本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

都会の常識が通用しない農村という”異世界”。独特のルールやしきたりを徐々に学び、少しずつレベルを上げてきた僕だが、先日は就農のきっかけを作ってくれた農業振興課とのやり取りで嫌な思いをすることに……。

資金繰りに苦しむ僕は、市の職員から促されて補助金を申請するも、なんと担当者の手違いで補助金が受けられない事態に! 新型コロナの救済策として登場した新たな補助金制度に至っては、周りの農家がすんなり補助金を受けているにも関わらず、僕のところには詳しい案内すら来ないような有り様。「どうも納得がいかないことばかり。やっぱり補助金をあてにするのはよくない」と悟ったのだった。

新たにはじめたナスの栽培だが…

僕は就農以来タマネギやダイコンなど、いろんな作物にチャレンジしてきた。今年は地域の先輩農家の指導を受けながら、新たに露地栽培のナスに挑戦し始めた。収穫できたら直売所に出荷し、収入の足しにできればと考えていたのだが、案の定と言うべきか、初めての栽培はなかなか思うようにいかない。キズがついたナスが大量に出てしまった。

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「う~ん、いくら直売所とはいえ、これでは販売するのは難しいな」

キズありのナスを見ながら悩んでいた僕は、1週間ほど前、地元の新聞に「6次産業化」の話題が取り上げられていたのを思い出した。しかし、見出しぐらいしか読んでいなかったので、内容はわからない。そこでスマホを取り出して検索してみると、ネットにその記事がアップされていた。「農家の収益アップの切り札、6次化!」とある。

「でもなあ、ただでさえ農作業で忙しいのに、加工までは手が回らないよな。そもそもうちには加工場もないし」

そう思いながら読んでいくと、農家自身が加工をやっているわけではないようだ。どうやらこうした6次化専門の食品加工業者がいて、規格外の果物を使ったジャムを作っているらしい。しかも、果物だけでなく野菜もジャムにして人気商品にしていると書いてある。

「なるほど。もしかしたらうちのナスも有効活用してジャムにできるかもしれない!」

一筋の光を見出した僕は、その記事で紹介されていた加工業者のホームページを見つけ、問い合わせフォームから「6次化を検討しているので話を聞きたい」と連絡してみた。

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すると、すぐさまメールで返事が! 「お問い合わせありがとうございます! よろしければぜひ一度、うちの工房にお越しください」とある。

こうして僕は、自宅から30分ほどの距離にある「異世界ジャム工房」を訪問することになったのである。

オリジナルのジャムを作ることに!

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「よくお越しくださいました! どうぞどうぞ!」

異世界ジャム工房に到着すると、50代くらいの大柄の男性が出迎えてくれた。どうやらこの工房を取り仕切っている社長らしい。

「小早川と申します。まずは工房をご覧いただきたくて。今日はわざわざすみません」

僕は案内されるまま、工房の内部を一通り見学した。飲食店か何かを居抜きで借りたのだろうか。決して大きくはないが、隅々まで掃除が行き届き、清潔感がある。

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ひとしきり見学を終えると、僕の方から本題を切り出した。

「先日の新聞記事を見まして。僕も加工品を作りたいんですが、ナスをジャムにするなんてどうでしょうか?」

僕の知る限り、ナスでジャムを作るなんてあまり聞いたことがない。珍しければ、直売所でも目を引くんじゃないか? そんな風に考えていた。
しかし、僕の言葉を聞いた小早川さんに驚く様子はなかった。
「ナスジャムですか? いいかもしれませんね。過去にもご依頼いただいたことがありますよ!」

そう言うと小早川さんは、他から依頼されたナスのジャムを見せてくれた。

「こんな風に作っている人がいるんですね! 知りませんでした」と僕が返すと、
「私は販売にはタッチしていませんけど、それなりに人気みたいですよ」と小早川さん。

ナスジャムが僕だけのアイデアではなかったことは残念だが、前例があって人気と言われると、なんだか期待が持てる気がした。
そこでざっくり見積もってもらうと、1個あたりの加工料は普段スーパーで見かけるジャムの売価と同じくらいの金額に。そこに、こちら側の利益や直売所での販売手数料などを上乗せすると、ざっくり1.5倍ほどの販売金額になりそうだ。

「レシピもラベルのデザインもこちらでご提供しますので、平松さんにお手間はかけませんよ」
小早川さんは、僕は材料と加工料を出すだけでいいと強調した。
全部お任せで6次化がスムーズにできるなら、願ったりかなったりだ。
「確かに高いけど、この地域ではなかなか見ない商品だし。一度やってみるか!」

そう決めた僕は、すべて「異世界ジャム工房」にお任せして、ナスのジャムを作ることを決めたのである。

大量のジャムを受け取ったのだが…

ある日畑作業をしていると、
「平松さん、例のジャムが出来上がりました!」
と小早川さんから連絡が来た。工場を見学してから2週間。ついにうちのナスを使ったジャムが完成したのである!

「思った以上に人気が出たらどうしよう? もしかしたらバカ売れしたりして(笑)」

そんな期待で胸を膨らませながら、小早川さんの到着を待っていると、自宅のチャイムが鳴った。

「お待たせしました。ご注文いただいたジャム200個。こちらに入っていますんで」

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「ありがとうございました!」と受け取った大きなダンボールには、大量の小瓶がぎっしり詰まっている。これが直売所で飛ぶように売れれば……。僕は思わず笑みを浮かべながら、大型のバンで走り去る小早川さんを見送った。

「さてさて、どんな仕上がりかなぁ~」

早速ダンボール箱から小瓶を取り出してみると、なんだかドス黒い物体が詰まっている。先日、異世界ジャム工房で見た別のジャムは、もっと鮮やかな色をしていたような……。

心配になって、瓶のふたを開けてみた。すると、あたりにナスの青臭いにおいが広がった。砂糖のねっとりとした甘い香りと絡まり、とても「いいにおい」だとは言い難い。

そのちょっと青臭いナスジャムをおそるおそる口にしてみた。まずくはない。規格外のナスを大量に使っているだけに、ちゃんとナスの味や食感も残っている。ただ、純粋に「おいしいか?」と問われると、首をかしげるしかなかった。

不安になって小早川さんに連絡を入れた。

「先ほどはありがとうございました。ナスのジャムですけど、思っていたよりだいぶ黒いような。味もちょっとイメージと違う気がして……」
僕がそう言うと、小早川さんはやんわり否定した。
「そうですかね。僕はナスの味がダイレクトに感じられて、なかなかいいと思いますよ」
プロからそう言われると、なかなか反論できない。僕はもやもやしながらも
「そういうもんですかね……」と答えるしかなかった。

僕は食品加工については全くの素人だし、味覚にバツグンの自信を持っているわけでもない。もしかしたらこのジャムは意外にイケているのかもしれない。僕は小早川さんの言葉を信じて、直売所に出品してみることにした。値段は、利益が確保できる1個500円に設定した。

売り場に並んだまま、全く売れず…

翌日、いつも野菜を販売している直売所にナスのジャムを持っていった。係のスタッフの女性が声をかけてきた。
「おはようございます。……あれ? 今日はなんだか珍しいものを持ってきたみたいだね。新しく作ったの?」

「そうなんですよ。余ったナスでジャムを作りまして」
「ナスのジャム? 初めて見るわ。500円はちょっと高い気がするけど、たくさん売れるといいね!」

不安を抱えながら持ち込んだジャムだが、売り場のスタッフに興味を持ってもらえたようでうれしかった。僕は、その女性スタッフにお願いして、直売所の加工品コーナーにナスのジャムを並べてもらった。

そして数日後。改めて直売所を訪れてみると……。

ナスのジャムは、そのまま売り場に並んでいた。全く売れている気配がない。

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僕のジャムの横には、大手食品メーカーが作った果物のジャムが置いてある。パッケージもオシャレで、思わず手に取りたくなる。ジャム自体も明るい色で、いかにもおいしそうだ。
しかも価格は300円。こちらは順調に売れていた。

一方、僕が作ったジャムは、大量のナスを使ってオリジナリティは出したつもりだけれど、見た目が悪いし、ラベルもどこかで見たようなシンプルなもので全然目立たない。そして価格は500円。もはや味をどうこう議論する以前の問題だった。

その後も、僕のジャムは一向に売れる気配がなく、結局、売り場に2カ月間並べた30個のジャムのうち、売れたのはたった2個。最終的には知り合いなどに配り、それでも残ったものは廃棄処分することになったのである。

結局、僕の「はじめての6次産業化」は、大失敗で幕を閉じた。

レベル17の獲得スキル「6次産業化は簡単じゃない!真剣に向き合うべし!」

全国各地で取り組まれている6次産業化。「〇〇がバカ売れ」「大人気の××」といった景気の良い話を見かけることも多いが、農家が実際に成功している事例はほんのわずか。ほとんどが「全く売れずに消えている」というのが実情である。

「規格外品がもったいないから」という理由で、事前のリサーチなどを行うことなく、見切り発車で商品化。パッケージなども素人同然のデザインで、手に取ってもらうことなく廃棄処分に。「自分だけは大丈夫。売れるに違いない」と考える正常性バイアスが働き、あえなく失敗するというケースがほとんどなのだ。

そもそも食品加工・販売は、農家の領域ではなく、大手から中小まで多くの専門業者がひしめく「レッドオーシャン」である。門外漢の農家が安易に参入し、簡単に成功できるほど甘い世界ではない。もし6次産業化に取り組むのであれば、ありあわせの規格外品でとってつけたような商品を作るのではなく、異業種の企業などともタッグを組み、真剣に商品開発を行う姿勢が大切だ。

キズもののナスをうまく活用し、ジャムの製造・販売にチャレンジしたものの、全てを業者に丸投げした結果、全く売れない商品が出来上がり、無駄な経費がかさむ結果に。こうして6次産業化の難しさを痛感した僕だったが、この時にはすでに別のルートから、新たな魔の手が忍び寄ってきていたのである……。【つづく】