南アフリカ出身、ベルリンを拠点に活動するシンガー・ソング・ライター、アリス・フィービー・ルーが来日する。アリスは16歳の夏休みの時にヨーロッパを放浪し、パリの路上のファイヤーダンサーたちにインスピレーションを受けたのを機に、バスキング(ストリート・ライブ)を開始。ベルリンに魅せられてからはこの街を拠点として、ストリートでの音楽活動をスタートしている。2016年に『Orbit』でアルバム・デビューしてから、2023年7月のアルバム『Shelter』まで、アルバムはこれまでに5枚をリリース。ファンとの親密な関係、自由な作風で知られる彼女の音楽は、それこそストリートからビッグ・フェスまで、今では世界中の様々なところに広がっている。アリス自身、特別な場所だという日本でのライブは、今回で4度目となる。
ー2018年7月の初来日の時のことは覚えていますか? 代々木公園で開催された「OCEAN PEOPLES」にも出演しましたよね。
それが日本の最初のライブで、日本に着いてすぐのライブだった。ライブは「晴れたら空に豆まいて」でもやったし、小さな会場でソロのライブもやった。どのライブも素晴らしいものになったと思う。少しずつだけどファンも増えてきてるし、日本に行きたいのはコンサートのためだけじゃなくて、日本が世界の中でも大好きな国というのもあるから。
ー2019年の2度目の来日の時は、フジロック・フェスティバルに出演しつつも、鎌倉のお寺でもライブをやりましたよね。昨年の3度目の来日でも、今回の来日でもお寺でライブをやりますが、何かきっかけはあったのですか?
鎌倉に住んでいるベイカリーの友達がいて、お寺の住職と友達で。その友達のおかげで特別にお寺でライブをやってもいいということになった。いざやってみたらお寺の人たちも喜んでくれるし、私自身もお寺のライブが気に入ってしまって。いつも通訳の方に入ってもらって、僧侶の方たちとお話をするんだけど、興味深いものの見方を聞かせてもらえるし、彼らの価値観を自分のクリエイティブ・ワークに取り入れたりもできる。私は鎌倉のカルチャー、コミュニティと強いつながりを持てたので、とても恵まれていると思う。お客さんの中には息子を身ごもっている女性も来てくれて、彼女とはその後も毎年会っているし。ベイカリーの友達は自分のところのパン、ワインメイカーの人は自分のところのワインを持ってきてくれたりもする。鎌倉では今後もライブを続けてやっていきたい。
ー踊ってばかりの国、カネコアヤノ、青葉市子といった日本の音楽アーティストとの交流もありますよね。
そういう異なるジャンルの素晴らしいアーティストと出会えて、しかもビッグ・アーティストなのに私のサポートアクトを務めてくれるから、本当にラッキーだと思っている。青葉市子は日本に限らず世界の中でも特にインスピレーションをもらえるようなアーティストなの。これまで彼女と共演して、彼女のオーディエンスを見て、彼女のパフォーマンスを観てきたけれど、まるで素晴らしい旅のようだった。
ー今回の来日では、踊ってばかりの国の下津光史が東京公演のサポートアクトですよね。
そうそう。彼とは良い友達関係を続けていて。彼は私が初めて日本でライブをやった時に観に来てくれて。その時に日本のアーティストのCDを何枚もくれて、「これを聴いてみて」って言われたの。それが最初の出会いで、その後何度か共演するようになった。彼の子供も素敵だし、彼の家族も素敵。彼とのつながりは素晴らしいものだと思っている。
ー今回の来日公演はどのようなライブになりそうですか?
今の私は再びアコースティック・ギター寄りになっている時期で。アコースティックからエレクトリックに移行して、もうアコースティックには戻らないっていう、私の中のボブ・ディラン・モーメントがあったんだけど(笑)。最新アルバムの『Shelter』ではアコースティック・ギター寄りになっていて。今の私がツアーで使っているギターは、1958年のとても美しいギブソンなの。ただ、アコースティックではあるけれど、様々な要素の曲がたくさんあるから。ただ目を閉じて聴くような曲もあれば、スゴくロックできる曲もあるから、いろいろな形で盛り上がってほしい。ライブはいろいろ異なる要素があるし、いろいろ異なるエネルギーもある。私がやりたいのは、いろいろなエモーションを表現することで、みんなを私の旅に連れていくことだから。
ー今回はバンドセットでやるんですか?
そうそう。今回、ドラマーだけが一度も日本に行ったことがない人なので、今からスゴくわくわくしてるみたい。ギタリストは最近の3枚のアルバムをプロデュースした人で、ベースとキーボードは何年も一緒にやってきた仲間で、日本にも毎回一緒に行っている人たち。いろんなミュージシャンがミックスしているけれど、私のお気に入りバージョンのバンドになっている。メンバーのみんなが友達だし、ディナーにも一緒に行くし、オフの日はみんなで山に行ったりもする。親友たちと旅をして音楽をやるわけだから、今回も最高の時を過ごせそう。
「テープを使ったレコーディングは私の中で大きな転機になった」
ー最近のセットリストをチェックしたのですが、一人でピアノだけで歌った曲もありましたよね。これは新曲ですか?
そうそう。ピアノで新曲を歌った。ちょうど今新曲をいろいろ作っているところで。日本に行ったらスタジオでレコーディングをしようと思っている。新曲のレコーディングはLAで始めたんだけど、その仕上げをやりたくて。
ーどういう感じの曲になりそうですか?
「The World Above」という曲で。今までとは違うタイプの曲で、80年代のロック・ソングという感じで、サウンドがユニークで最高なの。アルバムに入れる予定はなくて、単発でリリースするつもり。日本でもライブで披露しようかな。
ー今回、「She」はプレイするんですか?
プレイしないわ。というのも、この曲が私の最大のビッグ・ソングだと思っている人が多いから。過去の曲の中にはファンが大好きでも、今の私の心から離れたものもあって。これってアーティストが抱える問題なんだけれど、ラッキーなことに、私のファンは新曲に対してとてもオープンでいてくれるから。今回、「Witches」はやるつもりでいる。Spotifyでも一番聴かれる曲だし、ビッグな曲だけれど、私自身が今でも楽しめる曲だから。私はライブでは自分が本当にプレイしたいと思う曲ばかりをやりたくて。お客さんにも楽しんでほしいし、ありのままの感覚を味わってほしいから。
ー先ほど『Shelter』ではアコースティック寄りになったという話が出ましたが、『Shelter』の1曲目「Angel」であなたの歌声から曲が始まるのを聴いた時に、あなたの歌を中心に曲が作られているのだと思いました。そこからていねいに音のレイヤーを重ねていくような曲作りをしていますよね。
そうなの。今もレコーディングをやっていて良いところは、私たち4人はお互いをよく理解した上で音楽を一緒にやっているから、とても良いアプローチができているということ。まず私が一人で曲を書くんだけれど、誰からの影響も受けないで書き始める。私は音楽の教育を受けたこともないし、演奏技術も特にないし、コードもすべて知っているわけじゃない。私はフィーリングと意識の流れを大切にしたい人だから。ヴァース、コーラスといった構成も気にしないし、自分の中から出てくるものを書いて、そこでストーリーを語る。それをスタジオに持っていって、テープを使ってレコーディングしていく。コンピューターは決して見ないで、自分の耳だけを頼りに制作をしていく。演奏もすべてライブ演奏で、録るのは1テイクだけ。編集なんてしないから、ライブ演奏のようだし、親密な感じも出る。私たちのやり方としては、あまり足し過ぎないことを大切にしていて。ゆっくりと積み上げていって、曲の形が出来たところでやめる。スペースがまだ残っている分、過剰な楽器、過剰なプロダクションに埋もれることなく、曲がちゃんと自立できているし、要素としてはあまり多くないんだけれど、曲の良さは生きているから。
ーなるほど。でもそれはスゴく感じられました。
テープを使ったレコーディングは私の中で大きな転機になったと思うの。コンピューターを見ないで、音楽だけを聴いて、欲しいサウンドだけをゲットして、ポストプロダクションに頼らない。私の大好きな60年代、70年代のレコードはどれもそうやって作られたわけだから。そういうクラシックなスタイルのレコーディングを今の時代の視点でやってみたかったから。
ーだから音にヴィンテージ感も出ているわけですね。
マイクロフォン、アンプなど昔の機材も使っているから。だけど、ヴィンテージだけにこだわるわけではなくて、使いたいと思ったらシンセサイザーも入れるし。昔の演奏技術を使いながらも、今の時代のフィーリングでやっている感じ。
ー曲作りの時はとてもカオティックだと聞いていますが、どんな感じなのですか? 天から降りてくるようなことも多いですか?
時にはそう感じることもあるわ。私は超スピリチュアルな人間というわけではないけれど、曲は私の内面から生まれるフィーリングだし、自分で歌うまではわからないものなのばかり。だから曲作りの時は、言いたいことを自分で感じ取り、コードを弾いてみて、それをスマホで録音してみる。最初に出てくる言葉は、自由に出てくるままにまかせたインプロヴィゼーションで。その時はあまり考えすぎることもしないし、オーディエンスのことも考えないし、クールで面白いサウンドになるかどうかも気にしない。大切なのは自分の中に何が隠れているのかだから。パーソナルなものだし、親密なものもあるし、居心地の悪いものもある。でも自分自身とつながって、なすがままに言葉をフロウさせることの美しさがそこにはある。私が常にやりたいと思っているのは、音楽を通して人とつながることで。どんな年齢のどんな人でも、聴いた人がそこに自分なりの意味や愛着を持ってくれて、自分なりにリリックを解釈してくれたらいい。それでどんな人とも私は音楽で会話ができるから。
「音楽は誰もがアクセスできるものだと思うから、ストリート・ライブはずっと続けていきたい」
ー『Shelter』はタイトルが示すように、シェルターにこもって自分自身と向き合う感じもありますが、同時に成長と変化についても歌っていますよね。このアルバムを作った時はどのようなモードでしたか?
ちょうどこのアルバムを出した去年は私が30歳になった年で。自分自身が居心地が良いと思えるところまで来れたと思ったの。もう逃げも隠れもしないで、私は私なんだというのを理解することができたから。この2年は事情があって家を持たなかったんだけれど、どこにいても自分というものがある限り、そこが家だと思えるようになって。それで自分自身の中にホームを見つけた時、私の中に入ってくるものがたくさんあったの。今まで理解できなかったこと、向き合わなかったこと、トラウマ、自分が避けていた問題といったものに向き合うことになって。『Shelter』は、そういう様々な断片を取り出して、私が解決してこなかったものごとを理解し、直面して、歌うことで、より居心地が良くてハッピーな場所にたどり着いた、そういうアルバムになっている。
ー一方、日本でレコーディングをする新曲はどのようなモードですか?
ダンスできる曲だし、エネルギーもある。新曲はダークなところから浮かび上がって、光を見つけることをテーマにしていて。人生の中の障害となるものを取り除いて、自分を大切にすることにフォーカスしている。
ーあなたは元々ストリート・ライブから音楽を始めているし、今ではストリートでも、お寺でも、ビッグ・フェスでもライブをやりますよね。場所とお客さんはいろいろ変わりますが、どういうスタンスでライブに臨むのですか?
ストリート・ライブが根底にあるから、今はどんなところでプレイしても、ちゃんと理解できてると思う。ストリートで演奏することでトレーニングにもなったし、人々が立ち寄りたくなるような温かみのある魅力的な空間を作る方法を教わることもできた。ストリートでは日常を生きている人たちをつかまえなきゃいけないし、彼らを引き込まなきゃいけない。コンサートやフェスでプレイする時も、1時間とか1時間半という時間の中で、お客さんたち全員とのつながりを作って、みんなが一つになれる方法を見つけなきゃいけない。これはどんなライブ環境にも当てはまることだから。私はいろいろな環境でライブをやるのが大好きで、そこでいろいろな自分と自分の音楽を発見できるし、チャレンジもあるし、常にわくわくすることもできる。今でも夏になるとベルリンの公園でストリート・ライブをやるんだけれど、いつだって素晴らしい経験になっている。親が子供を連れて観に来たり、コンサートのチケットを買えないファンが来たり、ファンにレコードにサインをしたり。音楽は誰もがアクセスできるものだと思うから、これはずっと続けていきたい。
ーアルバム・リリース記念のストリート・ライブもやりましたよね。
そうそう。長年サポートしてくれたファンに対する恩返しの意味もあって。成功したからと言って、そういうファンを忘れることなく、自分の基本に戻ってやりたいから。ストリート・ライブをやるたびにいつも思うのは、何故私は音楽を好きでやっているのかということだから。
ー年を重ねることで自分の中での音楽の意味は変わりましたか?
変わったと思う。音楽には癒しの要素もあるけれど、始めた頃はもっとバトルという感じだった。若かったから、自分の道を切り開くために戦う感じだった。自分の歌をもっと聴いてほしい、自分の求めているものを手に入れたいという戦いだったし、さらに言うと、レーベル契約もしなければ、コマーシャルな音楽もやらないから、そういう意味では私はその戦いには負けたことになってしまう。でも、それは良いことだと思っていて。自分にとって音楽がどういう意味を持つのかということにフォーカスできるし、売れるために戦う必要もない。私は今の感じが好きだし、これ以上のことを求めていない。自由を感じられるのもいいし、いろんなことにもトライできるし、私が何をやろうともファンは私の旅についてきてくれるから。ポップスターになりたいと思ったこともないし、今のこの活動スタイルが気に入ってやっている。今ではバンドのメンバーにもギャラが払えるし、ツアー先でもカウチじゃなくてホテルで自分の部屋に泊まれる。スゴくいいところにたどり着けているので、これをずっと続けていきたいと思っている。
Alice Phoebe Lou 来日公演
5月22(水)大阪・梅田クラブクアトロ ※当日券あり
OPEN 18:00 / START 19:00
チケット ¥7,000 (税込/All Standing/1drink別)
当日券 ¥8,000 (税込/All Standing/1drink別)
5月23日(木)東京・恵比寿LIQUIDROOM ※当日券あり
SUPPORT ACT 下津光史(踊ってばかりの国)
OPEN 18:00 / START 19:00
チケット ¥7,000 (税込/All Standing/1drink別)
当日券 ¥8,000 (税込/All Standing/1drink別)