくほう)時代」から「ウルフ(千代の富士)フィーバー」、そして「若貴ブーム」と、昭和から平成の初めにかけて何度も到来した相撲ブーム。そして今再び、「スー女」と呼ばれる相撲好き女子たちの“推し活”やNetflix(ネットフリックス)で配信されたドラマ『サンクチュアリ-聖域-』の大ヒットにより、大相撲への注目が高まりを見せている。
事実、西岩親方は「以前のファン層の中心は年配の方たちで、若者にとっては少し敷居の高い競技と思われていましたが、近年は若い女性や外国人の旅行客の観戦機会が増え、ファン層に変化が生じています」と語る。
特に外国人観戦客の増加は顕著で、現在、本場所を訪れる観戦客の2.5〜3割ほどは外国人が占めているそうだ。
「正座や立膝での座り方に慣れない外国人の方たちは、会場2階の椅子席を好まれます。そのため、2階席へと行くと、日本語以上に外国の言葉が飛び交うくらいの活況ぶりなんです」(西岩親方)
このようにファン層が変化したのは、大相撲の観戦チケットを手軽に買えるようになったことが大きい。以前は日本相撲協会が国技館のチケット売り場で手売りをしていて、マス席などの人気チケットはなかなか手に入らないという時代もあったが、現在はチケットぴあなどのプレイガイドやローソンなどのコンビニの店頭端末で簡単に購入することができ、敷居が高いと思われていた若者も足を運びやすくなった。
その甲斐あってか、西岩親方が「令和6(2024)年に入ってからの1月場所と3月場所は15日間連続の『満員御礼』です。そして、この5月場所のチケットも発売と同時に全15日間分がすべて完売となる売れ行きでした」と語るほど、人気絶頂の兆しを見せている。
信頼回復のために取り組んだ、大相撲の大改革実はこうした人気の背景には、改革を迫られた角界の苦い経験がある。平成23(2011)年頃に立て続けに起きた、相撲界の不祥事によって急激なファン離れを味わったからだ。
「あの頃は協会にとって、まさに暗黒時代でした。不祥事が続き、数多くの力士が引退に追い込まれ、当時現役で相撲を取っていた私も一目でわかるくらいに、日に日にお客さんが減っていく悲惨な様子を目の当たりにしました。お客さんが3割くらいしか入らない状況のなかで数年間、相撲を取りましたが、やる方も非常につらかったですね」(西岩親方)
そこで協会をあげて、現役力士はもちろん、親方衆も皆で一致団結して取り組んだのが、大相撲の信頼回復だ。これまでは相撲文化の一部として容認されていた“かわいがり”などの厳しい稽古も廃止し、暴力との決別を宣言するなど、伝統を重んじながらも時代の流れに合わせた改革に努めた。
そして、伝統の上であぐらをかいてしまっていた大相撲を老若男女、誰でも楽しめる大相撲へと変えようと、さまざまな施策を打ち出すようになったのだ。
例えば、若い世代へのマーケティングを意識したSNSなどの強化もその一環だ。現在では 「X」は40.5万フォロワー、「インスタグラム」は22.7万人フォロワー、「LINE」は20万人以上の友達登録がある(2024年6月10日現在)が、情報を発信する際には、いかに相撲を観戦してみたいと思ってもらえるきっかけを提供できるか、強く意識しているという。
「相撲をあまり知らない人にしてみると、まげを結った力士たちは皆同じに見えてしまう一面があります。それを一人ひとり違って見えるように力士たちの個性を際立たせていくのは、SNSが手助けできる利点だと思っています。例えば、SNSを介して、力士の好きなテレビ番組やアーティストといった個人的な好みを知ってもらうことで、『私と同じ〇〇〇が好きなんだ』と力士を覚えてもらうきっかけをつくったり、土俵から降りたらこんなお茶目な一面があるんだという意外性を知ってもらうことで、興味や関心を惹いたり。そうした発信から『力士ってこんな可愛いところがあるんだ』『こんなギャップがあるんだ』『なら、一度、大相撲を見に行ってみようかな』と思ってもらえたらと嬉しいですね」(西岩親方)
日本相撲協会公式ストア「SuMALL(すも~る)」で売れ筋ナンバー1ののぼり風力士タオル。ファンたちは“推し”の力士のタオルを購入し、会場での応援に使用するまた、豊富なラインナップを展開する公式グッズの強化も世の中の“推し活”ブームの流れを汲んだものだ。
「以前は協会が公式グッズを販売するようなことはなかったんですが、ファンの方たちに喜んでいただきたいという思いと、チケット収入以外の収益の柱をつくりたいとの願いの両面から取り組みはじめました。今では親方衆が率先して売店に立って販売するくらいの力の入れようです。売店担当という役職を設けて、専門の部署までつくり、どういったものをつくれば売れるのかを考える商品開発の部門も立ち上げました」(西岩親方)
その結果、現在は末席で観客がタオルを広げて「〇〇関、頑張れ〜!」と推しの力士を応援するのが当たり前の光景に。グッズの売り上げもチケットの売り上げ同様、右肩上がりの伸びを示し、特に本場所の会場でしか購入できないガチャガチャは毎回長蛇の列をつくるほどの人気を誇っているという。
それ以外にも若者世代のファン獲得を狙ったAbemaTVとの取り組み「ABEMA 大相撲」や「YouTube」を活用した専門チャンネルの運営なども大きな注目を集めている。日本相撲協会ではこうした試みが着実に成果を上げていることに対して、「角界として一番良い時期に差し掛かりつつある」ような手応えを感じていると語る。
ビギナーにおすすめしたい大相撲の楽しみ方とは?『大相撲観戦ガイドブック』の中ページより。左ページの関取誕生日一覧表で自分と同じ誕生月の力士を探したり、右ページの大相撲豆知識で観戦をより楽しいものにできるまた、こうした取り組みを通じて大相撲に興味をもち、実際に本場所に足を運んでくれた相撲ビギナーを楽しませる工夫も怠らない。初心者にわかりやすく、相撲の見どころや魅力を解説している『大相撲観戦ガイドブック』(無料パンフレット)はその最たる例だ。これは国技館に観戦に行くと入口で誰でも手にすることができる。
「会場の案内図や館内の食事処の情報はもちろん、相撲観戦をより楽しむことができる豆知識やおすすめの観戦スケジュールを紹介する1日観戦ガイド、その場所でしか味わえないイベントや展覧会などをお伝えするお楽しみ企画なども掲載することで、初めて観戦に来た人たちが迷ったり、困ったりすることなく楽しめるよう、おもてなしの精神を意識して制作しています。
最近増えている外国人観光客の方たちに向けては、英語版の取り組み表のパンフレットを作成し、QRコードを読み込むことで外国語による相撲解説を見られる仕組みもつくりました」(西岩親方)
また、令和4(2022)年の九州場所からは、新聞のように観音開きで閲覧できる特別なパンフレットの作成も開始した。この紙面の裏側には横綱や大関をはじめ、本場所が開催される各地域にゆかりのある力士たちの写真が大きく飾られているのだが、その狙いもこのパンフレットが来場者の方たちの思い出のお土産になればとの思いにある。
西岩親方の前にあるのが、新しく制作が始まった新聞タイプのパンフレット。裏面には力士たちの豪華な写真がレイアウトされているこのように相撲ビギナーたちを喜ばす仕掛けを数多く用意している日本相撲協会だが、特に初心者におすすめの大相撲の楽しみ方を聞いたところ、次のような楽しみ方を教えてくれた。
「まずは国技館に一歩足を踏み入れただけでガラリと変わる、非日常感を楽しんでいただきたいですね。そこでは何百年と昔から変わらずに伝統を守り続ける力士たちが、土俵入りや化粧廻しといった形式を大切にしながら、己の尊厳をかけて激しくぶつかり合います。その様を見るだけでも、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えるはずです。
観戦中は、自分と同じ出身地や自分と同じ誕生月といった共通項から“推し”の力士を見つけて応援するのが、わかりやすい楽しみ方ですね。“推し”の力士が一人見つかると、『対戦相手の力士はどんな力士だろう?』と興味をもったり、『じゃあ、この力士と同じ部屋にはどんな力士がいるんだろう?』と関心の幅が広がるなど、どんどん相撲にハマるようになります。
特に相撲は『東方、〇〇〇、どこどこ出身、どこどこ部屋』と必ず出身地を伝えるくらい、地元を大切にしています。甲子園で地元の高校を応援するような感覚で地元出身の力士を応援するのは、昔からからある相撲への入り口のひとつなんです」(西岩親方)
やっぱり、一番のファンサービスは「土俵の上の相撲」大相撲公式ファンクラブのホームページより。年会費別に「横綱」「大関」「関脇」「小結」「十両」の5つのコースが用意される加えて、近年ではファンサービスの一環として公式のファンクラブも創設した。これまで大相撲を支えてきた長年のファンはもちろん、最近になって大相撲に興味をもったビギナーたちも含め、幅広いファン層とより深いつながりをつくっていくためだ。
「ファンクラブでは、会員限定のチケットの先行販売をはじめ、ファンクラブ限定イベントへの参加権や会員限定のグッズ販売など、5つの会員コースに合わせて、さまざまな特典やコンテンツを用意しています。例えば、令和4年に開催したファン感謝祭では、普段公開していない国技館のバックヤードへ限定入場できたり、人気の高い塩まき体験に優先的に参加できたりといった優待特典を用意したんですが、会員の方たちからの評判も上々でした」(西岩親方)
このように時代に合わせたアップデートを次々と行っている日本相撲協会だが、最後に協会が目指すこれからの大相撲像について尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「時代が変わっても変わらないもの、時代に合わせて変えていくもの、その2つの視点から考えないといけませんが、やはり、私たちが考える一番のファンサービスは『土俵の上の相撲』だと思っています。力士たちが必死になって相撲に取り組み、お客さんたちに『迫力ある面白い相撲だなぁ』と熱中してもらうことが何より大切です。それがないと、いくら時代に合わせてグッズを売ったり、ファンクラブをつくったりしても、いずれお客さんは相撲から離れていってしまうものですから。
『お客さんを感動させる相撲』という、時代が変わっても変わらない普遍的な魅力を柱に、時代に合わせた施策を柔軟に打ち出していくことが、これからの大相撲を明るい未来へ導いてくれると信じています」(西岩親方)
今回の取材を通して、近年、相撲が再び注目を集めている理由がはっきりと見えてきた。それは贔屓の力士を熱心に応援する好角家から最近相撲に興味をもち出したビギナーまで、老若男女を問わずさまざまな人たちが多様に楽しめる環境が用意されているからだ。こうした日本相撲協会のアプローチには、角界のみならず、さまざまなスポーツ業界を盛り上げるヒントが隠されているかもしれない。
text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
photo by Yoshio Yoshida