人間が言葉によって意思疎通を図る生き物である以上、周囲と円滑な関係を築き、ひいてはよりよい人生を歩んでいくためにもコニュニケーション能力は不可欠な力だ。
ただ、コミュニケーション能力というと「話す力」がイメージされがちだが、一方で「傾聴力」という言葉もあるように「聴く力」も重要になる。
アンガーマネジメントの他、コミュニケーション指導にも定評がある日本アンガーマネジメント協会代表理事の戸田久実氏は、「聴く力」を磨くことがコミュニケーションをスムーズにすると語る。
「聴く力」の重要性について、元日本マイクロソフト業務執行役員で、現在は圓窓の代表取締役を務める澤円氏が「聴く」。
「あなたの話をきちんと聴いている」と表現する
【澤円】
戸田さんは、『アクティブ・リスニング』(日経BP)というご著書を出されています。そもそも「アクティブ・リスニング」とはなんでしょうか。
【戸田久実】
日本語では「積極的傾聴」と訳されます。ビジネスパーソンでも人の話を聴く機会はふだんからたくさんあると思いますが、そのときに「わたしはあなたの話をきちんと聴いていますよ」と表現することが大切なのです。
【澤円】
逆にいうと、消極的な聴き方は好ましくないということですよね。
【戸田久実】
コミュニケーションは相手がいるので、ただの音として聴き流すような聴き方をすれば、相手はいい気持ちにはなれません。
澤さんの場合、わたしの話を聴きながらうなずいたり相槌を打ったり質問をしてくれたりさらに共感してくれたりとリアクションをしてくれますよね? これがまさにアクティブ・リスニングであり、どちらかが一方的に話すのとは異なる、双方向の良好なコミュニケーションを成り立たせるために欠かせない要素なのです。
【澤円】
基本としては、「あなたの話を聴いている」ということを表現するのですね。
【戸田久実】
日頃の聴き方を振り返っていただくために、アクティブ・リスニングの研修で、「『あなたの話を聴いていますよ』と相手に伝えたいなら、みなさんはどのような表現を心がけますか?」と受講者に質問することがあります。
一方、「皆さんは、相手にどのような聴き方をされたら不快ですか? 話しづらいですか?」という質問もします。
先ほどとは逆に話を聴く側としてイメージしてもらうと、「目を合わせない」「メモやスマホを見ている」「顔が怖い」「ふんぞり返っている」といった具合に、先の質問に対してよりもどんどん回答が出てくるのです。それらの回答を反面教師としてとらえたら、相手にとって心地いいアクティブ・リスニングができるようになります。
共感できない話には、同意も同調も示さない
【澤円】
ただ、どうしても相手の話や価値観に共感できない場合もあると思います。そのような場面ではどのように振る舞うのがいいのでしょうか。
【戸田久実】
確かに、「この話には同意してはまずい」という場面もあるでしょう。相手が誰かの悪口を言っていて、それにうっかり「そうだよね」なんて言おうものなら、トラブルに巻き込まれることだってあり得ます。
そういったときは、「同意も同調もしない」ことを心がけましょう。具体的には、「〇〇さんはそう考えているのですね」といった具合に、相手の話を受けとめはするけれど、同意はしないというスタンスを取ります。
場合によっては、物理的に距離を取ってもいいでしょう。「この場にいては駄目だ」と思うようなら、「ごめんなさい、ちょっと1本電話をしなければいけなくて……」というようにエクスキューズをしてその場を離れるのもいいでしょう。他には、「ところでさ」と、自分から話題を変えるのも手です。
【澤円】
思い出した話があります。そういった場面で相手から「この人、頭がおかしくなったんじゃないか?」と思われるような突拍子もない話題を出すのもいいかもしれません。
例えば、「火星人と会話をするなら何語がいいのだろう?」といった具合です。相手からすると「なにを言っているんだろう?」と会話が分断されますから、意外と効果的かもしれません。実際、僕の友人が試してみてうまくいったと報告してくれました(笑)。
【戸田久実】
わたしも思い出しました。ある男性が帰宅したら妻からワーッと誰かの悪口を聞かされたのだそうです。
そのとき、彼は頭がふらついたふりをして座っていた椅子から意図的に転がり落ちたのだそう。妻は「どうしたの?」と心配しますから、悪口が止まります。
【澤円】
どちらも何度も使える手ではないかもしれませんが、そういったオプションをいくつか用意しておいてもいいかもしれません。
「相手のことを理解しよう」と前のめりに聴くのが基本姿勢
【戸田久実】
澤さんは、仕事の場で誰かの話を聴いていてイラッとしてしまったようなことはありませんか? 「聴く」ということについて、澤さんはどのような意識を持っているのでしょう。
【澤円】
以前に勤めていた日本マイクロソフトでは、聴くという点で「ランゲージ・バリア」がありました。英語を使いますから、ネイティブ・スピーカーではない僕は相当前のめりに聴こうとしないと相手の話が理解できません。だから、必死になって聴くわけです。
そうするうちに、相手がいいたいことがわかって、「これはちょっと賛同できないな」と思った瞬間、突然、拒否反応が出ることもあるのです。
そもそも母国語ではない英語を聴くという行動からストレスを受けているうえに、「この人は自分にとって全然ハッピーな話をしていない」ということがわかると、それもストレスになるのです。
【戸田久実】
そういうときはどう対処したのですか?
【澤円】
これはオンラインでしか実践できない方法ですが、あえてネットワークの調子が悪いふりをしていましたね。自分でWi-Fiを切ったり入れたりして、「ちょっとよく聞こえないな」と伝えて、にごしていました。
ただ、それぞれに価値観が違うことを前提としたコミュニケーションが行われるのはよかった点です。英語が僕の母国語ではないことは相手もわかってくれていますから、「I don’t think so.」だとか「My idea is different.」などストレートな表現をしても、「裏がないな」と受け取ってくれるのです。
いずれにせよ、戸田さんのいう積極的傾聴ではありませんが、とにかく「相手のことを理解しよう」と前のめりに聴くということを基本姿勢にしていました。
相手から言葉を引き出したいのなら、辛抱強く「待つ」
【澤円】
近年のビジネスシーンにおける「聴く」ということなら、「1on1ミーティング」でも聴くことは重要です。じつは日本マイクロソフトではかなり前から1on1ミーティングが行われていて、マネージャー業務の最優先事項とされていました。おそらく、多様な人種の人たちが一堂に介して仕事をしている企業だからでしょう。
ただ、1on1ミーティングがまだそれほど定着していない日本企業に勤めるマネージャー層からは、「1on1ミーティングが怖い」といった意見も聞かれます。
【戸田久実】
むかしから日本には、「話せばわかる」という言葉があります。でも、本当のところでいうと、「聴かなければわからない」が真理ではないでしょうか。
これまで育ってきた時代や環境、歩んできたキャリア、持っている価値観が違えば、ただ自分のことを相手に話すだけでわかり合えるものではありません。そういった様々な違いというギャップを埋めるには、やはり勇気を持って聴く、相手から引き出していくことが必要だと思います。
【澤円】
そのように相手から引き出すとき、特に意識したほうがいいことはありますか?
【戸田久実】
「待つ」ということです。例えば、わたしと澤さんのように、ポンポンと答えを返すのではない、違ったコミュニケーションの仕方をする人もいます。
じっくりと考えて言葉を組み立てながら話すタイプの人です。そのとき、相手の言葉を待ち切れずにこちらが話しはじめてしまえば、相手から引き出すことは難しくなるでしょう。
【澤円】
日本人のコミュニケーションスタイルが、「ボウリング」にたとえられるという話を聞いたことがあります。まさしく、「自分の順番を待つ」のです。きちんと相手から言葉を引き出したいのなら、「あなたの番だよ」と差し向けて、根気強く待つことも大切かもしれません。
人の話を聴けない人は、自分の話も上手にできない
【澤円】
ここまで「聴く」ことにフォーカスしてきましたが、コミュニケーションの両輪は「聴く」と「話す」だと思います。聴く力と話す力には相関関係があるのでしょうか。
【戸田久実】
人の話をきちんと聴けない人は、自分の話を整理して上手に伝えることもできないと考えています。
人の話を真剣に聴こうと思えば、「この人はこういうことを伝えたいのだな」と整理しながら聴きますよね。そして、ときには相手がいったことをまとめて、「つまり、こういうことだよね」と確認する役割も聴く側にはあると思います。
その作業は、自分がなんらかの話を振られたときに、「こういうことを話そう」と瞬間的に整理して組み立てることと同じではないでしょうか。ですから、人の話をきちんと聴けるようになれば、自分の言いたいことを上手に伝える能力も高まるのではないかと思います。
【澤円】
確かに、壇上に上がりひとりで話すのならともかく、相手がいるコミュニケーションでは話を聴きながらその内容を材料として組み立てていき、アウトプットするのが話すということですよね。そのサイクルをうまくまわしていける人が、コミュニケーション上手なのかもしれません。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人
戸田久実(とだ・くみ)
アドット・コミュニケーション株式会社代表取締役。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会代表理事。立教大学文学部卒業後に株式会社服部セイコー(現・セイコーホールディング株式会社)にて営業、その後音楽業界企業での社長秘書を経て、2008年にアドット・コミュニケーション株式会社を設立。研修講師として、民間企業、官公庁などで「伝わるコミュニケーション」をテーマに研修や講演を実施。アンガーマネジメントやアサーティブ・コミュニケーション、アドラー心理学をベースとしたコミュニケーション指導に定評があり、これまでの指導人数は22万人に及ぶ。主な著書に『アクティブ・リスニング』(日経BP)、『怒らない100の習慣』(WAVE出版)、『アンガーマネジメント』(日経BP)、『アサーティブ・コミュニケーション』(日経BP)、『あとから怒りがわいてくる人のための処方箋』(新星出版社)などがある。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
※この記事はマイナビ健康経営が制作するYouTube番組「Bring.」で配信された動画の内容を抜粋し、再編集したものです。