和食がユネスコ無形文化遺産に登録されて10年以上になる。その和食の要とも言える“だし”。中でもかつお節でとったかつおだしはアミノ酸が100g中230mg含まれ、スポーツドリンクの代わりにするなど、アスリートのケアフードとしてメリットが大きいのだそう。1699年の創業以来300年以上、鰹節とそれを使った“だし”を追求してきた株式会社にんべんに、アスリートにお勧めの“だし”、そのもととなる鰹節の効能について伺った。
※本記事では、固いままの本節を「鰹節」、削った状態を「かつお節」、魚種を示すとき「カツオ」と表記しています。

タンパク質を含み、疲労を和らげる効果もあるかつお節

まず、“だし”とは何か。定義を整理しよう。かつお節や煮干し、昆布などの食材を煮込み、そのうまみ成分が溶け込んだ液体のことだ。“だし”というと、まずかつおだしや昆布だしなどをイメージする人が多いと思うが、野菜やきのこ類からも取ることができる。しかし、ここで注目したいのがかつお節を使ったかつおだし。なぜなら、その“だし”のうまみ成分を構成するアミノ酸、中でも人の体の中では作ることのできない必須アミノ酸がかつお節には含まれているからだ。

「スポーツをすると汗が流れ、体の中の水分やミネラルが失われてしまいます。昨年の夏も暑かったですが、そんな暑い日に運動をして大量に汗をかくと熱中症になる可能性もありますから、水分やミネラルの補給は必須です。そのため、アスリートの方はスポーツドリンクなどを摂取するのですが、だったらアミノ酸を含んだかつお節で作った“だし”をスポーツドリンク代わりに摂ったらいいのではないかと、にんべんのサイトで提案をしました」

と語るのは、にんべんの経営企画部・部長を務める町田忠男氏。たしかに、スポーツドリンクは甘みがあって糖質を含むものが多かったり、精製された純物質が使われていることが気になる人もいるだろう。その点、“だし”であれば自然のものを原料としており、塩分もほとんどない。化学的な物質の摂取に抵抗があるのであれば、是非ともスポーツドリンクの代わりにしたい飲み物だ。

「 また、かつおだしは、栄養機能だけではなく香り成分による情緒機能も注目されています。試合前夜や直前の緊張を和らげ、本来のパフォーマンスを発揮するためのメンタルケアへの活用は可能性があると思います。“だし”はどちらかというと“ケアフード”として考える方が良いかもしれません」(町田氏、以下同)

町田氏の言うケアフードとは、たとえば練習や試合の前後に体をケアするために摂取する食べ物のこと。鰹節は、その70%以上がタンパク質だ。つまり、10g食べれば7gのタンパク質を摂取できる。また抗疲労物質も含むため、運動後に“鰹節”を積極的に摂るようにすれば、疲労回復を早めることもできるというわけだ。

かつお節を好きな料理にふりかけて手軽にタンパク質補給

カツオには、体に良い栄養成分が豊富に含まれているが、水分は大量には飲めないことを考えると“かつおだし”は補助的な摂取にとどめ、むしろかつお節をもっと積極的に食事に取り入れてほしいと、町田氏は語る。

「日本人が日常的に食べるもののほとんどは、かつお節をプラスすることによってより美味しくなると思います。炒め物を作ったら、最後にかつお節をひとふり、卵かけご飯にもかつお節をトッピング、お味噌汁はもともと“だし”が入っていますが、最後に追いかつお節をする。そうすれば、普段の食生活の中でタンパク質を自然に多く摂っていくことができます。アスリートはもちろんのこと、フレイルが問題視されている高齢者も負担なくタンパク質の摂取を増やすことができるのでお勧めです」

ちなみに鰹節は、どのようにして作られるかご存じだろうか。カツオを3枚に下ろしたものを75℃~98℃の湯で1時間から1時間半ほど煮て、骨を抜いた後、何回か燻して水分を抜く。そして天日干しをしたあと、カビをつけて発酵させてできあがるのだが、この工程にはおよそ150~180日かかるそうだ。高級品とされる本枯鰹節になると、最終的な含有水分は12~15%まで低下する。つまり、鰹節にはカツオの栄養分が凝縮されているということ。

75℃~98℃の湯で1時間から1時間半ほど煮る“煮熟”という工程。100℃にしないのは、カツオの煮崩れを防ぐためだ

「鰹節を削って小分けになっているかつお節は、水分が含まれていないので軽いことが大きなメリットです。持ち運びしやすいので、カバンに小分けパックを入れておいて、外食するときに振りかければ、タンパク質の補充もできます。海外遠征するアスリートの中には必ずかつお節のパックをいっぱい持って行くという方も多いようです。日本食が恋しくなったときに、ホテルの部屋でもレトルトのご飯に振りかけるなどして、気軽に食べられるので喜ばれていると聞きます」

コップにかつお節を入れてお湯を注ぐだけで“だし”は完成

かつお節は気軽に摂れるのがメリットである一方、“だし”となると取るのがめんどくさいという意見もある。“だし”の取り方を調べてみると、まず鍋に水を沸騰させて火を止め、かつお節を入れて鍋底に沈むまで待ち、そのあとふきんなどを敷いたざるでこす……など、工程が複数あって、忙しい毎日には負担に感じてしまうのも仕方ないかもしれない。

だし殻に酒、醤油、砂糖、水などを加えてフライパンで炒り煮して白ごまを振れば、ふりかけができる(にんべん公式サイトより)

「“だし”を取るというと、みなさん難しく考えがちですが、いくつか工程があるのは料理の作法としての話です。飲食店や、自宅できちんとした和食を作るといったときには、きちんと作法を守って取った方が良いとは思いますが、体のケアのために“だし”を飲むのであれば、コップにかつお節を入れてお湯を注ぐだけで十分です。口の中でかつお節がもしゃもしゃとするのが嫌じゃなければ、そのまま飲めますし、気になるようだったら茶こしか何かでこして、だし殻は醤油を垂らして食べてしまえばいいんです」

にんべんといえば、誰もが知っている鰹節専門店だが、最近では食のあらゆるシーンで鰹節や“だし”の無限の可能性を提案していく“鰹節・だしライフデザインカンパニー”を目指して、子どもの食育や、飲食店とのコラボレーションなどの活動にも力を入れている。その啓蒙の一環として、スポーツ前後の水分補給に、アミノ酸が含まれる“だし”を飲むことの効能について発信した。日本橋にオープンした一汁一飯がコンセプトのだし専門店“日本橋だし場 本店”で“だし”が想像以上の人気を博したことから作った、ティーバッグで手軽に“だし”を楽しめる「飲むおだし」も好評を得ているという。

(にんべん公式ネットショップより)

「“だし”のいいところは、アミノ酸が含まれていることに加え、カフェインが入っていないため、朝でも夜でも飲む時間を選ばないことです。よくみなさんが飲むとホッとするとおっしゃるのですが、そのホッとするというのも、紅茶やコーヒーから得られるものとはまた質の違う感覚のようです。“だし”は料理に使うものと決めつけずに、スポーツの前後のケアフードとして、また日々の疲れを取るリラックスタイムに、気軽に飲んでいただきたいですね」

“だし”を取るというと、どうしても手間がかかるイメージだったが、町田氏の言う“コップに入れてお湯を注ぐだけ”という、インスタント感覚でできる“だし”には目からうろこが落ちる思いだった。スポーツドリンクだと糖質や塩分が気になるという人には是非ともお勧めしたい。しかも、だし殻は捨てずに醤油を掛けるだけですべてが摂取できる、まさにホールフードだ。タンパク質の摂取のためにも気軽に取り入れたい食品である。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:にんべん
photo by Shutterstock