KDDIは2024年5月30日、スタートアップと大企業の連携による、宇宙を活用して地球上の課題解決を目指す共創プログラム「MUGENLABO UNIVERSE」を開始することを発表。同日に実施された記者説明会では、プログラム設立の狙いや具体的な取り組みについて説明がなされました。
KDDIの取締役執行役員常務 CDOである松田浩路氏は冒頭、「宇宙ビジネスは夢から現実になってきているし、今後も成長が見込まれている」と説明。スペースロケットによる宇宙への輸送や交通に関する手段が確立できたことを機として、宇宙に関連するビジネスが大きく盛り上がってきているといいます。
とりわけ拡大しているのが、民間企業の取り組みとのこと。これまで、宇宙に関する事業は各国の政府が主導していましたが、民間主導で宇宙関連の事業開発に向けた環境整備が進められるようになったこともあり、最近では宇宙関連の新しい事業開発に取り組むスタートアップも多く誕生しているのだそうです。
一方で、KDDIは今から60年前に日本で初めて衛星通信を実現していたり、米Space Exploration Technologies(スペースX)の低軌道衛星群「Starlink」と、地上のスマートフォンを直接通信する取り組みを進めていたりするなど、これまで宇宙に関する取り組みを積極的に進めてきたとのこと。なかでも、今後に向けて力を入れているのが「月面5G」です。
これは、月面に5Gの基地局を設置し、宇宙飛行士やローバー(探査車)などが通信をしたり、月と地上とを結んで通信したりする取り組み。同社は現在、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の「スターダストプログラム」に参画し、月~地球間の通信の実現に向け、電波や光などを用いたさまざまな通信技術の研究開発を進めているそうです。
ですが松田氏は、宇宙での通信を実現するには「2023年代のレンジ(範囲)で考える必要がある」と、すぐ実現できるわけではないことも示していました。ですが、宇宙に向けて取り組んでいる研究過程の成果が、実は地球上のさまざまな課題解決に活用できる可能性があるとし、そこで立ち上げるに至ったのが「MUGENLABO UNIVERSE」であると松田氏は話します。
実はKDDIは2011年から、スタートアップ企業と大企業が事業を共創するプログラム「KDDI MUGENLABO」を開設しており、年間で400社以上のスタートアップと、100社以上の大企業を結び付けて事業共創する取り組みを進めています。そこで、宇宙開発が現実のものとなった現代に合わせ、新たに宇宙開発のスタートアップを支援する枠組みとして打ち出されたのがMUGENLABO UNIVERSEとなります。
一方で、宇宙は重力が非常に小さく、空気のない真空状態で、気温も非常に低温あるいは高温であり、なおかつ放射線の影響がある……など、地球から見れば“極限”というべき環境にあります。そこでMUGENLABO UNIVERSEでは宇宙環境や、宇宙をデジタル空間上に再現したデジタルツインを活用した研究開発をスタートアップに進めてもらう一方、そこで培われた成果をゴミや食料、エネルギーなどといった地球上の問題解決にも生かしていくことにも取り組むようです。
具体的には、KDDIとパートナー企業によって、宇宙に関するさまざまな技術検証ができる衛星やデジタルツインなどのオープンな環境を提供。それをスタートアップに活用してもらうことで技術研究開発をしやすくするとともに、その成果を大企業と共創して事業化を検討することにより、地球上でのビジネス創出にもつなげていくとのこと。2027年には、低軌道上(高度2,000kmまで)の環境で、2030年には月面を活用した共創の達成を目指すとしています。
設立の契機、スペースデータ佐藤氏の考えとは
KDDIのオープンイノベーション推進本部長である中馬和彦氏と、宇宙関連スタートアップのスペースデータの代表取締役社長である佐藤航陽氏によるトークセッションでは、MUGENLABO UNIVERSEの設立に至ったより具体的な経緯も明らかにされました。そのきっかけとなったのは、KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏が、同社が力を入れているデジタルツインに関する議論をするべく、メタバースに造詣の深い佐藤氏を呼んだことだったといいます。
ただ、その時佐藤氏は、高橋氏らの予想を裏切って宇宙に対する思いを力説。その話を聞いた高橋氏が、より大きなスケールで事業展開を考えていく必要があるとして、検討が進められたのがMUGENLABO UNIVERSEになるのだそうです。
佐藤氏はトークセッションの中でも、宇宙に対する自身の考えを披露していました。佐藤氏によると、人類のフロンティアは仮想空間と宇宙空間の2つであるそうですが、これまでイノベーションをけん引してきたインターネットとグローバリゼーションが、国家間の対立や戦争などによって歪みが出てきている現状、宇宙開発、ひいてはあらゆる産業をデジタル化ならぬ“宇宙化”する企業が、今後のビジネスをけん引することになると考えたそうです。
そのためには、インターネットの普及とグローバリゼーションが進んだ20年前と同じ取り組みが必要だと佐藤氏は説明しますが、民間企業が宇宙関連事業に参入するハードルは非常に高いとのこと。なかでも、宇宙空間では電力や通信なども地上と同じようには扱えず、非常に多くの制約の下で取り組む必要があることが大きな参入障壁になっているそうです。
しかも、そうしたノウハウは、宇宙関連事業で実績を持つ特定の企業や団体が持っており、ブラックボックス化しているのが現状。そこで佐藤氏が率いるスペースデータでは、宇宙にノウハウを持たない民間企業でも、打ち上げる前段階までの実証ができるオープンなプラットフォームを作ることに取り組んでいるそうです。
また、佐藤氏はインターネットの歴史に触れ、インターネットがオープンな環境だったがゆえに多くの人が自由にコンテンツを制作するようになり、利用が拡大して全世界で50億人が利用する巨大なインフラになれたと説明。それだけに宇宙でも、オープンなプラットフォームがあれば、それを活用して多くの人が宇宙ステーションや宇宙ロボットなどを開発するようになり、それが巨大なスペースコロニーを形成することにつながるという構想も披露しました。
佐藤氏はインターネット、ひいてはデジタルの世界がいわゆる「GAFA」に市場を独占されていることに触れ、「このままいくと宇宙でも同じようなことが起きる」と説明。日本の宇宙産業が失われないためにも、現在の機会を逃すべきではないと話していました。