日本の子どもたちの体力・運動能力は、1985年をピークに右肩下がりとなり、その改善が喫緊の課題となっている。この課題に「あそび」という切り口からアプローチをしたのが、スポーツメーカー・ミズノの書籍『すべての未来は あそびからはじまる。』だ。そこで、この本の編集に携わった、ミズノ株式会社の上向井千佳子さんに、子どもの健全な身体の発育に繋がるという「あそび」についてお話を伺った。最後に、ミズノが開発した自宅ですぐにできる「運動あそび」を2つ紹介してもらったので、ぜひお子さんと一緒にやってみてほしい。
子どもの体力は予想以上に低下している!?スポーツメーカーであるミズノが、なぜ『すべての未来は あそびからはじまる。』という書籍を出すことになったのか。その大きな理由のひとつが子どもたちの深刻な体力不足、運動能力の低下にあったという。同書の冒頭にはこんな数字が紹介されている。
たとえば、ボール投げの平均は、男児で34メートル、女児で20.5メートルでした(1985年)。それが、現代の測定結果は、男児の平均が20.6メートル、女児が13.3メートル! かなり低下していることがわかります。――『すべての未来は あそびからはじまる。』(青春出版社)よりボール投げだけでなく、持久力や握力など全般的に数字は右肩下がりになっている。
「原因はいくつかあると思いますが、昔は学校が終わると子どもたちが集まって外で体を動かして遊ぶのが普通でした。今は公園ではボール遊びが出来ないなど、子どもたちが遊べる場所が減ったこと。また、ゲームなどの普及で遊び方が変わったこと。子どもたちの親が、そもそも外で体を動かすような遊びをしてこなかった世代になってきているということもあると思います」
と、話すのはミズノ株式会社のグローバル研究開発部サービス研究開発課主席研究員の上向井千佳子さん。運動やスポーツ以前の、もっと原始的な「あそび」の時間が減ったことが原因だというのだ。
体力・運動能力がそこまでなくても、他に得意なことがあれば問題ない?しかし、そもそも体力や運動能力が低下することは、いけないことなのだろうか? 運動ができなくても、勉強やその他の得意なことがあれば問題ないのでは?
「この書籍の監修をしてくださった、山梨大学の中村和彦学長に教えていただいたのですが、活動量が増えると、お腹がすくのできちんとご飯を食べられる。さらに疲れて夜になればすぐ眠れるので、朝も爽やかに起きて、朝食をとることができる。体を動かすことで、子どもの成長期に必要な健やかな日常を送ることができるそうです」(上向井さん)
また、最近では小児肥満の子どもも増えているそうで、これも体を動かす時間が減っていることが原因のひとつと考えられる。
もう一つの原因は、苦手意識。スポーツ庁が行った「令和3年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査結果」で、「運動(体を動かす遊びをふくむ)やスポーツをすることは好きですか」という質問に「やや嫌い」または「嫌い」と答えた小学生の理由のうち、もっとも多かったのは「体育の授業でうまくできない」、ついで「小学校入学前から体を動かすことが苦手」となっている。つまり苦手意識が子どもたちを体を動かすことから遠ざけ、さらに運動が苦手になるという悪循環が起きていると考えられる。
正しい運動・スポーツよりも「あそび」から始めようミズノが開催している「ミズノマルチスポーツ“MISPO!”」で、オリジナルの道具を使って体を動かす子どもたちそこでミズノが注目したのが「あそび」だ。書籍の監修者である中村氏は「あそび」の重要性について以下のように記している。
大切なポイントは、この時期の子どもたち(筆者注:小学校1~2年生)にとっての運動は、楽しく体を動かす「あそび」が中心であることです。思い切り体を動かして遊ぶことで、学びに向かうための「認知的な発達」、コミュニケーションの基盤となる「情緒や社会の発達」、動作の習得など「体力・運動能力の発達」が促進され、さらにこれらの発達によって、子どもたちにとって非常に大切な「生きる力」が生まれます。――『すべての未来は あそびからはじまる。』(青春出版社)より「あそび」は、子どもたちの身体だけでなく、将来必要になるであろう、さまざまな能力を育むために、とても重要なことなのだ。
では、具体的にどのような「あそび」をするのが望ましいのだろうか。ミズノでは幼少期に身につけたい36の動きを取り入れた「運動あそびプログラム」を開発し、子どもたちが楽しく遊びながら運動能力を向上させるといった活動をしている。その際に重要なのは、大人が正解を教えないことなのだそうだ。
「大切なのは子どもをいかに主体にして考えるかです。たとえば野球教室では、ボールを投げる時はこうして構えて、足を上げてから一歩踏み出して、などと大人が投げ方をすべて教えてしまう。確かに技能は向上するかもしれませんが、せっかくボールを投げようとしたのに、そうじゃないと否定されたり、左利きの子は右手で投げるように強制されたりすると、子ども自身は楽しくないと思ってしまうんですね。ミズノが行っている運動プログラムではそうした指導はしません。ボールをどう投げようと、ラケットをどう持とうと、矯正はしません」(上向井さん)
ミズノでは小学校1、2、3年生を対象に、「運動あそびプログラム」を活用した「ミズノマルチスポーツ“MISPO!”」という教室を開催している。そこではテニスや野球、バレー、サッカーなどさまざまなスポーツが体験できるのだが、指導する大人は、いわゆる正しいバットの持ち方、ボールの投げ方などは教えない。ではどうするのか? 大人は教えず、子ども自身に学ばせるのだ。
「子どもが10人いたら、中には上手にボールを投げられる子、打てる子がいます。子どもたちは、それを見て自分で学んでいきます。たとえば野球をやった場合、●●ちゃんは、こうやってバットを振っているなと自分の中で情報を処理して、次に自分の順番が回ってきたときに真似をして、いつしかちゃんとバットを振るようになる。あるいは、上手く打てる子を呼んで『さっき、綺麗にボールを打ってたけど、どうやるの?』と、みんなの前で聞いてみます。その答えを聞いた子たちは、それを自分の中で処理して試してみるんですね。あくまでも主体は子どもたちで、大人ではないんです」
あそびだからこそ、規律よりも楽しむことを重視ミズノが開催するイベントで楽しみながら体を動かす子どもたちまた、一般的なスポーツ教室では、指導者の話を聞くときに整列させ、正しい姿勢をとるよう指導するが、これも時と場合によるという。
「学校の体育の場合は教育なので整列や点呼など、規律がとても重要視されます。確かにそれも大切ですが、体力や運動能力を向上させることが目的ならば、規律は必要ありません。私たちのような企業が行うスポーツ教室や運動遊びプログラムは、並ばせることが目的ではありません。それよりも、決められた時間の中でどれだけ子どもたちが体を動かせるかを重視しています」
実際、「ミズノマルチスポーツ“MISPO!”」を見学させていただいたのだが、中には体育館の床に寝っ転がったまま話を聞いている子もいた。しかし、ひとたび体を動かし始めると夢中で楽しそうにしているのだ。しかも、ボールを投げるフォームは小学校低学年とは思えないほど、かなりしっかりしていた。
「指導者が主体になると指導者が熱弁をふるう時間が長くなり、その間、子どもたちの動きは止まってしまいます。そうではなく、子どもたちが限られた時間の中でいかに考え、どれだけ長い時間体を動かせるか。それを繰り返すことで、子どもたちの能力は伸びていくと思います」
やってみよう!家庭でもできる「運動あそび」最後に、『すべての未来は あそびからはじまる。』に掲載されている複数の「運動あそび」の中から、小さな子どもでも楽しく家庭でできるものを2つ紹介していただいた。
【ひらひらキャッチ】
用意するもの:フェイスタオルかTシャツ
主な動き:投げる 取る
(1)フェイスタオルかTシャツを自分で上に投げて、キャッチします。まず、両手でキャッチ、そして片手でキャッチしてみましょう。
(2)次に頭や背中でもキャッチしてみます。
(3)片方の太ももを上げてキャッチしたり、片足をあげて足の甲でキャッチしたりします。
(4)大人になげてもらってキャッチしてもOKです。
【段ボール積み木~めちゃ投げ】
用意するもの:段ボール2~3個、ガムテープ、新聞紙
主な動き:積む 投げる 当てる
(1)段ボール2~3個は開け口をガムテープで閉じ、お子さんが積み重ねます。
(2)次に新聞紙を小さく丸めてボール状にします。いくつ作ってもOKです。
(3)準備ができたら、新聞紙ボールを思いっきり投げて、積み重ねた段ボールにぶつけ、箱を落とします。段ボール箱が落とせるようになってきたら、何秒で落とせるかを親子で競うと盛り上がります。
気をつけたいのは大人が、新聞紙ボールの投げ方を教えないこと。最初は新聞紙を丸めるのも上手にできないかもしれない。しかし、何度も繰り返すうちに、丸め方、投げ方、段ボールの積み方などを、どうすれば上手くいくかを子どもたちは自然に身につけるそうだ。段ボールを落とすことだけが目的ではなく、自分で考える力を身につけ、体を動かすことを楽しいと感じさせることが重要なので、大人は口出ししたくても我慢が重要。
欧米には、子どもがあそびの場でイキイキとあそべるような環境づくりをする「プレイリーダー」という人たちがいる。ミズノでは理論と実技演習の両面を取り入れた「ミズノプレイリーダーライセンス」というオリジナル等級制度を設け、プレイリーダーを育成している。このライセンスにはプレイリーダーが守るべき約束ごとが4つある。
(1)手取り足取り教えない…大人がやり方を細かく教えない (2)笛を吹かない…命令に従わせて、子どもを無理矢理動かさない (3)優劣をつけない…できたことに注目し、できなくても怒らない (4)並ばせない…体を動かすことを優先し、説明も短くするこれと全く逆のことをしている親や指導者もいるのではないだろうか。子どもが持っている力を伸ばしたいならば、まずは大人が変わるべきなのかもしれない。
<参考書籍>
『すべての未来はあそびからはじまる。』/(青春出版社)
著:ミズノ株式会社 監修:国立大学法人山梨大学学長 中村和彦
「あそび=最高のスポーツである」! をキーワードに100年以上スポーツに向き合ってきたミズノが、その叡智を結集した1冊。現代の子どもが抱える運動不足や、集中力低下、コミュニケーション能力不足などを救うメソッドをすべて解説。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:ミズノ株式会社
イラスト提供:青春出版社
イラスト:カガワカオリ