Glass Beamsとは何者か? インド×西洋の摩訶不思議サウンドを創造する3人組の「素顔」

今夏のフジロックでダークホースとなりそうなのが豪メルボルン出身のグラス・ビームス。話題の最新EP『Mahal』もこのたび日本盤化(日本語帯付き12インチ/タワーレコード限定国内盤CD)。エキゾチックなサウンドで中毒者を生み出し続ける彼らの魅力を、気鋭のライター最込舜一が解説する。

覆面の3人組グラス・ビームス(Glass Beams)は、まだEP2作の計9曲しか音源のリリースがないのにもかかわらず、その摩訶不思議な世界観で急速に多くのリスナーを熱狂させている。

ロンドンの名門レーベルNinja Tuneからのデビュー作となった2nd EP『Mahal』は、インドの伝統的な音楽と西洋の音楽スタイルの融合を試みた作品だ。「融合」とは具体的にはどういうことか。ライブ映像を見てみると、彼らの音楽は徹底的に同じフレーズを繰り返すことでグルーヴを生むクラウトロック的なドラムとベースに、艶やかな音色のギターが加わることで構成されているのが分かる。

映像にはオシロスコープの波形や、軋んだ音を放ちながら回転するオープンリールデッキといったアナログ機材が映し出される。アラビアンな色合いで統一されたビジュアルにはラグジュアリーな雰囲気も漂う。そして何より、その仮面である。彼らをミステリアスな存在たらしめているのは、この仮面に他ならない。宝石が網目状に散りばめられたマスクの向こうにあるはずの素顔は、見えそうで見えない。

覆面音楽家の先人にはダフト・パンク、スリップノットなどが挙げられるが、グラス・ビームスは全員が全く同じ仮面をしているという点で異質だ。バンドの創設者、ラジャン・シルヴァが一体どの人物なのかさえも判然としない(ファンキーに飛び跳ねているギタリストなのだろうか?)。ソーシャルメディアの時代を逆手に取り、プロフィールをあえて隠すことで自己の神秘化を図るアーティスト自体は珍しくはないが、彼らの姿勢はそういった単なるマーケティング戦略のようにはあまり見えない。現時点でアクセスできる情報から彼らの「素顔」を探ってみよう。

メルボルンで結成したグラス・ビームスは2021年にEP『Mirage』でデビュー。同年、同作収録の「Taurus」を、カナダのDJ/プロデューサーのジェイダ・Gが人気ミックスシリーズ『DJ-Kicks』にて取り上げ、早くも大きな注目を浴びることになる。パンデミック下のインターネット上で話題になると同時に、フェスの現場でもファンを増やしていった。

そして、ネット上でも大きな話題になった過去のツアーで披露した未発表曲を自宅スタジオで仕上げたのが今回の『Mahal』である。

注目しておきたいのは作曲、録音、ミックス、マスタリングといった一連の流れからアートワークに至るまでメンバー自身が手がけている点である。このプロジェクトの鍵を握るのがバンドの創設者であるラジャン・シルヴァだ。彼のルーツにはインドからの移民である父親のレコードコレクションがあり、グラス・ビームスの世界観にはその経験や記憶が反映されている。

インドの遺産へのラブレター

ラジャンの父親は17歳のときにインドからオーストラリアにやってきた移民である。時は1970年代後半、当時のオーストラリアは有色人種の移住を制限する悪名高き白豪主義政策から制度的には脱却し、移民の流入がさらに加速した時代にあたる。若くして移住してきたラジャンの父がどんな思いで母国インドのレコードを集めていたのかは想像するほかないが、そのコレクションがオーストラリアで移民二世として暮らす息子ラジャンのアイデンティティ形成に影響したのは自然な成り行きだったと言えるだろう。

ラジャンはインドの国民的歌手のアーシャ・ボースルやラタ・マンゲシュカルを通じてインドのポップカルチャーに親しみ、映画音楽監督や俳優としても知られるR.D.バーマン(クーラ・シェイカーが最新作でバーマンの楽曲をカバーしている)や、同じくボリウッド映画界で活躍したカリャンジ・アナンジをお気に入りに挙げる。エレキギターやブレイクビーツの取り入れ方といったプロダクション面で深く影響を受けたとラジャンは語っている。また、B.B.キングやマディ・ウォーターズといったブルースのレジェンド達のレコードもあったという。

アーシャ・ボースル

カリャンジ・アナンジ

中でも幼少期に父親と『コンサート・フォー・ジョージ』(2003年公開)のDVDを見たことは、ラジャンにとって重要な記憶だという。ジョージ・ハリスンの追悼コンサートを収めた映像作品で、そこにはポール・マッカートニーやエリック・クラプトンといった西洋のスーパースターと肩を並べるインドの伝説的シタール奏者のラヴィ・シャンカールと、その娘アヌーシュカの姿があった。ラヴィ・シャンカールはジョージ・ハリスンにシタールを伝授し、ザ・ビートルズがインド音楽を取り入れる道筋を作った人物でもある(ちなみにラヴィはノラ・ジョーンズの父)。インドの血を引くラジャン少年の目には特にその姿が鮮烈に映った。

ジョージ・ハリスンにシタールの弾き方を教えるラヴィ・シャンカール

しかし、ラジャンは幼少期にラヴィからインスピレーションを得たと語りつつも、音楽制作において直接的に影響を受けたと語るのはラヴィの甥にあたるアナンダ・シャンカールだという。アナンダもまたインドのシタール奏者であり、西洋と東洋の音楽の融合に心血を注いだ。ジミ・ヘンドリクスとも交流のあった彼のセルフタイトル作『Ananda Shankar』(1970年)には、ザ・ローリング・ストーンズの「Jumpin' Jack Flash」やドアーズの「Light My Fire」をシタールでカバーした楽曲等が収録されている。

ラジャンはRolling Stone Indiaのインタビューで、同作のアートワークに書き込まれたアナンダによる一文を引用している。

「私には西洋音楽とインド音楽を新しい形に混ぜ合わせてみたいという夢があった。特定の名前はないけれども、美しいメロディで心を打つ音楽を作りたい。それは、最も現代的な電子デバイスと古い伝統楽器であるシタールを組み合わせたものだ」(筆者訳)

つまり、アナンダは現代的な「電子デバイス」としてのロックバンド(=西洋)を「伝統楽器」であるインドのシタール(=東洋)と融合し、新たな音楽の創造を目指したのだ。アナンダの方法論は東洋の楽器で西洋を再現することだったが、グラス・ビームスが試みているのはその逆であるとも言える。彼らのサウンドは明らかにシタールを意識しているが、シタールそれ自体を使ってはいない。

上述のインタビューでラジャンが1作目『Mirage』について、「インドの遺産へのラブレター」と言及しているのは興味深い。「ラブレター」という表現の持つ独特な距離感。インド音楽を「レペゼン」するのではなく、あくまでインドへの憧憬を表現しているのだとすると、「ラブレター」というのは言いえて妙だ。『Mahal』のギターサウンドの艶やかさにはシタールへの恋慕が感じ取れる。

ここまでの事柄を踏まえると、よく引き合いに出されるクルアンビンとの違いも明瞭に見えてくるはずだ。確かに編成は同じで音楽的な聴感も似ているし、クルアンビンが好きならグラス・ビームスも気に入るはず(もちろん逆も然りだ)。クルアンビンが古今東西のあらゆる音楽をごった煮にした「無国籍」(あるいは「多国籍」)なサウンドだとするならば、グラス・ビームスの生み出すサイケデリアとファンクネスは、ラヴィ・シャンカールの登場以降繰り返されてきた西洋のポップミュージックにおけるインド音楽の受容/翻案という歴史的な流れの中で捉えられるものだろう。

ここで仮面についても考えを少し進めておこう。もっとも、彼らは仮面の意味について語ることはせず、インタビューでもファンから寄せられた考察のいくつかを楽しみつつ紹介するに留めている。しかし少なくとも言えるのは、仮面はそもそも人を変身させるものだということ。仮面が何を表現するのかよりも、「素顔を覆い隠す」という仮面の持つ基本的な機能を見逃してはならない。グラス・ビームスにとって、仮面には彼らの人種やルーツを覆い隠す作用があるのだ。このようにあえてミステリアスな雰囲気を強めることによって、逆に世界中のリスナーに開かれた表現になることを彼らはきっと理解している。

彼らはフジロックへの出演が決定している。世界中で話題を呼んだライブパフォーマンスがどのようなものなのか、グラス・ビームスがどのように発展していくのか。その始まりから目撃できるあなたは、間違いなく幸運なリスナーのひとりだ。

グラス・ビームス

『Mahal』

2024年5月17日リリース

◎日本語帯付き12インチ

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13943

◎タワーレコード限定国内盤CD

https://tower.jp/artist/discography/3867327

FUJI ROCK FESTIVAL'24

2024年7月26日(金)27日(土)28日(日)新潟県 湯沢町 苗場スキー場

※グラス・ビームスは7月27日出演

フジロック公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/