自分がメーカーになりたい!と選んだ農業
大阪府高槻市の市街地から車で約20分。低い山々に囲まれ、大阪府と京都府の境付近を水源とした芥(あくた)川が流れている原地区に末延さんの畑と加工場がある。取材している間も聞こえてくるのは鳥の声とせせらぎの音、そして山の木々が触れあう音だけである。農地のそばにある倉庫には、種から育てているというキャロライナ・リーパーの苗が並んでいた。
キャロライナ・リーパーは、世界一辛いトウガラシとして2013年にギネス世界記録に認定された。「リーパー」とは鎌を持った死神のことで、その実の形が鎌のように見えることから名付けられたという。2023年に「ペッパーX」に世界一の座を奪われたものの、辛さを示すスコヴィル値は164万SHUとすこぶる高い。生で食べると危険とまで言われている。
末延さんはそんなキャロライナ・リーパー専業の農家である。農業を始める前は進物用菓子の卸売会社の営業だったという。営業のターゲットは地方の店が多く、日本中を車で延々と回り、月の半分は地方で過ごす生活だったそうだ。土地に縛られない仕事をしていた末延さんが、あえて土地と切っても切れない農業を志したのはなぜなのだろうか。
「前職では同業者同士の価格のたたき合いがあったので、僕は勝負に勝つためにサービスとしてその店舗の銘菓のPOPを作成して提供していました。そういう努力をするならいっそ卸ではなく、自分で独自のものを作って販売するメーカーになって勝負したい。それで自分で何を作れるのかと考えたとき、野菜を栽培してみたいと思ったんです。農業なら自分で作ったものを売ることができるし、自分で作ったものなら愛も持てます。いいものを作れば自信を持って売れるんで、面白いなって思ったのが、農業をしようと思ったきっかけです」(末延さん)
農業をするなら地元である高槻市でやろうと、末延さんは会社勤めの傍ら、市役所に農地を借りるための相談に行った。しかしそこで「京都の亀岡に行った方が広い農地がある」とアドバイスされた。実際、高槻は圃場(ほじょう)整備がされていないいびつな形の段々畑ばかりで地形的な制限も多く、1つの土地が10アール程度の農地しか空いていなかった。
「それでも農業がしたかったので、サラリーマンをしながら0.5アールほどの農地で農業っぽいことを始めました」(末延さん)
キャロライナ・リーパー栽培のきっかけは「変な野菜」
2016年、末延さんはサラリーマンを辞め、やっとのことで高槻市の原地区で20アールほどの農地を借りることができたが、やはりいびつな形の段々畑だった。それでもすぐそばに川が流れており、あふれんばかりの自然に囲まれた美しい場所だ。
しかしこの畑の状況では効率的に栽培することは難しい。畑を広げても労力がかかるだけで収益アップにはつながりにくいだろう。それなら付加価値を付けて売ろうと始めたのが、変わった野菜の販売だ。
「当時は珍しかった紫のしま模様のゼブラナスや白ナスとか。白や紫のパプリカとか、星形の断面になるズッキーニとかも作りましたね」と、末延さんは当時を振り返り、自嘲気味に話してくれた。「変な野菜セット」としてメルカリなどで販売したが、野菜はかさばるので送料も高く、夏野菜は相手が不在で再配達になるとダメになってしまうこともあった。1年ほど続けたが、生計を立てるまでには至らなかった。
「珍しい野菜なら高く売れると考えましたが、面積が狭いので難しかったですね。1年くらいやってみましたが、他のものにしようと」(末延さん)
しかしこの「変な野菜セット」が激辛トウガラシ栽培のきっかけとなったのだという。「変な野菜セットは5種類ほどの野菜をセットにしていました。その中に激辛トウガラシのハバネロやジョロキアもあったんです。加工場にいい場所を借りられたんで、自分で加工して粉末にしていました」
その場所はかつてお寺だったところ。農場にも近く、周囲には誰も住んでいない。激辛トウガラシの加工場にはうってつけだった。なぜなら、キャロライナ・リーパーを加工すると、その成分が飛散して周辺住民に影響を及ぼす可能性があるからだ。
この狭い土地を生かして収益を上げるには、激辛トウガラシをめいっぱい自分で栽培して加工するしかない。
「どうせやるなら一番辛いトウガラシにしようと、ギネスに認定され世界一辛いと話題になっていたキャロライナ・リーパーを日本で栽培して一味唐辛子を作ろうと決めました。激辛トウガラシの加工業者は少ないですし、加工料も高いんです。過酷ですから」(末延さん)
こうして2017年、末延さんは激辛トウガラシの栽培から加工・販売まで行う専業農家となった。
細心の注意が必要な過酷すぎる激辛加工
末延さんが栽培するキャロライナ・リーパーは、追熟はさせず、木についたままで完熟したものを収穫する。種は最初はアメリカの農家から直接買い付けていたが、現在は自ら種取りをしている。
「9月から収穫時期を迎えます。完熟で収穫すると、糖度が高くなるんです。激辛愛好家は、辛いけど甘い、うまみがあると言ってくれます」(末延さん)
しかし、その収穫には細心の注意が必要だ。少しでも汁が肌に付くと大変である。汁が手に付いた状態でうっかり目を触ったら、痛いどころではないという。そのあとの乾燥・加工の工程も同様だ。
完熟したものを収穫後、洗浄し、3日かけて低温乾燥させている。そのうち1日は天日干しをする。乾燥後、新鮮なうちに加工する。
加工の際は防護マスク、防護服の完全防備である。誤って着ているTシャツにでも付こうものなら、脱ぐときに顔に付く可能性がある。手に少しでも付いていればコンタクトを外すときにえらいことになる。眼鏡にすればいいのにと思うが、眼鏡をかけて防御マスクを付けたら眼鏡が曇って作業に支障が出るのだ。
「今でも乾燥させている3日の間に、気持ちを整えて加工に挑んでいます。何回か目や顔についてえらいことになった経験をしてますから。ただ複雑なんですが、しんどければしんどいほど、誰もやりたがらないから加工の仕事に値打ちが出るんで、安心する自分もいるんです」(末延さん)
全国ネットのテレビ番組から火が付き、売り上げ増
末延さんの過酷な仕事によって作られたキャロライナ・リーパーの一味唐辛子。4グラムの瓶詰を1480円(送料込み)で、大手ECモールで売り出した。
「最初はせいぜい月に2、3本しか売れませんでした。でも、全国ネットのゴールデンタイムで激辛好きの女の子に密着する番組が放映されて、僕のではなかったんですがキャロライナ・リーパーの一味唐辛子が出てきたんです。その放映後に一気に売れ始め、1日に100本売れる状態が2週間くらい続きました」(末延さん)
この出来事があったのが2018年。栽培品目をキャロライナ・リーパーだけに決め、生産・加工販売を始めた1年後のことである。それからは、リピーターも付き、コンスタントに売れ始めた。
その後末延さんは、2021年に大阪府の認定農業者となった。
現在、販売しているのはキャロライナ・リーパーの一味唐辛子と山椒(さんしょう)などを加えた七味唐辛子。そして、激辛メニューなどを扱うラーメン店などに販売する100グラム入りの業務用である。ほとんどがインターネットでの販売だ。国内で生産から加工販売までしていることは購入者にとっても魅力となっており、個人での購入はほとんどがリピーターだ。中には、一度に10本の一味唐辛子を購入してくれるリピーターもいるそうだ。
さらに、2022年にはキャロライナ・リーパーを使用した激辛インスタント麺の販売も始めた。末延さんはこれらの加工品を需要のある中華圏に向けて輸出するための準備もしているそうだ。
獣害対策に使用できないか模索
末延さんは農作業を楽しくしたいと、自分が使いやすいように道具などをアレンジするのも得意だ。そうしたアイデアマンの一面を発揮し、キャロライナ・リーパーに別の用途もあるのではないかと模索している。
「まだ形にはなっていませんが、獣害対策商品として熊よけにキャロライナ・リーパーをパウダーにして噴射したりできる商品ができないか考え中です。規制もあるので警察や弁護士に相談しています」(末延さん)
末延さんは、農場のある原地区が気に入り、ずっとこの場所で農業をしたいという。有機JAS認証の取得も目指し、申請中だという。熱狂的な激辛ファンから好評を得て売り上げも順調だが、やるからにはさらにいいものを作りたいと、工夫を重ねている。
栽培も加工も過酷なキャロライナ・リーパーの可能性をとことん追求し続ける末延さんの、今後の展開が楽しみである。