出場した個人2種目、リレー種目とも表彰台には届かなかったが、辻沙絵の表情には何かを掴んだ者が見せる清々しい笑みが広がっていた。

パリ2024パラリンピック代表選考会を兼ねたパラ陸上の世界選手権が5月17日から25日まで神戸市のユニバー記念競技場で開催された。リオ2016パラリンピックの女子400m(T47)銅メダリストで、パリでパラリンピックで3大会連続出場を目指す辻は、100m、200m、4×100mユニバーサルリレーに出場。パリパラリンピックでの本命種目である400mを回避して臨んだ短距離種目で、成長の手応えをつかむ走りを見せた。

2016年のリオパラリンピックで銅メダルを獲得した辻は現在、29歳。パリを集大成と位置づける希望が見える100mのレース

最初に出た100mは18日の予選で12秒83をマークし、全体6位で決勝に進出。19日の決勝では13秒12で7位だった。

100mを走り終え、充実の表情を浮かべる

「2017年の世界選手権以降、100mは全然走っていなかったので、久しぶりに決勝に残れたのはよかった。だんだん年齢が上がって、スピードを強化するのは難しいのかなと思っていたが、しっかり調整すればそんなこともないと、自分自身で少し希望が見えるようなレースでした」

辻は今季、400mの前半を楽に入るためのスピード強化に取り組んできた。練習の成果を最初の100mで表現できたことが嬉しく、道が開けたとも感じていた。

辻は100mで決勝に進出したワンチームで戦うユニバーサルリレーに注力

100mから中4日の24日に迎えたのはユニバーサルリレー。昨年、パリで開催された世界選手権では2走で出てフィニッシュ時は2位、トップだったカナダが失格して繰り上がり、金メダルに輝いた種目だ。

今大会、辻はユニバーサルリレーを見据えて400mはエントリーしなかった

日本は前回の世界選手権の予選では2走に三本木優也(T45)を起用し、決勝の2走は辻だった。昨年は3走も予選は高松佑圭(T38)で決勝は松本武尊(T36)と、異なるメンバー構成。辻は、金メダルに輝いた後、このように喜びを語っていた。

「三本木選手、高松選手がしっかりと予選でつないでくれたので、決勝も絶対につなぎ切るという強い思いを持って走った。(1着のチームの失格で)リレーは何があるかわからないなということを改めて肌で感じたし、個人種目では獲れなかった金メダルをみんなと協力してワンチームになって獲れたのが嬉しいです」

それから約10ヵ月、今回は予選からの出場となった。メンバーは辻も含めて全員が昨年の世界選手権で金メダルを手にした4人。1走の澤田優蘭(T12)、2走の辻、3走の松本、4走の生馬知季(T54)は4月の合宿で世界に誇る繊細なタッチワークを磨き、大会中もレース前にみっちりと最終確認をした。その成果が実を結び、24日午前の予選では好天の中で47秒60の日本新記録をマークした。

ところが、同日夜の決勝レースは一転して強風が吹き荒れる中で行われ、ここで波乱が起きた。日本は3番でフィニッシュしたが、その後、3走の松本がレーンの内側のラインを踏んでいたことがわかり、失格となったのだ。

日本は2019年の世界選手権(ドバイ)でタッチミスによる失格を経験した後、2021年の東京パラリンピックでは繰り上がりながら銅メダルを獲得した。4走の生馬が「失格だったとしてもそれは攻めた結果」とポジティブに捉えたように、辻のコメントにも前向きな言葉が並んだ。

ユニバーサルリレーで2走の辻

「予選で自己ベスト、日本記録を出せたのが一番の収穫だった。2019年以降、近いところまでは行っていたけど、なかなか出せずにいた。合宿を通してタッチワークの精度を高め、それぞれがスピードを上げ、課題に取り組んだ結果が日本記録につながったのだと思います」
力強い口調だった。

辻は、ユニバーサルリレーの魅力についてこのように語った。
「障がいだけではなく男女ミックスというところもそう。一人が速くても勝てない。みんなでワンチームになってバトンをつなぎ、タイムにつなげていくというところがこの種目の面白さだと思う」

失格は痛恨だが、最大の目標はパリパラリンピックの金メダル。その前に課題が出たことは前向きに受け取れる要素だ。

日本新をマークした今大会のユニバーサルリレーメンバー強い気持ちを見せた200m

そして迎えた最終日25日の200m。辻は前夜のユニバーサルリレー決勝の疲労が抜けきらない午前中の予選で力走し、最後に魅せた。予選2組で走った辻はゴール前で隣のレーンのリー・ルー(中国)と激しいデッドヒートとなり、わずかだけ先行してフィニッシュ。リーは辻が銅メダルを獲得したリオパラリンピック400mの金メダリストであり、辻にとっては「一度も勝ったことのない相手」だったが、最後に振り切った。

タイムは26秒83で2組3位となり、決勝進出はならず。しかし、大会直前に日体大での練習で26秒43と、自己ベストを大幅に上回るタイムを出していたことに加え、最後に実力者に競り勝ったことは強気を生み出すための収穫になる。

「最後、リー・ルー選手と競った場面では絶対勝ちたいという根性で走り切った。100mでも200mでもスピードを発揮できた部分があったし、最後の試合(200m)で粘り勝てたのも大きな自信になった」

200mのラストで粘りを見せた

神戸では得意の400mにエントリーせず、今夏のパリパラリンピックを目指してスピード強化の一環で取り組んでいる100、200mに絞っての出場だった。100mでスタートの技術向上とスピード強化に取り組んだ成果を、400mにどう生かすか。辻はこのように考えている。

「前半の200mの通過タイムを27秒前半で走りたいと思っているが、今まではそのタイムで走る“力感”が8、9割と高かった。スピードが上がってきたことによって少し余裕が生まれて、6、7割で走れるようになってきている。後半に余力を残して前半入るということにつながっていくと思います」

そして、ユニバーサルリレー。パリパラリンピックで最高の景色を見るための鍛錬はまだまだ続いていく。

100mを走り終え、充実の表情を浮かべる

text by TEAM A
photo by X-1