今まさに欲しい人材が獲得できるように

熊本県上益城郡益城町で約3ヘクタールのハウスでベビーリーフの生産を行っている「株式会社みっちゃん工房」。現在はパート5名、外国人労働者6名、正社員8名を雇用している。

従業員のほとんどが女性で、20代〜30代といった若い世代が多い。正社員のほとんどが県外から就職したというから驚きだ。

袋詰め作業をする20代前半の従業員

農業をはじめ、多くの業界で人手不足が切実な問題となっている中、なぜ若者達が集まってくるのか。それはずばり、充実した福利厚生が大きな要因となっているようだ。

みっちゃん工房では、農閑期の長期休暇はもちろん、農業法人では珍しく完全週休2日制を導入。給与面では住居手当や通勤手当、残業手当を用意しており、産休や育休、介護休暇や子どもの看護休暇、さらにはパパ向けの育休制度なども充実しており、取材時も2名の従業員が産休中だった。

正社員だけでなくパート雇用に対しても、育休や退職金といった福利厚生をつけているのだという。
本来、農業であれば週休を取る義務はなく、隔週での休みや農閑期にまとめて休暇を取るケースが多い。

光永さんは「農業だからといって一般企業のように福利厚生を導入できないわけではないから、できる限りそうしている」と意図を説明する。これらのかいもあり、みっちゃん工房は求人への応募も多く、直近過去3カ月で6〜7名は面接をしたとのこと。

福利厚生を充実させる前までは「来てくれるだけで誰でもいい、頭を下げてでも働いて欲しい」という状況だったが、現在は優秀さや、社風にあうかどうかで人材を選ぶことができるようになった。

社員が若い世代で構成されていることで、次世代の指導者や後継者としての成長を見込めることも、会社の発展として重要なことだ。

「投資として福利厚生にコストをかけたことは決して間違いではなかったと確信している」(光永さん)

農業においての福利厚生のハードル

福利厚生や雇用条件を充実させることは、当然コストがかかってくる上に、農業という業態においては難しい部分もある。

繁忙期はどれだけ人がいても作業が追いつかない場面がよく見られる農業において、産休や育休で一次的に人手が減ってしまうのはかなりの痛手だ。決して大きくない農業法人がここまでのことをやるのはかなり高いハードルである。

「うちも正直、少しでもやり方が違ったら倒産していたかもしれません」と光永さん。それでも働き方改革に踏み切ったのにはどんな背景があったのだろうか。

光永さんが就農したのは約20年前。
両親は個人で農業をしており、当時はスイカを生産していた。
光永さんは学校を卒業後、一般企業に就職。他の2人の姉妹も農業とは関わりのない仕事をしていた。

当時、光永さんは契約社員として働いていたが、毎日のようにサービス残業を強いられる激務。当然、職場の雰囲気も決していいものではなく「一体なんのために働いているんだろう?」、「いつまで契約が続くのだろう」という先の見えない不安に襲われる日々だった。

そのような日々を送っていた時、実家では父と一緒に農作業をしていた母が他界し、父親1人で農業をすることとなった。そんなさなか、父の元に東京の会社から「ベビーリーフを生産して欲しい」という依頼があった。これをきっかけに、「ベビーリーフだったら女性でも働きやすそうだし、もしかしたら娘がやってくれるかもしれない」と考えた父は、ベビーリーフ栽培に切り替える判断をしていた。

ベビーリーフのハウス

その後、「農業を1人で続けていくことが難しい。手伝ってもらえないか」と父から相談されたことをきっかけに農業を継ぐ決意を固めた光永さん。姉と妹を誘い、三姉妹で家業を引き継ぐこととなった。

この時、現在のような同社の福利厚生などは無かった。導入のきっかけはある1人のパートが妊娠をしたことだったという。今から約14年ほど前のことだ。

「当時は妊娠したら仕事を辞めるというような風潮が主流でしたが、その方はとても仕事を頑張ってくれて能力もある方だったので、会社としても辞めてほしくないという気持ちが強くありました」と光永さん。

そこで調べてみたところ、パートでも産休を取ることができるという制度を知り「うちとしてもまた働いて欲しいから、こういった制度をとってみないか」と話を持ちかけた。産休を終え、再び会社に戻ってきてくれたその従業員は「産休があって本当に助かった」と話し、より一層懸命に働いてくれるようになったそうだ。

もちろん、こうした制度を活用して間もないころは、産休や育休で人手が足りない分、家族総出で作業をカバーし合ったりと、なかなかに大変な日々が続いた。

しかし、休みを取った従業員は例外なく会社に戻っており、より一層励んでくれるようになったおかげでだんだんと人数の確保や作業効率の安定がとれていった。

「頑張ってくれる人に手厚くしてあげたい」。純粋にそう思えたことをきっかけに、みっちゃん工房ではどんどん福利厚生が充実していった。福利厚生はただの人材確保や求人応募のための餌ではなく、仕事を頑張ったからこそ得られた権利なのだと、従業員も理解してくれた。

だからこそ復帰後も、自主的に一生懸命業務に従事してもらえるようになり、それがだんだんと収益にもつながっていったのだという。

一人一人が優秀な従業員を育てていく

みっちゃん工房では、年に一度の決算報告会で全従業員へ売り上げや経費、現在の現金有高まで赤裸々に包み隠さず話すのだという。

「売り上げに対し、人件費を抑えられたら給料アップだよ!」という旨を伝え「だったら残業はなるべくできないよね」、「どうすればもっと効率化できるのか?」と一人一人に考えてもらっています。単に「雇用している、されている」の枠を超え、会社の人間として一緒に売り上げを作っている存在だということが意識付けられて自分たちで考えて行動するということが習慣付いていったという。

「週休二日なかったら『明日やればいいや』って思うけど、明日から二日も休みってなったら『じゃあ今日中にどうやって終わらせるか』って考えなくちゃいけない。それを私たちももちろん考えるけど、従業員一人一人が考えて動いてくれています。本当に感動してます」(光永さん)

作業する女性従業員

就農当時は圃場や工場などは必ず三姉妹の誰かがいなければ作業が回らなかったが、今では一人一人が率先して考えて動いてくれることによって、自分たちがいなくとも任せられる部分が増えてきたという。

「一緒に頑張ろう! 一緒に良くしていこう!」と声をかけられて育った先輩従業員が、新しく入った従業員にそのスピリットを自然と受け継いでいく。

「人は情熱でしか動いてくれない」と光永さん。充実した手当やゆとりのある働き方はもちろんだが、従業員を信頼したり手厚く評価することにこそ“優秀な従業員”の育成につながっているのかもしれない。

従業員の人生もともに考える

現在の従業員も含め、みっちゃん工房の求人に応募する若い世代は「就農したい」という人材がほとんどだという。

大阪から就職した従業員の一人が「農業をやりたい人はきっといっぱいいると思う。だけど待遇面が不安で一歩踏み出せないのではないか」と話してくれたことを聞き、光永さん自身、自分もかつてそうだったことを思い出したと話す。

「派遣社員の頃は先が見えない不安でいっぱいでした。いつまで続くんだろう、とか。もし結婚とか出産ってなったらどうなるんだろうとか。自分もそうだったから若い子たちの気持ちも理解できるんです。子どもを産んでもまた戻って働ける、子どもがいても介護があっても休みがもらえる。そうやって何があっても安心だっていう先の見通しが立つと、人生設計がしやすいですよね」

実際に、パパ向けの育休が取れるという制度に引かれ「結婚したいと思っているので育休はありがたい」と入社した男性社員もいるそうだ。

「農業だからどうとかっていうことよりも、シンプルに待遇なんじゃないかなと思います。職種がどうとかいうよりも、働きやすいとか相談がしやすいとかそういうことで(就職先を)選んでいる人は多い気がします。ちゃんと生活ができる程度の給料はもちろん必須だし、それはどんな仕事でも大切なことですよね」

今後の展望を尋ねた。

「昔は、経営者として規模拡大して売り上げ伸ばします!って感じでしたが、若い子たちがたくさん入ってくれて、その子たちと向き合ううちに考え方が変わってきました。若い子たちの夢を一緒に実現させていけたらいいなって思っています。本当に若い世代が考えていることって、パワフルで可能性にあふれているんですよ。そういう彼らの夢が実現できるように私たちも動いていけたらと思うんです」

光永さん姉妹と従業員たち

一生懸命働いてもらうことを望むのであれば、経営者側も努力する必要がある。
それは働きやすい環境を作るのはもちろんのこと、従業員一人一人の人生に寄り添うことなのかもしれない。