インターネットイニシアティブ(IIJ)といえば、電話会社に起源をもたない国内電気通信事業者の雄。そのIIJが、2024年4月から、千葉県白井市に68.5アールの圃場を借りて稲作を行っています。文字通り畑違いにも思えるIIJの稲作は、同社の技術によりスマート農業を推進し、現代の農業が抱えるさまざまな課題の解決を目的として行われています。
5月30日に、IIJおよび連携会社から笠井喜久雄市長をはじめとする白井市関係者にこの取り組みについて説明する会が開催されました。説明会では実際の圃場も見学することができたので、その模様をご紹介します。
IIJがデータセンターを置く白井市にはスマート農業の実証実験圃場もあった
千葉県白井市は、千葉ニュータウンの東側に位置し、東京のベッドタウンという性格をもちつつ、市面積の23%を畑が占めるなど農業も盛んな土地。中でも梨の栽培は「しろいの梨」としてブランド化もされています。
しかし会の冒頭にマイクをとった同市の笠井市長は、「近年、後継者不足が顕著で、不耕作地が増えている傾向にあります」と言います。農業従事者の高齢化や担い手不足は国全体で課題になっていますが、白井市もそれは同様というわけです。
IIJの今回の取り組みは、そういった課題をスマート農業によって解決しようという試みのひとつとなります。笠井市長は「こういった試みがここ白井市で行われることをうれしく思っています。これを契機に日本の農業が盛んになることを願っております」と、スマート農業への期待を語っていました。
IIJから説明にあたったのは、同社IoTビジネス事業部 アグリ事業推進部 副部長の花屋誠氏。同氏は元々ネットワークエンジニアとして活躍していましたが、2018年から同社のスマート農業チームに加わり、「IIJ社員の中でいちばん田んぼの中に入った回数がいちばん多い」と自負しているという人物です。
いまさら言うまでもなく、IIJは通信の会社です。したがってその農業への取り組みも、「通信によって何ができるのか」という視点からのものとなります。花屋氏はその具体的なポイントとして、「多地点計測」「多用途活用」「データの利活用」の3点を挙げます。
ポイントのひとつ目に挙げられた「多地点計測」というのは、多数のセンサーを設置してその情報をネットワーク上に送信し、監視・管理を行うということ。従来は、設置するセンサーひとつひとつにSIMを装着してクラウドにデータを送る“直接通信型”をとっていたため、センサーが増えるのに比例して通信コストが増大してしまっていました。
そこへIIJは“自営基地局型”という、複数のセンサーからいったん基地局にデータを送り、クラウドへの送信をその基地局からのみ行う構成を提案しています。センサーと基地局の間は無料の通信を利用するので、センサーが増えても(基地局との通信が可能な範囲であれば)通信コストは変わりません。センサーを増設すれば設置費用が必要なのはしかたありませんが、通信コストの増加を抑えられるというだけでも十分メリットは大きいようです。
そして「多用途活用」というのは、スマート農業用途のものだけでなく、防災や鳥獣害対策など、農村における様々なニーズに対応できるよう多種多様なセンサー/危機を活用することを意味します。従来型のスマート農業導入では、単一用途のセンサー/機器を農業者が個別に導入し、それぞれに通信手段を用意しなければなりませんでしたが、IIJが推奨する仕組みでは1台の基地局を通じてさまざまな機器が通信を行えるため、前述のとおり多様な機器を導入する際の負担が軽減されるわけです。
そうやって収集したデータも、活用しなければ意味がありません。そのデータ活用にあたっても、機器を個別に導入していたのではそれぞれのデータをもとに農業従事者が過去のデータと照らし合わせるなどして判断するほかありませんが、IIJはその分析基盤も提供し、行動判断もサポートすることを想定しています。こういった仕組みは、温暖化や線状降水帯の頻発などによって過去の経験では適切な判断が難しい局面の増えた現代の農業にはとくに有用なものになるでしょう。
白井市でのスマート農業促進や課題解決だけが狙いではない
こういったIIJのスマート農業への取り組みの中で、白井市における実証実験はどういった意味を持つのでしょうか。花屋氏は、この取り組みの主たる目的として、「白井市産業振興課様とともに白井市のスマート農業普及促進や課題解決を目指す」ということを挙げました。
しかし細かくみていくと、今回の取り組みにはたんなる白井市でのスマート農業促進というだけではない要素もあることがわかります。
IIJとしては、白井市という、東京から比較的近くてIIJ社員が足を運びやすい場所に実験圃場を設けることに意味があります。これは、IIJ社員が実際に農作業を経験することができ、説得力をもって課題解決にあたれるということにつながります。また、各種センサーの実証を行うに際して、現地に足を運んで状況を確認しながら、それを反映したデータを確認できるため、センサーの改良やシステムの構築がスムーズに進むというメリットがあります。
具体的な機器・システムの面では、今回の実証実験で試作機や市場投入前の製品の評価、水管理システムを提供する連携会社であるほくつうとのシステム連携についての検証を行うことになっています。
また、前述のように白井市にはIIJのデータセンターが置かれています。今回の実験圃場でメタンの排出を抑制してCo2クレジットを創出し、それを白井データセンターでのCo2排出にあてることでカーボンクレジットの地産地消を図るというという将来の目標もあるそうです。さらにこの取り組み全体が先進的なスマート農業の実証圃場として、白井市にとっては対外的なアピールにもつながります。こういった複数の狙いを含みつつ、今回の実証実験は進められています。
さまざまなセンサーとスマート農業システム「MITSUHA」
実証実験に設置されているシステムについても紹介がありました。今回は水田ということで、水田センサーや水位センサー、自動給水装置などが設定されています。大枠でいえば、水田センサー/水位センサーで水位や水温を計測し、自動給水装置を連動させて水位・水温を管理。カメラも設置されており、圃場の状況を確認できるようになっているそうです。今後設置予定となっている機材もいくつかあります。
センサーからのデータを受け、クラウドにアップロードするゲートウェイは、今回の実験圃場ではシステムの系統別に複数設置されています。メインとなるのはLoRaWANゲートウェイで、これはIIJが農業農村に適した通信規格として推奨している「LoRa(LoRaWAN)」を介してセンサーからデータを受け取るものになっています。
こういったセンサー類とゲートウェイ機器、およびその管理を行うアプリを含めたシステムが、IIJから提供される「MITSUHA」。現在の実験圃場も、「MITSUHA」のスマートフォンアプリを利用して、IIJ社員がリモートで管理しているそうです。
なお、先述の「LoRa」には、「LoRaWAN」と「Private LoRa」のふたつの規格があり、IIJは相互接続性を持つ「LoRaWAN」を、ほくつうはカスタマイズ性に優れた「Private LoRa」を採用しています。今回の実験圃場では、「LoRaWAN」と「Private LoRa」を同居させるという実験という意味もあるそうです。
ほくつうのスマート水管理システム「水まわりくん」
花屋氏に続いては、スマート水管理システム「水まわりくん(みまわりくん)」を提供しているほくつうから、同製品についての紹介がありました。「水まわりくん(みまわりくん)」シリーズにはパイプライン用のものと開水路用のものの2種類がありますが、今回使用しているのは開水路用の「水まわりゲートくん」。駆動装置(シリーズ共通)と開水路用の専用給水ゲートを組み合わせて利用します。
その機能は、指定の時間に指定の流量で自動給水を行うというもの。上限水位センサーを利用して、設定水位に到達したら自動で止水するという機能もあります。
両社の説明を受けて、白井市側からは「スマート農業の導入でコスト面の負担はどれくらいになるか」という質問がありました。コスト面については、IIJからそれぞれの機器の代金や通信費用などの説明がありましたが、現状ではスマート農業システムの導入コストがペイするのは難しいとのこと。ゲートウェイを防災など農業以外の用途にも利用することを想定してインフラとして整備し、農家にはセンサーだけ負担を求めるような仕組みがありえるのではないか、あるいは補助金などの施策を考えるべきでないかという回答でした。国もさまざまな補助金制度を用意しているようですので、スマート農業の導入にあたってはその活用を図っていくことになるのでしょう。労力的には、スマート農業の導入で従来の7~8割に作業時間を短縮できるということです。
センサーなどがあるのが通常の圃場との違い。不揃いな苗の列にIIJ社員の苦労が見える
2社のプレゼンテーションと質疑応答のあと、圃場に移動しての実地見学となりました。実験圃場は白井市の北部にあり、説明会の行われた白井市役所からは車に分乗して20分ほどの移動となりました。実験圃場は2カ所に分かれていますが、見学したのはそのうちのひとつです。
実験圃場には、他の圃場には見られないセンサーが設置されているのですぐにわかります。1枚の田んぼには、用水路からの取水口に給水装置が設けられており、取水口近くと排水口近くにセンサーが設置されていました。また別の田んぼには、取水口の給水装置とその近くのセンサーが設置されており、排水口側にはセンサーはありませんでした。
給水装置は自動開閉するのが基本ですが、手動での開閉も可能です。実際にゲートを開閉する様子も見せてもらいました。
今回の実証圃場は水田へのスマート農業導入の実験がメインですが、白井市の名産品である梨の果樹園のスマート農業導入についても取り組むビジョンがあるそうです。白井市からの発言にもあったように、農業の担い手不足は大きな問題。その環境を改善するスマート農業の発展は、今後の日本の大きなテーマになるのではないでしょうか。