KDDIは5月10日、2024年3月期の決算を発表した。あわせて、5G通信をベースとする新たな事業戦略「新サテライトグロース戦略」を策定した。同日開催された決算説明会では、この新事業政略についても代表取締役社長 CEOの髙橋誠氏が説明した。
ミャンマー事業の引当もあり増収減益の決算
2024年3月期の決算は、売上高が1.5%増の5兆7,540億円、営業利益が10.7%減の9,616億円で増収減益という結果。ミャンマーの政変により同国における通信事業のリース債権に引当の必要が生じたことなどの一時的な影響を除外すれば営業利益は1兆806億円に達していたとのことで、減収ではあるものの事業状況に不安はないという認識を示した。
今期のトピックスとしては通信ARPU収入が増加に転じるなど主要事業が順調に成長し、5Gインフラの整備が順調に進み基地局数が国内4キャリアで最多の約9.4万局に達したことなどを挙げている。
通信事業の状況について詳しくみると、個人セグメントのマルチブランドID数(契約回線数)は2023年3月期末の3,088万契約から2024年3月期末時点で3,115万契約となっており、通期で27万契約の増加。またマルチブランド総合ARPU(IDあたり平均単価)は2023年3月期通期の5,160円から、2024年3月期通期では5,200円とこちらも増加になっている。この契約数・契約あたり単価の上昇が、前述の通信ARPU収入増につながっているという状況だ。ちなみに5G契約の浸透率は、2023年3月末時点の53.9%から、2024年3月末時点では67.2%まで上昇している。
2022年5月に発表した、2023年3月期から2025年3月期にかけての中期経営戦略については、主要施策は着実に進展しているとしているが、想定外の要因なども生じていることから、EPS(1株あたり当期利益)目標の達成に向け、期間を1年延長する。
そして中期経営戦略とともに発表された経営ビジョン「KDDI VISION 2030」の実現に向け、AIの活用、2024年2月に資本業務提携を発表したローソンの店舗活用、Ponta経済圏の拡大などを図っていく。Ponta経済圏の拡大については、現行のauスマートパスプレミアムをリブランドし、「Pontaパス」として強化を図る。
またインフラ整備についてはソフトバンクとのインフラシェアリングを全国に拡大し、投資とコスト水準のバランスの適正化を行っていく。これについては、5月8日にソフトバンクと連名で、協業範囲拡大の検討を開始するとのリリースが出されているとおりだ。
5G通信/データドリブン/生成AIをコアとする「新サテライトグロース戦略」
そういった方針に基づく新事業戦略の「新サテライトグロース戦略」は5G通信/データドリブン/生成AIをコアとして、付加価値となる成長分野の「Orbit1」と将来の成長の柱となることを想定する「Orbit2」の2層構造を想定したものとなる。
新戦略の前提となるのは個人セグメントの成長であり、サービスへの付加価値創出とパートナー接点をいかした契約数の拡大の両軸で成長を図る。APU収入は通信/付加価値の双方で拡大させる想定で、付加価値ARPUは電力については一定の持続的成長、決済・金融やコンテンツなど電力以外の分野ではローソンとのシナジーを活用し年平均で二桁の成長を目指す方針だ。
付加価値創出のモデルとなるのが2023年9月に提供を開始した「auマネ活プラン」だ。開始から7カ月で70万契約を突破しており、解約率の改善、ARPUの増加に寄与しているだけでなく、au PAYカードの加入率やゴールドカードの選択率auじぶん銀行の契約数にも好影響を与えているとのこと。こういった取り組みとパートナー連携による付加価値サービスの強化を行い、さらなるエンゲージメントの向上を図る考えだ。
また、インフラ面では5G通信のネットワークの競争力向上を行っていく。そのひとつの軸はSub6エリアの拡大。前述のとおり5Gインフラの整備は順調に進んでおり、Sub6基地局も国内4キャリアで最多の3.9万局となっている。さらに衛星干渉条件が4月に緩和となったことで、5月までに首都圏のSub6エリアは約2倍となる予定だ。この影響でデータトラフィックは2割増加が見込まれており、またスライシングにより体感サービス品質が向上も期待できるため、通信付加価値の向上、ひいてはARPUの向上に貢献するという予測だ。
これに「Orbit 1」に属するDX領域(IoTを含む法人モバイル、データセンター、デジタルBPOなど)、金融事業、auでんきなどのエネルギー事業での成長をはかり、「Orbit 2」事業にも将来の成長分野として取り組むというイメージだ。「Orbit 2」にはスペースXとのパートナーシップによる衛星通信の提供拡大も含んでいる。
こういった戦略に基づく事業推進により、2025年3月期の連結業績は0.3%増の売上高5兆7,700億円、営業利益は15.4%増の1兆1,100億円、当期利益は8.2%増の6,900億円を予想。営業利益/当期利益の増加率が高く見えるが、これは前述のとおり2024年3月期の実績に一時的なマイナス影響が出ていることによるもの。一時的影響を除外した実績を基準にすれば、営業利益の増加率は2.7%、当期利益の増加率は1.2%となる。
あらためてNTT法廃止には反対を表明、モバイルでのユニバーサルサービスも否定
昨年来、通信キャリアの間で議論となっているNTT法改正について、KDDIからの発表ではとくに言及されていなかったが、質疑応答でこの問題について問われると、髙橋社長は「まず、なんのためにこの議論をしているのかというのがあると思います」と切り出し、あらためてその立場を説明した。
髙橋氏は、「もともと、NTTが国際競争力を高めるために、技術開示などが障壁になっているからNTT法を廃止ないしは改正したいというのがこの議論のきっかけでした。そして今回、その要件を盛り込んだNTT法の改正は成立しています(編集部注:ニュース記事を参照)。次はNTTがこの改正によって国際競争力が強化されたということを示すターン。まずそれをやってもらわないと、次には進めない」と、4月の改正NTT法成立後もNTT法廃止に向けた動きが続いていることへの違和感を表明する。
そして「環境の変化を理由にNTT法を廃止するという議論もあるが、環境が変化しているからこそ、強化をしなければならない領域もある。ユニバーサルサービスの件もそうです。(ソフトバンクの)宮川さんがおっしゃっているように、ブロードバンドサービスの提供義務をNTTが担保することは国にとっても大事。それは『特別な資産』を持っているNTTがやらなくてはいけないこと」「NTT法をなくすのではなく、環境の変化に合わせ、安全保障上の問題もあわせて、強化すべき点が多くあるのではないかというのが我々の主張」と語る。
同日に開催されたNTTの決算発表会で同社の島田昭社長が言及したモバイルでのユニバーサルサービス実現という考えについても、「有識者の中で賛成している方もあまりいらっしゃらないし、その議論ではなくブロードバンドのユニバーサルサービスの必要性を議論したい」と否定。「公正競争の課題、安全保障の課題についても総務省で議論されているので、それによってNTT法をかえって強固なものにしていかなければならないのではないか」と締めくくった。
NTTドコモ前田新社長については「注目していかなければならない」
その他の質疑応答の内容としては以下のような問答があった。
――他社でSIMスワッピングの問題が話題になっているが、KDDIの取り組みや把握している事例、対策は。
論点が2つあると考えている。ひとつは店頭における扱い、もうひとつはネットにおける再発行手続きの問題。
店頭でのトラブルについては、直近では報告を受けていないが、数年前に疑わしい案件があり、店頭での本人確認を強化しようということになった。ソフトバンクの宮川さんが店舗によっては(チェックが)緩かったと話していたが、我々もそうならないように現場の指導は徹底している。
ネットでの再発行手続きは、KDDIではeKYCを入れていたり、二段階認証を入れたりしてあるていど強固なものになっているという認識。ただ、これにはいたちごっこのところもあるので、店頭も含め、マイナンバーカードの活用など強化しなければならないというのは業界の課題として取り組んでいきたい。ただeSIMについては簡単に発行できてしまうような業者もおり、総務省もしっかり指導してほしい。
――先日発表されたiPadがeSIMのみ対応になったが、KDDIのeSIMへの取り組みは。
eSIMにはついては今までも取り組んでおり、端末がeSIMにシフトする以上はそれに対応していく。ただ一般ユーザーに対してeSIMの発行が簡単に、わかりやすくならなければならないという認識はあるので、そのあたりに取り組んでいきたい。
――Ponta経済圏の強化という話があったが、NTTドコモが(この領域の経験が豊富な)前田新社長の体制になるということについての受け止めは。
今回の発表では「ベースとグロース」という言い方をしているが、これまで「通信と付加価値」とも言ってきた。そのグロース/付加価値の領域がこれから大きくなっていくという流れはあるので、そこに強い前田さんがドコモの社長になるということで、我々としても注目していかなければならない。
とはいえ、ベースは通信なので、通信の品質や5Gの展開、衛星との連携といったあたりが重要になってくる。私ももともと通信屋ですし、しっかり追いかけていきたい。
――Pontaパスの会員増加に向け、どういった施策を実施していくのか。
現在策定中で夏ごろにはオープンにできるのではという状況のため、ここで具体的な内容は言えないが、現在のauスマートパスプレミアムで提供しているローソンで使える250円引きのクーポンのような送客施策をもっと色濃くやっていくと考えてもらえれば。ローソンでもさまざまなアイデアが出ている。KDDIのサービス開発担当者も盛り上がっている。こうご期待。
――ソフトバンクとの協業も拡大するということだが、それによって差別化が困難になるのでは。今後の通信の競争領域はどのあたりになるのか。
エリアのカバレッジという点ではそういう面もあるが、競争と協調ということが重要。諸外国を見回しても、これほどいろんな会社がインフラを作っている国はない。5Gのインフラ構築もどんどん厳しくなっているので、局舎や非常時の対応など協調できる領域は協調していくべき。
そのうえでパラメーター設定による通信品質の改善や生活動線を5Gでどうカバーするかといったところが競争領域になってくる。
また我々はSub6を2波持っている。Sub6を2波持っているというのはドコモも同様だが、ドコモはいろいろな課題がある。Sub6の2波を最大に使えるのは我々の強みであり、今期真剣に取り組んでいく。衛星との直接通信も差別化ポイントになり、山小屋や夏フェスへの対応に活用している。そういったところで優勢を築きたい。
――スマートフォンの出荷台数が前年度比で100万台減っているが、その受け止めは。
前年度の第4四半期はガイドラインの影響もあって廉価端末を中心に販売台数が落ち込んだというのはある。出荷台数は大事な指標なので、台数をキープできるようしていきたい。解約の数字を見ていると、SIM単体の販売が数字を伸ばしている感があり、短期でのキャリア移動が数字にあらわれている。我々は端末セットでの販売にこだわっているので、個人的にはちょっと販売台数を減らし過ぎたと思っている。
――5Gミリ波の普及がなかなか進まない状況があるが、今後の見通しは。
Sub6エリア拡大の第一波は、大きな投資が必要ない、衛星干渉条件緩和に伴うパワー調整だけでできることなので、まずはそこをやる。第二波は我々の武器としてしっかり対応していくところで、4月時点で7割ほど対応が完了しており、5月末までにはエリア2倍を達成できる。
今後の周波数帯の考え方についていえば、次はミリ波しかないのは間違いないので、取り組んでいかなければならない。ミリ波対応端末の普及促進のためにインセンティブを設定してもよいのではという考え方が出てきているが、そういった点についても検討したい。我々の設備はミリ波も計画どおりに進捗しているので、開設した設備を使っていないというもったいない状況になっている。
質疑応答後には「やっとトンネルを抜けた感じがあります」とのコメントも
NTT法改正に関連する質疑における髙橋社長のコメントは、基本的にこれまでKDDIが表明してきた見解と変わらないもの。だがKDDIだけでなくソフトバンク/楽天モバイルをはじめとしてNTT法改正・廃止に反対の立場をとる通信事業者が多い中、それを無視するかのように同法改正・廃止への動きが続いていることもあり、髙橋社長の語気が強くなっているようにも感じられた。
質疑応答を終えて髙橋社長は、「通信会社は3社ともだと思いますが、やっとトンネルを抜けた感じがあります」と明るい表情を見せた。そして「ARPUが反転してきたのは明るいニュース。Sub6が広がればさらにARPUが上がっていく。成長領域は、(「新サテライトグロース戦略」の)Orbit 1にあるDXも金融もエネルギーも2桁増益をやっていける、ローミング収入の減少幅も小さくなっていく、ローソンの連結によって成長も加速していく。なんとか中長期の目標も視野に入ってくるのかと思います」と語り、会見を終えた。