青年海外協力隊(以下、JICA海外協力隊)と聞くと、開発途上国における農業の技術指導や、水資源の確保といった、人が生きるために必要なことをサポートするといったイメージが強い。そんな協力隊の中にスポーツを通じた国際協力を担う「スポーツ隊員」と呼ばれる人たちがいるのをご存じだろうか? 今回、特別な機会を得て元スポーツ隊員6名に集まっていただき話を聞くことができた。筆者が思わず涙した彼らの活動内容や、スポーツが果たす意外な平和への役割をご紹介しよう。

JICA海外協力隊のスポーツ隊員とは?ブータンで卓球を教える隊員

日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関として、開発途上国への国際協力を行っている独立行政法人国際協力機構JICA(ジャイカ/Japan International Cooperation Agency)。その事業のひとつが、JICA海外協力隊だ。開発途上国からの要請(ニーズ)に基づいて、それに見合った技術・知識・経験を持つ人材を募集し、選考、訓練を経て派遣するというもの。我々がよく目にする農業支援や看護師の派遣などは、その事業のほんの一部にしか過ぎず、他にも就労に結びつく職業訓練としてミシンの操作などを教える「服飾隊員」や、料理を教える「料理隊員」といった人材も派遣している。

これまでに派遣された人材は5万5,385人(2023年3月31日まで、シニア海外協力隊や日系社会海外協力隊などを含む、全JICA海外協力隊の累計)にも及ぶが、その中で、スポーツを通した国際協力を担っているのが「スポーツ隊員」だ。1965年に派遣がはじまってから90カ国に累計4,770名(2023年度末時点)が派遣されている。

約70日間の派遣前語学訓練、しかし……派遣前の語学訓練を受ける隊員

スポーツ隊員の仕事は主に現地の学校で体育の指導をするケースと、野球や剣道など特定の競技の普及や強化を目的とした活動をする場合がある。隊員は学生時代に体育の教職を取得した人、特定のスポーツに打ち込んでいた人や、その競技の選手だった人などさまざまだが、全員が事前に約70日間の派遣前訓練を受けるのだそうだ。

「派遣前訓練は7割が語学学習で、現地で隊員活動するための言語を学んでいただきます。たとえばアフリカの西側の地域、セネガルに派遣される隊員はフランス語を学習します。ただし、実際にセネガルに行ってみると生活面では現地語を使っている人がほとんどといったケースもあり、日常生きていく上ではフランス語は通じることが少なく、派遣後に現地で訓練を受ける現地語の取得にさらに苦労する場合が多いです」

と、話すのはJICA青年海外協力隊事務局の勝又晋専任参事だ。しかも隊員が学ばなくてはいけないのは、言葉だけでなく、それぞれの国や地域の文化や細かい生活習慣など多岐にわたり、やはり現地で体感しなくてはわからないことも多々あるという。

JICA青年海外協力隊事務局の勝又晋専任参事

「転勤で赴任するビジネスパーソンとは違い、隊員の場合は途上国の平均的な暮らしをしている方と同じ目線で暮らすことも大切です。気持ち的に同じ目線というだけでなく、生活レベルも合わせていただくということで、支給される生活費は現地の一般的な方々と同じレベルの暮らしができる、日本人から見ると必要最低限の経費ということになります。さらに、現地には日本人が自分ひとりだけ、ということも多いので、現地の方と交流しながら言葉や習慣などを学んでいくことになります」(勝又さん)

たとえばモロッコに卓球の指導で派遣された蔦木詩歩さんは、自身が経験したイスラム圏ならではの話をしてくれた。

「イスラム圏ではラマダンの時期は日中に断食をしなければいけないため、お腹が空いて動けないだろうから、夜の11時から練習を始めましょうという話をしていました。ところが日没になると、今度はお腹いっぱい食べすぎて動けないので練習はやめようと言うのです。ナショナルチームでさえそんな状態でした」(蔦木さん)

さらに派遣された先の事情によっては、そのスポーツが全く普及していないため、練習をする場所の確保や用具集めから始めるケースもあるそうだ。国によっては肌の色によって差別を受けることもあるなど、スポーツ隊員は単にスポーツを教えればいいというわけではない。その土地の人々の暮らしを理解、尊重しながら現地に溶け込んでスポーツの普及をしなければならないのだ。

スポーツを通して取り組む2つの「開発」ブルキナファソでバレーボールを指導する隊員

農業や水資源の確保などは途上国の人々の生命に直結する。一方、言葉は悪いが、スポーツはしなくても生きてはいける。なぜそうまでして、スポーツを普及し、指導する必要があるのだろうか。

「先程も言いましたが、協力隊の活動自体の本質は現地の人と同じ目線で、一緒に物を創っていくこと。私はこれを“共創”と言ったりしていますが、スポーツの場合は、やってみせて、それをやってもらうという流れを繰り返すことで、成長が目に見える。それは競技だけではなくて、挨拶をするとか、遅刻しないとか、みんなで練習場の掃除をするといったことも含まれます。隊員がそうした模範をみせることで、それまでその国にはなかったような習慣を根付かせることができる、といった側面がスポーツにはあるんじゃないでしょうか」(勝又さん)

JICAでは、スポーツそのものを普及する「スポーツの開発」と、スポーツを手段として課題に取り組む「スポーツを通じた開発」の二つの観点から隊員を派遣している。

「『スポーツの開発』は、スポーツの振興ということ。一方で『スポーツを通じた開発』は、スポーツをツールとしながら、たとえば健康増進、教育、障がいのある人や女性の社会参画、平和の構築に繋げるということです。スポーツ振興が途上国の開発に繋がるのか、といった疑問を持つ方もいると思いますが、国際場裏や日本のスポーツ振興法でも謳われているとおりスポーツ自体が人間の権利であり、人間に欠かせない大切な営みですから、十分開発に繋がる重要なことだと考えています」(勝又さん)

国によっては、女性が人前や男性と一緒にスポーツをすることが認められていなかったり、地位や立場が違う人たちが一緒に競技できなかったりするケースもある。そうした性別や社会的な立場などの制約を受けず、みんなが等しくスポーツを楽しめる社会になったら、世の中はもっと平和になるのではないだろうか。途上国の平和ということで、青年海外協力隊事務局参加促進課の今村真理子課長補佐が、こんな興味深い話をしてくれた。

今村さんがウガンダ駐在時代、日本女子プロサッカーリーグから贈呈されたユニフォームに身を包み初勝利を収めた難民と難民受入地域混成チーム

「私はJICA事務所の所員として、1年ほど前までウガンダに駐在していました。その時に驚いたことのひとつが、ウガンダの北部の学校には国境を越えて、隣接する南スーダンやコンゴの子どもたちが通ってきていることです。もちろん学区ではないわけですが、隣の国の子どもたちがウガンダで授業を受けて、お昼を食べに国境を越えて家に帰り、午後になるとまた学校に戻ってくるんです。そして、その地域の病院では予防接種の接種率がどこも100%を超えていました。どういうことかというと、ウガンダの子どもだけじゃなく、南スーダンやコンゴから来ている子どもたちが、みんな予防接種を受けるからです。ウガンダ政府はそれに対してNOとは言いません。ウガンダはエボラ出血熱などの感染症が発生しやすい地域なので、南スーダンやコンゴから来る人が発症して、感染が広まってから押さえ込むよりも、他国民であろうと予防の段階で手を打った方がいいと考えているからです。また、ウガンダが内戦をしていた時にはウガンダ人が難民となり、周りの国にはお世話になったからという気持ちもあるようです」

今村さんは駐在中、ウガンダ及び難民としてウガンダにいる10代の女子中高生を対象にスポーツの交流試合をやったそうだ。たとえ国や宗教、文化が違っても、スポーツをしている間は対等だ。若いうちから宗教や文化の違いを越え、ひとりの人間として対等に付き合うことが、そうしたウガンダのような寛容さを生むきっかけにもなるかもしれない。今村さんは、スポーツにはそんな平和をもたらす力があるのではないかと話してくれた。

前編では、意外に知られていないJICA海外協力隊のスポーツ隊員の目的や活動内容についてご紹介したが、後編では元隊員の方々に、派遣先での予想を超えた体験について語ってもらう。そこから見えてくるのは、勝又さんが話してくれた、教育、障がいのある人や女性の社会参画、平和の構築に繋がるというスポーツの持つ力だった。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:JICA