変幻自在のサウンドと型破りな実験精神で、ここ日本でも絶大な人気を誇るハイエイタス・カイヨーテがカムバック。引き続きBrainfeederからのリリースとなる3年ぶりの最新アルバム『Love Heart Cheat Code』を、「喜びでいっぱいのアルバムにしたかった」とネイ・パームは語る。バンド史上最大の危機を乗り越えた前作『Mood Valiant』を経て、最強の4人組がたどり着いた現在地とは? ネイとペリン・モスをZoomで取材した。
変人であることの自由
─なぜアルバムのタイトルを『Love Heart Cheat Code』にしたのでしょうか?
ネイ:「Love Heart Cheat Code」は最初、声に出したときの響きが気に入っていたの。私たちの創造的過程は直感的なものからスタートすることが多い。その後で、そこにある意味を見つけていく。ゲームでチート・コード(Cheat Code:裏技)を使うと、先のステージに早く進むことができるでしょう? 「Love Heart Cheat Code」というのは、人生のチート・コードのようなものだと考えたの。いつも不機嫌で、怒ってばかりいたら人生は辛いものになる。でも愛情(Love Heart)を持って生きていれば、それは世界へのチート・コードとなる。世界が開けてくるから。私たちは常に、意図的に愛情を持って前に進んでいこうとしている。「Love Heart Cheat Code」は、私たちが目指している活動を、キュートでクールなテーマで表現した言葉だと思う。
左からぺリン・モス(Dr)、 サイモン・マーヴィン(Key)、 ネイ・パーム(Gt, Vo)、 ポール・ベンダー(Ba) Photo by Rocket K Weijers
─アルバムのコンセプトについてはいかがでしょう?
ネイ:ある決まったフォーミュラ(公式)があって、それに当てはめようとするとアートではなくなってしまうと思う。同じような音楽を繰り返し聴きたくないでしょう? ツールを開発していくのは良いことだと思うけれど、今までにやってきたことを再現するというヴィジョンしかなかったら、誰にとっても楽しくないと思う。
でも、私たちの音楽は、各曲において明確なテーマがある。例えば、先行リリースしたシングル「Telescope」は宇宙についての曲。曲に明確なテーマがある場合は、それを追求することで曲作りを進めていくことができる。だからこの曲には、NASAが捉えた実際の宇宙の音が入っているし、曲の歌詞は、各バンドメンバーの誕生日にハッブル宇宙望遠鏡を通して見えるものについて歌っている。曲にテーマがあるとすごく楽しく曲作りができるわ。私は「宇宙」から、アリス・コルトレーンやサン・ラ・アーケストラを連想する。だからこの曲ではサン・ラを引用しているし、ハープを取り入れたりしている。そういう感じで、曲ベースではテーマを追求しているんだけど、アルバムを通して一貫したテーマがあるというわけではないってこと。
―サン・ラやアリス・コルトレーン以外で、『Love Heart Cheat Code』の影響源があったら聞かせてください。
ネイ:フランク・ザッパかもしれないわね。バンドのベース奏者である(ポール・)ベンダーが教えてくれたザッパの言葉があるの。「曲があったら、それに眉毛を加えないといけない」。この言葉について私は結構考えていた。「この曲にはどうやって眉毛を加えたらいいんだろう?」と。「Make Friends」という曲には、みんなで合唱できるような、ちょっと変わったパートが入っていて、ザッパの風変わりなところに通じるものがあると思う。ザッパのサウンドがインスピレーションになったというよりも、彼の「変人であることの自由」みたいなところにインスピレーションを感じた。それから「Dimitri」という曲はドミートリイ・ショスタコーヴィチというロシアの作曲家がインスピレーションになっていて。彼の脳には弾丸の破片があって、その影響で頭の中から音が聴こえたらしい。その音をベースに作曲していたらしいわ。そこで鉄を表現するサウンドを出すために、自転車を使って、それを逆さまにして、ヴァイオリンの弦で、回っている車輪を弾いたの。そうすると甲高い、鉄の音がするのよ。
ペリン:それも実はザッパなんだけどね。彼は初めてのテレビ出演で、自転車を使って演奏したんだ。
ネイ:ふふふ(笑)。だから曲それぞれに明確なインスピレーション源があるというわけじゃないんだけど、色々な要素を取り入れて曲に織り込んでいるの。だって、完全にオリジナルなものなんて存在しないと思うのよ。すでに自分が持っている情報を、何か別のものに転換しているだけだと思う。
ペリン:各自が今まで受けてきた影響を各曲に反映していると思う。でも個人的には、今回のアルバムでは以前と比べて他のアーティストを参考にしなかった。それがなぜかは分からないけれど、今まで自分の耳を通過してきた影響を信用して、その全てを参考にしていたからかもしれない。僕からすると今回は、今までと少し違って、これまで受けてきたあらゆる影響を「自分」という存在を通して表現したように思う。
ネイ:自分たち独自のサウンドを理解していく過程の方が強いと思う。そして、それは試行錯誤していくしかない。だからこそ、私たちの音楽を聴いた人はみんな、それがハイエイタス・カイヨーテのサウンドだと分かってくれるんだと思う。それぞれのバンドメンバーが、自分たちの中から出てくるサウンドを発展させていくということに非常に真摯に向き合っているから。
ペリン:何かを無理矢理やろうとするのは不自然な感じがする。あるサウンドを無理に表現するには何年もの練習が必要になる。だからまだ曲として完成していないものがあるのかもしれない。曲のアイデアがあっても、それが自分たちの納得がいくものになるまで4〜5年かかることもあるんだ。それができて初めて、どうやってレコーディングするかとか、どんなサウンドに仕上げるかということを考えていく。こういうことは僕たちの間ではよくあることなんだよ。でもそういう、時間をかけた過程も気に入っている。曲によってはすぐに完成するものもある。アーティストによっては、自分が表現したいことを無理やり出そうとする人がいるけれど、僕たちにとって音楽制作は絵を描いているような感覚に近いんだ。絵を描いていて、その途中で新しい色を加えるインスピレーションが湧かない時がある。その理由は、新しい色を加えるのが怖いとか色々あると思う。僕の個人的なアプローチとしてはミュージシャンよりは画家のそれに近いものがある。だから曲によっては作品として完成させるまでに時間がかかるものもあるんだよ。
実験と洗練のプロセス
─『Choose Your Weapon』(2015年のブレイク作)では一曲の中でどんどん構造が変わっていく曲がいくつもあって、それがハイエイタス・カイヨーテの特徴にもなっていました。それに対し、『Love Heart Cheat Code』は展開がかなり少なくて、すごくシンプルになっているように思います。
ネイ:私の見方としては、自分たちの表現方法や演奏技術を分かりやすくしなくなったというか、バンドとしての洗練度が上がっているんだと思う。今でも曲の中で拍子を変えたりしているけれど、『Choose Your Weapon』の方が突飛な感じがするのは、バンドとしてサウンドを洗練する方法が見出せていなかったからかなと。例えば、デヴィッド・ボウイの「Changes」は、誰もが聴いたことのある曲で、ラジオでもかかっているし、みんなも一緒になって歌うような曲よね。でも実際に「Changes」を演奏してみようとすると、あの曲って実際には音楽的にすごく複雑なの。オープニングの転調(モジュレーション)はすごく変わっているのに、彼の作曲の仕方が巧みだから、聴いても耳障りな感じがしない。そういう意味で個人的には、洗練度が上がったんだと思ってる。
ペリン:僕の解釈としては、『Choose Your Weapon』の方がかなり凝ったプロダクションになっていたから、曲の中でも違うセクションに移る時は、サウンドもガラリと変わっていたことが多い。リスナーには、そういう変化や、プロダクションの部分が聴こえるんだと思う。僕たちは当時のプロダクション作業に関わっていたから、どんなプロダクションだったのかはよく覚えている。プロデューサーのサラーム・レミは、僕が実際に演奏できないような音をプロダクションで加えていた。だから僕は、その後にライブに向けてその音を練習したんだ。
前作の『Mood Valiant』(2021年)には、凝ったプロダクションもあったけれど、自分たちがスタジオで演奏できるサウンドにこだわった作品だった。だからオリジナルの録音素材が非常にリッチなサウンドになっていて、その上にプロダクションを加えていった。そして、今回のアルバムは、より洗練されていて、レイヤーを何層も重ねるということに重きを置かなかった。自分たちが本当に伝えたいことの本質により近づけたと思うよ。
─前回の取材で『Mood Valiant』では、スタジオ近くにあった空の貯水槽を使って面白いサウンドを作ったと話していました。今作もそういうサウンドの実験をやったんですか?
ペリン:たくさんある! そういうのは毎回やってるし、たくさんありすぎて覚えていないくらい。
ネイ:洗面所からリアンプした時もあったし、コインやおもちゃをチェンバロの弦の上に乗せて叩いたり……そういうことはしょっちゅうやっている。「White Rabbit」には”チェス盤の上の男たちが立ち上がり、どこに行くべきか指示するとき”という歌詞があるから、「チェスの駒が落ちている音が必要だ」って思って、友達からチェスボードを借りて、チェスの駒を落とす音を録った。曲を普通に聴いてもそんな音は聴こえないから、誰も気づかないかもしれないけれど、私は知っている(笑)。そういうのはたくさんある。「How to Meet Yourself」という曲には友人でギター職人のチップが参加しているんだけど、彼は「フレロ」という楽器を自分で発明した人で、このアルバムではその楽器を演奏している。すごくオリジナルなことだと思わない?
ペリン:ああ、彼は最高だ。
ネイ:テイラー・クロフォードという名前で、天才よ。あとは、ベンダーが私のためにハンガーとスカーフでポップガード(マイク用のノイズ保護フィルター)を作ってくれた。あれは笑った。
ペリン:節約版ポップ・フィルター、ハイエイタス・カヨーテではよくあることだ(笑)。オカリナとか笛も使ったよね。本当にたくさんあったよ。
Photo by Rocket K Weijers
─「White Rabbit」はジェファーソン・エアプレインの同名曲にインスパイアされたと聞いたんですけど、アルバム全体がよりサイケデリックになったと解釈できる気もして。その辺りいかがでしょうか?
ペリン:曲によってはその通りだと思うよ!
ネイ:私たちは昔からサイケデリックだったと思うし、今でもサイケデリックよ。
ペリン:そうだな。奇妙な世界から色々なものを取り込んでいる。リスナーをどこか別の世界へ連れて行ってくれるものや、何かを思い出させてくれるサウンドはなんでもサイケデリックだと思う。そういうサウンドというのは言葉にできないし、これという定義もない。それがサイケデリックな要素というのかもしれないね。限界の果てまで行って、新たな視点を得る。そういう旅路を経験したことのある人は、サイケデリックな音を再び聴いた時に、その経験が思い起こされるかもしれないし、そうでない人は、曲のミドルパートを聴いて一緒に歌うことで曲を楽しめるかもしれない。人それぞれの楽しみ方があり、それは各自で自由に楽しんでもらえたら嬉しい。サイケデリックな旅路をしたい、こだわり派の人たちは、そのサウンドを追求すればいい。
ネイ:「White Rabbit」はオリジナルのヴァースを全て使ってはいないけど、実はカバーなんだ。サイケデリックに関する質問と、スタジオでの実験的な質問の両方に関連する話で、この曲は偶然できたというか。あるとき、私はベンダーと一緒にいてオムニコードで遊んでいた。オムニコードは最近、ゴリラズも自身の曲でリズムトラックに使用していたけど、電子自動ハープみたいな楽器で、ちょっと野暮ったいリズムセッティングがある。それをベンダーのベースのディストーション・ペダルに通したら、「ドゥードゥドゥドゥ、ドゥドゥドゥ」みたいな音になった。通常の使い方で音を出すと、すごく可愛らしい音が出るんだけど、ヘヴィなディストーションをかけると恐ろしい音になった。「White Rabbit」はそんなふうに、二人でオムニコードをいじって遊んでいたらできた曲。
スタジオに「アリス」という名前のミキシング・コンソールがあって、そこに白いウサギ(White Rabbit)の絵が描いてあった。だから、ディストーションがかかったオムニコードの恐ろしいリズム・サウンドに合わせて、原曲の歌詞の覚えている部分だけ歌った。とても原始的で変だった。そこからレイヤーを重ねていったの。ベンダーはチェロの弾き方を覚えたから、チェロの音も入っているし、サイモン(・マーヴィン:Key)は足でペダルを踏んで演奏するハーモニウムを弾いている。でも、実はペリンがハーモニウムの下に這いつくばって、手でペダルを押していたの(笑)。そういう変な実験から始まった。
ペリン:そうそう(笑)。
ネイ:ジェファーソン・エアプレインのオリジナル版「White Rabbit」は私も大好きなんだけど、原曲はBセクションがポジティブな雰囲気になっていて、その部分のモジュレーションは私たちがやっていた実験の雰囲気と合っていない気がしていた。だから、そこに関してはドビュッシーの「月の光」を参照することにしたの。「勝利・成功」した感覚を喚起したかったから。
この曲はたくさんのアーティストにカバーされていて、サイケデリックの青写真のような存在だと思う。サイケデリック・ミュージックから連想する曲といえは「White Rabbit」でしょう? だから、この曲をカバーするとき、みんな60年代風のサウンドにしようとする。でも、私たちは今、60年代に暮らしているわけじゃない。現代の私たちには新しいドラッグもあるし、新しい戦争も起きている。サイケデリックには「意識の拡張」というテーマが60年代からずっとあるけれど、今の私たちにとって意識を拡張してくれるものは最新テクノロジーだと思う。世界の反対側にいる人たちとコミュニケーションができる。それってサイケデリックなこと。この曲を長年手がけてきたのは、現代という時代において「White Rabbit」という曲は、どんなサウンドになって、どういうものを象徴しているのだろうということをずっと考えてきたから。どうやったら、過去に逆戻りすることをしないで、サイケデリックな要素を残すことができるだろうって。ジェファーソン・エアプレイン以上にあの曲を上手にやれる人は絶対にいない。そんなことはやろうとすること自体が無駄。だったら曲のテーマだけ残しておいて、新しい表現をした方がいいと思う。
─そうですよね。
ネイ:この曲についてのオタク情報をもう一つだけ。曲の最後の方で、私はスペイン語で歌っているんだけど、最近知ったのは、ジェファーソン・エアプレインはマイルス・デイヴィスの『Sketches of Spain』に強い影響を受けていたということ。だからギターがフラメンコ音楽みたいなモードで演奏されている。彼らが受けた影響を引用して、私たち独自の解釈として表現したというわけ。
困難の果てに見つけた「新たな視点」
─前作はブラジルの熱帯雨林にあるスタジオで録音され、アマゾンでの先住民との体験や、ネイの乳がんの克服など様々な経験が反映されていましたが、今作はいかがでしょう?
ネイ:このアルバムの根底にあるテーマは、自分の人生においてトラウマに傾倒するのではなく、よりピースフルな部分にフォーカスするということだった。そうすることによってトラウマが消えるということはないんだけど、ものすごく強烈な体験をした後というのは、とにかく平穏でいたいと思うようになる。だから今は私にとっての「ピースフルな時期」ってこと。今の私は人々が喜び(Joy)を感じられるようなアートを作っていきたい。喜びは誰もが必要としている、とても大切なものだと思うから。乳がんやパンデミックを乗り越えたといっても、その影響や後遺症が一切なくなったわけではない。どちらも大変な出来事で、「はい終了!」とボックスをチェックして、何事もなかったかのように先に進めるわけじゃない。でも、この先の人生がどんな展開になったとしても、私は喜びという感情に傾倒していくことが自分にとって大切だと思っている。
これはバンドが昔から掲げている姿勢だと思うけど、バンドとして一緒に活動する経験を積み重ねてきた今の方が、互いのコラボレーションもやりやすくなったし、作業もスムーズになった。ちっぽけな、どうでもいいことにはあまりこだわりを持たなくなった。「Make Friends」という曲ができたのもまさにそういうことで、お互いの間に音楽的な信頼関係があると、何もないところから曲が生まれるし、それはとてもシンプルで美しいものになる。人生のダークで強烈な側面にばかりフォーカスしていると……それらの要素は確かに存在するんだけど、結局のところ、最終的には「何を選択するの?」という話になる。「How to Meet Yourself」はそんなテーマに触れている曲。自分の人生のために「何を選択するの?」と聞かれた時に、私たちはいつだって「喜び」という側面に戻るべきだと思う。この世界は、人々から喜びを奪う仕組みになっているから。アーティストとして私たちは少しでもそのバランスを保つ必要があると思う。ペリンはどう思う?
ペリン:今のを上回る発言はないよ。
ネイ:ありがとう。私は喜びでいっぱいのアルバムにしたかった。
─秋に来日公演が控えています。
ネイ&ぺリン:イエーイ!
─ニューアルバムを携えて、どんなライブが期待できそうでしょうか。
ネイ:アートを体験しに行く時には、一切の期待をしない方がいいと思う。そんなことをしても意味がない。何の期待もしないで! ただ体験してもらいたい。
ぺリン:いい答えだね。それに俺たちもどうなるのか分かっていないから。どんなサウンドでどんなライブになるかというのはまだ分かっていない。俺たちがライヴをするとき、根底にあるのは毎回同じ気持ち・姿勢であり、そのことについては期待してもらっていいと思う。それくらいかな(笑)。
ネイ:美しさ、喜び、馬鹿げた感じ、フォーカス、そして調和(harmony)を期待して! でも火を使った芸はできないから、それは期待しないで(笑)。
ぺリン:火は使いません!
ネイ:日本に行くのがとにかく楽しみ。日本でライブをやるのが大好きなの! それに大阪でライブするのは初めて。以前、コロナの影響で中止になったから。大阪に行くのがすごく楽しみ!
(※ペリンの飼い犬がZoom画面越しに登場)
ネイ:この子はパブロ。今回のアルバムには、パブロの吠えている声も入っているから!
ぺリン:面白い子なんだよ。
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ハイエイタス・カイヨーテ来日公演
Love Heart Cheat Code - JAPAN 2024
2024年10月30日(水)豊洲PIT
2024年11月1日(金)大阪城音楽堂