ジョン・ケイル、82歳。という年齢だけを強調するとベテランだとか大御所だとか、そういう言葉ばかりが並べられることだろう。ルー・リードらとともにヴェルヴェット・アンダーグラウンドのメンバーとしてデビューしてから実に57年。その後、現在に至るまでのソロ・アルバム、サントラ作品、共演作(そう、ブライアン・イーノ、ケヴィン・エアーズ、テリー・ライリーらとの合流はいずれも刺激的だった)などを合わせると数十枚~100作品近くに及ぶ。ストゥージズ、ニコ、パティ・スミスらの作品のプロデューサーとしても関わってきた。このウェールズ出身のシンガー・ソングライターは確かに重鎮と呼ぶにふさわしいのである。
だが、発売されたばかりのニュー・アルバム『POPtical Illusion』のリリースに際して実現したこのインタビューも、読んでいただくとわかるように、非常に雄弁で、気さくで、快活で、もったいぶったところも、芸術家ぶったところもなく、体力や気力の衰えなども全く感じさせない。しかも、自分より遥かに若いミュージシャンへの好奇心、興味も尽きることがなく、昨年リリースされたアルバム『Mercy』には、ローレル・ヘイロー、ワイズ・ブラッド、テイ・シ、アクトレス、シルヴァン・エッソ、それに『Painting With』(2016年)に自身が客演した、そのお返しの意味もあってかアニマル・コレクティヴの面々も参加していた。実際、ヒップホップが大好きで特にJ・ディラには影響を受けたという。ケイルはアメリカはLA在住だが、あの町の開放的な空気がそうさせているのかもしれないし、ジョン・ケージ、ヤニス・クセナキス、ラ・モンテ・ヤングらに師事していた若い時代の経験が、80代を迎えた彼に根っからの柔軟性をもたらしているような気もする、と、今回リモートながら話を聞いてふとそう感じた。実際、ニュー・アルバム『POPtical Illusion』は実に2年連続のリリースとなる1作でもある。
とはいえ、前作『Mercy』とは違い、ゲスト・ミュージシャンの参加はなく、ダスティン・ボイヤー、ニタ・スコットという現在のケイルを右腕たちと組んで制作。ケイル自身ピアノ、シンセサイザー、オルガン、サンプラーなどを用いて音を丁寧に汲み上げた。結果、ある種、ヨーロッパへの愛着、ウェールズ人たる誇りを自分自身としっかり向き合うような内容になっている。ここに貴重な最新インタビューをお届けしよう。
ウェールズで生まれ、LAで暮らすことの意味
―あなたはもうかなり長くLAに暮らしていらっしゃると思いますが……。
ケイル:ああ、確かにずいぶん長くこちらで暮らしている。うん、LAは気に入っている。
―LAに腰を落ち着けたのはどういう理由なのでしょうか。LAの暮らしが合っていると思える理由はどういうところにありますか?
ケイル:まあ、こうしてLAに落ち着くことになるまで、すいぶん時間がかかったんだ。そもそも、私は過去に、LAのワーナー・ブラザーズで働いたことがあってね。続いてNYに戻り、今度はそこからロンドンに舞い戻った、と。というわけで、ちょっとした旅を重ねてきたわけだね……。けれども、私は本当に、パフォーマンスすることが好きなんだ。そのおかげで、これだけあちこち旅してきた。だから本当に、オーディエンスたちの前に立ち、演奏するのは、私にとってとても重要でね。アルバムがひとつ出ることになったら、観客の前に出て行き、彼らのためにパフォーマンスするのは大切なことだよ。
―かつてのあなたのアルバム・タイトルに『HoboSapiens』(2003年)という作品がありますが……。
ケイル:うん。
―浮浪者という意味さながらに、あなたは様々な場所をさまようかのように拠点を変えながらキャリアを重ねている印象がありました。さながら、地球規模のノマドというか。
ケイル:ああ、それは言い得て妙だ。
―少なくとも、ウェールズ出身のあなたですが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代のニューヨークはもちろん、フランスやドイツ、そして現在のLAなど、今となっては10代の頃はウェールズ語しか話せなかったという事実が信じられないほど、グローバルでスポンティニアスに活動するアーティストです。ウェールズを出た時、あなたは今のようにウェールズにこだわらず、世界中を視野に入れた活動をすることを最初から目標にしていたのでしょうか。あるいは、何かのタイミング、きっかけで視界が開けていったのでしょうか。
ケイル:ああ、重要だ。そこは重要だった。まあ、折に触れて、ウェールズには里帰りしているんだよ。あちらに住んでいる家族もいるし、ウェールズに帰るのは楽しい。それに、ウェールズ語は自分にとって大事だし……けれども私は、ロンドン、NY、そしてLAで本当に長い歳月を過ごしてきたわけで、だから……自分の降り立った地がどこであろうが、そこでスタジオとミュージシャンたちにアクセスできる、というのは私にとって非常に大切な点なんだ。
―なるほど。つまり、今現在のあなたはLAにスタジオをお持ちで、そこが「ホームベース」になっている、と……。
ケイル:イエス!
―たとえばチャンスがあれば、日本を訪れた際にインスピレーションが湧いたら、東京のスタジオでレコーディングする可能性もあり得る、ということでしょうか?
ケイル:イエス、そうだね。ただまあ、私が東京に行きたい理由は、また他にあってね。ファッションが目的で行きたいんだ(笑)。
―そうなんですか!
ケイル:ああ、そうだよ(笑)! いや、ほら、私は過去に何度か、ファッションショーでモデルをやったことだってあるし……。
―そうでした、山本耀司さんの。
ケイル:そういうこと。このセンテンスは、自分で最後まで言わなくてもいいね(笑)。
Photo by Madeline McManus
―(笑)ともあれ。ウェールズはもちろん愛してらっしゃるでしょうが、とても早い時期から、あなたはウェールズを出たいとも思っていたわけですよね。
ケイル:ああ。ただ、残念なことに……私はあっちこっち動き回っていたんだよ。まず、カレッジ進学のためにロンドンに移った。で、それは私にとって……ある意味、居心地が悪かったんだ。つまり、何であれ、自分の求めていたことをやれるようになるために、自分自身の言語をいかに巧みに操らなければならないか、という発想がね。それは、なかなか厄介な前提だ。けれども、「自分は一カ所にずっと長く留まっているような人間ではない」という点をどうにかして数多くの人間に納得させることができれば、それも何とかなる。で、私は……同じ顔ぶれとは、あまり長く一緒に過ごさないんだ。というのも、様々な人々と出会いたいし、できる限り、色んな場所で動き回りたいからね。
―ただ一方で、どこに住んでいても、どんな国のアーティストと交流しても、あなたのこれまでの作品には割と一定のヨーロッパへの愛憎入り混じった複雑な思いが表れているようにも感じます。
ケイル:うんうん、その通り。
―ウェールズを含めたヨーロッパとその文化、歴史への帰属意識、愛着は現在どの程度あるのでしょうか。
ケイル:まあ、私はウェールズにはよく帰るし、親族だってまだあっちにいるわけでね。そうは言っても、ロンドンに行けば行ったで、あちらも自分にとっては馴染みのある街であって。まあ……私には、パリにも、東京にも、友人は各地にたくさんいる。だから私にとっては、世界各地に知り合いの人間がいる、というのはとても大事なことなんだ。それは、人々はある人間の人生をどんなものだと思い描いているのか、そして誰かの作品やその人の仕事の仕方、その人はどんな風に音楽をクリエイトしているのか、そういった面を人々がどんな風に把握しているのかを本当の意味で理解するのに、ベストな方法だよ。
―なぜこんなにウェールズのこと、他国への広がりなどについて最初に伺ったかというと、ニュー・アルバム『POPtical Illusion』には「Davies and Wales」というタイトルの曲があるからでもあります。
ケイル:ああ、あれか!(笑)
―はい。アルバムの大枠の話を伺う前ですが、先に、この曲と歌詞はどういう意図で作られたか、おしえてもらえますか。
ケイル:(笑)そうだな、ひとつには、かなり楽しい曲だ、というのがある。いや、というか、それなら2曲あるね。「Shark-Shark」、そして「Davies and Wales」。どちらも、一種の……ジョークというのかな? だから、面白可笑しい曲だ、と。ただし、その背景にあるのは何かと言えば、少しシリアスな面も含まれている。君が常に考えているのはどんなことか、ということについてであって―つまり人間というのは、その人生を通じて、ひとつの知覚・視野だけに留まって物事を考えるわけではないだろう? 人生は大きく変化するものだし、だから……私にとっては、「これらの歌の主題は何か」を理解するのはとても重要なんだ。というのも……たとえば「Shark-Shark」、(笑)あれはまあ、どちらかと言えばジョークの曲だな。けれども、「Davies and Wales」、あれは実は、文化に対するひとつの愉快な見方であって。
―なるほど。ちなみに、あの曲の”Davies”は実在の人物のことなのでしょうか?
ケイル:うんうん、もちろん(笑)! そうそう。あれは名前。だから、私のミドル・ネームなんだ。フル・ネームは、ジョン・デイヴィーズ・ケイルだからね。ハッハッハッ! で、あの曲を作っている時、たまたまあれが頭に浮かんできた、という。「自分が本当は何者なのか」を普段はあまり認めたりしないものだが、曲を書いている間には、そういったことはよく起きるんだ(苦笑)。
―(笑)。では、「Davies and Wales」は、あなたご自身とウェールズに関する歌なんですね。そういえば、”Davies”は母方の姓名ですよね。
ケイル:うん、不思議に思うだろうね(笑)! いや、別に、自分の本名に抵抗はないんだが……しょっちゅう話題にあがるような話ではないしね。ただ、楽しいものだよ、オルター・エゴがある、みたいなものだから。
―そんなあなたから見て、現在のヨーロッパ社会、文化はどのように映りますか? 多くの西側諸国では移民問題を抱え、ウクライナではロシアからの侵略と対峙し、ほとんどの国でナショナリズムを打ち出す政治家たちが躍進しています。
ケイル:ああ、実に憂慮させられる。
―それはヨーロッパの没落を意味しているとする向きもあるわけですが、あなた自身はこうした現実を、どのように受け止めているのでしょうか。
ケイル:あまり快適とは言えない。まあ……私は全般的に、というか、ほぼ間違いなく……自分が訪れる様々な地では大抵、実に楽しく過ごさせてもらっていてね。異なる生活様式や、物事のとりどりな理解の仕方、人々は自分たちの生活に関してどんな思いを抱いているか。そういったことを、私は本当にありがたく受け止め評価している。だから常に……というのも、称賛し愛でるべきものはいくらでもあるし、実に多種多様な文化が存在するわけだよね? 私はいつだって、それを知るのを心待ちにしているんだ。
―ヨーロッパの現状に対するあなたの不安や居心地の悪さ、そうした思いは音楽家としての制作にどのように影響し反映されているといえますか。
ケイル:いいや、作品に響くことはない。そうした事柄については、実際に語り合うんだ。
―ああ、なるほど。
ケイル:だから、そうした話題を俎上に載せ、「私は、これについてこう思う」と話し、そして話し相手に対して「で、君はどう思う? 教えて欲しい」と言う。というのも、そうやって腹を割って人々に語りかけた上で彼らの視点を理解しない限り、自分だってある意味、五里霧中だからね。だから、できる限り、他の人々の意見・視点を理解しようと努めている。
クリエイティビティの爆発
―さて、『POPtical Illusion』ですが――驚きの作品です。
ケイル:ハハハッ!
―まず、『Mercy』から僅か1年半ほどでもう新作が届いたということです。
ケイル:うん!
―『Mercy』はパンデミックによるロックダウンを挟んで制作されたアルバムでしたし、実際にかなり重いテーマを背負った曲が多かったように思います。
ケイル:ああ、分かるよ。
―ところが、今作はゲストが多数参加していた『Mercy』とは対照的で、あなたとダスティン・ボイヤー、ニタ・スコットの3人でほぼ録音されています。なぜこのようなシンプルな座組になったのでしょう? 今回のプロダクションのアイデアはどこから生まれたものですか。
ケイル:そうだな……まあ、『Mercy』を作って以来、実に多くのことが起きたからね! いやだから、もちろんCOVID禍があったし……というか、あれが起きたことで、物事に対するリアクションのスピードが変化した。そして、私は……要はまあ、私は非常に生産的になった、ということだね。実に多くの楽曲を書き始めるようになった。それにロックダウン期もあったわけで……ただ、そのせいで自分がストップする、ということはなかった。ひたすら書き続けたし、本当に曲をたくさん書き、その結果――今から1年くらい前だな――手元にはかれこれ80曲ほどが集まっていた、と。ずいぶんと書いたものだし、となると、ではアルバムをどうすればいいだろう?という点について考えなくてはならなくなる。そうやって考えをめぐらせるには、本当にとんでもない数の曲だ。さて、それらをいかにして1枚のアルバムとしてまとめればいいのか、ということを考えなくてはならない。
というわけで……うん、自分がどれだけ生産的になっていたか、そこに関してはとても満足していた。自分はこれだけ多くの曲を書いているし、しかも実に様々なトピックを歌の中で取りあげている、と本当に嬉しく思った。けれども、どんな風にあの曲作りが起きたかと言えば――私はとにかく曲をひとつ書いていったし、完成しなかったとしても、その曲をいったん保留にし、しばらく時間を置いてから再び取り組んでみた。そうやってどんどん続けていったし、私にとってそれは本当に重要なことでね。というのも、そうやっていくうちに、自分はどんなスタイルでその曲を提示したいのか、そのための異なる方法の数々を見つけていった。だから本当に満足したんだよ、異なる色々なストーリーを歌の中で取りあげるための、実に多くの多様なスタイルを手に入れたから。けれども、それはそれ、と。今の私には、どうすべきか考えなくてはならない歌がまだたくさんあるし……それに、私が話しているような問題を歌の中でどう述べるか、そのための色んなやり方も、それらの歌には含まれている。中にはとても攻撃的なものもあるし、一方で、非常にメロディック、かつメランコリックなやり方もある。というわけで、歌というのは本当に、異なるトピックを取りあげるための実に多彩なやり方、それらをやる機会を私に与えてくれるものなんだ。
―そうしたクリエイティビティの爆発が起きた背景には、新たなテクノロジーやこれまでとは異なるテクノロジーを使い始め、それにインスパイアされたということもあったのでしょうか?
ケイル:ああ。だからまあ、あの「クリエイティビティの爆発」は起きたし、私自身もそうなってとてもハッピーだった。というのも、私には実に多くことを、非常にスピーディにこなすことができたからね。で、一種あのおかげで……自分が異なるトピックについて書くのが、もっと楽でやりやすくなった、というのかな。この、様々な事柄を語るためのエネルギッシュなやり方が存在していた、と。非常に多岐に亘る事柄について語ることができて、自分としても本当に満足だったし、しかもメロディの面、音楽的な面でも実に多彩で……。ああ、それに詩的な面もそうだね。歌詞もそこに尽きる。音楽パートからスタートし、続いて作詞に取り組み、(苦笑)また後になってからその歌詞を再考してみる……とまあ、そうやってできる限り、広い範囲をカバーしようとするわけだ。
―お話を聞いていると、これだけ長いキャリアの後でも、あなたはいまだに音楽作りについて学んでいるようですね?
ケイル:ああ、もちろん! まったくその通り! そこが最高な部分! ベストなところはそこだ、みたいな? だから、異なるアイデアに色々と出くわすし、時に―それが何らかのアイデアやメロディ、あるいは物事の考え方を生み出すだなんて思いもしなかったものに出会う、ということもある。私は、そういうのが好きだな。というのも私は、同じような曲は二度と作りたくないと思ってきたし、様々なトピックに対しても、絶対に同じアプローチでは取り組みたくない。常にずっと、異なる視点を持たせたいと思ってきたから。
―なるほど。今おっしゃったように、僅か1年ほどの間に80曲以上の曲を作ったそうですが、割といつもそのくらいハイペースで曲ができるのですか。それとも今回は特に多くの曲が一気にできたのでしょうか。なぜこのように多くの曲が生まれたのか、その心理的背景、理由などについて聞かせてください。
ケイル:そりゃ、ロックダウンがあったからだよ(笑)!
―(笑)それ以外にやることがなかった、と?
ケイル:そう(笑)! というか、曲作りは自分にとって楽しい作業だしね。それに、ほら……「もしかしたら、自分には曲を書くための題材がないんじゃないか?」と考えるかもしれないけれども、そんなことはないんだよ。自分の意見を語るための、別のやり方や事柄はいつだって、いくらでもある。曲のアレンジの仕方にしたって、色々な方法があるからね。私は本当に、様々なスタイルの作曲法を潜ってきた。だから、曲を書き続け、自らの果たしてきた進歩に関してエネルギッシュであり続けることは、私にとってとても大切なんだ。
曲作りのプロセスとスタジオでの「カオス」
―現在、あなたはどのように曲を作っているのでしょうか。と言っても、ソングライティングのプロセスは曲によって異なるでしょうが。
ケイル:ああ、そうだね。本当に色々ある(笑)。みんな、それぞれに違う。ただ、私にはそれが実に楽しいんだ、というのも本当に……生産的な行為だし、それに、なんだかんだ言っても、曲を書くのは人々に語りかける方法でもあるからね。
―ピアノ/鍵盤の他に作曲するにあたってメインで使用している楽器やツール、コンピュータなどがあったらおしえてください。
ケイル:やはり……主に使うのはピアノだね。それから弦楽器、ヴィオラはたくさん弾く。だが、私が曲を書く時はいずれにせよ、常に、曲のために異なるアレンジを色々盛り込もうと努めているんだ。また別の空気感やムードを持つ楽器をね。だから、ひとつの曲の中に、できる限りバラエティを持たせようとするわけだし。そこで重要なのは常に、その歌で取りあげているトピックだね。ひとつのトピックがあったとして、では、そこからアレンジをどんな風に発展させていくかを考えなくてはいけない。というわけで……まあ、同じ場所に、えんえんと留まり続けていたくはないわけだよ。少なくとも私は、そうしたいと思ったことは一度もない。
―あなたは今暮らしているLAにARMというスタジオを持っていて、今作もそこで録音されています。
ケイル:ああ、あれは必要不可欠な存在になったね。いやまあ、他のスタジオを使うこともできるけれども、たまにスタジオをはしごすることになり、そのたびに使用する空間も変化する……と言う具合で、その状態が長引き過ぎると、集中力が損なわれるばかりでね。そうなるくらいなら、自分のスタジオを構える方がよっぽどマシだ。それに、スタジオを持つという今の状態に到達するまでには、かなり長くかかったんだ。スタジオは自分で設営したし、あそこで良い時間を過ごさせてもらっているよ。
―ARMは音響的に、機材的にどのような特徴があるのでしょうか。
ケイル:あのスタジオは……色んな面を備えている。用いているテクノロジーもあれこれ多彩だし……いやまあ、私にはかなり、ヒップホップ好きな傾向があってね。で、そういう嗜好があると……というか、本当のところ、私はカオスが好きなんだな。カオスのただ中にいると、実に楽しい。で、それは……いやもちろん、自分の日常生活が混沌としている、というわけじゃないんだよ! ただ、とにかく……メロディを書いたり、曲を書いたり、歌詞を書いたり、そしてそれらすべてをいかにフィットさせまとめるか、その際に用いるバラエティに富んだ様々な感性、ということ。
―では、スタジオ内でのカオスは歓迎する、と?
ケイル:ああ。というか、カオスが起きても、私はまったく気にならない。だから……やっぱり本当に、自分の物事の見方に多様性を持たせたいわけで。だから私は常に、他とはちょっと違う変わった何かを捜し求めているんだ。物事をどんな言い回しで表現したいのか、メロディをどんなやり方で書きたいのか、といった点においてね。そうやって、可能な限り幅を持たせ、バラエティに富んだものにしようとしている。
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―なるほど。ということは『Mercy』はまさにそういうアルバムなのですね。多くの若手ゲストが参加することで、複数の視点が同居しているわけで。
ケイル:ああ、その通りだ。
―確かに前作は非常に重くダークでメランコリックな曲の多いアルバムでしたが、今作は躍動的とも思えるほどダイレクトに熱情が形になった曲が中心になっています。ビート、リズム、メロディがハッキリとしたキャッチーな曲も多いですが、こうした曲が揃ったのはなぜなのでしょうか。こうした作品をあなた自身求めていたといえますか。
ケイル:いや、自分がこういうアルバムを聴きたかった、ということではない。あれは、どんなことが起こり得るのか、何が可能かを音楽に示してもらうための、その方法だったんだ。だから人々がこのアルバムを聴くと、彼らは驚かされるだろうと思う。時に彼らが、「まさかこの曲が、こんな風に終わるとは!」と本当に驚くことだってあるだろう。私はとにかく、ソングライティングの中にできるだけ多様性を込めようとしたんだ。
―あなた、ダスティン、ニタの3人だけで録音……と言っても、ほとんどのパートをあなたが担当していますよね。
ケイル:ああ。そこは、さっき言われた時にも、君に指摘しようと思ったところだよ。まあ、それは、自分はいつもやっていることだけれども。
―はい。で、ラストの「There Will Be No River」に至ってはあなた一人で演奏しています。一人で作業をする環境、機材も日々新しく便利になっていますし、もはや誰もが自宅で作業をして、その音源をすぐさま公開する時代です。
ケイル:ああ、おっしゃる通りだね。
―あなたは一人での作業によるこうした効率の良さ、利便性について、どのような意見をもっていますか。
ケイル:それが何であれ、私にとっては最速なものが良いよ。曲のアイデアが何か浮かんだら、私は本当に、それをフィニッシュさせたいんだ。仕上げてみて、その上で、自分の前にある、これはいったい何なのかを把握したいと思う。そうやって、この曲に関して自分はどこに向かおうとしているのか、それをはっきりと聴き取ろうとするんだ。で、それは、聴く人々にも理解してもらいたい点でもある。というわけで、私は……とにかく私はいつも、音楽に対する自分の意識を変えたいと思っている。たとえばとある曲について、あるいはまた別のこの曲について、自分はどこに向かおうとしているのか、そこに関する自分の気持ちを変えたいと、いつも思ってしまう。そうやって、メロディがどんな風に展開するのか、ヴォーカルはどうなるか、といった点についての新たなアイデアに、人々を引き合わせることが自分にはできるだろうか?とね。そして、そうした物事を、普段それらを見出すのとは異なる、違う場所にできるだけ多く持ち来らすべく、トライしている。とにかくまあ、本当に……うん、私はとにかく、人々に新たなアイデアをもっと紹介していきたいんだ。
―そして、ほとんどの曲でシンセサイザーを使用していますが、若い世代からプロフェット5のようなアナログ・シンセが見直され、アンビエント・ミュージックの人気から手に取るミュージシャンも増えている印象です。
ケイル:ああ、そうだね。
―あなたが普段使用しているシンセの機種をおしえていただきたいのですが。
ケイル:主に使うシンセは、カーツウェル社製だ。あのカーツウェル機と非常に仲の良い関係にある理由は、あれは私がツアーする際に持参するシンセサイザーだからでね。そこも、自分にとっての、もうひとつ重要なトピックだ。というのも、ステージにある楽器を使ってやれる最大限の範囲で、あれらの曲をなるべく多く演奏することができる、という必要が自分にはあるから。曲を書いた時に使った実際の楽器があれば、私はステージに上がったところで、その曲をパフォームすることができるわけで。というのも、それをやるのはとても重要だと私は思っているから。それに、私のバンドに関して言えば、誰でも、色んなやり方で演奏に加わることが可能なんだ。その曲にどうなっていって欲しいのか、そこに関して抱いたアイデア次第でね。そうやって異なる楽器をもっと持ち込んでいくわけだし、私としては、その曲のアレンジがアルバム音源と完全に同じアレンジになる、という結果になるのは避けたいんだ。とまあ、さっきの質問に回答すると、アルバムでの演奏のほとんどを自分でやっているのは、さっさと仕上げたいからだよ。
―(笑)。
ケイル:けれども……使用する楽器のバラエティについて言えば、私は人々にショックを与えるのは構わないだろう、そう思っている。それだとか、このアレンジはどの方向に向かっているんだろう? という面についても同様。だから、ある曲のスタート段階で私が何をやっていても、それがその曲のエンディングまで同じく続くという保証にはならない、という(苦笑)。
タイトルの真意、ヒップホップへの強い関心
―そういえば、曲作りや録音では使用していても、今、あなたはステージでほとんどヴィオラを弾いていませんよね。
ケイル:んー、ステージではあまり弾かないね。うん。
―それはどうしてなんでしょう?
ケイル:ああ、そこはとにかく、さっきも話したバラエティ、ということに過ぎない。いやだから、やりたいなと気が向いたら、自分はいつだってヴィオラを手にして弾くことはできるんだよ! ただ、ヴィオラをもっと使いたいと思ったら、そうはいかないわけで。四重奏楽団、あるいはストリング・セクションを連れて来なくてはならないし、それは……いやだから、そこまで必要はないだろう、と。人々はもう、ヴィオラは充分耳にしたはずだよ。
―(笑)なるほど。
ケイル:それにヴィオラというのは、そもそも、非常に特別な音色の楽器だからね。だから、自分にそういうバックグラウンドがあるのは幸運だと思っている。使いたいと思えば、いつでもそれを使える立場にいるわけだから。
Photo by Madeline McManus
―さて、非常に躍動的で表情豊かな作品ではありますが、歌詞は怒り、憤り、不安、恐怖などが入り混じったものが多い印象です。「Edge of Reason」「I'm Angry」というタイトルの曲もあるほどですが、あなたにとってこうした歌詞のテーマは、かつて『Fear』というタイトルのアルバムがあったほどに昔から常にあなたの表現の柱になっていたものです。
ケイル:同感だ。
―しかし、その矛先はキャリアとともに変化したり、増えたりしているかと思います。例えば、その『Fear』の頃と比べてみて、その恐れ、不安、怒りはどのように変わったといえますか。
ケイル:それほど大きな変わりはない。というのも、私は……言葉の使い方に関して、とても注意深いからね。私は本当にトライしてきたんだ……たとえば怒りにしても、それを―(自問調に)さて、これをどう言い表せばいいだろう? だから、怒りを、安易に吐き捨てるようなものとして描きたくないんだ。正確で、かつ、明白にそれだと理解できるようなものとして表現したい。で、それをやるには実に色々な方法がある。歌の中で、ある人物を描くことでそれをやることもできるね。で、その人物は自分自身でもいいし、あるいは誰か他の人間でもいい。ただ、私は何も、歌の中で常に自分自身を描いているわけではないんだ。というよりも、あるキャラクターを―歌の中のエモーションに対して異なるアングルやアプローチを備えた、そうやって変化していくキャラクターを描写しているんだ。
―アルバム・タイトルの「POPtical」という言葉はとても象徴的な造語ですが……。
ケイル:(笑)ああ、あれはジョークだったんだ。あの造語は自分のでっちあげなんだけれども、誰かと話していた時に、特に深く考えもせずに、あの言葉がぽろっとこぼれてね。ところが、即座に人々から「その言葉は使うべきだ!」と言われて(苦笑)。それで、分かった、じゃあ使おう、ということになった。
―Optical、Optimismなどの言葉が背後に浮かびますが、この言葉にあえてイリュージョンという単語をつけたのはどういう意図によるものなのでしょうか。
ケイル:ああ、なるほど! まあ……どちらにもとれる言葉だからね、イリュージョン(幻)以外の何かかもしれないし、あるいは実際のイリュージョンなのかもしれない。ほら、言葉というのは、その人自身にとって非常に特別で固有なものだよね? 自分の言わんとしていることを人々にちゃんと理解してもらうために、言語を一番良いやり方で用いなくてはならない。君がたやすく彼らに向かって話しかけるのと同じように、彼らだって君に何かを伝えたがっている。で、混乱を避けようと努めるのは、作詞家として取り入れることができる姿勢であってね。というわけで、通常であれば必ずしもその言葉が意味するとは限らない、別のことを意味するように言葉を変化させる術(すべ)を、人は持っている、ということだよ。
―ところで、あなたは新しい音楽、若いアーティストの作品も多く聴いていますが、最近のお気に入りをおしえてもらえますか?
ケイル:うん、よく聴くのは……ヒップホップのスタイルの音楽がメインだね。でも、古いアーティストだけれども、非常にソフトでメロディックな、J・ディラというソングライターがいる。彼が活躍したのはずいぶん前とはいえ、私が本当によく聴くのは、彼の作品だね。それに、タイラー・ザ・クリエイターに、ヴィンス・ステイプルズに……ああ、それに、アール・スウェットシャツもいるな。彼らには、曲作りに対する彼ら特有のスタイルとアプローチがある。彼ら独自の言語の用い方をやっているよ。
ジョン・ケイル
『POPtical Illusion』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13990