シンガー・ヴィークル・デザイン(以下、SVD)は、ポルシェ911(964型)をベースにビスポークのレストアを行う会社だ。自動車の生産を行うのでもなければ、販売を行うのでもない。いわゆるレストモッドを手掛ける会社ではあるのだが、そのクオリティの高さから独自のブランド力が生まれ、アイデンティティが付加価値となっている。元々、自分が乗りたいポルシェを作っていたら、あまりに周囲からの評判が良く、事業化するに至った、というサクセスストーリーである。
【画像】シンガー・ヴィークル・デザインが手掛けた499台限定「ターボ・スタディ」と99台限定「DLSターボ」がお披露目(写真9点)
SVDは「キャサリン・ホイール」というイギリスのロックバンドのメインボーカリスト/ギタリスト、ロブ・ディキンソンが2009年に設立した。自身が歌手(Singer)だったこと、そして耐久レースにおけるポルシェの黄金時代の立役者的存在であったエンジニア、ノルベルト・ジンガー(Norbert Singer)へのリスペクトから「シンガー」と名付けられている。
そんなSVDの日本における新しいパートナーとして、高級輸入車正規販売店であるコーンズ・モータースが就任したことを発表する記者会見が東京・渋谷のTRUNK(HOTEL)にて開催された。日本のおけるポルシェ・ユーザーでSVDによるレストア依頼する顧客をサポートする。また、日本における専本的なサービスやメンテナンスも提供していくという。
レストアのベースとなる車両は顧客が用意し、SVD指定の寸法確認を行い(レストアのベース車両としての適性を知るため)、レストア内容に応じてアメリカもしくはイギリスに送られる。ベース車で重要なのはフレームの”骨格”で、モデルは関係ない。顧客の要望があればAWD車の提供もするそうだが、基本はカレラ4でもレストアの過程で後輪駆動に仕上げられる。SVDの工房でベース車両は徹底的に分解・補修され、フレームとエンジンブロック以外はまったく新しい車へと生まれ変わる。また、必要であれば顧客のためにベース車両を探すサポートもコーンズ・モータースが行ってくれる。
今回、記者会見のために登壇したのは創業者/会長/クリエイティブ・ディレクターのロブ・ディキンソン氏、そしてCEOのマゼン・ファワズ氏だ。両者、日本を訪れるのは2回目で、日本のあらゆる場面で遭遇する細部にわたるまでのこだわりに感心し、SVDのモットーと相通じるものがある、と語っていた。
当日、お披露目されたのは「ターボ・スタディ」(499台限定)と「DLSターボ」(99台限定)のと呼ばれる2つのレストア”メニュー”が施された2台。前者は930型の雰囲気に仕上げられており、最高出力は510psを誇る。ABS、トラクション・コントロール、スタビリティ・コントロールといった現代のデバイスを装備しながら、ノスタルジックな雰囲気を放っている。後者はポルシェのIMSAに参戦していたグループ4マシン、934/5をReimagine(再想像)したもの。最高出力750psと聞くと獰猛ぶりを予感させるが、ロブ・シンガー氏曰く”不思議なほど乗りやすい”そうだ。
なお、DLSターボは”ツーリング・セットアップ”、”トラック(サーキット)・セットアップ”によりフロントバンパー、ならびにリアウィングの”取り換え”ができる。気になるお値段は、顧客が用意するベース車を除いたレストア費用がターボ・スタディで83万5000ドル(展示車両はカスタマイズ含め110万ドル)、DLSターボは270万ドル(展示車両はカスタマイズ含め310万ドル)だそうな。
記者会見の場に居合わせた自動車評論家の西川淳さんと立ち話をしていたら「ブルースはちゃんとSVDの顧客かなぁ?」と不思議なことを発した。筆者が怪訝な顔をしていたら「ほら、アイアン・メイデンの!」と西川さんは追い打ちをかけてきた。しばらくして納得。そう、ロブ・ディキンソン氏の従兄は、世界的なヘヴィメタバンド「アイアン・メイデン」のフロントマン、ブルース・ディキンソンであることを失念していた。そして、ロブ・ディキンソン氏に確認することに。日本には様々なメディア媒体があるが、この質問をしたのは弊誌だけだろう。
「あー、ブルースはケチですからね、こんな金額を車には支払いませんよ。たしかVWゴルフTDIかなぁ、ヤツが今乗っているのは」と笑っていた。そのほか、聞いてみたのはイギリスに構えるSVD(正確にはシンガー・ボディ&ペイント社という子会社)の工房の見通しについて、だ。イギリスではDLSを75台、DLSターボを99台のレストアを施す計画だが、この台数に達した後、その処遇がどうなるのか個人的には注目している。
「向こう10年の計画を策定していますので、心配はありません。現在は964型をベースとしたレストアを展開していますが、ほかのモデルをベース車として検討しないことは愚行でしょう」とちょっと思わせぶりな返答まで貰った。2年前、アメリカの投資ファンド、Certaresによる出資を受け、SVDはレストモッド業界で前進するスピードを増しているように感じる。
文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)