少子化や教員の働き方改革のために、中学校・高校の部活動を地域で担う“地域移行”が進められている。そこで問題となるのが、活動が有償になることだ。経済的な負担があれば、ともすると参加できない子どもが出てくる。疑問を持ったある高校教師が、地元企業から出資を受け、サッカーユニホームに広告を掲載することで会費をゼロにすることに成功した。しかし、メリットはこの無償化だけではなかったのだ。どういうことなのか? 大阪府枚方市で「ナガオサッカースクール」を設立した、大阪府立長尾高校サッカー部顧問の尾島大樹氏に話を伺った。
スクールが地域と連携することで活性化につなげるナガオサッカースクールは、府立長尾高校を拠点とし、同校サッカー部を中心に活動するコミュニティだ。同校と近隣中学校の生徒が、無償で借りられるグラウンドでボールを追いかけ汗を流す。同校の教員がボランティアで教えるため指導費もかからない。これがいわゆる“部活動の地域移行”だが、普通の部活動と異なるのは、生徒たちのユニホームに、さまざまな企業のロゴが入っていること。
スポーツ庁がガイドラインを作り、中心に推し進めている“部活動の地域移行”は、実は地域にとっても学校にとってもハードルが高いと語るのは長尾高校サッカー部顧問の尾島氏だ。
「まず第1に場所。地域にとってはトイレや水分補給、休養場所など安全に活動できる良好な場所を確保するのが容易ではありません。そして、指導者をどうするのか。転勤や異動で継続的な指導が不可能になるというケースもある。そういった人的な問題に加え、小学校→中学校→高校と継続的な部活動をどうやって組織化していくかにも課題がありました」(尾島氏、以下同)
そこで尾島氏が考えたのが自身の勤務する長尾高校を拠点としたサッカーコミュニティを作ることだったのだ。
「学校なら安心・安全な場所を提供できますし、私以外にも指導者を集めて代わる代わる役割分担しながら指導すれば持続可能です。それを支えるのが地域の企業で、みなさんと連携を取りながらサッカーコミュニティを形成し、まちづくりをすることで地域活性化を目指すというのが大きな目的でした」
学校では学ぶことのできない実地の社会勉強も可能に尾島氏の言葉からもわかるように、ナガオサッカースクールは単に部活動の費用を広告費でまかなうことだけが目的なのではない。安心・安全な活動場所で、年代別カテゴリーを超え、長期間で選手を育成し、並行して指導者のスキルの向上も進めながら、ひいては地域の活性化につなげる。つまり、学校、地域、企業の3者がメリットを享受する大きなプロジェクトだと言うことができるだろう。さらに、通う子どもたちにとっては、サッカーをすることによる健康増進だけではなく、人間形成に関してもメリットがあるという。
「学校の先生方は、部活動を教育活動の一環として捉えています。授業などでは補いきれない人格形成の大事な部分を部活動で養えると考えているので、外部の力を借りる地域移行にはどうしても二の足を踏みがちなんです。その点でもナガオサッカースクールでは、学校教育の大きな目的である社会教育に重点を置いているので、理想的な形といえるんです」
サッカースクールで行われる社会教育とは、いったいどういうことなのか? まずは指導には年齢や学校の枠を越えた、さまざまな生徒たち、大人たちまでが加わる。普段接する機会がない人々とのふれあいがある。それはサッカーのグラウンド上だけにとどまらない。スポンサー企業のイベントや、地域の清掃活動にもボランティアとして参加し、学校では得られない経験を積むことができる。
「そういう活動をしていると、たとえば私が街を歩いていても“先生、こんにちは”と商店のご主人から声をかけられたり、生徒たちも帰り道にスポンサーになってくれているお米屋さんにふらっと立ち寄ってジュースを飲ませてもらっておしゃべりして過ごしたりなど、地域との繋がりができているのを日々感じます。またスクールでは、通ってくる中学生の親御さんが、下の小学生の子どもを連れてきたりすると、年上の子たちが“一緒にボールを蹴ろう”と誘ったりして、みんなで良いコミュニケーションを学べる場になっていますね」
尾島氏は、高校で生活指導を担当しているが、こうした地域との繋がりが学校ではカバーできない社会勉強にもなると語る。社会が人を育てるという意味からも、部活動を地域で運営するのは重要なことだろう。
スポンサー企業が求めるのは勝利ではなくお互いのWin尾島氏の話を聞いていると、何もかも良いことずくめのように思える。とはいえ、こんな場を作るためには先立つものが必要だ。つまり“資金”である。スポンサーとなって経済的な援助をしてくれる企業を、どのように見つけていったのだろうか。
「実は、私は長尾高校の前は工業高校で勤務していました。工業高校なので卒業するとすぐに企業で働く子が多かったんです。そこで企業と連携すれば、部活動の地域移行はきっと上手くいくに違いないと考えるようになりました。ただ、企業の協力を得るのは簡単ではなかったです。電話で連絡しても門前払いがほとんどでしたし、会って頂いて資料でいろいろ説明しても“なんで、うちがそんなことせなあかんねん”とか、“長尾高校は、母校でもなんでもないで”、“サッカーなんか知らん。俺は野球が好きなんや”とか。スポンサー探しでは、本当に苦労しましたね」
そんな尾島氏の話をきちんと聞き、最初のスポンサーとなってくれたのが、先ほど話に出た、生徒たちが集まりジュースを飲んでおしゃべりをするお米屋さん、平井米穀店だった。
「たまたま出会ってスポンサーになっていただいた方なんですが、大きな人脈を持っていて、店に飾っているユニホームに興味を持った方をいろいろご紹介いただいたり、熊本のお米を仕入れていた関係からイベントに“くまモン”を呼んでもらったり、ここからはスポンサー企業がずいぶん増えました」
企業がスポンサーになるメリットと言えば、ユニホームに企業のロゴを入れてもらうことによる宣伝効果だ。そのためにはチームが強く、勝って露出が多くなることが一番だ。しかし、ナガオサッカースクールは“勝ち”を第一目標とは考えていない。
「スクールのSNSなどに寄せられるコメントの中には、“弱いくせにスポンサーがついているのはなぜですか?”という意見もあります(笑)。勘違いしていただきたくないのですが、私たちは、勝てる環境を整えるためにスポンサーを集めているわけではありません。そして企業も、もちろん勝てば喜んでくれますが、一番の目的は学校と生徒、住民、みんなで連携して地域を盛り上げていくことにあって、そのために援助をしてくれているんです」
企業との連携の形はさまざまだ。スクールに通う子どもたちは、運動を数値化するウエラブルセンサーを制作しているメーカーがスポンサーになってからは、そのセンサーをスクールに導入してデータ提供に協力している。これは、スクールとスポンサー企業がともにWin-Winの関係の典型と言えるだろう。勝利至上主義によるスポンサーの募集ではなかったのだ。
学校を越えて運営される持続可能な部活動とは?ナガオサッカースクールに場所を提供している学校は、このプロジェクトによってどのようなメリットを享受しているのだろうか? 大阪府の公立高校は3年連続で入学者が定員割れを起こすと統廃合の対象とされるのだそう。長尾高校は、スクール設立前、定員を40人ほど割っていた。それがスクール設立後徐々に改善している。
「どうしたら定員割れしない学校の魅力を作れるだろうか。私は、地域に寄り添って、地域が応援する地域密着型の面白い学校をつくらなければならないと考えました。その点でもナガオサッカースクールは、地域の人にとって魅力を感じられるものになっていると思います。学校も、場所を提供することによって自身も救われることになったわけで、人も学校も地域も、そして企業もみながWinできるようになったのです」
尾島氏は公立校の教員だ。必然的にいつかは転勤しなければならないときが来る。ナガオサッカースクールで重要な役割を担う尾島氏がいなくなったら、この仕組みはどうなるのだろうか?
「それも周囲からいろいろ言われました。しかし、これから部活動の地域移行はどんどん進むでしょう。教師が部活動を指導する時代は遅かれ早かれなくなります。そうしたら私は、転勤した先の高校で朝8時から夕方5時までは通常の教師をやります。それ以降は、ナガオサッカースクールに来て活動をする。もちろん毎日は無理かもしれないので、他の指導者と分業すれば続けられます。これが私の考える持続可能な形なんです」
ナガオサッカースクールでのサッカーの練習は1回90分なのだそう。それ以外の時間をどう使うかは“自分たちで考えるように”と教えているという。そんな自主性、自立心を養うのにも、このサッカースクールの仕組みは有効であるようだ。誰もが平等に学ぶチャンスを与えられ、自主的に学び、それを地域が応援して活性化につなげる“ナガオサッカースクール”という持続可能なシステムには、さまざまな重要なキーワードが含まれている。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供: 尾島大樹