中学校で隣の席になった女の子・高木さんと、彼女に何かとからかわれる男の子・西片。そんな2人の爽やかな青春の日々を描いて、シリーズ累計1,200万部を突破している大人気コミックの10年後の物語を、永野芽郁×高橋文哉のコンビにより実写映画化した『からかい上手の高木さん』が公開中だ。

先んじて放送された、中学時代を描くドラマ版が好評を集め、映画版の口コミも上々だ。監督を務めたのは、『愛がなんだ』(2019年)のロングランヒットで一躍、新時代の恋愛映画の旗手となった今泉力哉。永野、高橋の印象や、撮影エピソードにはじまり、公開スタート後だからこそ話せるクライマックスシーンのこだわりなどを聞いた。

  • 今泉力哉監督 撮影:望月ふみ

『からかい上手の高木さん』10年後を描く、永野芽郁と高橋文哉で「よかった」

――10年後の高木さんと西片を、永野芽郁さんと高橋文哉さんが演じました。

高校生の役を20代の人がやるといったものではなく、中学生だった2人の年齢をきちんと大人に上げながら、それでもある種のピュアさを保てなければならない。「誰ができるのだろう?」というところから始まって、プロデューサーから永野さんと高橋さんの名前が出ました。作品でしかお二人を知らなかったので、最初にお会いするまでは正直、確信を持てない部分もありましたが、永野さんに会った瞬間「これは大丈夫だ」という安心感を得ました。

――それはどこから。

彼女の持っている明るさと空気ですかね。会った瞬間、カメラマンとも互いに言葉を介さずにして「大丈夫っすね」という空気になりました。高橋さんも、かっこいいんですけど、西片をやれそうだなと思いました。

――高橋さん本人は「普段はからかわれる立場になることはない」とコメントしてます。

そう。「永野さんの前でだけ、からかわれる側になっちゃう」と言ってましたよね。僕としてみれば意外です。この作品での2人しか知らないので。違う雰囲気の高橋さんを想像できないんですよ。確かに前田旺志郎さんや鈴木仁さんは「普段はこんな感じじゃない」と言っていて、どちらかというと引っ張っていくタイプらしいんです。永野さんがウワテすぎるんですかね(笑)。ただ原作の西片も、高木さんにはやられっぱなしですが、ほかの友達といる時にかわれているかと言うと、そうではないんですよね。そこも含め、永野さんと高橋さんで良かったと思います。

「顔が見えるワンカットを」“横並び”に感じる思い

――印象的なシーンがいくつもありました。プールでのやりとりや、そのあとの海沿いの道のシーンも。

プールでは、永野さんが泣くシーンではないのに泣いちゃって。技術や表面的な芝居ではなく、本当に心で演じないとそうはならない。結局、全体の流れとして「ここで涙は早いかも」ということもあって撮り直しましたけど、感動しましたし、とても嬉しかった。本編には残っていないですが、そういう瞬間に立ち会えるために映画を作っている部分もあるので。そのあとの、着替えてきた2人の「マネしないでよ」と言ったやりとりや、道を歩いているあたりから、一気に作品の空気が締まった気がします。緊張感が出てきたというか。恋愛の温度含め。本当は歩きながら「高木さん……いい人いるのかな。聞くんだ、俺! 彼氏がいるか聞くだけじゃないか!」とかいう結構コミカルな西片のナレーションを入れるつもりだったんです。

――そうなんですか!?

僕としては、この段階では少しコミカルにいった方がいいかなと思っていました。でも編集部や音の仕上げチームから「ナレーションは外した方がいい」と言われまして。それで外してみたら、沈黙を含め、高木さん側も西片を気にしている感じが見えて、探り合いの様子が深まって、「そうか」と僕も納得しました。終盤の長回しに向けてこのあたりはまだ軽めにしようと思っていたんですが、僕が考えていた以上にこの時点で空気が出来上がっていたんです。

――いまお話に出た終盤、まさに高木さんと西片が教室で並んで話す場面が素晴らしかったです。監督として「横並び」にはどんな思いがありますか?

教室の2人もそうですが、歩いている時も横並びですよね。今回特にいいと思ったのは、相手を見ずにしゃべれること。向かい合わないからこそ、ちょっとした視線のやりとりが効くし、本音を言うのが難しい時も、横並びだと言える。もっとちゃんと伝えたい時は、体ごと相手に向く。そういった差も描けて、やっぱり横並びはいいなと思いました。

あとは物理的に、2人とも正面を向いているので、ワンカットで両方の顔が見える絵を撮ることができる。そういう意味でも僕の監督作では昔から大事な場面は横並びが多いのかもしれません。カット割りしたくないんですよ。カット割り自体に作意を感じてしまって。そもそも映画ってフィクションだし、本来カットの積み重ねで構成されているものですけど、本当に大事な場面はできるだけ2人きりにしたい。撮れた素材をああだこうだといじりたくない。触れたくない(笑)。そういう静かな固定カメラ長回しの場面って、僕はピン送り1つでもカメラの存在を感じてしまうんです。でも、もちろん隠しカメラではああはならなくて。細かい演出は各部署がしてくれていまして、今回の終盤の教室の場面で言うと、校庭での野球部の音を少しずつ静かに、バレないように消していってます。なるべく2人きり、2人とお客さんだけにしたかったのです。

クライマックスの衣装は「白で」と

――教室での2人を物語のクライマックスに持っていくことは、最初から決めていたのですか?

そうですね。やっぱりあの席がいいなと。衣装を決める時にも、最初は長い場面になるし、山場だから、もうちょっと色味のある衣装のほうがいいんじゃないかという意見もありました。着まわしている中でも少しだけ特別な格好にするとか。でも自分としては、ここは上半身は2人とも白じゃないとダメだと思いました。学生の時に戻ったような格好にしたかったんです。高木さんのスカートも学生服に見えるチェック柄。衣装からも、中学生時代に戻った感じにしたかったし、2人が初めて本音で向き合う場所は、ここだと思いました。

――出来上がった作品を観て、監督も泣いたそうですね。

恥ずかしながら少しうるっとしました。高木さんと観客の全員が、「高木さんが西片を好きだ」と分かっている中、西片だけが気づいていない瞬間がありますよね。「私は好きな人いるよ」と言われて、西片が「俺?」となるまでのあの空気に、すごくグッときて、ピーク感にぞわぞわしました。あと、編集して仕上げをする中で「俳優さんって本当にすごいな」と思いましたね。このシーンの芝居は本当に繊細。

――現場ではなく、繋がったものを観て、改めて俳優さんのすごさを感じたのでしょうか。

そこまでの時間が蓄積されているから、あのシーンでのすごさがよりわかる。それこそドラマでの2人の関係も知ってますしね。僕は現場では冷静であろうとしているので、あまりその場で「すごい」とはなりません。感動したりする場面に直面しても、そりゃ目の前で、生で起こっていることですからね。そこから「スクリーンを通してもこれは感動できるのか?」「面白いのか?」ということをめちゃくちゃ考えています。

――撮影中の今泉監督は、最後の最後まで常に悩んでいると聞いていますが、現場で悩み続けているのは、冷静に見ているからこそなんですね。

監督がOKしたら終わりという意識があります。本当にOKなのか、もっと面白くできないか、ということをずっと考えてます。だから現場ではとても冷静なのですが、繋がったあの場面を観て、西片以外の全員が両思いと「知ってる」という空気にたまらなくグッときました。なんというか、「幸せな共犯関係」じゃないけど。ただ、思ったより一歩手間でグッときすぎて、そのあともうひと山押すことに迷いました。「あれ、もうここピークなんじゃない?」って(笑)

――もうひと山にもグッときました。すごく西片らしい感じがして。

よかったです。もう1個行きたいと思ったんですよね。お客さんが想像できるところの、その先というか。

――映画が公開中です。観た人がSNSにもたくさん感想をあげていますね。

嬉しいですね。めっちゃチェックしてます。昔と比べて大きな規模の作品も手掛けるようになりましたが、本当に幸運なことに、僕はやりたいことだけを選んでやっているんです。今も昔も、興味の持てないものは断っています。規模がどうのじゃなく、人間関係を見つめるものとして、興味が湧いた作品でないとできない。そうじゃないと面白くできないので、そこは絶対条件です。自分でもできた作品を楽しみたいですしね。この映画も多くの人に観てもらって、もっともっと広がってくれたらいいなと思います。

■今泉力哉監督
1981年2月1日生まれ、福島県出身。2010年『たまの映画』で長編映画監督デビュー。13年『サッドティー』が第26回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に出品される。19年『愛がなんだ』がロングランヒットとなり一躍人気監督に。新時代の恋愛映画の名手として支持される。近年の主な監督作に『あの頃。』『街の上で』(21年)、『窓辺にて』(22年)、『ちひろさん』『アンダーカレント』(23年)など。人気コミックを実写化した『からかい上手の高木さん』では、原作と同じ中学生時代の物語を監督したドラマ版が放送され、続けて主演・永野芽郁、共演・高橋文哉により10年後の物語が展開する映画版が公開中。

(C)2024映画『からかい上手の高木さん』製作委員会 (C)山本崇一朗/小学館