日本船主協会と九州地区船員対策連絡協議会は、船員教育機関と内航海運業界との人材確保・育成に関する懇談会を7月5日に開催した。
日本にとって海運業は国民の生活と経済を支えるうえで重要な役割を果たしているが、近年、船員数の減少や高齢化が課題となっている。若い船員の確保、そして育成は、海運業にとって急務と言えるだろう。2009年よりスタートして今回が15回目となるこの懇談会では、九州を中心とした水産系高校と海上技術学校、そして内航事業者が意見を交わし、船員の人材確保や就職後の状況について情報交換を行った。
若い船員は増加傾向だが、定着率に課題
懇談会の冒頭では、日本船主協会 内航委員会 委員長 田渕訓生氏(田渕海運社長)が主催者挨拶を行った。「国土交通省の資料によると、近年、30歳未満の内航船員はなだらかに増加傾向ではあるものの、定着率は下落傾向にあり厳しい状況が続いています。また現在の内航海運船員は約2万1,000人いますが、2030年にはもしかすると5,000人足らない、1万人足らない、という予測もあります」と現状を報告。
この懇親会を通して、いかに学生に内航業界を志してもらえるのか、そして定着してもらえるか、教育機関の教師と内航海運事業者で意見交換を行ってほしいと語る。「船員の確保・育成のほかにも、船員の働き方改革やカーボンニュートラル、デジタルトランスフォーメーション、物流の2024年問題など、内航海運業界が直面する問題は山積しています。各社が対応していくためには、内航海運業界の未来を担う若い人材のエネルギーが必要不可欠」と言葉を寄せた。
また、同じく主催者として、九州地区船員対策連絡協議会 会長 宗田銀也氏(旭海運社長)は「2024年問題に関して、重大な支障が生じているような話は現状聞こえませんが、遅かれ早かれ労働不足はますます進みモーダルシフトの主役である内航海運の役割は今後さらに重要になる。優秀な船員の確保のためにも、教育に携わる先生方との問題意識や課題の共有、連携はますます必要になります」と挨拶を行った。
船員として就職した卒業生のリアルな声
では実際に、水産系高校や海上技術学校を卒業する学生はどのように就職先を決めているのだろうか。
山口県立大津緑洋高等学校(水産校舎)、長崎県立長崎鶴洋高等学校、福岡県立水産高等学校、熊本県立天草拓心高等学校、大分県立海洋科学高等学校、宮崎県立宮崎海洋高等学校、鹿児島県立鹿児島水産高等学校、沖縄県立沖縄水産高等学校の8つの水産系高校と、国立唐津海上技術短期大学校、国立口之津海上技術学校の2つの海上技術学校より計13名の教諭が参加。学生や卒業生からのアンケートを交えて、船員の就職に関する現状を報告した。
報告では、昨年度・今年度の卒業者と内航業界への就職者数、学生が就職先の船会社を決めるきっかけ、内航船社就職後に追跡調査を行った学生たちの声が挙げられた。
学生が就職先の船会社を決めるきっかけ
就職先の船会社を決めるきっかけは様々だが、なかでも「卒業生の就職先を参考にする」「先輩からの情報をもとにする」「卒業生が在籍している会社だから」というコメントは多く寄せられた。仕事内容や働く環境、人間関係など、求人票だけではわからないリアルな情報を知ることは、仕事の魅力だけでなくミスマッチの可能性を減らすこともできる。さらに就職後に顔見知りの先輩や卒業生がいることは心強いだろう。
海運事業者が集まる企業説明会や就業体験(インターンシップ)に参加したり企業のWebサイトで情報収集を行うほか、近年はSNSやYouTubeから情報を得て企業を選定する傾向もあるそうだ。
また、就職時に重視することとして「給料の高さ」はもちろんのこと、「乗船期間と休暇のサイクル」「休暇がきちんと取れるか」など休暇を意識する学生も多いと伝える学校も見られた。内航船員の働き方は、約3ヶ月乗船して働き、約1ヶ月の休暇(下船)を繰り返す勤務体系が一般的だが、どのようなサイクルで勤務するかは重要なポイントだろう。
内航船社就職後の声
就職した卒業生の声では、リアルな仕事環境が垣間見える回答が多く寄せられた。内航船員は陸上に比べて賃金が高いことも魅力の職業であるように「給与が高く、高級車にも乗れているので満足している」「仕事はきついが、欲しいものがあるので頑張っている」「思っていた以上に給与が高く、それに見合った船員になると自覚してやりがいを感じている」と、給与面で満足している方も。
また乗船期間中は職場のメンバーが固定されるため、人間関係も重要となる。「仕事は大変だが、良い先輩ばかりで楽しく働いている」「覚えることは多いが、周りの乗組員からサポートしてもらっている」という声もあり、「仕事が続いている卒業生は、会社および船内教育がしっかりしており、人間関係が良好。メンターが近くにいてくれると定着率も変わってくると思われる」と分析する教諭からのコメントも寄せられた。
これまで中途採用しか行ってこなかったため新卒社員の育て方がわからず、即戦力を求めて負荷をかけすぎてしまう事例もあったそう。「新人を育成しようとする会社はプラスのスパイラルが働く。働き甲斐があると感じてくれれば、後輩が就職を希望する傾向もある。学生が社会に順応できるよう学校で教え育てているが、会社でも温かく育成してほしい」と事業者へ呼びかけた。
一方で、「コミュニケーションを図るのが難しい」「ハラスメントと受け取れるような言動があり不安」など、人間関係で悩む卒業生も少なくない。実際に、パワハラが原因で離職したという声もあった。船員の高齢化が進むなか、父親や祖父と同じ世代の方と一緒に働く環境は、10~20代の新卒社員にとって慣れないことばかりだろう。
また「求人票に記載されている内容と相違する点がある」「甲板員として内定を受けたが、客室乗務員での採用となった」など、就職後のミスマッチも離職の原因になるという意見も挙げられた。
パワハラへの問題意識が高まる
続いて、内航事業者から生徒を採用する際に「期待・重要視すること/懸念・心配すること」の共有や、新卒就職者の離職理由などについて情報共有が行われた。
採用時に期待する事・懸念すること
一昨年から新卒採用をスタートしたという事業者からは、「新卒の方には、素直であること、真面目であること、また安全意識を高く持っていることを期待します。懸念点や心配なことは、馴染んで生活を送れるかということ」という声が寄せられた。年齢が近い先輩をメンターにしてコミュニケーションを取るようにしているという。
また、「わからないことを素直にわからないと言えない様子で、どう対応すればよいのか」「学生気分が抜けず不安を感じる」という悩みも。教諭からは学生とのコミュニケーションについて「指導のかたちはいろいろありますが、コミュニケーションが難しい場合は、ちょっと引いて生徒の行っていることを聞き、矛盾点があれば理解してもらう、それを繰り返して埋めていきます。しかし確立した指導法ではなく、将来や家族や同級生についてどう思っているかは生徒によって異なるのでなかなか難しい」とアドバイスを寄せた。
新卒社員の離職理由
新卒就職者の離職理由では「陸上で勤務したい」「家族や友人とともに生活をしたい」「結婚・出産・育児などライフスタイルの変化」という事例や、教育機関からの報告にもあった「パワハラ」「船内の人間関係」、また人手不足により乗船期間が伸びたり若手が休暇が自由に取れないことが挙げられた。「"そう受け取られたらアウトだ"として、パワハラに対する認識は考えてほしい」「パワハラ・セクハラはもちろんダメだが、命に関わることは厳しく言う必要がある。船はチームで動かすものなので、その心構えを伝えてほしい」と教諭側からの視点での意見も出た。
そのなかで、「パワハラやセクハラで悩んでいる方に、職場を辞めても船員を辞めないでほしい。船を乗り換えたり違う会社に入った時、若い船員はきっと大切にしてもらえます。入った会社や入った船が原因で船員を辞めるのはもったいない」と訴える事業者もいた。
今回行われた懇談会の総括として、九州地区船員対策連絡協議会 副会長の阿部和久氏(霧島海運商会社長)は、問題が変わって来たと振り返る。
「近年は就職してからミスマッチが起きたという声が多い。また今年はハラスメントに関する意見が例年以上に出たように感じました。パワハラは完全にアウトな時代、新人と話す時もコミュニケーション力が重要。『こうじゃない』『こんなはずじゃない』ではなく、社員とコミュニケーションを取って事業者側が受け入れる必要も感じている。また離職率は高い状況ではあるものの、10年前と比べると著しく離職率は下がっているように感じています。この懇談会を通して、言葉が丁寧になったり、定着率も上がっているのではないでしょうか。この懇談会自体、有意義なものだと感じます」
また、日本船主協会 内航委員会副委員長の三木孝幸氏(三洋海運社長)は、「船やエンジンはどんどん進化しています。船に乗ったら面白いことができそう、と若い方に夢や将来の希望を持ってもらう、そして高い給料を取ってもらう。『就職先の会社はつまらない』と言われてしまうと就職希望者がいなくなってしまいます。船員教育機関の卒業生を育てて、内航海運業界に定着させるという思いは、教育機関の教員も事業者も一致しています。学生たちには夢と希望を語りかけてほしい」と締めくくった。