2023年、世界経済フォーラムが発表した日本のジェンダーギャップ指数の順位は146カ国中125位。経済分野におけるその主な要因は、女性管理職割合の低さや男女間の所得格差だとされている。中でも、IT業界の女性管理職比率は7.6%(※1)と日本全体の12.7%(※2)と比較しても深刻な状況だ(2022年度)。

  • bgrass代表取締役 だむは氏(本名:咸多栄)

2022年に創業されたbgrassは、そんなIT業界のジェンダーギャップをテクノロジーによって解消することを目指している。同社は、女性ITエンジニア向け転職サービス「WAKE Career(ウエイクキャリア)」(旧Waveleap)を運営。今回は同サービスをはじめ、その背景にある想いを代表取締役であり自身もエンジニアとして活躍してきた、だむは氏(本名:咸多栄氏)に聞いた。

女性エンジニア増加中! そのワケとは?

実はエンジニアって女性も働きやすい職業なんです――。

意外な言葉だった。エンジニアといえば、IT業界の3K(きつい・帰れない・給料が安い)と言われ、男性イメージが強かった。だが、近年そのイメージは薄れつつあるそうで、女性が働きやすい理由をだむは氏は次のように語った。

「悲しいですが、日本では未だ家事育児が女性に偏ってしまっています。その状況下では、女性にとって柔軟な働き方ができるリモートワークは重要になってきます。そのリモートワークが、コロナ禍を経てより一層IT業界では普及しました。また、男性と女性の賃金格差が少ないのに加え、一度技術を身に着けてしまいさえすれば、キャリアが止まったとしても戻りやすいのです」

およそこの10年で女性エンジニアは10%以上増加(※3)、転職は6倍以上に伸長した(※4)。

企業も女性エンジニアを求めている

一方、企業側も女性エンジニアを求めているという。

その理由として挙げられるのは、労働不足の問題だ。男性が8割を超えるIT業界においてエンジニア不足は喫緊の課題。このままの現状でいくと2030年には80万人不足するとの見立てもあり(※5)、企業や業界の発展を支える上で女性は貴重な労働力だ。

また、チームの多様性という面から見ると、チームや経営層が多様な場合、イノベーションが起きやすいこと(※6)や新製品開発につながりやすいこと(※7)などがデータからもわかっている。チームが成果を上げ、創造性を高めるために女性比率向上は欠かせないという。

そのほかにもアマゾンのAI採用ツールを例に挙げ、多様性を活かしたプロダクトづくりの重要性を説明する。

2018年にロイターが報じた内容によると、ツール開発時、採用すべき人材の学習に使用した履歴書の大半が男性となっており、その結果、AIが女性に対して好意的ではない評価を下すようになってしまった。特定の項目についてはプログラム修正したものの、別の差別をもたらす可能性がないとは言いきれないとし、同社はこのプロジェクトを中止した。

技術革新が加速する中で、作り手がさまざまな視点から物事を考え、チューニングをし、正しい方向へ導いていくことは不可欠。そのために多様性は重要になってくるとだむは氏は主張する。

一方で、女性が多ければ良いというわけではない。現在、チームメンバーが全員女性で同質性が高い状況にあるというbgrass。この状況に彼女は次のような危機感を吐露した。

「今初めてマジョリティを経験してるんです。同質性が高いから、無意識に女性の方が働きやすいって思っているんです。じゃあ女性だけのチームでいいのかと言ったら、非常にリスクを感じています。商談相手や使ってもらう企業は男性も多いんです。きちんとマイノリティに対して説明をしなきゃいけないのに、女性が多い状況だとその感覚がまひしてしまう。すごく危険だなと思っていて。だから早めにこのバランスを整えていきたいです」

"バランス"という言葉を多用しながら、あくまで重要なのは多様な価値観が存在する社会であることを強調した。では、どんなプロダクトを通してジェンダーギャップを解消していくのだろう。

転職サービス「WAKE Career」で多様性のある社会を

「同質性の高い企業はダサくて、多様性のある企業はイケてるっていう時代をWAKE Careerがつくれると思っています」

そう表現した同社の主軸サービスである「WAKE Career(旧Waveleap)」は、2023年7月より提供開始した女性ITエンジニア向けの転職サービスだ。特徴は、利用企業と女性求職者が「活躍のしやすさ」「働きやすさ」を軸にマッチングされること。

  • 女性・ITエンジニアのためのハイスキル転職サービス「WAKE Career」

企業は同サービスへ登録する際、グローバルスタンダードであるジェンダースコアカードWEPsをもとに独自開発された「サステナブル職場診断」を受診する。項目の中には、「安全な職場」「サステナブル取組姿勢」「エンジニア組織のジェンダーバランス」などがあり、職場環境がどのような状態にあるかがわかる。

この診断を受け、一定の指標をクリアした企業のみ求人情報の掲載が可能となっている。女性求職者側は、ジェンダーダイバーシティ推進企業を見つけることができ、企業はダイバーシティ推進と採用活動が同時にかなうといった仕組みだ。

  • 「サステナブル職場診断」結果ページのイメージ

でも、わざわざ女性に特化する必要はあったのだろうか。だむは氏に率直な疑問をぶつけてみた。

「女性のキャリアや転職活動において、バイアスや格差による影響はかなり大きいと感じています。女性は自信がない傾向にあり、面接などでも不安気に話してしまうことで、本来の実力よりも評価されづらいことがあります。また、子どもを持つ女性求職者は、実力よりも子どもがいることにフォーカスして質問されることも。そのような女性たちが、安心して転職活動ができる場をWAKE Careerによって提供したいのです」

毎月のインタビューを通して求職者からのリアルな体験談をヒアリングするのに加え、次のようなデータもあると説明する。

「採用スカウトを送るとき、アイコンや名前でおおよそ女性か男性がわかると思います。すると、女性らしき人の方が13パーセント以上クリックされづらいというLinkedInの調査データがあるんです。女性のほうがスカウトを受けづらい状況にあるということがわかっています」

続けて、2023年にメルカリが発表した"説明できない男女の賃金格差"を一例に「給与格差の再生産」にも触れた。メルカリによると、同社の平均賃金は男女で37.5%の格差があったのに加え、同じ職種・等級(グレード)の男女でも7%の差が生じていたと発表。要因は入社時点の年収にすでに男女差があり、それが入社後も続いていたというものだ。

多数のデータや求職者の声から見えるジェンダーバイアス、これを解消していきたいとの想いから同サービスは女性ITエンジニアを対象に始まった。

ダイバーシティ推進企業の取り組みとは?

では、ダイバーシティが進んでいる企業はどんな取り組みをしているのだろう。

1つは母集団の形成、2つ目は意識改革のためのポジティブアクションの2軸に分けられるという。

1つ目の母集団形成について、「さすがに学生から増やすのは難しいですが、エンジニア経験が3年程度のジュニアクラスでもポテンシャルがあれば育成し、その母集団を少しずつ増やしていく取り組みを(進んでいる企業は)行っています」と説明。

そのほか、「会社立ち上げの段階で、女性が1人でも2人でもいれば、組織が大きくなっても女性比率が高い傾向にあります。逆に0人でスタートすると、30~50人規模になっても女性0~1人しかいないといった傾向はありますね」と起業段階の男女比率についても触れた。

では、2つ目のポジティブアクションを行っている企業とは?

「女性を管理職やリーダークラスへ積極的に引き上げる取り組みをしています。母集団形成とあわせてこれができているところは、女性エンジニアが4割~5割となっている企業もありました」

ともすると、女性たちのマインドセットも重要になってくるはず。昇進などを避けたい女性たちに対しては、どのようなアクションをとればいいのだろう。

「例えば、昇進の際、女性には3回打診するという企業もあります。女性のジェンダーバイアスとか、インポスター症候群(実績・実力があっても自信が持てずに自分を過小評価してしまうこと)になりやすいことを理解して動いています。ほかにも、20代のうちに成功体験を積ませる取り組みも。若いうちに成功体験を積んでおけば、産休・育休後などもチャレンジしやすいのです」

また、昇進意欲については決して女性だけの問題としてとらえてはいけない、とだむは氏。その背景にある理由を、きちんと理解する必要があると指摘する。男性が管理職になる前提の働き方(長時間労働)になっていないかをはじめ、会社の仕組みや組織風土を見直す必要性があるとした。

今後の展望は?

最後はだむは氏に今後の展望を尋ねてみた。

「今までなぜ女性活躍が進まなかったのか、それはテクノロジーやデータ利用がうまくできていなかったところにあると思います。WAKE Careerは、データやファクトをもとに、テクノロジーによってジェンダーバイアスが解決できる、ダイバーシティが推進できることを証明していきたいです」

ジェンダーギャップ解消、その道は決して平坦ではないだろう。そのことを理解しながらも彼女は次のように語った。

「ジェンダーギャップ解消って200年かかると言われています。私たちの世代では、200年を0にはできないってわかっているんです。じゃあ、何をするかというと、この200年をいかに縮めるかが私たちの役割だと思っています。いかにいい形で次の世代にバトンを渡せるか、それが私たちの目指すところ。私たちも上の世代からバトンを渡されてるので、これを次の世代に渡していきます。やりたいというか、やらねばならぬと思っていますね」

そう話す彼女の顔は凛々しく、そしてどこか輝いていた。

(※1・3)参考:情報サービス産業 基本統計調査
(※2)参考:厚生労働省 令和4年度雇用均等基本調査
(※4)参考:STEM領域における女性エンジニアの転職動向と働き続けるためのポイント『リクルートエージェント』データ分析より
(※5)参考:みずほ情報総研 IT人材需給に関する調査
(※6)参考:Boston Consulting Group 経営層の多様性はイノベーションにどう影響するか?
(※7)参考:Gender diversity within R&D teams: Its impact on radicalness of innovation