シカゴを拠点に活動するメイシー・スチュワートとシマ・カニンガムによるインディ・ポップ・デュオ、フィノム(Finom/旧名オーム)は、すでにキャリア10年を数えながら、通算3作目となる『Not God』で念願の本邦デビューを飾った。それに先立っての3月上旬、ウィルコの来日全公演で前座を務める形で初来日が実現、メイシーいわく「ポップスへの深すぎる愛と、実験音楽への深すぎる愛、同時進行の二股愛を貫く」音楽は、フィノム初見のウィルコ・ファンをもワクワクさせるに十分だった。
その初来日公演、『Not God』のプロデューサーであるジェフ・トゥーディ(ウィルコ)に誘いを受けたのかと思いきや、なんとこれが押せ押せの直談判……という話に始まり、日本愛、シカゴ愛、音楽愛、音楽仲間愛が全方位に炸裂するインタビューは、朗らかなシマとメイシーとお喋りしているつもりで読んでいただければ、うれしい限りである。
ウィルコとの来日秘話、フリコとの交流
─先頃フリコに取材したとき、シカゴの若いバンドを紹介してほしいとお願いしたら、真っ先にフィノムを挙げてくれました。
メイシー:うわ、なんていい話(笑)。
シマ:ホントにありがたい(笑)。
─フィノムのことを、”憧れの先輩”だと言っていました。彼らとの交流について聞かせてもらえますか?
シマ:私も、今よりももっと若かりし頃の2人の姿を知ってるよ(笑)。うちらのライブもちょいちょい観に来てくれて、顔を見たら挨拶したり話したりする仲でね。前にメイシーと2人で、友達が主催するチャリティ・ライブを観に行ったんだけど、そこにフリコも出演してて、メイシーと2人して「素晴らしい歌い手だね!」って、あの声に感動したのを覚えてる。その後、ベイリー(・ミンゼンバーガー)がドラマーとしてうちのツアーに参加してくれる縁もあったりして、マジで信頼できるバンドって感じ。とにかく曲が圧倒的に素晴らしくて、しかもライブで100%の力をぶつけてるのが伝わってくるから、観ていてすごく気持ちがいい‼ なんかこっちまで熱くなって、キラキラした気持ちになっちゃう。
左からメイシー・スチュワート、シマ・カニンガム(Photo by Anna Claire Barlow)
─日本であなた方のライブを観てから(取材時点で)早くも1カ月が過ぎました。日本滞在は楽しめましたか? 京都では小さなヴェニューで単独公演もやりましたね。そして、フィノムにはハンガリー語で「美味しい」の意味があるそうですが、日本で食べて美味しかったものなど、あったら教えてください。
メイシー:良い質問(笑)。とりあえず日本がめちゃくちゃ楽しすぎて! 日本でライブをやるのは、シマとバンドを始めて以来10年越しの願いだったから。それがようやく実現して、しかもウィルコの前座という完璧すぎるシチュエーションだった上に、単独ライブまでやらせてもらって。本当に夢のようだった。一番美味しかった食べものは……。
シマ:手打ち蕎麦に感動した!
メイシー:あのお蕎麦屋さんね! 松本にあるお蕎麦屋さんに行ったんだけど、職人さんが目の前でお蕎麦を打って、出汁も自分で採ってきた天然のキノコを使ったりして、そのすべてが感動的だった。
シマ:お店にかわいい猫もいて(笑)。職人さんもすごくいい人で、とってもいい思い出だよ。日本の朝食システムを全然わかってなかったから、朝のコーヒー1杯を飲むのにも最初は戸惑っていたけど、美味しい1杯のコーヒーが飲みたいならコンビニっていう素晴らしいところがある!ってことをすぐに学習した(笑)。ちなみに、うちのバンドはロ―ソン派(笑)。
メイシー:そう、ローソン推し(笑)。
─(笑)ウィルコの前座で演奏した時は、徐々に観客の意識と興味があなたたちに向かっていくのが、私にもわかりました。あなた方も感じたのではないですか?
メイシー:うん、それは本当にジワジワ実感した……何しろ東京初日のステージが日本で初めての公演で、マックスでテンションが上がっていたのもあるし、しかもステージで初披露の曲もあったから、色んな意味で感慨深かった。観客が自分たちに寄り添ってくれているのを実感できた。その場にいる全員がひとつのエネルギーを生み出して共有してるみたいで……本当にジーンときた。みんなは私たちのことを一切知らないだろうという覚悟でステージに臨んだけど、実際、大半の観客にとってはほぼ初めて聴く曲ばかりなわけで。それでも熱心に耳を傾けてもらって、温かく迎え入れてもらえた。
シマ:もともと、日本のリスナーには絶大な信頼を置いてるんだ。だって本当にじっくりと奥深いところまで音楽を聴いてるってことを知っていたから。リスナーの熱量が半端ないし、しかもものすごく賢くて洗練されていて。私たちの音楽って……まぁ、これはあくまでも理想ではあるのだけど、新たな音楽の可能性を開拓しようという実験的な側面がありながらも、それをある意味ポップ・ミュージックの型でやっているわけで、ポップでありながらも奇妙だったりノイジーだったりアバンギャルドだったりして。そこが日本の観客にも伝わることを願っていた。そうしたら、演奏を始めてすぐにきちんと伝わって、コネクトできているのが実感できた。
2024年3月6日、EX theater Roppongiに出演したフィノム
─今回の来日は、ジェフ・トゥイーディからの声掛けだったのですか?
シマ:いや、実はそれが……(笑)。
メイシー:アハハハハハハ!
シマ:ウィルコが日本ツアーをアナウンスしたのを知って、速攻でウィルコのマネージメントに猛アプローチした(笑)。もちろん、ジェフの存在は大きいし、近しい友人でもあるし、私たちのプロデューサーでもあるんだけど……。もしかしてサポート・アクトはもう決まってるかもしれないけど、一応訊くだけ訊いてみようって「昔から日本に行くのが夢だったんで、もしよければ……」みたいな感じでね。そしたらウィルコ側から「移動手段を自分たちで確保できるなら連れて行けるよ!」って返事が来て、もちろん彼らもそのために尽力してくれたし、日本のプロモーターの協力もあって実現した。ウィルコをはじめとするみんなのおかげ。押しまくって射止めたようなもの!!(笑)
メイシー:本当にそう!!(笑)
シマ:本気で願ったら叶うんだよ(笑)。そこに家族旅行も絡めて、1歳の娘も日本デビューを果たしたしね。もしかしてうちのバンドより娘のほうが日本にファンが多いかもしれない(笑)。
─ドラムのスペンサー(・トゥイーディ/ジェフの息子)とは昨年も一緒にやっていますが、マット・キャロルとはもう活動を共にしていないのでしょうか? マットも、新作には数曲参加していますよね。
メイシー:そう、新作にも一部参加してるけど、大半はスペンサーに叩いてもらった。というのも、マットは今コペンハーゲンに住んでるから、移動が大変なんだよね。で、今年は主にスペンサーとライブをしてる。
シマ:身近に芸達者なドラマーがたくさんいて、協力してもらえるのは本当にありがたい。ンナムディ(NNAMDÏ)ともよく共演してる。彼は、日本にも度々来ているセン・モリモトと一緒にやっているミュージシャンね。
音楽の原体験、シカゴが特別な理由
─今日は、RSJでの初取材なので、基本的なことも伺っていきます。まずはそれぞれ、音楽に最初に魅せられたときのことを覚えていますか?
シマ:もともと音楽好きの一家でね。いつも一緒に歌ったりジャムしたり、地下室に楽器がセッティングされていて、いつでも演奏できる状態だった。将来ミュージシャンとして人前で演奏する自分の姿を想像してるような子どもだったな。曲を作るのが好きで、楽器が好きで、人前で演奏するのが好きだったし、どうやったら今までとは違う形で自分を表現できるだろうって、頭の中はずっとそればっかり。
それが、メイシーと一緒に歌って音を鳴らしたとき、ビビビッって身体に電気が走るみたいな衝撃があって。2人してギターだのノイズを探求しつつ、2人の声から生まれるハーモニーを模索していく過程で「この瞬間に特別な何かが起こってる!」って、それは最初から感じた。一緒に歌い始めて、色んなプロジェクトに呼ばれるようになり、自然に一緒に音楽を作るようになったんだよね……そのビビビッっていう感覚に従いながら。しかももう10年一緒にやっているのに、未だにその衝撃を感じていて、それって改めてすごいことだなぁって思う。
メイシー:ホントにそう! 私はわりと小さい頃から音楽をやっていたのね。母親はプロのミュージシャンで、9歳から演奏活動していた筋金入り。だから、母親の音楽に対する姿勢が刷り込まれてる。音楽は常に身近にある、日々の努力と成長と共にあるという感覚。ピアノも母親から教えてもらい、ヴァイオリンのレッスンも受けたし、楽器が常に自分の生活の中心にあった。
うちも音楽一家で、姉も音楽をやっていたし、父親の音楽趣味は今振り返っても相当センスが良かった。子供の頃家でかかっていた音楽が、私の脳内にインストールされてる。高校生になる前には、自分が進むべき道は音楽って決めてたな。ただ、どうすれば実現できるのかわからなくて、手始めにクラシック・ピアノの道に進んで、専門の学校にも通って、その後高校生になってからシマの弟のリアムのバンドに参加して、一緒にツアーしたときに自分が求めているもの、探している形にようやく出会えたと思った。旅することが夢だったし、音楽を演奏しながらそれが実現できるなんてまさに夢のようだと思って! 天からのお告げみたいに感じられたんだ。
過去の人気曲「Icon」(2018年)と「3 2 4 3 」(2020年)
─今の自分を育む上で影響を受けたと思うミュージシャンを思いつくままに挙げてもらえますか?
メイシー:父親が聴いていたクラフトワーク、ケイト・ブッシュ、デヴィッド・ボウイ。それは氷山のほんの一角に過ぎないんだけど……あとはフィオナ・アップル! 子供の頃に影響を受けた人だとそんな感じ。
シマ:私が子供の頃はジミ・ヘンドリックス、ボブ・ディラン、あとはブルースを大量に聴いていたかな。父親がブルース・ギタリストだったから、夕飯時にジミヘンかディランかブルースかジャズのレコードを聴くのが我が家の習慣だった(笑)。
─シカゴはブルースでも有名ですものね。
シマ:そう。でも、ビートルズにハマっていた時期もあれば、ノー・ダウトにハマっていた時期もあるし、高校生の頃は色んなポップ・パンクに、とっかえひっかえ夢中になってた(笑)。あとメイシーとの関係が深くなってからハマった音楽もある。私はケイト・ブッシュを通ってなかったけど、メイシーに会って開眼した。フリートウッド・マックもそう(笑)。両親がフリートウッド・マックを毛嫌いしていたから、聴いたことがなかった(笑)。
メイシー:反対に、私はフリートウッド・マック育ち(笑)。でも、私もシマから優秀なソングライターを教わったよね。エイミー・マンとか……あと名前をど忘れしちゃったんだけど、誰だっけ?
シマ:ラサ・デ・セラ?
メイシー:ラサ・デ・セラもそうだけど、あ、そうだ、ギリアン・ウェルチ! ギリアン・ウェルチもシマに教えてもらった!!
シマ:私も、B-52'sのレコードをフルで聴いたのはメイシーに説得されてだし(笑)。
メイシー:というわけで、キリがない(笑)。
Photo by Anna Claire Barlow
─シカゴは大都会で、ツアーでは必ずミュージシャンが立ち寄ります。さらにローカル・シーンも活発でかなり早いうちからライブを観る機会に恵まれていたと思うんですけど、ライブ・パフォーマンスという点で衝撃を受けたアーティストはいますか?
メイシー:うわー、いい質問。
シマ:シカゴを”大都会”の仲間に入れてくれるなんて、恐縮なんだけど(笑)。
メイシー:私の場合は、コンステレーション(主にジャズや即興/実験音楽などをブッキングしているシカゴのヴェニュー)でマーク・リーボウの演奏を観たのが決定的だった。あとアート・リンゼイも! 「え、え、え、何、ギターってそんなこともできちゃうわけ⁉」って(笑)。その場で「私たちもやりたい!」って、あの2人のライブは今でも強烈なインパクトを残しているよね。コンステレイションは最高に素晴らしいヴェニューなんだよ! あそこで観たショウに、どれだけ自分の音楽観がひっくり返るほどの衝撃を受けてきたことか。それ以外のライブだと、サン・ラを初めて観た時もインスパイアされまくったし、セイント・ヴィンセントのシカゴ公演も!!
シマ:あれは最高だった! 特別なショウだったよね。それと、サブタレニアンというものすごく小さなヴェニューで──本来ならもっと大きな会場で演奏すべきなんだけど──観た坂本慎太郎のステージは忘れられない。私は坂本さんの全作品を追ってきているけど、その坂本さんが地元の、しかも小さな会場に来てくれるなんて!って、ものすごく感激したし、内容も素晴らしかった。いつかまたシカゴに来て、もっと大きなメトロとかサリア・ホールあたりで演奏してほしい!
シマ:シカゴでやっているといえば、私の夫も関わっているコズミック・カントリー(Cosmic Country)というミュージシャン集団による実験的なプロジェクトもおもしろいよ。インディ・ロックのアーティストにカントリーを演奏させてみよう!という企画で、プロのミュージシャンが普段やっているのとは異なるジャンルや文脈にポンと放り込まれて、そこで新たな自分を発見するきっかけの場として機能しているところが素晴らしい。
シカゴの音楽シーンの何に一番ときめくかと言えば、私としては、新しいことに挑んでいる人たちの心意気に触れる瞬間で、何ものも恐れないインディペンデント魂みたいなものがシカゴのシーンの土壌としてあるんじゃないかな、と思う。それとアットホームな雰囲気があるところ。それはシカゴ以外の土地のミュージシャンも、少なからず感じるところなんじゃないかな。
それにね、シカゴの小中規模ヴェニューの多くは大企業の傘下に入っていなくて、個人オーナーの経営が多いの。アメリカの大都市ではかなり珍しいことにね。だからこそ、何て言うんだろう……もうこれってベタすぎて申し訳ないんだけど、ご当地ソング「Sweet Home Chicago」の通り、シカゴに来たらみんな自分の故郷に帰ってきたみたいな温かい気持ちになるんじゃないかな。
メイシー:うん、本当に特別な町だと思う。シマが言ったようにクリエイティブな力を応援しようという雰囲気に溢れているし、素晴らしいライブを体験できる町にいることは、自分たちのパフォーマンスにも確実に影響している。シカゴという町に暮らしてること自体がインスピレーションそのものみたいなところもある。
Cosmic Country企画のパフォーマンス映像
─シカゴの町には古いものと新しいものが共存していると感じました。アカデミックな雰囲気もあって、素敵な建築物や美術館も多いし。
シマ:うん。これって音楽に限らずのことなのかもしれないけど、世間的にはとにかく最先端で若くて新しいものをありがたがる傾向があるよね。でもシカゴみたいな町でミュージシャンをやっていると、アートや創作活動のために長年尽力してきた人たちを敬って讃えるような空気があって……これは勝手な思い込みかもしれないけど、日本でも似たような空気を感じたよ。
それに、シカゴって学生の町でもあるから若い人たちのエネルギーに溢れてる。大学をきっかけにシカゴに出て来る子も大勢いる一方で、長年シカゴに住みながら音楽やアートに従事する人が精神的指導者の立場から、今まさに自分の道や方向性を模索している若い人たちにアドバイスしていたりする。色んな年齢層が混じり合ってるところが、シカゴの音楽シーンをすごく豊かで面白いものにしている気がするな。人生において違うフェーズにいる人たちをそれぞれ尊重できるってすごく素敵なことだし、大切なことのように思えるんだよね。常に若くて新しいものに飛びつくばかりの価値観ではなくて。
メイシー:あるいは、”ポピュラーなもの=価値あるもの”という以外の価値観だよね。
ポップと実験の「二股愛」
─さて、新作『Not God』ですが、事前に青写真や、漠然とでもやってみたいことなどはありましたか?
シマ:ひと通り曲ができた時点で、どの曲の組み合わせがいいのかジェフの意見を聞きながら一緒に探りつつ……ただ、今回に限らずなんだけどエレキ・ギターの可能性を広げたいという気持ちは毎回ありつつも、今回はそこにアコースティック・ギターの感触を復活させたくて。しかもユニークな形で。そういうことに挑戦すること自体がすごく楽しかったし、しかもジェフと一緒に追求することができたんだから! それが一応、青写真的に目指していたことかな。これまでになかったアプローチとして、ジェフに何曲か聴いてもらった上で、メロディはそのままの形を踏襲しながら、背後に流れるコードを変化させていったりもした。ジェフみたいな名ソングライターと一緒にそれができるなんて、本当に貴重な経験になったよ!
メイシー:あと、フォーカスしたかった点としてはグルーヴだよね。どういうグルーヴを自分たちは求めているのか。だから一度「これだ!」っていうグルーヴを見つけたら、曲の最初から最後までずっとその波に乗っていくようにということを何曲かで意識した。グルーヴを保ちつつ、どうやったらそこから面白い展開ができるだろう? このまま気持ちよくグルーヴに乗っていけるだろう? ということを一つの指針にした。私たちが好むレコードって、まさにそんな感じのものが多いから。圧倒的に素晴らしいグルーヴを持ちながらも、素敵なグルーヴだけに終わらず、独自の世界観を確立している。
シマ:歌詞のテーマに関しては……今回はかなり広範囲の感情をカバーしたように実感してる。あと、曲作りとは関係なく、あの時期に2人でよく話していたトピックとして、エゴとか権力とか支配欲ってことがあって。そうした権力といかにして闘っていくかが一つのテーマにもなっている。ここ4年くらいかな、2人とも人生のどん底みたいな時期をそれぞれに通って来ていて、エゴや権力、支配欲に関しても、それら対する怒りにしても、すべてはその苦しい時期を乗り越えた経験に伴って生まれた感情であり、経験から獲得した学びなわけで…………どんなに出口なしの状態にあっても、シニカルに流されてしまわないように、自分のすべての感情をそれに支配されてしまわないようにってね。
だからこそ2人とも今回は、基本に立ち返ることを切に望んだのだと思う。私たちにとっての本来の希望とは?、喜びとは何か?ってことを見つめ直して、そこにしっかりと軸足を置きたかった。歌詞もかなり挑戦してるけど、同時にこれは祝福でもあって、自分たちは何に対して”愛”や”生きている”という感覚を実感するのか……その上で自分の信じている方向に着実に一歩一歩進んでいくみたいな。自分でもまだ把握しきれない部分もある。あまりにもテーマとして巨大すぎて。ただ、自分の中にボンヤリとあった感情としてはそんな感じかな。
メイシー:多分だけど、補足ね。シマが今話したのは、「Dirt」という曲のことじゃないかと思う。淡々と努力し続けることについて歌ってる曲だけど──というか、シマがそう言ってたんだけど──実際、今回のアルバムの曲って「つべこべ言ってないでやることやれ!」的な、後ろから容赦なくビシビシ鞭打つ感じなんだよね(笑)。頑張ったからって報われるかどうかなんてわからないし、むしろその期待を捨てるところから始めるべきなのかもしれない。もちろん、何かを目指して努力することは素敵だし、いつかその努力が報われるかもしれない。ただ努力すれば必ず報われると期待するのは、ちょっと違うんじゃないか、と思うんだ。期待を抱くことで、”扱いにくいエゴ”の部分がザワザワと動き出してしまう。ただ、どんなに報われないとしても、努力し続ければ必ずどこかに辿り着くはず。たとえ自分が望んでいたものとは違っていたとしても。ひたすら努力し続けることで、必ず何かしら手にできるはずだから。ホントに(笑)!
Photo by Anna Claire Barlow
─歌詞は、2人別々に書くんですよね?
シマ:基本的には別々。私は、自分の中から自然にこぼれ落ちた言葉を大事にするようにはしている。何気なく口をついた一言とか、まさに素の自分から出てきたリアルな実感だよね。歌詞ってかなり厄介で、そもそも音楽について言葉にして語ること自体が難しい領域なんだけど、インタビューで「この曲の意図は?」的な質問をされると、自分たちにも答えがわからないことが往々にしてある。もちろん、この部分に関してはこれを伝えたいとか明確な部分もあるんだけど、曲全体として自分が何を伝えようとしているのかを訊かれたら、正直わからないことのほうが多い。それに、受け手がそれを聴いたときにどう思うのかに関しては未知の領域なわけでね。ただ基本的には、最初に曲を書いた人の気持ちなり、最初に降ってきたインスピレーションを大事にするようにはしてる。必要以上にこねくり回さないように……パン作りと一緒。こねすぎるのもよくない(笑)。
メイシー: アハハハ、今のすごくいい喩え!(笑) 本当に自分で曲を書きながら何について書いてるのかわからないことはよくある。でも、頭では理解できなくても、そこに何かしらの感情が入ってることは、自分が一番よくわかるから。歌詞って後になってから意味を持ち始めるもので、それは曲をレコーディングした直後かもしれないし、ライブで何度も演奏を重ねて、それこそ何年か越しに訪れるものなのかもしれない。自分の手から離れたところで曲自体が意味を持ち始めるような……そうであることを自ら望んでいるところもある。自分が何を書いているのか、むしろ曲から教えてもらいたい……うん、そういうことなんじゃないかな。
─この取材の序盤でシマはフィノムの音楽について、ポップ性と実験性という言葉を使って表現していました。その2つのバランスについてはどう考えていますか?
メイシー:そもそも2人とも、歌や歌ものが好きだから、1回聴いただけで一緒に歌い出して、そのままず〜っと一緒に歌っていたいような気持ちにさせられる曲が大好きなんだよね。それも自分たちのやりたいことの一つなんだけど、同時に音楽とかサウンドの面にもガッツリ魅了されちゃってるから、一つのアイデアに辿り着くまでに何通りの道が考えられるのか、あるいは逆に一つのアイデアからどれだけの道が開けているかにすごく興味を持ってしまう。さらには、そこからどんな新たな可能性が生まれるんだろう?って想像するだけで、ワクワクしちゃう。そう、まさに”実験”という言葉の通り(笑)。
あからさまに実験的な曲とそうでない曲の両方があるけど、いずれにしろ毎回実験していることには変わりない(笑)。だって本当に、自分たちでも最終的に何を作っているんだかわからないまま作っているから。ただその場の流れに乗っているだけで、そこから結果的に何かいいものが生まれているといいなって思う。あるいは、やっている本人たちが面白いと思っているなら、それでいいという気持ちもある。そこに、ポップと実験性との婚姻関係が成り立っているんだと思う。
シマ:いつも2人して「笑っちゃうね」って、話しているんだ。自分たちはロック界にもインディ界にも友達がいて、それこそカントリーならカントリー、フォークならフォーク一筋でやってる仲間もたくさんいる一方で、アヴァンギャルドで筋金入りの即興ミュージシャンみたいな友達一派がもう一方にいて(笑)。実験的な一派の中では私たちは一番ポップなバンドとみなされて、もう一方のシンガー・ソングライター/ロック派からすると、ときどき理解できないほど奇怪な音楽をやっているように見えるらしく(笑)。だから、かなりおかしな立ち位置にいることを自覚しつつも、2人とも両者の中間の、どっちつかずの立ち位置に大満足してる(笑)。2つの異なる世界の橋渡しの役目を果たすことが、ひたすら喜びでしかない。
メイシー:ほんとそう。自分はそれを目指してたんじゃないかなって思う。2つの世界の橋渡し役。即興や実験音楽に対する深すぎる愛と、これまたポップに対する深すぎる愛と同時進行の二股状態(笑)。で、この先も両方と良い関係を保っていけたらいいなぁ。
フィノム
『Not God』
発売中