「お客様は神様です」というフレーズを最初に使ったのは国民的歌手の三波春夫さん。いつしか、このフレーズが独り歩きし、接客する際のバイブルになった。
しかし、顧客が自分を神様と勘違いしたことで、過剰な要求や暴言、威圧的な態度といったハラスメントが社会問題化している。
そこで、パーソル総合研究所の「カスタマーハラスメントに関する定量調査」の発表会を取材した。
サービス職のカスハラ経験率は35.5%
「セクハラ」「パワハラ」「マタハラ」に続き、「カスハラ(カスタマーハラスメント)」に対する社会的関心が高まってきた。
今年2月には、厚生労働省がカスハラ対策の企業マニュアルや啓発ポスターを作成したほか、東京都でも防止条例を制定する動きがある。
発表会は同研究所の上席主任研究員である小林祐児氏の現状の調査報告からスタートした。
「調査の結果、顧客折衝があるサービス職のうち、35.5%が過去にカスハラ経験があり、さらに20.8%が3年以内に経験したと回答しました」(小林氏)
ニュースでよく取り上げられるようになったことから、カスハラが増えているとは感じていたが、実に1/3が経験していたわけだ。パワハラやセクハラと同様、社会として対応が必要なことは論を待たない。
カスハラ経験と離職率に見られる相関関係
この調査のユニークなところは、同研究所が人材サービスを展開する企業のグループだけあって、カスハラ経験と離職率の関係に目を向けているところだ。
「被害経験のある人に、ここ3年の経験の増減を聞いたところ、32.6%が『増加』と回答しました。また、職種別にカスハラの経験率と離職率をマップ化してみると、介護職や宿泊サービス、受付・秘書は経験率と離職率がともに高いことがわかりました」(小林氏)
では、増えている原因はどこにあるのだろか。小林氏は、こう考察した。
「ひとつが社会全体の孤独・孤立化、いわゆる『ローン・ウルフ型犯罪』と言われるものです。2つ目がSNS ・情報通信機器の発達、3つ目が高齢者犯罪の増加、そして4つ目が消費者側の権利意識の高まりです。なかでも、4つ目はロングトレンドになっています」(小林氏)
権利意識の高まりが増加の原因になっているのは、他のハラスメントも同様だろう。忘れてならないのは、権利の行使には責任が伴うこと。カスハラの場合は、権利の濫用になっているケースが少なくない。
※ローン・ウルフ(一匹狼)型犯罪とは、一般人がインターネットなどで得た情報から過激化して罪を犯すこと。
会社側の対応でセカンド・ハラスメントも
調査では、さらに踏み込んでカスハラが起きた際の現場対応や会社側の対応についてもアンケートを実施した。そこからも様々な問題点が浮かび上がってきた。
「その場の対応では、『ただ我慢した』が37%で最も高く、事後の対応では『社内の上司に相談した』41.5%、『特に何もしなかった』が41.3%です。また、その場の対応で『とにかく謝罪した』が26%になっていますが、日本国際観光学会論文集のデータによると日本は米国やイギリスに比べて、苦情対応の重視点が『謝罪』に偏っています」(小林氏)
日本の謝罪文化を裏付ける結果であろう。続いて発表された会社側の対応に関するアンケート結果も興味深い。
「会社の対応では『嫌がらせの被害を認知していたが、何も対応はなかった』が36.3%で最も高く、『認知していなかった』も19.3%でした。問題をさらに深刻にするのが、会社の対応で『ひたすら我慢を強いられた』といったセカンド・ハラスメントが起きていることです」(小林氏)
確かにカスハラを会社に報告したのに、まったく相手にしてくれなかったり、我慢を強いられたりしたら、さらに精神的ダメージを受けることは想像に難くない。
カスハラに強い組織づくりは信頼資産の貯蓄と心の負債の低減
カスハラ経験と離職率に相関関係があることは、カスハラを取り巻く現状分析からも明らかなようだ。
「多くの職場でカスハラが『我慢され』『放置され』『無視され』負の影響が大きくなり、転職意向が1.9倍になっています。結果、サービス職の人材不足が加速しているのが実態です」(小林氏)
企業がカスハラに対応しなければ、離職率が高くなることは容易に想像できる。どうすれば、離職率を低く抑えることができるのだろうか。
「大切なのは同僚や会社、上司への信頼である『信頼資産』を貯め、自己無力感や暗い未来展望、自責志向といった『心の負債』を減らすことです。信頼資産が多いと、カスハラがあっても『仕事を辞めたい』が23.3ポイント低く、心の負債が少ない場合も28.3ポイント低くなっています」(小林氏)
この結果を踏まえ、小林氏は具体的な施策も提言した。
「ポイントのひとつは人材マネジメントです。研修訓練による知識付与や告知ポスターなどによる対外コミュニケーション、相談窓口の設置などが考えられます。もうひとつは『次に活かす』会社対応です。事例の共有や対応マニュアルの作成等がそれに当たります」(小林氏)
働く側からすれば、カスハラを受けたくはないし、ましてそれを放置する企業に勤めたいとは思わない。カスハラ対策をしているかどうかも企業選びのポイントにすべき時代が来たようだ。