ユーザーの「心臓の健康」を見守るApple Watchの機能がさらに充実します。欧米から先行導入されていた「心房細動履歴」機能が、5月22日から日本のApple Watchユーザーも使えるようになりました。
専門家によると、日本国内には心房細動患者が約200万人いると推定されています。心房細動は、適切な治療をせずに放置してしまうと、脳梗塞や心不全を引き起こす可能性が高くなります。Apple Watchと、新機能である心房細動履歴が心房細動を管理するうえでどのように役立つか、不整脈の専門医である東京ハートリズムクリニックの桑原大志先生に聞きました。
日本でも使えるようになった「心房細動履歴」とは
Apple Watchの心房細動履歴は、医師により心房細動の診断を受けた22歳以上のユーザーの健康と治療を支える機能です。
利用するには、iPhoneのヘルスケアアプリで設定を行い、Apple Watchを1週間のうち5日間、1日に12時間以上、手首に着用します。心房細動履歴のデータはApple Watchの光学式心拍センサーを使って自動測定されるため、ユーザーが定期的に心電図アプリを起動する必要はありません。
十分な測定値が集まると、1週間のうち心臓に心房細動の兆候が見られた時間の割合の推定値が「心房細動負荷」として計算され、その数値の通知がApple Watchに届き、その詳細がiPhoneのヘルスケアアプリに表示されます。
心房細動を誘発する因子は人により異なります。Apple Watchを身に着けることによって計測できる睡眠、ワークアウトの時間、マインドフルネスアプリを実践した時間や、ユーザー自身が入力した体重と飲酒量のデータなど、心房細動の誘因に関わりがあると考えられている生活習慣データを、心房細動履歴のグラフと比較して見られます。
心房細動履歴の数値やグラフはPDFファイルとして出力もできるので、かかりつけの医師に症状を伝えて相談する際の資料として役に立ちます。
なお、心房細動履歴は医師から心房細動と診断された人の利用を想定した機能です。対象となる人の心拍は不規則であることが前提なので、心房細動履歴をオンにすると代わりにApple Watchの「不規則な心拍の通知」機能がオフになります。
そのため、心房細動の診断を受けていない人は心房細動履歴を使うべきではありません。Apple Watchで「不規則な心拍の通知」を受けた場合に、医師による正しい診断を受けてから、心房細動履歴を効果的に使う方法を検討するとよいでしょう。
Apple Watchで心臓の健康に気を配る人が増えている
桑原先生が院長を務める東京ハートリズムクリニックでは、2016年の開業当初から、不整脈を抱える患者がみずから携帯型心電計を使って記録した心電図のデータを、クリニックホームページ上の専用窓口を通して送付し、不整脈専門医が確認後、診断名を返答するサービスを提供しています。
2021年、Apple Watchの心電図アプリが日本でも使えるようになってから(関連記事:「Apple Watch、心電図アプリや不規則な心拍の通知機能を日本で解禁」)、東京ハートリズムクリニックでは、Apple Watchで記録した心電図データも診断して返答するようにサービスを拡大しました。
桑原先生によると、現在では携帯型心電計よりもApple Watchで計測したデータを送ってくる患者の方が多いそうです。
Apple Watchの計測データから、心房細動の兆候が正確に読み取れるものなのでしょうか。桑原先生は「データの精度はきわめて高い」と太鼓判を押します。
「当院に通院歴のない患者にも心電図の解析サービスを無料で提供する理由は、不整脈で悩まれている人に正しい診断を伝え、必要であればできるだけ早期に治療を受けてもらい、不整脈による不幸な転機に至らないようにしてもらいたいからです。不整脈を自覚して心電図を記録したけれど、それが問題のないものかどうかよく分からず、悩まれている方はどうぞお気軽に利用してください」
Apple Watchは不整脈の治療に革命をもたらした
桑原先生は、Apple Watchが「不整脈の治療に革命をもたらしたデジタルデバイス」であると語ります。
心房細動のカテーテルアブレーションを受けたあと、正常の脈拍を数年間維持していた人が、Apple Watchから「不規則な心拍の通知」を受けたことで速やかに再発を知り、桑原先生のもとを訪れて適切な処置を講じることができたことがあったそうです。
「心房細動は、患者自身に自覚症状がないケースが約4割あります。その患者も、心房細動が再発しても自覚症状がまったくなく、もしApple Watchによる通知がなかったら診断が遅れて、脳梗塞や心不全を引き起こしていたかもしれません。Apple Watchがユーザーの命を救ったのです。“革命”という表現は大げさではないと私は思っています」
携帯型心電計が心房細動の兆候を確認できるのは、患者がデバイスを胸に当てて計測を行う約30秒間に限られます。携帯型心電計は筐体もそれなりに大きいため、常時持ち歩くのは少々負担です。また、眠っている間は計測ができません。
対して、Apple Watchは本体を充電する間を除き、手首に装着している間、ユーザーの心臓の健康を見守るウェアラブルデバイスです。心房細動の兆候をより正確につかむためには、できる限り長時間に渡って心拍のリズムを測ることが肝要です。「Apple Watchのような使い方ができるヘルスケアデバイスは他に類を見ない」と桑原先生は語ります。
生活習慣と心房細動の因果関係を知る手がかりにもなる
Apple Watchの心房細動履歴により、心房細動を引き起こす可能性のある因子を推測することができます。
「心房細動の誘因は人それぞれさまざまです。飲酒量、運動量、睡眠時間、体重、精神状態は心房細動を誘発する因子になり得ます。それぞれの因子と心房細動との関連性を、Apple Watchの心房細動履歴を使って明らかにすれば、心房細動の改善に役立つと思われます」と桑原先生は期待を寄せます。
心房細動にはどのような自覚症状があるのでしょうか。桑原先生によると、一般的に多いケースは「動悸」「息切れ」「めまい」であり、脈拍が速くなったり飛んだりすることがあるそうです。
ほかに「頻尿」も心房細動の症状の1つであると桑原先生は指摘しています。心房細動になると、心臓が処理しなければならない血液の量を減らすために、利尿作用のあるホルモンを心臓自身が分泌するので、頻尿になるそうです。
これら心房細動の兆候がありながら、まだ医師による診断が得られていない人は、Apple Watchの「心電図アプリ」から心房細動の兆候を確認することを桑原先生は勧めます。
発作性心房細動の人は、Apple Watchの心房細動履歴の機能により、自身の「心房細動の兆候を示した頻度と時間」を把握することも大切です。症状を正確に把握することによって、医師は薬物療法、またはカテーテルアブレーションといった必要な治療を適切なタイミングで施すことができるからです。
Apple Watchが計測するデータの精度はきわめて高いものの、「完璧ではない」と桑原先生は指摘します。
「心房性期外収縮という不整脈が頻発している時、Apple Watchがこれを心房細動と間違えることもあるようです。正しい治療を選択して病気を治すためにも、やはり医師による診断を受けることがとても重要なのです」