東急とJR東海は、「THE ROYAL EXPRESS」を活用したクルーズトレイン「THE ROYAL EXPRESS ~SHIZUOKA・FUJI CRUISE TRAIN~」の運行を発表した。伊豆が本拠地の「THE ROYAL EXPRESS」にとって、3つ目となる遠征地は意外な近場だった。特徴は「自走」「フル編成」であること。機関車・電源車なしで東海道本線を走り、先頭車の展望を楽しめる。空気が澄み、車窓から富士山がよく見える秋の季節に運行される。
「THE ROYAL EXPRESS」は、東急グループが「美しさ、煌めく旅」をコンセプトに誕生させた観光列車。伊豆急行2100系「アルファ・リゾート21」を東急テクノシステム長津田工場で改造し、東急グループの拠点である横浜駅と伊豆急下田駅を結ぶ。ただし、東急電鉄の路線は走らない。横浜~熱海間は東海道本線、熱海~伊東間は伊東線で、ともにJR東日本の路線である。経路上においてJR東日本の協力は不可欠だが、その他の設備・サービス等で東急グループの総合力を結集した列車が「THE ROYAL EXPRESS」といえる。
しかし、当初は伊豆方面専用と思われた「THE ROYAL EXPRESS」が意外な展開を始めた。2020年夏から「THE ROYAL EXPRESS ~HOKKAIDO CRUISE TRAIN~」と題し、北海道でクルーズトレインとしての運行を開始。2024年冬には、「THE ROYAL EXPRESS ~SHIKOKU・SETOUCHI CRUISE TRAIN~」として四国方面を走行した。「THE ROYAL EXPRESS」はいわば「上下分離型の観光列車」として、走行可能な線路があればどこでも展開できる列車となった。その3例目が静岡方面の「THE ROYAL EXPRESS ~SHIZUOKA・FUJI CRUISE TRAIN~」ということになる。
フル編成の「THE ROYAL EXPRESS」が熱海駅から西へ
東急とJR東海がコラボレーションを行うきっかけは、東急新横浜線の開業だった。相鉄新横浜線・東急新横浜線の開業は、相模鉄道の都心乗入れ、首都圏の通勤ネットワーク拡大という意味で語られてきたが、開業が近づくにつれて「東海道新幹線の新横浜駅と連絡する」という利点も大きくなった。それまで東急電鉄とJR東海の路線に接点はなかった。
そこで、開業の約1カ月前から「東急線から新幹線へ」と題したプロモーションを展開した。この活動は東急電鉄とJR東海だけでなく、相模鉄道、JR西日本、阪急電鉄も参加し、ポスターやインターネット等で「東西の鉄道会社5社がつながる」ことをアピールした。その取りまとめを行った会社が、東急電鉄の親会社である東急だった。ここで東急とJR東海が結び付く。
東急は「THE ROYAL EXPRESS」を静岡県の伊豆半島東側の伊豆急行線で運行しており、すでにJR北海道とJR四国に遠征した実績もある。これをもとに、東急側が「熱海から西へ走らせてみたい」と申し入れた。JR東海側も快く受諾した。
両社による協議の中で設定されたルートが東海道本線だった。JR東海には他にも景色の良い路線があり、地域活性化がテーマであれば身延線や飯田線といった山間部の路線も捨てがたい。幹線でダイヤが過密な東海道本線のみという設定は意外に思えたが、東海道本線には観光面で最大のコンテンツがある。「富士山」だ。
山間部の路線は富士山に近くても、谷間を走るため、富士山を眺められる区間は少ない。東海道本線は富士山から遠いものの、いくつかの区間で富士山の姿をしっかり見届けられる。東海道新幹線から見る富士山はすぐに車窓から遠ざかってしまう。むしろ東海道本線のほうが富士山を大きく、長く楽しめる。しかも海があり、浜名湖もある。
東海道本線を行くもうひとつの理由として、「THE ROYAL EXPRESS」をフル編成、単独で走行可能であることも大きい。
JR北海道の運行ルートは交流電化区間と非電化区間だったから、直流区間用の「THE ROYAL EXPRESS」は自走できない。そこでディーゼル機関車の2両連結(重連)で牽引し、「THE ROYAL EXPRESS」を客車として使った。誤動作防止のため、わざわざパンタグラフも撤去した。照明等の車内設備に電源を供給すべく、JR東日本から電源車「マニ50」を譲り受けて連結した。電源容量の都合で8両編成のうち3両を抜き取り、5両となった。
JR四国の運行ルートは直流電化されていたが、トンネルが小さく、「THE ROYAL EXPRESS」にとってぎりぎりの車高だった。ここでもパンタグラフを撤去し、電気機関車で牽引することに。岡山~高松間はJR西日本のEF65形、四国内はJR貨物のEF210形「ECO-POWER 桃太郎」を使用した。貨物用機関車は客車に電源を供給できないため、ここでも電源車「マニ50」を連結。「THE ROYAL EXPRESS」は5両となった。
これらに対して、東海道本線はJR東日本・JR東海ともに直流電化区間で、車両のサイズも問題ない。ゆえに機関車は不要、電源車も不要となって、「THE ROYAL EXPRESS」は8両フル編成で自走できる。1号車と8号車の前に機関車なし・電源車なしとなったから、特徴的な展望車の景色を楽しめるようになった。
国内の利用者を想定したハイクラスな旅に
「THE ROYAL EXPRESS ~SHIZUOKA・FUJI CRUISE TRAIN~」の旅は金曜日に出発する3泊4日のパッケージで、出発日は11月8日、11月15日、11月22日、11月29日、12月6日、12月13日(計6回)。募集人員は15組まで、最大30名となっている。
1日目は横浜駅から旅がスタート。「THE ROYAL EXPRESS」のために設置された「THE ROYAL CAFE」でウェルカムセレモニーを行った後、横浜駅を11時50分頃に発車する。車内で提供される昼食は、伊豆高原の一軒家レストラン「エルマイヨン」のシェフ、稲本亘氏が担当。根府川駅付近で相模湾、沼津駅付近から富士山の車窓風景を望み、東田子の浦駅付近で駿河湾に近づく。富士川駅で列車は折り返し、再び駿河湾と富士山を見ながら三島駅へ。専用バスに乗り換え、宿泊施設へ向かう。
宿泊は2つの施設から選択できる。「おちあいろう」は伊豆半島中央部の湯ヶ島にある明治7年創業の高級温泉旅館。建物は登録有形文化財になっている。各部屋とも露天風呂または源泉かけ流しの内湯を備え、和室と洋室を選択できるという。「沼津倶楽部」は駿河湾に近い高級旅館。ミツワ石鹸の二代目三輪善兵衛が、約3,000坪の庭園「松石園」の中に建てた施設とのこと。2006年に財界有志の手で再興され、今日に至る。和モダンの客室はわずか8室。潮騒が聞こえる森の中にある。
2日目はバスで沼津駅へ。11時頃に「THE ROYAL EXPRESS」が沼津駅を発車し、西へ向かう。車内で提供される昼食は、浜松市の「鰻処 うな正」が担当する。焼津市のブランド「共水うなぎ」は大井川の伏流水を汲み上げて、天然うなぎのように約2年間も大切に育てられるという。
14時30分頃、浜名湖畔の新居町駅に到着。新居町は鎌倉時代から続く宿場があり、1600年に徳川家康が今切関所を置いた。後に江戸幕府によって、東海道の宿駅として新井宿が指定され、宿場町となって栄えたところである。今切関所は100年もの間、江戸幕府直轄の関所として最高の警備体制が敷かれた。関所は1869(明治2)年に廃止されたが、建物はその後も学校や町役場として使われ、現存する。現在は国指定特別史跡として保存され、新居関所資料館が併設されている。宿場町には紀州藩の御用宿だった「紀伊國屋資料館」もある。
2日目の宿泊施設は「KIARA リゾート&スパ浜名湖」。浜名湖を望む会員制リゾートホテルが「THE ROYAL EXPRESS」ツアーのために提供される。ヨーロピアンリゾートをテーマに、全客室が浜名湖に面し、湖畔の散歩道も整備されている。レストランは正統派フレンチコース、ブッフェスタイル、京懐石の3種類を用意している。
3日目はホテルからバスで浜松駅へ。11時頃に出発し、静岡駅到着は14時頃。車内で提供される昼食は、焼津にある創業60年の老舗「サスエ前田魚店」が担当する。5代目店主の前田尚毅氏は国内外の一流料理人から信頼されるプロの目利きだという。「THE ROYAL EXPRESS」では、前田氏と静岡を代表する6人のシェフが入れ替わりで料理を提供する。
静岡駅からバスで久能山東照宮へ。徳川家康の霊廟であり、江戸時代初期の建築物としても貴重な国宝である。敷地内に久能山東照宮博物館があり、徳川家康にまつわる刀剣や武具のほか、生活用品などの展示も。東照宮は久能山の中腹にあり、山頂の日本平からロープウェイで降りていく。
3日目の宿泊施設は「日本平ホテル」。1967年に開業した観光ホテルで、富士山を望む高級ホテルとして知られ、1974年に昭和天皇も宿泊された。現在の建物は2012年、静岡市の「日本平公園整備事業」を機に建て替えられた。客室の眼下に広大な庭園があり、その向こうに旧清水市街と三保の松原、駿河湾、それらを抱くように鎮座する富士山が見える。旅の最後の夜は富士山の夕景、夜景で締めくくる。
4日目はホテルからバスで静岡駅へ。11時頃に発車し、「THE ROYAL EXPRESS」は横浜駅に向けてひた走る。約3時間の走行中にランチタイムとなり、修善寺の「ギャラリーサロン羅漢」が担当。築170年を超える古民家を改装したレストランで、1日1組の完全予約制とのこと。ギャラリーは器と料理が作る景色を意味するのだろう。四季折々の風景の中で腕をふるってきた女将が、富士山を望む風景に合わせてどんな皿を見せてくれるか楽しみだ。横浜駅到着は15時頃。「THE ROYAL CAFE」でフェアウェルセレモニーが行われ、解散となる。
列車の運行ダイヤは非公開だが、東海道本線は旅客列車の運行本数が多い上に、貨物列車も行き交う。JR東海の高性能な電車たちに合わせ、走行速度は高めだという。ただし、旅客列車や貨物列車を先行させるため、長時間停車する駅もある。バイオリニストの大迫淳英氏が音旅演出家として「乗務」し、音楽で旅を盛り上げる。周回路ではなく、行ったり来たりの行程だが、料理と音楽、そして風景の変化が楽しめそうだ。
料金は宿泊施設や客室のグレードで異なる。2名1室利用で1名あたり75万~82万円。1名1室の場合は105万~114万8,000円。富士山を楽しむ最上級の列車旅がここにある。今回はおもに国内の利用者を対象にしているとのことだが、訪日観光客にとっても魅力的だろう。
「THE ROYAL EXPRESS ~SHIZUOKA・FUJI CRUISE TRAIN~」は、「THE ROYAL EXPRESS」にとって3番目の定番コースになるかもしれない。JR東海には他にも魅力的な路線がある。今後の新たな展開にも期待したい。