ヤマハ発動機が「感覚拡張HMI」という技術を開発中だ。HMIは「ヒューマンマシンインターフェイス」の頭文字だが、感覚拡張ってどういうこと? クルマやバイクにどんな進化をもたらす技術? 「人とくるまのテクノロジー展 2024」(パシフィコ横浜で5月24日まで開催中)で確認してきた。

  • ヤマハの感覚拡張HMI

    ヤマハブースに設置されている「感覚拡張HMI」の体感装置。同技術は今回が初出展だ

直感的な後方認知が可能になる?

感覚拡張HMIとは「聴覚を利用して後方認知を直感的に支援する技術」だというのがヤマハの解説。簡単に言ってしまえば、後ろから何かが来たという情報を、音で直感的かつ自然に人に通知する技術だ。

現在の自動車やバイクでは、視覚的に確認できない(見えない)ものをミラーやカメラなどで視覚的に補う技術が発達しているが、考えてみれば人間の体は、後方などの死角を目で見て確認できるようにはできていない(モノを見るには、そちらを向くことが必要になる)わけで、これはいわば不自然な状態といえるのだ。

研究の中心人物の1人であるヤマハ 技術・研究本部の末神翔さんによれば、「本来、人は死角から接近してくる対象物を、聴覚によって気配として察知しています。感覚拡張HMIは人の視点に立ち、人が本来行っている情報処理の理論に沿った情報提示を行うHMIを作るというコンセプトで開発しています」(以下、カッコ内は末神さん)とのことだった。

音へのこだわりは?

展示されている感覚拡張HMIの仕組みは、カメラやレーダーなどの先進技術を用いて後方車両との距離を測定し、後方車両の位置情報をヘルメット内のスピーカーから音でライダーに知らせるというもの。放射状に配置した7個のスピーカーの位置は、かなり綿密に検討しているそうだ。スピーカー同士の位置が近すぎると、音が混ざって識別できなくなってしまうのだとか。

鳴らす音については、どんな音ならライダーは嬉しいと感じるかというところにまで想像力を働かせてデザインしているという。

  • ヤマハの感覚拡張HMI
  • ヤマハの感覚拡張HMI
  • スピーカーが配されたヘルメットとスピーカーの配置位置

実際にヤマハブースのデモ機で体験してみると、後方車両との距離が離れている時には小さな不協和音が聞こえ、近づいてくるにつれて、その不協和音が大きくなっていった。追い越されると和音に切り替わり、やがて音が鳴りやんだ。

「音色は、なんでもいいわけではありません。今回は、後ろから車両が接近している時は不協和音でちょっと気持ち悪い感じにして、車両が通過して安全になると和音になるという表現をしていますが、それが正しいかも含めて研究しているところです」

ちなみに、自車が車両を追い越した場合は、追い越した車両が後方にいても音が聞こえることはなかった。

「もちろん、自車が追い越した車両の位置についても音で知らせることはできます。ただ、そうなると常に音が鳴っている状態となり、ちょっと煩わしいと感じてしまうかもしれませんし、本当に重要な音がわからなくなる可能性もあります。ここも研究段階となるため、今回は自車に迫ってくるものだけを音で通知しています」

感覚拡張HMIは歩行者も使える?

感覚拡張HMIは今のところ基礎研究、応用研究のレベルにあり、すぐに実用化できる技術ではないという。一方で、この技術はバイクにとどまらない可能性も秘めているそうだ。

「バイクの場合はスピーカーをヘルメットに装着する形ですが、クルマであれば車載スピーカーや立体音響、バーチャル音源など、いろんな可能性があります。ネックスピーカータイプであれば歩行者や車椅子で使うことができるかもしれません」

どんな形で展開できるかは今後の開発次第といったところだが、実用化された際にはユーザーにどんなメリットが生まれるのだろうか。以下、末神さんの見解だ。

「まず、人の負荷が少なくなることが挙げられます。負荷が少なくなれば、人は自分のリソースを他のことに割いて、より楽しむことができます。それが結果的に、安全につながります。楽しむこととの両立がヤマハらしい安全訴求の仕方であり、そこは1番のポイントになると考えています。やはりユーザーも、楽しくなければなかなか使ってくれません。感覚拡張HMIは社会課題を我々らしく、どうやって解決するかということの1つの例ではないかと思います」

なお、ヤマハブースでは他にも、心電データからライダーの状態を記録し、感情を地図上にプロットして共有できる「感情センシングアプリ」、駆動力と操舵力の制御を用いて、電動スクーターの低速走行時に車両の姿勢を安定化させる技術「AMSAS」を搭載したコンセプトモデル「ELOVE」(イーラブ)、モビリティに知能化技術を融合させた概念検証実験機「MOTOROiD2」(モトロイド2)などを見ることができる。

  • ヤマハの「感情センシングアプリ」

    「感情センシングアプリ」

  • ヤマハの電動スクーターコンセプト「ELOVE」(イーラブ)

    電動スクーターコンセプト「ELOVE」(イーラブ)

  • ヤマハの概念検証実験機「MOTOROiD2」(モトロイド2)

    概念検証実験機「MOTOROiD2」(モトロイド2)