この記事は「「ボンドならどうするか?」架空のモデルを作ったエンスージアストの物語|ジェームズ・ボンドのベントレー【前編】」の続きです。
【画像】乗れば気分はジェームズ・ボンド!? 完成した「架空のボンドカー」(写真4点)
さながらボンドのように…
最初の仕事は、ボンドらしく颯爽と乗り込むことだ。これは簡単ではない。リアヒンジと、右側のフロアに直付けされたギアレバーが邪魔をする。トニーは”スーサイドドア”をあえて選んだと話す。彼によれば、ボンドの1930年製コンバーチブルクーペはスーサイドドアだった可能性があるし、ボンドは頭の古い男だから、助手席に女性を乗せるときに足がチラリと見えるのを楽しんだのではないかというのだ。
ギアレバーを無事によけて乗り込んだら、スロットルペダルを探す。フットウェル側面のトリムとブレーキの間の深い位置にあった。中央のイグニッションスイッチパネルに付いたクロームのボタンを親指で押し込むと、ベントレーは歯切れのよい快音と共に難なく点火した。アイドリングの音は巨大な直列8気筒エンジンを積んだアメリカ車のようだ。エンジン音はヴィンテージベントレーの太い低音より明らかに高いが、ひとたび動き出せば、きびきびとスポーティーな感触になる。実際、スロットルを素早くあおるとパンパンと活きのよい音を上げる。軽量化したフライホイールの助けもあって、ペダルはストロークが短くシャープに動くが、踏み始めがたっぷり5センチは少ないので、繊細な操作はやりにくい。
勘違いしないでほしい。これは明らかに速い車だ。どのギアでも素晴らしい加速を見せる。トルクが太いので、発進するときに誤って1速ではなく3速に入れても、一瞬の躊躇もなく動き出す。コンチネンタルレシオと呼ばれる最終減速比のデフを装着しているため、かなりハイギアードで、高速道路で1日中でも80mphをキープできるだろう。ウィンドスクリーンの傾斜が大きいので、風で髪が乱れる心配もない。トニーは、リアのフィンが高速安定性を高めていると確信している。このデザインを採用したのは、純粋に美的な理由だったのだが。
実際に、このベントレーは高速域のほうが低速域より優れている。低速域ではステアリングの感触がややぼやけて、ベントレーにしては頻繁に修正する必要がある。おそらく車に慣れれば、この変わった癖にも順応できるだろうが、ステアリングジオメトリーの丁寧なチェックを行えば解決できるかもしれない。ステアリングギア比はかなり低いらしく、T字路を曲がるときにはぐるぐると回す必要がある。利点は、ステアリングがあまり重くないことだ。巨大な車だが、エイボンタイヤのターボスピードから気持ちのよいスキール音を上げながら、ラウンドアバウトを駆け抜けることもできる。サイズの割には、コーナリングも比較的滑らかだ。トニーのロードスターボディは総アルミニウム製で、スチール製サルーンより大幅に軽いのが一因だろう。これなら、腕の立つドライバーが操る”ランチア・フラミニア・ザガート”と競走しても、面白い戦いになるだろう。
この記事にフードを上げた写真がないのは、まだ装備していないからだ。トニーはこう説明する。「出発点として、1960年代のメルセデス・ベンツSLのフードフレームを選んだ。折りたたんでメタルトノカバーの下に収められるし、電動式にコンバートするキットもあるからだ。ぴったり収まるように切断して継ぎ合わせる必要があったけれど、うまくいった。あとはモヘア生地のフードを作ってもらえば完成だ」
この最後のステップが重要な理由をトニーはこう語った。「このベントレーをハネムーンで使おうと妻に話していたんだ。ところが結婚してから7年もたってしまった。私のモーガン4/4に乗って二人でトゥールーズまでドライブしたときは、12時間の道中ずっと雨が降り続いた。泣き出すんじゃないかと思ったよといったら、妻は『泣いたのは心の中だけよ』と答えたんだ。だから、ベントレーは長旅に出る前にきちんと装備を整えると妻に約束したんだよ」
こうした女性を思いやる態度をボンドが見たら、おそらく苦々しげに冷笑しただろう。だが幸いにも、この点についてはヒーローに追随しないことをトニーは選んだのである。
1953/2023年ジェームズ・ボンド・ベントレー・コンチネンタル・ロードスター
エンジン:4887cc、直列6気筒、IOE、1.75インチSU製キャブレター×2基
最高出力:約190bhp変速機:前進4段MT、後輪駆動、コンチネンタルレシオ(最終減速比13:40)
ステアリング:ウォーム&ローラー
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、レバーアーム・ダンパー
サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、レバーアーム・ダンパー
ブレーキ:4輪ドラム 車重:1600kg(推定)最高速度:約190km/h 0100km/h:約10.5秒
編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵
Transcreation: Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation: Megumi KINOSHITA
Words: Mark Dixon Photography: Bentley Motors Ltd