4団体(WBA、WBC、IBF、WBO)統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(大橋)の次戦が決まった。9月3日、東京・有明アリーナ、相手は元IBF世界同級王者で現WBO世界同級2位のテレンス・ジョン・ドヘニー(アイルランド)だ。
当初、9月に井上に挑むのはIBF&WBO世界トップランカーであるサム・グッドマン(オーストラリア)、WBA世界1位のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)のいずれかだと見られていた。そんな中での今回の決定には批判的な声も多く聞かれる。だがドヘニーは、本当に“役不足”挑戦者なのか?
■「一発も当てさせない闘いをする」
「前回、東京ドームという大きな舞台を終えたばかりで、皆さんがこの試合の決定をどう思うかは分からないですけど、自分の中では気の抜けない試合。ここはしっかりクリアしなければいけない。先を見据えられる闘いをしたい」
7月16日、グランドハイアット東京で開かれた記者会見で井上尚弥は、ドヘニー戦に向けそうコメントした。
5月6日、東京ドームのリングで井上はルイス・ネリ(メキシコ)と闘い1ラウンドに「まさか!」のダウンを喫した。それでも逆転KO勝ちを収め、4本のベルトを守り抜いている。
試合直後、サム・グッドマンがリングに登場し「イノウエに挑みたい」と発言。そのため、次の挑戦者が決まったようにも報じられたが、そうではなかった。
グッドマン陣営は「12月に闘いたい」との意向を示し、一方でアフマダリエフとの交渉も難航。
そのため今回の井上の相手にドヘニーが収まった形だ。
井上は言った。
「(ドヘニーは)一発があり、本番で力を発揮できる選手。油断するつもりはもちろんない。フィジカルを活かして攻めてきたとしても(スピードを活かして)一発も当てさせない闘いをしたいと思う」
対するドヘニーは、会見には出席しなかったが言葉を寄せている。
「私は自分の力と不屈の精神を信じている。(井上の)過去の対戦相手のように逃げたり、
生き残ることを考えたりはしない。私は勇敢に闘い、素晴らしい試合を見せる」
■「一撃」を秘める元王者ドヘニー
さて、ドヘニーとは、どんな選手なのか?
アイルランドで7歳の時にボクシングを始め、アマチュアで約200戦のキャリアを積んでいる。21歳でオーストラリアに渡り、2012年4月にプロデビューし連勝街道を突き進んだ。そして20戦目(2018年8月、東京・後楽園ホール)でIBF世界スーパーバンタム級王者の岩佐亮佑(セレス)に挑戦、3-0の判定勝ちを収め世界のベルトを腰に巻いている。
翌19年1月には米国ニューヨークで高橋竜平(横浜光)に11ラウンドTKO勝利しIBF世界王座初防衛、デビューからの連勝も「21」に伸ばした。
しかし同年4月にWBA世界同級王者ダニエル・ローマン(米国)との王座統一戦を行い0-2の判定負け、初黒星を喫し王座から転落している。
以降、精彩を欠く試合が続いた時期もあり、その間に敵地でサム・グッドマンにも判定で敗れている(2023年3月)。だが直近の3試合はすべてTKOで勝利しており現WBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王者だ。
26勝(20KO)4敗の戦績が示す通りのハードパンチャー。37歳になった現在も強打は健在で、思い切りの良いアグレッシブな闘いができる。
ドヘニーはグッドマンに敗れている。
そのために格下扱いされているが、どうだろうか。
私も大方と同じで、ドヘニーもグッドマンも井上に勝つのは極めて難しいと見ている。それでも「番狂わせ」を起せる可能性を秘めているのはドヘニーの方だと感じる。理由は「一撃」を秘めているからだ。
一撃で相手を倒せる強打がないテクニシャンは、モンスター相手に番狂わせを起こせない。
なぜならば、卓越したスピードとテクニックを備え持つ井上は一度ペースを握った後の試合運びが盤石だから。
モンスター相手に勝利する術はただ一つ。距離を測られ動きを察知される前に一撃を見舞うこと。それができる可能性が僅かだがドヘニーにはある。
こんなこともあった。
昨年10月のジャフェスリー・ラミド(米国)戦。前日計量を55.2キロでパスしたドヘニーは、試合当日に体重を67.5キロに戻していた。実に12キロ以上という驚異のリカバリー。そして試合では、フィジカルパワーを存分に活かしラミドを1ラウンドTKOに葬ったのだ。
ドヘニーは、井上戦でも同様の調整をするはず。井上がリズムを刻む前に一気に攻め込もう。この策が嵌るか否かが、闘いの見所である。
井上優位の予想は変え難い。
それでも、策を秘めるドヘニーは“役不足”挑戦者などではない。元世界王者で、いまなおランキング2位の男が“役不足”と言われてしまうのもどうかと思う。
すべては、井上が強過ぎる故の苦悩─。
文/近藤隆夫