現代最高峰ジャズギタリスト、メアリー・ハルヴァーソンが明かす「実験と革新」の演奏論

1980年生まれのメアリー・ハルヴァーソン(Mary Halvorson)は2000年代から徐々に頭角を現し、いつしか世界屈指のジャズ・ギタリストと認められるようになった。米国の権威あるジャズ雑誌ダウンビート誌は批評家投票で、昨年まで6年連続で最優秀ギタリストに選出。パット・メセニーやビル・フリゼール、カート・ローゼンウィンケルといった面々をも上回るほどの圧倒的評価を確立している。

フリージャズを含むエクスペリメンタルなシーンでの活動が中心のため、日本での知名度はまだ追いついていないものの、「天才賞」として知られるマッカーサー財団フェローシップなどの受賞歴も華やかだし、同業ギタリストからの信頼も厚い。ジュリアン・ラージも以前取材したとき、戦後のジャズギター史に革新をもたらした「特異点」の一人として、デレク・ベイリーやビル・フリゼールとともに彼女の名前を挙げていた。ここ数年は名門ノンサッチから意欲的なアルバムを発表しており、今年リリースの最新作『Cloudward』も様々なメディアで高い評価を得ている。

そんな彼女が今年6月、同じくマッカーサー財団フェローシップを獲得しているチェロ奏者トミーカ・リード率いるカルテットの一員として来日ツアーを回る。10年近く前にマーク・リーボウのバンドで来日したことがあるが、メアリーの演奏をスモールコンボでたっぷり聴ける機会は今回が初めて。そんな貴重な来日に際してインタビューを行なった。

メアリー・ハルヴォーソンの新しさは「既知」と「未知」が共存しているところにある。ヴィンテージ志向のエレクトリックギターを愛用し、そのオールドスクールな音色や響きにもインスパイアされながら、チューニングが突如急激にズレるようなエフェクトを自然に織り交ぜ、ギミックではなくフレーズの一部として機能するように組み込んでみせる。そういった他の誰とも似ていない独創的なギターワークや、巧みにデザインされた作曲術についても貴重な話を聞くことができた。入門編としても申し分のないインタビューになったと思う。

マッカーサー財団フェローシップの受賞インタビュー動画

―ギターを弾き始めたのはいつ頃、どういうきっかけでしたか?

MH:11歳の頃ね。その前に、7〜8歳のときはヴァイオリンを習っていた。友達がみんな習っていたから。なのに、父から「ヴィオリンよりもギターにしろ、その方がクールだぞ」と言われてしまって。それでも私は「友達と同じヴァイオリンが弾きたい」と言い張ったんだけど、結局は飽きてしまった。オーケストラで弾くのもあまり好きじゃなかったし。そんな時にジミ・ヘンドリックスを聴いて「こっちがいい」と思った。

それで11歳でギターに目覚め、最初は独学で弾いていた。ヴァイオリンである程度の音楽的素養があったから、ギターのタブ譜でジミヘンやビートルズの曲を弾いていたのを覚えてる。私が本気だと悟った両親が先生に習わせてくれて、その先生がたまたまジャズギター奏者だった。特にジャズに関心はなかったけど、素晴らしい先生で彼からジャズを学び始め、徐々に好きになっていって。父がジャズのレコードをたくさん持っていたので、コルトレーン、モンク、ミンガス、オーネット・コールマン、マイルスなどを私も聴くようになっていった。おそらくそれが私の最初のインスピレーション。そこから大学の先生だったアンソニー・ブラクストンを通じて、より実験的な音楽を好きになっていった。

―10代の頃に好きだった音楽は?

MH:色々好きだった。高校生の時はジャズもたくさん聴いていたけど、ラジオからかかる当時……つまり90年代半ばのポップス、ロックも。ギターでいうと、デレク・ベイリーのような実験的なものも聴き始めた頃。あらゆるタイプの音楽が好きだった。でも、一番はジャズだったと思う。

―世代的にオルタナティブ・ロックやグランジも聴いてたのでは?

MH:ええ。ニルヴァーナも好きだった。彼らはメルヴィンズの前座を務めたこともあったし。ほかにも特に好きだったのはディアフーフとか。

―自分で探し出して見つけたジャズの最初は?

MH:さっき話した父のコレクション以外だと……ウェス・モンゴメリーが最初に好きになったジャズギタリスト。あとはジム・ホール。でも、初めてジャズの世界に連れて行かれる感覚を知ったのはコルトレーンだったと思う。初期の影響ではオーネット・コールマンも。ジャズだと、なぜか影響を受けたのはギタリストではなくてホーン奏者ばかりだった。ミンガスもそう。

―ウェズリアン大学(コネチカット州)では何を学んでいたんですか?

MH:専攻は生物学。プロのミュージシャンになるつもりはなくて、音楽はあくまでも趣味だったから。ただ、優れた音楽プログラムがあるのも知ってたから、「音楽も少しできるな」と思って入学したところもある。そうしたら、1学期にアンソニー・ブラクストンの授業を通じて、音楽の世界にすっかり夢中になってしまって。その結果、私は科学の授業は全部落としてしまったので、科学のほうは1年目ですっかり断念(笑)。

―(笑)。

MH:でも、当時の私にとっては、ミュージシャンになろうだなんて非現実的で勇気のいる決断だった。私はリアリストなので、(音楽の道に進むのは)未知の世界に飛び込むみたいな感じだったから。そこで後押ししてくれたのがアンソニー・ブラクストンと、当時ギターの先生だったジョー・モリス。彼らが「君ならできる」と背中を押してくれた。

―アンソニー・ブラクストンやジョー・モリスのことはもともと知ってたんですか? それともたまたま受講したんですか? 二人ともエクスペリメンタルな音楽家なのでどうだったのかなと。

MH:アンソニーの音楽のことは以前から知っていたし、大学で教えていることも知っていた。でも、実際に彼と出会って教わるまで、彼の音楽の視野の素晴らしさを理解できてなかった。それくらい、彼は私自身の音楽とクリエイティビティの可能性に対する認識を大きく広げてくれた。それまで音楽というと楽曲を演奏するものだと思い込んでいたけど、アンソニーのやってることは「3つのオーケストラを衛星で繋いで演奏するための音楽」とか、「100本のチューバのための音楽」だったから(笑)。クレイジーすぎるでしょう? 彼は音楽ならなんだってできることを教えてくれたと思う。

ウェズリアン大学で教鞭を取るアンソニー・ブラクストン、大学ではラージアンサンブルも指導

―ジョー・モリスのことは?

MH:彼はウェズリアン大学で教えていたわけではくて、私が彼のファンだったから、彼のライブを観に行き、レッスンをしてもらえないかと頼んだのが最初。そうしたら、たまたま大学から車で20分くらいのところに住んでいたから、そこに通い詰めるようになった。彼はギタリストとしても大好きだけど、素晴らしい教師でもある。ジョーのレッスンを受けた人は大勢いて、彼の教え子に会うと私はいつもどんなことを教わったか尋ねることにしている。なぜなら人によって全然違うから。つまり、彼にはメソッドはなくて、その生徒ごとに必要なことを教えてくれるということ。それってすごいことだと思う。

ジョー・モリスらと演奏するメアリー・ハルヴァーソン(2013年)

TRAVERSING ORBITS MARY HALVORSON - JOE MORRIS

ジョー・モリスとメアリー・ハルヴァーソンの共演作『TRAVERSING ORBITS』

―大学に入った頃から、彼らがやっていたような音楽に強い興味があり、自分でもやりたいと思ってたということですよね。

MH:そう。アンソニー・ブラクストンの存在も大きかったし、大学の環境そのものが非常にクリエイティブだったのもある。ジャワのガムランやアフリカン・パーカッション、電子音楽、実験音楽‥‥ジャズも少し。本当になんでもあった。あの大学ではメソッドを学ぶこと以上に、クリエイティブであることが奨励される、いろんなことに関心がある人間にとっては実にいい環境だった。

愛用ギターは2本だけ、楽器へのこだわり

―その頃にギタリストとしては、どんなプレイヤーを研究していたんですか?

MH:大学の頃によく聴いていたのは、現代のギタリストだとマーク・リーボウ、ネルス・クライン、ビル・フリゼールの3人。NYに移って、1年間ニュースクール大学で学んでいた時はそれこそ毎晩ライブに通っていた。今、私はそのニュースクールで教えている。でも、生徒たちはそれほどライブを観に行っていない。「NYにいるんだから、生の音楽を聴きに行かなきゃ」といつも言ってるんだけど……。私も今では思うように行けなくなってしまったけれど、それでもなるべく行くように心がけている。(ライブの現場は)は常に何かが生まれている場所なんだから。20歳の頃はそれこそ毎晩、音楽をオーバードーズするくらい浴びていたあの時期が、自分にはすごく重要だったと思っている。

―ギター以外の器楽奏者も分析していましたか?

MH:ええ。私はギター以外の楽器を採譜するのが昔から好き。コルトレーンがハープを採譜していたとどこかで読んで、なんてクールなんだろうと思ったのもある。音楽研究のために採譜をする上で気をつけなければならないのは、自分と同じ楽器でやるとその相手に似てきてしまうこと。でも、例えばサックスを採譜し、それをギターに置き換えれば、音がまったく違うから面白い結果が得られる。ギターのために書かれた音楽ではないから、指の動かし方も普通とは異なるので、異なるパターンが生まれてくる。なので、ギター以外の楽器の影響を取り入れることに昔から興味があった。

例えば、トランペットやサックスといった管楽器のソロはよく研究した。ピアノをギターに採譜するのも面白いけど、ピアノだとギターではその通りに演奏できないことがある。あとはベースライン。私の演奏はアコースティックベースからの影響も大きいと思う。大きいホロウ・ボディのギターの”木”の音、共鳴やアタックが聴ける演奏がしたいから。

―ギターとも近い弦楽器はどうですか? 例えばスティールギター、バンジョー、リゾネーター・ギターとか。

MH:それほどはないかな。人から借りたリゾネーター・ギターを少しだけ弾いていた時期はあったし、アコースティックギターも少しだけ。高校の時、ネックがギターネックの6弦バンジョーを友人が作ってくれたのでそれも弾いたけど、今持っているギターは2本だけ。一つは日本にも持っていくツアー用のギター。もう1本のGuildギターは大抵家に置きっぱなし。この2本以外は滅多に弾かない。

―ギターは2本だけしか持っていないということですが、あなたがアーチトップのホロウボディのギターにこだわっている理由は?

MH:まるでアコギのような木の音、アタック。楽器の音がはっきり聴こえるのに、実際はエレキだっていう二面性が昔から好きだった。エレクトリックギターの楽しさはエフェクトペダルで遊べる点。レコーディングではギターとアンプそれぞれにマイクをつけ、アコースティックサウンドとアンプの音が両方聴こえ、ミックスできるようにしている。大きなホロウボディのギターだと、ギターが持つアコースティックさとエレクトリックさが聴こえやすいし、出しやすいから。

―ご自身のメインギターはどういうきっかけで入手したんですか?

MH:ウェズリアン大学でトニー・ロンバードージーというジャズギタリストに学んでいた時、新しいギターを探していると言ったら「君にぴったりのがある」と勧められたのが、Guild Artist Awardという、ちょっと変わったモデルだった。それがたまたまニュージャージーで売りに出ていて、あまり本数はないのでチェックするといいと言われたから、車で3時間、ニュージャージーに行って弾いてみたら、トニーの言うとおり完璧なギターだった。それが24年前の話。1970年製造のギターなので、私より10歳年上ってこと。

―珍しいギターなんですね。

もう1本はカスタムビルドのギターで10年ほど前に手に入れた、フリップ・スキピオが作るLuthier(ルシエー)というギター。この頃から、楽器を飛行機で運ぶのに苦労することが多くなっていて。そんな時にベース奏者がネックを取り外して運んでいるのを見て、「取り外せるネックのギターって作れる?」と聞いたら「やったことはないけど喜んでやってみるよ」と作ってくれた。裏にある小さなネジを回すとネック部分が外れるので、あとは専用の四角いスーツケースに納めて手荷物で機内に持ち込める。Guildギターに似たサウンドになるように作ってくれているので、2本を持ち替えるのもとっても楽。ピックアップも同じヴィンテージのディマジオ・ピックアップなのでサウンドも似ている。どちらも気に入っているけど、ツアーに持って行くのは後者だけ。

動画上がGuild Artist Award、下がLuthier

―それらのギターのどんな音色や質感が好きなんですか?

MH:さっき話したアップライトベースの話にも通じるんだけど、特に解放弦を鳴らした時のパワフルなサウンドに似ている。木の振動までもが聴こえてくる感じ……というか。私は昔からギターを強く弾く傾向があって、アタックがシャープで、薄っぺらいピックではなく分厚いピックで、弦をハードに鳴らしている。それに開放弦も多用する。それもアコースティックベースからの影響。私の好きなサウンドは特定のギタリストというより、そういうアコースティックのサウンドというイメージ。

あと、ジャズギターについて学んでいくうちに、多くのジャズギタリストがホロウボディのギターを弾いているのを知ったのもある。例えば、ジョニー・スミス。私は20代になって初めて知って、それから信じられないくらいハマった。これまで聴いた中で5本の指に入るジャズギタリストだと思う。彼も大きなホロウボディのギターを弾くんだけど、なんと私のGuild Artist Awardはそもそも彼のために作られたギターで、「Johnny Smith Award」 と呼ばれるはずだったもの。でも、彼はそのギターを欲しがらなかったので「Artist Award」と呼んだらしい。彼はGuildではなく、ギブソンを弾いてたらしくて(笑)。私が弾いているのが元々ジョニー・スミスのために作ったギターだったなんてびっくり。

ビル・フリゼールとメアリーによる、ジョニー・スミスのトリビュート作『The Maid With the Flaxen Hair』(2018年)

「エフェクトはあくまで装飾」革新性の裏側

―エフェクターやペダルの使い方も非常にユニークですが、どんなサウンドを求めて使い始めたのでしょうか?

MH:最初にペダルを手に入れた時は何かを求めるというよりは、ただ色々と試していただけだったと思う。その一つがLine6。そして、使い始めて割とすぐに、今も使っているピッチシフト・サウンドを発見して、すごく気に入ったからどんどん発展させていった。フットペダルだから両手が空き、ノブを回さなくても音をマニュピレートできる。つまりメロディを弾きながら、Delay Timeで遊ぶことができる。

でも、エフェクトは好きだけどメインではなく、あくまでもサウンドの装飾だと私は考えている。使っているペダルやセッティングも基本、昔から一緒。新しいLine6が出たのでそれは持っているけど。あとはディストーション・ペダルと、昔からずっと使ってるヴォリューム・ペダル、エクスプレッション・ペダル、たまにオクターバーもしくはトレモロペダルを使うくらいで、できるだけ最低限にしている。だってギターに加えて、エフェクト類をいっぱい持ち歩くのは重くて嫌だから(笑)。あ、あとループも好き!

―ギターと一緒で同じものを使い込んでいると。あなたの演奏はピッチシフトが特徴的ですよね。

MH:ディレイなんだけど、ピッチベンドみたいなサウンドを出してる。ペダルのDelay TimeのノブをNo Delayから少し上げると、ピッチが上がるようなサウンドになる。それがすごく好き。

―そういう効果を求めてエフェクトを使い始めたりしてます?

MH:いいえ、探していたわけではなく、たまたま見つけたもの。「これがディレイペダルか」と試してみたら、単なるディレイ以外にもいろんなことができるとわかったから。

―意図的に出てきたもの、たまたま出てきたもの、どっちが多いんでしょう?

MH:どちらもかな。エフェクトに限らず、たまたまやっていたら良い結果が生まれることってよくあると思う。演奏中のミスは全部がいいわけじゃないけれど「今のは何⁉️?」と思うようなクールなミスもある。例を挙げると、私は解放弦を多く使うけど、これって最初は間違えて別の弦を弾いてしまった結果だった。だからクールなミスが起きた時は、そこで止める。単に「ミスっちゃった」ではなく、それを発展させ、自分のサウンドに取り込むようにしている。

でも、自分から特定のサウンドを探すこともある。ディレイを長く伸ばしたロングディレイが欲しい、と思って色々なセッティングの中から見つけられるか探すこともあった。だから両方だね。

―ヴィンテージのホロウボディ・ギターの生音と、エフェクトとのコンビネーションによる特徴的なサウンドは、作曲にも影響を及ぼすと思いますか?

MH:ええ。私は場合によってはアンプを使わずに練習することもある。それにいつも練習する時はエフェクトをかけず、アコースティックでやってる。だから曲を書く時、どの瞬間でどの程度エフェクトを使うのかは、その場の瞬間に決めることが多い。作曲に関してはエフェクトより、実際の音やアレンジ、アコースティックなギターの部分だけを考えているということ。そう言いつつも、エフェクトが作曲の重要なパートになることもあるんだけれど……とはいえ、エフェクトはあくまでプラスアルファの要素として、後から重ね合わせるレイヤーだと考えている。

―次は作曲面について。あなたの音楽に関しては「即興がかなりの割合で含まれた音楽」ですよね。そういった音楽に関して特に研究した作曲家はいますか?

MH:その質問に答えるのは本当に難しい。特定の誰かからの直接的な影響は受けすぎないようにしようとはするけれど、同時に音楽なんていうのは、影響以外の何物でもないとも思っていて。音楽って自分が聴いた音楽全てを組み合わせて、自分のレンズというフィルターをかけて出来上がるものだと思うから。

作曲ということでは、アンソニー・ブラクストンが最大の影響源だけれど、私の書く曲は彼とはまるで似ていない。影響を取り入れるというのは、音楽を聴いて感じるフィーリングであって、それをいかに自分のものにするかなんだと思う。どの音を弾いているか、どのスケールなのか、どのパターンなのかを探し当てるものじゃない。実際、私はそれだけは避けてきた。

そう考えると、私の作曲の影響源はソングライターたちだと思う。ロバート・ワイアットは重要な存在だった。私が好きなのは実験的だけれど、同時にチューンフルな曲。フィオナ・アップルやエリオット・スミスらの音楽がもつパワーや、そこから生み出されるエモーション……50年代、60年代のジャズなら、ホーンのハーモニーやメロディ……というようにね。ヘンリー・スレッギルも大好きなコンポーザー。彼やアンソニー・ブラクストンの100%ユニークなものを作り出すクリエイティビティが大好きだから。あとは同世代の仲間たち。一緒に仕事をしたり、会ったりしているミュージシャンたちの影響。友人たちの音楽を演奏し、彼らの作曲へのアプローチを知り、それがいつしか私の一部になっているところはあると思う。

Artlessly Falling Mary Halvorson's Code Girl

ロバート・ワイアットがゲスト参加した(1、3、5曲目)『Artlessly Falling』(2020年)

―あなたは従来のギタリストがやってこなかったことをやっていると思うんです。しかも、誰かの影響が直接的に見えてこない。それってあなたが自分の中から出てきたものに正直に演奏してきた結果ですか? それともギター音楽の歴史を学び、誰もやっていないことを模索したことの結果ですか?

MH:私のサウンドが他にないユニークなものだとしたら、それはアンソニーやジョーから常に「自分のサウンドを見つけろ、私をコピーするな」と言われてきたから。彼らのレッスンはそれが基本だった。もし別の先生に学んでいて「カート・ローゼンウィンケルと寸分違わないように弾きなさい」とか、その当時の重要なギタリストの名前を挙げられていたら、私はそういう方向に進んでいたと思う。でも彼らのおかげで、いつも「自分のサウンドを探さなきゃ」というのが頭にあった。

ただ、それはティーンエイジャーにはすごく難しいことだった。常にユニークであれと背中を押してくれる人たちが周りにいて、本当にラッキーだったと思う。ユニークさの追求に終わりはないので常に上達し、変化し続けなければならない。だから私もアルバムを作るたび、同じことを繰り返さないよう、前作と違うものにしようと心がけている。自分にチャレンジし続け、異なる作品を作ることが私の目標。当然、私は山ほど影響も受けている。でも、誰か一人だけの影響が聴こえるのではないものであってほしいと思ってる。

―誰かから直接的な影響を受けすぎずに、たくさん音楽を聴いたり、人から何かを学ぶ。それってとても難しいことですよね。

MH:そういう意識を持つことが大切。実際、マーク・リーボウのバンドとの長い日本ツアーを終えて帰ってきたら、友達から「マークみたいになってるよ」と言われたの。特定の人と多く演奏していると、沁み込んできてしまうんだと思う。会話もそう。ずっと喋っている相手と話し方が似てきてしまう。そういう時は、意識的に「マーク・リーボウは数カ月聴かない」と思う(笑)。好きだからこそ「敢えて」ってこと。あまりに影響がパワフルすぎると感じたら、しばらくの間、そこから離れるようにしている。

―今日のお話を伺っていても、あなたがいかにジャズギターの歴史に精通しているのかが伝わってきます。自分が演奏している楽器の歴史、それが使われている音楽の歴史を学ぶことが大事な理由って言葉にすることはできますか?

MH:何よりもオープンマインドでいること、そして様々な異なる音楽を勉強することが大事だと思う。音楽は一種類じゃなくて、どのジャンルにおいてもたくさんのいい音楽がある。それに伝統や楽器の歴史を学ぶのも重要だと思う。でも学校での音楽の教えられ方には問題があって……クリエイティブな仕事を教えることの難しさはわかるんだけど……大抵、学校で教えられる伝統的な音楽演奏は、それ自体が最終目標になってしまう。

そうではなく「さあ、ツールを手に入れた。それを使って他のことをしてみよう」と思うべき。歴史を学ぶことはあくまでも手段であって、目的ではないと教えるべきだと思う。私にとっては、たくさんの音楽を聴き、音楽の伝統を学ぶことが常に重要だった。それでも全ては学べないし、私の音楽知識にも抜けている部分はたくさんある。例えば、クラシックギターもその一つ。私は一度もクラシックギターを学んだことはない。できれば学んでおけたらよかったんだけど。

ノンサッチからの近作を解説、トミーカ・リードへの共感

―近年のアルバムについても聞かせてください。『Belladonna』(2022年)はミヴォス・カルテットとのコラボ作なので、きっちり譜面を書いていると思います。譜面に書くことと即興を組み込むことの関係について聞かせてください。

MH:私は元々ヴァイオリンを弾いてたから、自分で弾くのはもう無理だけど、演奏面に関してわかる部分もある。なので、ヴァイオリンのアーティキュレーションやダイナミクス、フレージング、ボウイング……と彼らに与えられる限りの情報を譜面に書いて渡した。そのために弦楽四重奏のための作曲に関する本を読み、作曲の勉強もかなりしてきた。ギターのパートに関しても、一部は弦楽四重奏と共に譜面に書いたけど、一部は即興だった。あのアルバムは、即興演奏をしたのがほぼ私一人だというのがユニークな点。ミヴォス・カルテットも実は素晴らしい即興演奏者たちなので、彼らがインプロヴァイズできるパートを探して少し加えたけど、大半は私一人。弦楽四重奏のためにきっちりと作曲されている美しいパートの範囲内で私がギターを弾く、というのが狙い。とても楽しく、それまでとは毛色の異なるプロジェクトだった。

―弓で弾く弦楽器ならではのポルタメント(滑らかな音の移行)は、あなたのエフェクトとものすごく相性がいいと感じました。

MH:ええ、相性のことは考えた。ギターとのブレンドを感じられる瞬間を持たせたくて。ギターとチェロはすごく相性がいいので、結果的にはギターとチェロで同じパートをたくさん弾いている。今度、日本に(チェロ奏者の)トミーカ・リードと行くことを考えると、なんだか不思議。それに、高音域に行った時のギターはヴァイオリンとも相性がいい。つまり、オプションがたくさんあったということ。そのオプションを少しずつ、でも最終的には全部を見せようとしたってこと。ギターと弦楽四重奏が混じり合っている瞬間、そしてギターだけの世界とユニットとしての弦楽四重奏という瞬間。その全てを入れたので、どの曲でも同じことが起きるということはなかったと思う。

―同時にリリースされた『Amaryllis』』(2022年)でのトロンボーン、トランペット、ヴィブラフォンを含む編成は風変わりな編成でした。

MH:新しい編成でやるのはいつだって楽しいし、たくさんの可能性が広がる。選んだ決め手は楽器というより「人」だった。私はヴァイブ奏者のパトリシア・ブレナンが大好きで、前にも少しだけ共演したことがあったので、何かプロジェクトをやりたいとずっと思っていた。ギターとヴィブラフォンを混ぜたらクールなんじゃないかと思っていたし。そこにずっと一緒にやりたいと思っていたホーン奏者、アダム・オファレルとジェイコブ・ガーチクを入れた。ブラス奏者が二人というのも偶然。ちょっと変わっているけど、サウンドがとにかく気に入っている。リズミックなアンサンブルにしたかったので、ベースとドラムがいることも重要だった。そんなわけで、とても気に入っている。

―パトリシア・ブレナンは変わった演奏をするヴィブラフォン奏者でエフェクトも使いますよね。彼女だからできたことがあったら教えてください。

MH:言い方を変えれば、彼女以外にはあの音楽は演奏できなかったと思う。もし彼女からできないと言われたら、誰に頼めばいいかわからなかったし、そうなったらおそらくヴィブラフォン奏者は入れなかった。彼女はそれくらいユニークで素晴らしいインプロヴァイザー。彼女とは強いコネクションを感じる。私たちの楽器はどちらも伴奏をするリズム楽器(comping instrument)。トランペット・ソロでは、話をしなくても、二人でソロをサポートすることができる。二人同時に演奏してることもあれば、どちらも何もしていないこともある。もしくは彼女だけ、私だけというように。それを言葉を交わすことなくできるって素晴らしいことだし、私は彼女と共演するのが本当に好き。でも、彼女だけでなく、あのバンドの誰一人として代替不可能な存在。私にとって大事なのは各々のミュージシャンのパーソナリティだから。

―最新作の『Cloudward』は基本的には『Amaryllis』と同じ編成です。なので、前作を踏まえて制作した作品ですよね。

MH:『Cloudward』はあのバンドでの2枚目だったから、曲を書くのはずっと楽だった。バンドのサウンドは理解しているのでリスクも取れる。2枚目の曲を書く頃には、ちょうどコロナ明けでライブをまたやるようになり、ツアーやいろいろなことが動き始めている時期だったので、私はポジティブな気持ちだった。それが音楽となって生まれたのが『Cloudward』。対照的に『Amaryllis』はコロナ中、ギグもできずに家にいた時に書いたアルバムだったので、ただ自分を支えてくれるための何かだったと思う。家のソファで横になりながら「いつかこの音楽を演奏できるかもしれない、いつか命が吹き込まれるかもしれない」と思うことで、憂鬱にならずに済んでいた。でも『Cloudward』の時には物事が動き始めていたから、気持ちのうえでもポジティブな勢いがあった。

―前作よりリスクを取り、拡張した部分というのはどんなところですか?

MH:サウンドを理解し、ミュージシャンに信頼がおけると新しいことをトライするのが楽になる。『Amaryllis』では大半が譜面に書かれたパートだったので、(即興の)スペースを残せなかった。そこで今回は、たとえば1曲ではトランペットとヴィブラフォンだけのパートで始まるのもいいのかも、と思った。もしくは小さなグループで、もっとスペースがある、風通しのいい音楽でもいいのかなって。フルバンドならどんなサウンドになるのか把握していたからこそ、常に全員で演奏する必要はなかったということ。スペースをより多く残しておけば、全員が演奏した時、さらにパワフルになるから。

―『Cloudward』では作曲と即興はどのように混ざり合っていますか?

MH:このバンドでは「ここで”誰が”ソロをとれ」ということは絶対に言わない、ほぼ絶対。譜面に書いてあるのは「ここで”誰かが”ソロを取る」ということだけ。あとはバンドに任せている。もしアダムがひらめきを感じたら、トランペット・ソロになる。もしくはヴィブラフォン・ソロになることもある。というように、どこで誰がソロを取るかは私が決めるのではなく、ミュージシャン自身が決める。おもしろいのは、それぞれに好きなスポットが出てくるってこと。「パトリシアは大抵ここでソロをとる」という瞬間があって、そこが彼女の好きな場所。でも、ツアーで10回連続してショーがあったとすると、ミュージシャン同士で場所を変え合うようになる。突然、その晩はベースソロになったり。どんなバンドでも出来ることじゃないけど、このバンドでは全員が意識を張り巡らしているから「まだトロンボーン・ソロがないよね?」と気づき、そこではみんなで待つ。するとトロンボーンのジェイコブがソロをとる。誰がどこでソロを取るのか予め決められていないからこそ、全員にスペースを与えることをみんなが意識し、その場でオーケストレーションが行われる。

―トミーカ・リード・カルテットでの来日ツアーも楽しみです。

MH:このバンドでやるようになって、あっという間に10年が経った。私はカルテットの最新作『3+3』も本当に気に入っている。彼女は踊りたくなるような曲から抽象的なものまで、実に振り幅のある曲を書く能力がある。それを彼女ならではのやり方で一つにまとめ上げている。

優れたコンポジションというのはすぐにわかるもの。私にとっては、それは即興したいと思える曲ってこと。即興演奏のための枠組みを用意しておくことで、誰かが自由にそれを発展させることができる。彼女はそういう曲を書く人。そして、このバンドには自由がある。

それに、彼女は「ジャズにおけるチェロの歴史」を深く勉強しているし、AACMに参加したり、実験的な即興演奏にも熱心に取り組んでいる。私たちはクレイジーなことをやるのも好きだけど、美しいメロディと楽曲とリズムも大切にしているし、お互いにさまざまな即興の言語を織り交ぜる方法を常に模索している。その点は間違いなく、彼女と私が共有している部分だと思う。

3+3 Tomeka Reid Quartet

Tomeka Reid Quartet Japan Tour

2024年6月5日(水)東京・BAROOM

※SOLD OUT

2024年6月7日(金)名古屋・TOKUZO -得三-

https://www.tokuzo.com/2024Jun/20240607

2024年6月8日(土)大阪・スピニング・ミル

https://www.keshiki.today/event-details/trq2024osaka

2024年6月10日(月)岡山・蔭凉寺

https://omnicent.org/event/tomeka-reid-quartet-japan-tour-in-okayama

2024年6月13日(木)福岡・九州大学大橋キャンパス音響特殊棟

https://peatix.com/group/11649039

2024年6月15(土)八女・旧八女郡役所

https://yame-ongaku.square.site/

出演:

トミーカ・リード(cello)

メアリー・ハルヴォーソン(guitar)

ジェイソン・レブキ(bass)

トマ・フジワラ(drums)

ツアー詳細:https://omnicent.org/tomeka-reid-quartet-japan-tour